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第3話 村の様子と訪問者

 ルルに魔王時代の記憶が戻り、赤ん坊生活を始めてから七年の月日が過ぎた。

 全く動けない日々を乗り越え、自らの足で地上を歩き回れるようになってから、ルルの生活は劇的に変わったと言える。

 なにせ、赤ん坊の頃に見ることが出来たのは、両親や使用人たち、それにたまに来てくれる両親たちの知り合いを除けば、天井やベッドだけであった。

 どこかに連れて行ってくれても、あまり長時間外に出しっぱなしにするはルルの体に良くないと思っていたようで、すぐに部屋に引っ込まされてしまい、何かを観察するとかそんな時間はあまりとることが出来なかったのだ。


 それに比べて、今はどうだろう。

 自分の望むまま、気の向くまま、好きなように歩き回ることが出来、好きなところに行くことが出来る。

 歩行、というのは本当に素晴らしいことなのだなとルルは赤ん坊の期間を乗り越えてあらためて思ったのだった。


 外に出れるようになって分かったことは色々あるが、まずルルの住んでいるところは、地方の村にあるそこそこ大きな屋敷である、ということがある。

 ルルの父は下級貴族とは言え、通常の村人と異なり、それなりに資産もあるようでその暮らしぶりは村に住む他の村人たちよりは豊かだった。

 とは言っても、魔王だったときのルルの暮らしぶりと比べれば、僅かな差に過ぎず、せいぜい、少し大きな家に住み、食事のおかずが一品多い、程度でしかなかったのだが。

 だから、というべきか幸い、村人とルルの家族との関係は悪くなく、全く敬われていないと言うわけではないが、友好的に振る舞ってくれる人が大半で母も父も生活しやすそうだった。

 ルル自身に関しても、村人たちは優しく接してくれたので、村での生活で特に不自由は感じていない。

 あえて言うなら、人族ヒューマンが皆、友好的、というのは少しだけ違和感があったが、それは魔族だったときとの人族ヒューマンの対応と比べるからそんな風に感じるのであって、それこそ今、人族ヒューマンである以上、当然なのだ。

 初めは慣れなかったが、数年同じことを繰り返していくうちに、当たり前の風景となってしまった。


 心は魔族であっても、人族ヒューマンとこれほどまでに仲良く、問題なく暮らせるのだ。

 前世でもこういう光景を作り出すことは不可能ではなかったのではないか、と後悔のようなものを感じないではなかったが、過ぎたことだと自分に言い聞かせて、あまり深刻になりすぎないように努力した。

 終わったことだ、後悔しても仕方がないと。


 村は辺境とは言え、街道が通っていて、他の村や街との行き来については馬車などを使えばそれほど不自由はしない。

 ルルは年齢が年齢なので、村から出て行って他の村へ行く、ということを個人でするわけには行かないが、隣町くらいにまでなら行ったことはあった。

 隣町と村とを比べてみれば、やはり村の方が文化的に遅れているというか、文物が少ないと感じるが、それほど大きな差ではなく、極端に貧しい村だということもないようだった。


 そんな風に、色々な事実の観察と考察を経てたどり着いた結論は、この村は割といい村だと言うことだ。

 平和で、村人たちは優しく、飢えない程度に満ち足りていて。


 こういう生活を死ぬまで続けるというのも悪くないなと思ってしまう程度には、のどかでいい村だった。


 けれど、ルルとしてはそうするつもりはなかった。

 何のために、今日まで訓練を続けてきたのか。

 それは、村を出て、世界を回るため、旅をするためだ。


 好きに生きる、と決めたルルであったが、それは好きなところに好きなように行くことを、つまり旅をするということも含んでいた。


 ルルは、世界を見てみたかった。

 魔族と人族ヒューマンとの長い争いが終わった世界が、どんな風に歩んでいるのか、それを自分の目で見てみたかったのだ。


 そのための前知識を得るために、ルルは、成長していく中で両親にこの世界のことを、遠回しに聞いた。


 ルルは魔王の生まれ変わりだ。

 つまり、魔族と人族ヒューマンとの戦争が終結してから少なからず時が経っているはずだった。

 そのことに異論はない。

 しかし、問題は一体あれから何年の月日が過ぎているのかということだった。


 一年や二年なら、別にかまわない。

 その程度の年月なら、いかに魔族が迫害されていようとも、生き残れる同胞はいる。

 世界中を回れば、かつての知り合いに会えることだろう。

 けれど、輪廻転生の尺度というものは、そんなに小刻みなものではない、とかつて言われていた。

 十年や百年などいう時間は、魂の旅においては散歩に等しい月日に過ぎないのだと。


 だから。

 ルルが魔王として滅びてから、相当長い月日が過ぎ去っているということがあっても、おかしくはなかった。

 

 その確認のために、両親に尋ねたのだ。

 一体今がいつであるか、魔族との戦争集結から一体どれくらいの月日が流れているのかと。


 その結果、分かったのは、あの日から、魔王が滅びたときから、すでに数千年の月日が過ぎ去っていること、魔族と人族ヒューマンの争いは殆ど伝説や神話の類となっており、その詳細はもはや分からないということだった。


 魔族は現在もいるかも尋ねたのだが、その返答はどうもよくわからないものだった。

 魔族と呼ばれる存在はいるが、それは神話で言うところの魔族とは異なるもので、かつて人族ヒューマンと争った魔族というのは、今では古代魔族と呼び、この世界から去ってしまったと言われていると言うのだ。


 これを現実に沿って解釈するなら、人族ヒューマンに敗北した魔族は、その全てが人族ヒューマンに根絶やしにされ、この世から種族として消滅した、ということになるだろう。

 しかしそんなことは信じたくなかったし、信じられなかった。

 いかに人族ヒューマンが魔族を圧倒しようとも、一人残らず滅ぼす、などということが現実的に可能なのだろうか。

 いや、不可能だろう、というのがルルの結論だった。

 その思考の中に、そう信じたい、という願望がなかったとは言えないだろう。

 ただ、魔族は寿命も長く、生命力も人を遙かに凌駕する。

 一人残らず消滅させるのは、流石にいくらなんでも無理だと考えるのが自然だった。


 この事実を聞き、ルルには一つ、目標が出来た。

 魔族、今の言葉で言うところの古代魔族の生き残りを捜そう、というものだ。

 数はきっと少ないのだろう。

 しかし一人もいないということはないはずだ。

 そう信じて、世界を回り、見つけるのだ。

 そのあとどうするのか、という問題もあるが、とりあえず、かつての同胞の命脈が未だに保たれているという事実をどうしても確認したいと思ったのだ。


 それが、かつて魔族を率いた者の責任だと思うから。


 そのために、ここ数年で鍛えたルルの魔力操作技術は、かなりの練度に達している。

 もちろん、魔王時代と比べれば貧弱で大雑把なものにすぎない、と言うべきだが、それにしたって生まれた直後と比べれば大きな違いである。

 少なくとも、基礎的な生活魔法については問題なく発動できるようになったし、攻撃魔法についてもある程度は使えるようになっている。

 大規模殲滅魔法に関しては、練習できるような場所がないため、この体になってから一度も発動させたことがないので使えるかどうかは未知数だが、使えないことはないだろうと言う感覚は感じていた。


 あれだけ通りにくかった魔力も、今ではそれなりに体に通るようになっている。

 魔王と戦ったときの勇者ほどではないが、戦闘に活用できる程度のレベルにまではなっている。

 低級の魔物くらいには少なくとも負けることはないだろうと思われた。


 この調子で行けば、村を出れる日もそう遠くはないだろう。

 正直に言えば、今出て行ったとしてもある程度はなんとかなりそうな気はしているのだが、七歳の子供が村を出ても働ける場所もないだろう。

 一応、村を出た後にどうやってお金を稼ぐか、目星はつけているのだが、何の後ろ盾も無い状態では難しいだろう。


 つまり、旅立つ日が遠くないとは言え、ルルはあと数年はこの村にいなければならない、ということだ。



 ただ、村での生活は悪くないから、それでも悪くはない。

 今まで、普通の子供として振る舞ってきたから、人族ヒューマンの友人も村に数人出来たくらいだ。


 今日は、その友人と遊ぶ約束をしていたところで、今はそのための待ち合わせ場所へと歩いていた。

 少し家を出るのが遅くなったが、誤差の範囲だ。

 しばらくすると、その場所にたどり着き、三人の少年少女がそこからルルに向かって手を振っているのが見えた。


「ルル! やっときたか! 遅いぞ!」


 一人は赤髪の活発そうな雰囲気の少年、ラスティだった。

 ルルと同い年で、それこそ生まれてしばらくしてから知り合い、ここまでずっとつき合ってきた、この村でもっとも長いつきあいとなっている幼なじみの一人だ。

 薄くそばかすの散った顔が今、少しだけ不機嫌そうに歪んでいる。

 ルルが遅れてきたことをとがめているのだろう。

 ルルは素直に謝り、その怒りを静めるべく努力する。


「いや、悪いな。本を読んでたらすっかり時間が過ぎてた」


 ルルの家には、下級とは言え貴族の家らしく、ある程度の蔵書がある。

 本は高価であり、中々買えるものではないが、それでも必要な教養というものがあるので、父はその得た俸給の一部を書籍に費やしているのだ。

 ルルは文字を両親に教えてもらったので、読書が出来る。

 だから、家にある蔵書をいつ読んでもかまわないという許可をもらっていた。


「本って……そんなの読んで楽しいのか? やっぱり男なら冒険だろ! 森に行こうぜ、森に!」


 ラスティはルルが謝ったらすぐに機嫌を直し、そんなことを言った。

 彼は将来、村を出て冒険者になりたい、という夢を持っている。

 ルルが魔王をしていた時代は存在しなかった職業だが、今の時代、冒険者、と言われる特殊な職業が出てきていた。

 なぜそんなものが必要かと言うと、ルルはそれを知って驚いたのだが、現代はルルの時代とは異なり、地図が不正確であったり、探索されていない地域が著しく増加していたのだ。

 過去、人が立ち入っていた場所でも、今や誰も把握していない地域というのが多くなっていて、そういう場所を探索したりするために、冒険者という職業が出来たのだという。


「冒険冒険って、ラスティ。未だにパトリックさんに剣術で合格もらえてないじゃない。ラスティが村を出れるのは一体いつになることかしら?」


 そう言ってラスティの顔を再度ゆがませたのは、今日約束をしていた幼なじみの一人、くすんだ金髪と明るい表情が特徴的なかわいらしい少女、ミィである。

 ルルとラスティと同じ七歳であるが、女の子だからかものの見方がラスティより現実的だ。

 とは言え、それでもまだ少し子供っぽいのは否めない。

 彼女の言葉からは、ラスティが村を出て行ってしまうことへの恐怖が感じられた。

 その瞳にラスティへの恋心が宿っていることは火を見るより明らかで、だからこそ、ラスティにはずっと村にいてほしいのだろう。

 その気持ちは分かる。

 ただ、その言葉はむしろ逆効果だった。

 ラスティはルルの父、パトリックから剣術を習って、その腕によって村を出ようと考えているのだが、パトリックは甘くなかった。

 パトリックはラスティに、村を出るについて、いくつか条件を出したのだ。

 それは、ある程度の技術を身につけ、その腕によって村の森に住む低級の魔物を定期的に狩れるようになることだ。

 それは特別に秀でた才能があるわけではない普通の村人であるラスティには中々厳しい課題であり、そのため、ラスティは毎日真剣に訓練を繰り返している。

 にもかかわらず、パトリックは滅多に人を褒めないので、ラスティはだんだん焦り始めているのだろう。

 合格がいつまでももらえないとたまに愚痴っているのだった。

 そこを指摘されたラスティ。

 少しだけ険悪な雰囲気が流れるが、


「まぁまぁ、いいじゃない? 夢を見ることは大事よ。いつまでも合格もらえないってことはないと思うし、そのときになったらまた考えればいいのよ」


 そんな風にミィとラスティを諫めたのは、今日約束した最後の一人、ルルより二つ年上の少女、ユーリであった。

 灰色の滑らかな髪は美しく、瞳は蒼色の、中々の美貌を持った少女である。

 いずれ十年もすれば結構な美女になるだろうことを想像させるが、彼女もまたラスティに恋心を抱いている。

 なぜこれほどまでにラスティはもてるのだろう、と思ってしまうが、なんとなく放っておけない雰囲気がラスティにはある。

 そういうところが、この二人の少女の気を引くのだろう。

 ほほえましい、と思いながら、ルルはこの三人組と村でよくつるんでいたのだった。


「ま、そんな日が来るといいな……そんなことより、今日は何かあってここに集合したんじゃないのか? 俺はその理由をまだ聞いていなかったんだが」


 そう。

 ラスティが昨日、ルルに明日はここに集合するように言ったのだが、その理由を彼は「明日になってからのお楽しみだ」と言って教えてくれなかった。

 ただ遊ぶため、という訳ではなさそうだということは、今日のことを約束するに当たって、随分ラスティが楽しそうだったので分かっていたが、その理由には心当たりがなかった。


 結局聞いても教えてくれず、なぜここに集まる必要があったのか、その理由をルルは知ることができなかったのだが、ラスティはルルが改めてした質問に、にやりと笑い、言った。


「あぁ……実はな、宿屋の親父が言ってたんだが、今日、この村に冒険者が来るらしいんだよ。本物のな!」


 その言葉に、ルルもミィもユーリも目を見開く。

 冒険者は本来、未踏の地域や遺跡を探索する、専門職だ。

 商隊や旅人の護衛、雑用関係の仕事もするようだが、こんなど田舎の村に尋ねてくることは少ない。

 しかし、一切尋ねてこないというほどではなく、低級の冒険者が行商人の護衛でやってくることはあった。

 ただ、ラスティが言っているのはそういう冒険者とは違う。

 彼は「本物の」と言った。

 これは冒険者の中でも上位に位置する、本当に冒険と言えるような活動をしている者を指す言葉だ。

 もちろん、低級の冒険者が偽物、というわけではないのだが、"冒険"者と言うにはいささか実体が異なるという意味で、そのような言い方をすることが多い。


 それを聞いて、ルルはラスティが少し興奮している理由が理解できた。

 彼は、まさに本物の冒険者を目指している少年なのだ。

 それは英雄が村にやってくるに等しい。

 だから、わざわざ集まったわけだ。

 これから来るだろう冒険者を村の入り口で出迎えて、色々話を聞こう、という魂胆なのだろう。


「それが本当だって言うなら、あんまり近づくのは危ないんじゃないか? 冒険者は荒くれ者が多いって言うぞ」


 俺が一応の注意を言ってみる。

 本物の冒険者、と言う奴は、どんな奴であれ、強い。

 そのため、その中には少し傍若無人な性格をしている者も少なくなく、暴力的な行動に出ることもなくはないという話だった。

 もちろん、あまり行きすぎた行為に出れば、冒険者組合ギルドと呼ばれる団体に所属している組合員に過ぎない彼らは組合から罰則を科されることになり、冒険者としての権限を剥奪され、活動が不可能になることになる。

 だから、限度はあるのだが、近づいた子供に多少ひどい扱いをするくらいなら見逃されがちだ。

 だからこその注意だったのだが、


「大丈夫だって! 冒険者は強くて気高いんだ! 暴力なんて振るわないさ!」


 ラスティはそう言って取り合わない。

 ミィとユーリは少し不安そうな顔をしているのだが、ラスティはそれが目に入っていないらしい。

 まぁ、夢見る男の子というのはこんなものだろうな、と思ってルルはため息を吐く。

 そんなラスティの様子を見て、何かあったら、自分が助ければいいかと諦める。

 自分の力がどの程度通用するのかは未知数だが、子供に対する手加減した攻撃くらいなら防げるだろう。


 そう思って、村の入り口に二人の少女を引き連れて走り出すラスティについて行ったのだった。

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