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第271話 指導

「さて、残ったのはあと二人だが……お前の方が先って話だったな?」


 シウ少佐がルルの方に強い視線を向けてそう尋ねた。

 小人族カタンゲノスの一族、エンジール族の若者ファイサは、疲れ切ったシウ少佐か、彼よりも一段か二段、実力の落ちるであろう兵士ウォールズの方を相手にしたいということで、そうなるとルルが出るしかない。

 ルルとしては順番などどうでもいいとはいえ、可能な限り楽をしたい気持ちはある。

 ただ、ゾエやイリスという格上を相手に実力を出し切るように戦い、調子の乗ってきているシウ少佐の前にファイサを出すのは少しばかり可哀想だ、と思った。

 実力者というのは自らよりも強い相手とのびのび全力で戦うことにより、その力を一段も二段も成長させてしまうことがある。

 今のシウ少佐はまさにその最中であり、これをファイサに相手させては、即座にたたきのめされてしまう可能性まであった。

 そもそもそんな苦労をする必要などないファイサにそれではあまりにも悪い。

 だからこそ、自分が出なければならないだろう、とルルは思い、シウ少佐の言葉に応える。


「あぁ。俺がやる。シウ少佐、出来れば手加減してくれないか?」


 一応、あんまりここで本気を見せてどうこう言われたくもないので、そう言ってみたルルである。

 しかし、シウ少佐の方はそれに不適な笑みを浮かべ、言う。


「馬鹿言うんじゃねぇよ。ゾエにしろ、イリスにしろ、あれだけのもんを見せてくれたんだ。お前も相当のもんを持ってるんだろう。それなのに嘗めてかかるなんてこたぁ……出来るわけがねぇわな。そうだろう?」


「あの二人と一緒にしないで欲しいんだが……」


 少なくとも、ルルはそれなりに自重、というものを知っているつもりだ。

 実際、本人の意識ではいつも実践しているつもりだが、それは周りから見ると自重になっていないだけである。

 

「はっ。信用できないね……ともかく、いいから武器を取れよ。お前もイリスと同じように拳で挑むか? 別にもう、俺は馬鹿にしねぇぜ。いや、出来ないと言った方が正しいが」


 大剣を持ちながら、イリスに完全な敗北を喫したシウ少佐である。

 今更あんな勝負は無効だとか拳なんて武器にならないだとか言えるわけもなかった。

 その辺の戦士であればあれだけ派手に敗北させられれば、現実を否定するために何か手練手管を使ったのだとかみっともなく騒ぎ立てることもあるだろう。

 そうせずに、あれは確かに自分の負けであり、イリスの技量も現実であるとはっきり割り切れるというのは、シウ少佐の器の大きさを示していた。

 こういう性格だからこそ、ハタマの市民からも好かれているのだろう。

 ルルも彼のことは好ましく思い始めていた。

 だからといって負けてやろうとは思わないが。

 

「俺は流石に拳は無理さ。最近は片手剣を主に使ってるから、これで頼む」


 そう言って、ルルは壁に立てかけてあった片手剣を手に取る。

 勿論、それは刃は潰されていて、通常であれば命中しても最悪、骨が折れるくらいで済むものだ。

 しかし、ルルが魔力を込めて、それを振るえばどうなるか。

 当然、一般的な刃のついた剣よりも遙かに切れ味鋭く肉を立つ名刀となりうるだろう。

 それどころか、もっとひどいことになる可能性すらある。

 それを知らないシウ少佐は、


「……どうやらお前の方がイリスよりも常識外れじゃないみたいだな?」


 などと言っている。

 これを聞きながらゾエは、どっちもどっちだし、どちらかと言えばルルの方が遙かに危険な存在である、と思ったがまさかそう口に出すわけにもいかない。

 二人の会話を黙って見守る。

 

「だから俺は普通だって……まぁ、どうでもいいか。それよりあんたの方は武器はどうするんだ?」


 こう聞いたのは、先ほど、シウ少佐の方の武器がイリスに完全に破壊されてしまったからだ。

 両手剣はシウ少佐専用だった、とウォールズが語っていたとおり、この訓練場には一つしかなく、かといってシウ少佐も素手で挑む、ということもないだろう。

 ではどうするのか、と思ってのことだった。

 これにシウ少佐は、


「じゃあ、俺はこいつと、こいつで行くことにするぜ……卑怯とは言うなよ?」


 そう言って、長剣を一つと、そして短剣を一つ、手に取った。

 つまりは二刀流、というわけだ。

 その選択に、ルルが卑怯などと言うわけはない。

 なぜなら……。


「二刀流が有利だ、なんて単純なことを考えるのはよっぽど考えなしな奴だろう。むしろ、そっちの方が不利になる場合も少なくない。しっかり身につけていないなら、な。だが……あんたは違うようだな。随分、様になってる」


「よく使うのは大剣一本だが……あれはでかい魔物相手にはその方が効率がいいからだ。元々はこの戦法こそが俺の本来の戦い方よ。まぁ、人間相手の戦いに俺が出張ることなんてここんとこほとんどねぇからなまってるかもしれねぇけどな」


「そうは見えないぞ。ま、やってみれば分かるか……」


「その通りだ。ウォールズ! 審判だ!」


 シウ少佐がウォールズにそう声をかけると、ルルとシウ少佐の間に立ち、そして言う。


「では、両者向かい合って……」


 ルルが片手剣をギリギリと握る。

 シウ少佐も、短剣を中段に置き、長剣を上段に構えた。

 二人の緊張感が最大に達したとき、ウォールズが叫ぶ。


「始めっ!!」


 ◆◇◆◇◆


 まず最初に打ち込みに走ったのは、シウ少佐の方だった。

 素早く地面を踏み切り、上段に構えていた長い剣を切り下ろしてルルの首を狩りに来たのだ。

 その速度は一般的な剣士であればまるで反応できない、神速のそれといっても過言ではなかっただろう。

 もちろん、シウ少佐もルルのことを嘗めてはいない。

 だからこそ、どれだけ自信のある一撃であっても簡単に決まる、とは考えていなかった。

 しかしそれでも、今この時点までで一度も見せていない二刀流の、初撃である。

 そう易々と反応されるとは思わなかった。

 

 けれど、現実とは無情なものだ。

 特にこういった命の取り合いにおいては。

 たとえ模擬戦に過ぎずとも、いや、そうであるからこそ実力の差は如実に表れる。

 つまり、シウ少佐の切り下ろしを、すい、と上体を下げることによってルルに避けられてしまった。

 しかもそれだけではなく、シウ少佐のもう片方の剣……短剣によって死角から腹部を狙っていたそれは、ルルの片手剣によって弾かれる。

 気づかれていない、と思っていた。

 そう簡単に気づけるものではないのだ。

 少なくとも、この初撃を初見でここまで綺麗にいなした者はいない。

 上級クラスの冒険者と、お互いの力試しにとこういった模擬戦をしたことは何度かあり、その際、人間相手にはこれが一番だからと二刀流で戦ったこともあったが、やはり、何らかの傷を負わせることには成功している。

 それだけ、予測しにくく、分かっていても避けにくい動きであるのだ。

 それなのに……。


「……あんまり考えすぎていると、すぐに終わってしまうぞ?」


 気づけば、ルルの顔が目の前に迫っていた。

 少し弾かれて距離をとれた、と思っていたのに、そんなものなど初めからなかったかのように一瞬で詰められてしまったらしい。

 恐るべき速度、そして恐るべき技量だ。

 慌てて剣を引き戻し、切りつけるも、それも軽々と弾かれ、シウ少佐は簡単に壁際まで追い込まれてしまう。


 ――これは、まずい。


 ゾエのような、神速の猛攻があるわけではない。

 イリスのような、馬鹿げた耐久性と馬鹿力があるわけでもない。

 しかし、間違いなくルルはその二人よりも強いように思えた。

 まるで……そう、まるで、長い年月、戦いの中で研鑽したかのような、深い経験の蓄積からなる戦い方を身につけているような……。

 いや、そんな訳はない、とシウ少佐は首を振る。

 ルルは、見た目の上では明らかに二十歳にもなっていない。

 提出された書類を見ても、確か十五、六だったはずだ。

 そのような、歴戦の軍人がやっとのことで身につけられるような技術など、あるはずがないのだ。 

 もしそのように感じるのであれば、それは何か別の……異なる理由によるのだろう。

 それがなんなのかは全く分からないが……しかし、それをこの戦いの中で考えるのも面白い。

 シウ少佐は奮起し、壁際まで追い詰められながらもその剣を握る手にあらん限りの力を込めて、反撃を開始する。

 それは猛攻だった。

 二刀流の基本的な運用と言えば、短剣で相手の攻撃をいなし、相手を削り、長剣でもって重傷を狙っていくというものだが、今、シウ少佐はどちらの剣もはっきりと攻めの武器として使っていた。

 短剣の一撃ですら必殺のそれへと運用を変えてしまうのは、極めてリスクの高いことで、それはシウ少佐も理解していたが、しかし、そこまでやらなければここで戦いが終わってしまうことも理解していた。

 ルルの戦い方は、詰め将棋のそれだ。

 一つ一つ相手の行動を縛っていき、そして最後に何も出来なくなったところをぐさりとやる。

 敵とするには最悪の相手。

 だからこそ、定石に頼らない、一種相手からするとやけくそに見える戦法の方が隙を作れるのではないか。

 そんな思いつきだった。

 つまりは……言ってしまえば、悪あがきだ。

 そう、シウ少佐はこの時点で、取るべき行動をほとんどすべて失っていた。

 どう攻勢に出ても、何をしようとも弾かれ、そして一瞬の後、貫かれる。

 そんなイメージしか湧かなくなっていたのだ。

 ここまで追い詰められることなど、どれくらいぶりか……。

 ゾエやイリスを相手にしたときは、彼女たちの力に感嘆しこそすれ、何も出来ないとまでは思わなかった。 

 それなのに、ルルはどうだ。

 何をしても……何か出来る気がしない。

 汗だくになりつつ、ありとあらゆる攻撃を繰り出しているシウ少佐の剣を、いずれも避け、いなし、それでいながら涼しい顔をしている。

 すべて見切られていて、これは本当にもう、どうしようもない。

 それでも動き続けるシウ少佐を突き動かすものは、ただの意地だった。

 もう負けるのは仕方ない。

 それはそれでいい。

 だが、すべてを出し切らずにそうなるのは認められない。

 そういう、剣士としての誇りだ。

 実際、確かに勝てないだろうとは思うが、それでも今の自分の動きは今までの人生の中で最も高みに上っている感覚すらある。

 調子がひどく良いのだ。

 今までなら動けなかった動きが出来、届かなかったところへ剣が伸びていく。

 こう攻めれば相手の意表がつけ、こう守れば被害を最小限で収められる。

 そういうこともよく分かる……なぜだろう。

 そう思ったとき、目の前で剣を差し出し続けるルルの口元が目に入った。

 そこに浮かんでいるのが、わずかな笑みだ。

 これを、自分はかつて見たことがある。

 どこでか。

 それは、自らが剣を学んだ……剣術道場の師のそれだ。

 自分が次の高みに上れそうなとき、じきじきに道場主が指導をしてくれたときの、それだ。

 そんな表情をルルが浮かべて……。

 自分は今、指導されているのか。

 なるほど、そう思えば、それが正しいような気がする。

 ここのところ、自分の実力はどこかで足踏みをしているような気がしていた。

 それは、まともに戦って相手になるような訓練相手がいなかったからだったのかもしれない。

 その空白を、ゾエやイリス、それにルルが埋めてくれたわけだ……。

 それならば、自分は感謝しなければならないのかもしれない。

 まさか、ただの試験のつもりだったのに、自分が成長させられるとは意外だったが……。

 人生、何がどうなるか分からないものだ。


「……ルル。そろそろ……」


 そして、ついに限界が来た。

 ルルは、いつでもシウ少佐にとどめを刺せた。

 にもか関わらず、今まで戦い続けたのは……つまり、やはりシウ少佐の予想通り、指導をしていたのだ。

 こっそりと。

 だが、シウ少佐の体力も、もうもたない。

 だからこそ、シウ少佐は自ら申告した。

 ルルは理解して頷き、


「じゃあ、次が最後だ」


 そう言って剣を握る力にさらに力を込めた。

 シウ少佐も同様に相対し……そして、二人の姿が交錯する。

 そして……。


「……ガハッ!」


 血を吐いて地面に倒れたのは、シウ少佐の方だった。

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