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第268話 槍使いの実力

「……さて、それじゃあまずは誰が相手だ?」


 シウ少佐はそう言って挑発的な笑みを浮かべ、ルルたちを見る。

 さぁ、かかって来い、手加減はいらないぞ、というわけだ。

 一般的な場合、この試験において手合せの相手方を務める者からこのような視線を向けられた受験者たちは、敵愾心から燃えるようなやる気を迸らせる表情を浮かべるか、もしくは自分の腕を試したいと不敵な表情でピリピリとした闘志を噴き上がらせるものだ。

 その他には、自分がこれから戦わなければならない相手の強さを知り、自分の腕の不十分さを理解して自信を喪失するとか、どうにもならないからこそ却ってあっけらかんとし、緊張がほぐれてくるとか、そういう反応もある。

 だから、そのような反応をルルたちが見せたなら、シウ少佐もさして驚かなかったし、むしろ普通だろうと思っただろう。

 けれど、現実はそうではなかった。

 シウ少佐がルルたちを見ると、彼らはお互いに顔を見合わせて、微妙な表情をしていた。

 何を考えているのか、よく、分からなかった。

 稀にではあるが、この試験を何度か担当したことのあるシウ少佐にして、初めて見る受験者の表情である。

 緊張もなく、挑発に対する反抗心のようなものもなく、かと思えば自信を失ったようでもなく、開き直った感じでもない。

 じゃあ、何を思っているのか、と言うと、シウ少佐には彼らの内心が今一よくわからなかった。


 これは、たった今シウ少佐の相手方を務めた兵士、ウォールズも同様のようで、


「……なんだか、妙な奴らですな?」


 こそっとした声でシウ少佐の耳にそう呟いた。

 シウ少佐も同感であったが、しかし、それでもやることは何も変わらない。

 だから、困惑はとりあえず置いておくことにして、言う。


「おい、最初は誰だ? 別に誰でもいいぞ。普段なら順番をこっちでつけて順繰りに手合せるするんだが、この人数なら別に構わんだろう」


 戦ってみれば、彼らの反応の意味も理解できるだろう。

 そう思っての言葉で、ルルたちはシウ少佐の言葉に頷き、少しだけ相談をしてから、


「……じゃあ、私からにするわ」


 と言って、ゾエが前に出てきた。

 そこそこ背の高い、銀髪の美しい女性であったが、シウ少佐は見た目に惑わされるつもりなど毛頭ない。

 どれくらいの実力を持っているのかは今一判断しかねるが、この試験に出てくること自体、ある意味で自信の表れである。

 弱い、ということは滅多にない以上、油断はすべきではないだろう。

 

「あんたからか。得物はどうするんだ?」


 シウ少佐のその質問に、ゾエは壁際に並べられた刃を潰した武具を見て、


「これにするわ。いいかしら?」


 槍を手に取ってそう言った。

 さきほどウォールズが使ったものより短い、取り回しのききそうなタイプだ。

 それでも、シウ少佐の両手剣よりは長いので、リーチの上ではゾエの武器の方が有利と言う感じだろうか。

 ウォールズとの戦いで、シウ少佐がそれなりにそのリーチの差に苦しめられているように見えたのかもしれない。

 そしてそれは間違いではない。

 シウ少佐は、そのように見えるように戦っていたのだから。

 武具に何を選ぶかで合否が決まるわけではないが、少なくとも自分に有利な選択をしている、ということで観察力は評価すべきだろう。

 まぁ、もともと槍が得意ということなのかもしれないが……いや、そうであるとしても分かって選んだようである。

 シウ少佐が向けた槍に対する視線に、ゾエは微笑んで答えたからだ。

 苦手なんでしょう、これが?

 とでも言いたげなそれこそ挑発的な視線である。

 なるほど、これは面白そうだな、とシウ少佐の口元にも笑みが浮かんだ。


「いいだろう。まぁ、別にどんな武器を選んだところで同じだがな」


「そうかもしれないわね……」


 シウ少佐の言葉に、ゾエは妙な口調でそう答えた。

 なんだろう?

 シウ少佐にはその言葉の意味が今一つかめなかった。

 もちろん、自信がなくてそう言った、と捉えることも出来るし、大抵の冒険者がこんな風なことを言ったときは、まさにそういう意味である。

 けれど……。

 何か違うような。

 シウ少佐の勘が、そんな風に言っているような気がした。

 

 しかし、シウ少佐は、この勘を、きっと気のせいであろう、と流してしまった。

 戦場で幾度となく助けられたはずの勘である。

 本来であればけっして流さずに、その感じたことを活用すべきであった。

 それなのにそれが出来なかったのは、これがあくまでも模擬戦で、命がかかっていない戦いに過ぎなかったからだろう。

 死にたいする恐怖がない戦いは。それだけ戦士の勘を鈍らせる、ということなのかもしれなかった。


「では、審判は私が勤めよう。異論は……なさそうだな」


 厳めしい顔をしたウォールズがルルたちを睥睨するように見てそう言ったが、文句などあるはずもない。

 ルルたちにとって、審判の有無などまるで関係がないからだ。

 勝敗が決まるときは、間違いなく誰が見ても明らかな形で決まるだろう。

 そう確信しているからである。

 そしてそのことを、シウ少佐とウォールズだけが、この場では知らなかった。

 それだけの話だ。


「……では、両者向かい合って……」


 ウォールズのその言葉で、ゾエとシウ少佐が、一定の距離をとって向かい合う。

 先ほど、シウ少佐とウォールズが立っていた位置だ。

 地面にはそのための線が引いてあり、あれが模擬戦の開始線ということなのだろう。

 そして、ウォールズがゆっくりと手を上げ……。


「始めっ!」


 そう言って、手を下げると、向かい合っていた二人は即座に動いた。


 ◇◆◇◆◇


 シウ少佐は大剣を軽々と振りかぶってゾエに向かい思い切り振った。

 もちろん、これは試験である。

 目的は実力者の選別であり、そのことをシウ少佐はよくわかっているので、それはあくまで小手調べとしての一撃だった。

 しかし、シウ少佐に一つ計算違いがあったとすれば、それはゾエの実力をまるで理解していなかったことだろう。

 彼女はシウ少佐の一撃の意図や、威力を即座に理解し、そして笑って槍を振るう。

 ゾエの持っている槍は、軽くない。

 むしろ、シウ少佐の大剣と打ち合うことを考えたのか、比較的重量のあるものを選んでいたように思えた。

 そのため、そうそう軽々と振る、というわけにはいかないはず。

 シウ少佐はそう考えていた。

 なにせ、ゾエは女性なのだ。

 強力な身体強化を発動させればまた、話は別だが、シウ少佐ももちろん、魔術が使われればその気配はすぐに分かる。

 だからこそ、今のゾエがさしたる魔術を発動させるつもりがないことは、一目で理解できた。

 そして、そのために、ゾエの振るう槍の速度に驚いた。


 ――気づいた時には、シウ少佐の大剣はゾエの槍によって弾かれていた。


 馬鹿な。

 そう思ったのもつかの間、ゾエはすでにシウ少佐の懐へと潜り込んでいる。

 ここに来て、初めてシウ少佐はこの戦いについて危機感を覚えた。

 手加減など出来る相手では初めから無かったのだと、やっと理解したのだ。

 シウ少佐は慌てて魔力を巡らせ、身体能力を強化し、そしてそれと同時に弾かれた大剣の位置を戻して、ゾエとの距離を引きはがすべく、全力で振るった。

 すると、流石にゾエもこのまま近づくのは危険、と思ったのか、一旦後退する。

 ただ、それはあくまで一時下がっただけで、距離を取ってシウ少佐の出方を観察したりするような時間をとったりはしなかった。

 彼女はそれよりも速攻こそが戦いの勝敗を決めるとでも考えているかのように、再度地面を蹴ってシウ少佐の方に向かって来た。

 槍と大剣というお互いに長いリーチを持つ武器を持って戦っている。

 そのため、普通ならもっと距離の離れた戦いになっているはずだった。

 それなのに、今の状況はどうだ。

 短剣をお互いに使っているかのような距離で、武器を打ち合っている。

 これは異常なことだった。

 当然のことながら、シウ少佐にこんな戦いに関する深い経験などあるはずがなく、結果としてかなり無様な姿を見せることになっている。

 けれどそれでも、ゾエの猛攻を耐えることが出来ているのはもはや、意地だったからだ。

 こんな戦法で来られて、簡単に負けるわけにはいかなかった。

 なにせ、状況は向こうも同じなのだ。

 槍を扱うゾエの手際は、その専門家であるウォールズを越えて手馴れていた。

 つまり、こんな短距離戦闘は彼女の本来得意とする距離ではないはずなのだ。

 それなのにシウ少佐の方が簡単に折れては、何か言い訳臭いと言うか、格好悪いにもほどがあった。

 戦う前にあれだけ大言壮語をはいておいて……もし仮に負けるとしても、負け方と言うものがある。


「……意外と根性あったのね?」


 そんなことを考えていたシウ少佐に、ふと、そんな声がかかった。

 それは今目の前で責めたてているゾエの口から放たれた言葉である。

 それにしても言うに事欠いてそれか、とシウ少佐は思った。

 シウ少佐は自分の内心の腹立ちを隠したまま、ゾエに言う。


「あいにくと根性無しが耐えられるほど、軍は居心地のいい場所じゃねぇんだ」


「確かにね……それがない奴は、すぐに死んでしまうわ」


 ゾエがその言葉に同意したことが意外で、ふっと視線を彼女に向けると、何か遠くを見つめるような不思議な目の色をしていた。

 何か思い出しているのかもしれない。

 そして、こんな戦闘中にそんなことが出来るだけの余裕がある、ということにシウ少佐は改めて驚く。

 それからゾエは視線を元に戻し、


「ま、それでも根性だけじゃどうにもならないこともあるわ。あとが詰まってるし、この辺で終わりにしましょうか?」


 そう言ってゾエは槍の握りをすっと変えた。

 一体何を……とシウ少佐が思っていると、その瞬間からゾエの戦い方が変化する。

 あまりの猛攻に疲労がたまったのか、と一瞬期待したが、そんなことはまるでなく、むしろ今度は先ほどまで感じていた若干の隙すら無くなった。

 そしてゾエは言う。


昔の・・戦い方はしないようにしてたけど、これは試験ですものね。たまには真面目に戦ってみるのもいいわ」


 次の瞬間、槍が振るわれたのを、シウ少佐は全く視認することが出来ず、持っていた大剣がいつの間にか訓練場の端に吹き飛ばされ、自分の首筋にゾエの槍の穂先がぴたりとつけられているのを驚きを持って見つめることしかできなかった。

 その状態で、


「……合否は?」


 ゾエがそう尋ねてきたので、シウ少佐は冷汗をかきながら、絞り出すような声で、


「……合格に決まってんだろ。どこに隠れてたんだ、こんな実力者がよ……」


 そう言ったのだった。


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