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蘇りの魔王  作者: 丘/丘野 優


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第267話 デモンストレーション

「結構、たくさん人がいるな」


 ルグン軍省庁舎の前に着くと、かなり沢山の人々が集まっていたのだ。

 昨日の受付の男性の話によれば、シウ少佐が試験官を担当するため、普段よりは受験生は少ないだろうとのことだったが……。

 そう思っていると、イリスが言った。


「全員が私たちのようにあの方に挑むわけではないのでは? 現役兵士との一騎打ちは外国人にのみ課されるということでしたし」


「そういえば、そうだったな。ということはほとんどがルグン国民ってことか」


 そう思って改めて周りを見てみると、彼らの身に着けているものはルルたちとは異なるルグンの民族衣装である。

 一目で外国人、と分かる者はルルたち以外にはいないようで、やはり、外国人受験者は少ない、ということで正しいようだった。

 それからしばらくして、軍省庁舎から人が出てきて、


「それでは、これから試験受付を開始する! 受験票を持ってこちらに並ぶように!」


 と大声で叫んだ。

 集まった人々は昨日、ルルたちが配布されたような金属製の板を持って、列を作り始める。

 しかし、持っている受験票の色が、ルルたちとは違う。

 ルルたちの持っているそれは銀色だが、他の受験生のものは赤銅色をしている。

 どういうことだろうか、と思っていると、


「……ルル! ルルじゃないか!」


 と後ろから話しかけられる。

 誰かと思って振り向くと、そこには馬車で出会ったアルドが笑顔でそこにいた。

 自己申告通り、しっかりと試験を受けに来たらしかった。

 そして、彼の持っている受験票の色もやはり、赤銅色である。

 首を傾げつつも、ルルはアルドに言う。


「昨日ぶりだな。こんなに早く会うことになるとは思わなかったよ」


「それはこっちの台詞だ。一般兵向けの試験と外国人向けの試験が同じ日に行われるのは珍しいからなぁ。会えるとしても、軍に入ってからだと思ってた」


「そうなのか? まぁ、俺としては早めに試験が受けられそうでありがたいけどな……ところで、聞きたいことがあるんだが」


「なんだよ?」


「その受験票、どうして色が違うんだ?」


 さっきから気になっていたことをルルが尋ねると、アルドは納得したような顔で答える。


「あぁ、これは一般兵向けの試験の受験票だからだよ。ルルたちのは外国人向けの奴な。あと、エリート向けの奴もあるらしくて、それは金色らしいけど、よっぽどのコネがないとダメらしいぞ」


 端的な説明に、ルルはなるほど、と思う。

 つまり、やはり最初に感じた通り、ここにいる者たちの大半が一般兵向けの試験を受けるルグン国民で、ルルたちのような外国人はほぼ皆無だということだ。

 やはりあのシウ少佐、という人が試験をすることが影響しているのだろうか。

 それも気になって、ルルはアルドに尋ねる。


「アルドは、シウ少佐って人を知ってるか?」

 

 するとアルドは目を見開いて、言う。


「もちろん! シウ少佐は俺たち庶民の英雄だぜ。その出自は貧民街にあるらしいが、一般兵として軍に入隊して、徐々に力をつけて、とうとう大佐クラスの実力を身に付けたんだからな。階級は少佐だけど……それはあの人の能力が低いことを示してるわけじゃない。街で起こった問題は軍が収拾をつけることが多いんだけど、シウ少佐はそういうとき、必ず庶民の味方をしてくれるからな……。ただ、それで色々あって、出世が遠のいているみたいだけど」


 と、かなり細かい内情まで教えてくれる。

 アルドの話によればシウ少佐は見かけに似合わない人情派のようであった。

 それに加えて苦労人ということか。


「そのシウ少佐が今回の試験官らしいんだが、どう思う?」


 素直にそう尋ねてみると、アルドは、


「えっ……」


 と、絶句して、それから、


「ま、まぁ……あの、ルル。試験は一回しか受けられないわけじゃないし、また頑張れよ……」


 と励ましてきた。

 どうやら、ルルはもう落ちた、とアルドは判断したらしい。

 それほどの相手だという訳だ。

 それからアルドは受付の列にそそくさと並び、受付を終えて、軍省庁舎の中に入っていった。

 ルルはその様子に、自分と一緒にいるのがいたたまれなくなったらしい、と理解した。


「……どうやら俺たちの勝算は低いらしいぞ。運が悪かったな」


 冗談めかしてルルがイリスとゾエ、それからファイサにそう言うと、イリスとゾエの二人は苦笑する。

 それからイリスが、


「運が悪かったのは向こうではないかと思いますが……」


 と言い、ゾエは、


「手加減は忘れないでね」


 とくぎを刺した。


 ファイサはそんなやりとりを聞きながら、


「……そんな自信は、俺には持てない……」


 と自分の試験のことでいっぱいいっぱいになっていたのだった。


 ◇◆◇◆◇


 試験会場は、一般兵向けのものと外国人向けのそれとでは、異なるらしい。

 一般兵向けの試験を受ける人々は、先に軍人の男性に先導されて、中庭の方へと向かっていった。

 ルルたちもそちらに行こうとすると、昨日、受付をしてくれた男性がやってきて、


「お前たちはこっちだ。着いてこい」


 と言って別の方向に歩き始めた。


「それにしても、よく逃げなかったな?」


 歩きながら、受付の男性がそう言ったので、ルルは言う。


「逃げる必要があるのか?」


「また勇ましいことを……昨日は見なかったが、そっちの嬢ちゃんも同じ気持ちか?」


 と、男性はゾエに尋ねる。

 ゾエは昨日、宿をとっていたので試験の申し込みの時にはいなかったのだ。

 ただ、受験票についてはしっかり人数を告げていたので、ゾエの分もしっかりと渡されていた。

 

「概ねそうだけど……そもそも、私たちはシウ少佐、という人がどれくらいの強さなのか知らないから。怖がって逃げようがないというのが正直なところよ」


 ゾエはルルたちよりは若干常識的な発言をする。

 ゾエの言葉に男性は確かに、と思ったようで、


「まぁ、言われてみればそうだな……ハタマでは誰でも分かってることだから、妙な感じがするが。よし、着いたぞ」


 男性が大きな扉の前でそう言った。

 それから扉を開くと、その向こうには大きな広間が続いていて、壁際には色々な武具が並んで置かれている。

 どうやら、用途からすると訓練場か何からしい。

 そして、その中心には、昨日顔を合わせた件の男――シウ少佐が、武具を身に付けて立っていたのだった。


 ◇◆◇◆◇


「よく来たな?」


 受付の男性に続いて、シウ少佐に近づくと、彼はそう言って微笑んだ。

 顔の作りがかなり厳しいというか、酷薄なので笑っても皮肉気にしか見えないが、本当に歓迎しているらしい。

 彼は続けて言う。


「ルグンでは今、実力者を集めているからな……手が足りないんだ。正直、俺もこれ以上、仕事を押し付けられるのは勘弁だし、肩代わりしてくれる奴らが来てくれるのはありがたい」


 かなり正直な話で、ルルたちは少し肩の力が抜ける。


「それなら、試験なんかしないでさっさと入れてくれるとありがたいんだが」


 ルルがそう言うと、シウ少佐は首を振って言う。


「馬鹿を言うんじゃねぇよ。俺たちがほしいのは、使える奴だ。ろくに戦えもしねぇ奴を養う余裕はうちにはねぇ」


「その割には、沢山の一般兵を入れているようですが……」


 イリスがそう突っ込んだ。

 実際にどのくらいの一般兵を試験で合格させるのかはイリスも知らないが、かなりの人数が試験を受けているようだし、そもそもアルドのようなほとんど戦ったことのないような少年でも合格を夢見ることが出来るようなものなのだ。

 シウ少佐の言う、ろくに戦えもしない奴、がたくさん入っていることになってしまう。

 これにシウ少佐は、


「あぁ……あいつらはな。気の毒な話だが、動く壁みたいなもんだ。別に戦う必要なんかねぇ、と上は考えてやがるのさ。全くふざけた話だよな」


 と吐き捨てるように言う。


「それはいったいどういう……?」


 ルルが尋ねたが、しかしこれにシウ少佐は答えなかった。


「これ以上は軍人じゃない奴には言えないな。知りたきゃ俺に勝つことだ」


 そう言って。

 しかし、いきなり試合、というわけではないらしい。

 シウ少佐は言った。


「まずは、お前たちはそこで見てろ。こいつと俺が戦うからな」


 と、ここまで案内してくれた男性を指し示す。

 どういうことか、とルルたちが首を傾げていると、


「……考えてもみろ。今日はお前たちしか受験者がいないが、もし一番最初に試合をすることになったらそいつは後の奴と比べて不利だろ。試験官がどういう戦い方をするのか一切見られない状態で戦わないとならないんだからな。他の奴は見学できて、その間にどう戦うか考えられる」


「そういうことなら、そもそも受験者以外は外で待機させていたらいいんじゃないか? そうすれば条件は同じだ」

 

 ファイサが即座にそう言ったが、シウ少佐は首を振って、


「それでも悪くはないんだが、これは一応試験だからな。観察力やそれに基づいて戦闘を組み立てられる能力も見るんだ……分かるか?」


 つまりは、試験官の戦いを見て、そこから癖などを見つけてそこをうまく突いたりすれば高得点、みたいなことだろう。

 ただ単純に戦って勝てばいい、という試験という訳でもないようだ。

 負けても場合によっては合格させてくれるもの、なのかもしれない。

 そう思ったルルが尋ねる。


「試合の勝敗だけが合否を決めるわけじゃないってことか?」


 これにシウ少佐は、


「まぁ、そう言ってもいいかもしれないな。もちろん、俺に勝てば問答無用で合格だが。出来るなら、な」


 と自信ありげにそう言った。

 かなり自分の実力を信じているようである。

 まぁ、上級クラスなど、冒険者でも中々数のいないランクだ。

 ほとんどが中級でくすぶり、そしてそれ以上に上がらずにやめていくもの。

 上級は一流とそれ以外を分ける分かりやすい指標なのである。

 

「そういうわけで……お前たちはよくそこで、俺の戦い方を見ておいた方がいいぞ。ここまで言うのはサービスなんだからな? そう簡単に負けるんじゃねぇぞ」


 そう言って、シウ少佐は広間の壁際から両手剣を取って中心に立った。

 受付の男性は槍と盾を持ち、シウ少佐の対面に立つ。


「済まんが、誰か開始の合図をくれ」


 男性がそう言ったので、ファイサが前に出て、言った。


「それでは両者、準備はいいか? ……はじめっ!」


 それと同時に、両者はすばやく動き出す。

 シウ少佐ばかりに注目がいっていたが、受付の男性の方も腕は悪くない。

 大剣の一撃とは思えないほどの速度で突き込まれた攻撃を、男性は盾でうまくいなし、槍で反撃を加えようとする。

 その狙いは正確で冷静なものだ。

 しかし、シウ少佐はその一撃に笑い、軽く避ける。

 やはり、実力差はかなりのもののようだ。

 それでも全く怯まずに男性は一手一手を積み上げるように戦う。

 その基本は、シウ少佐の大剣の一撃をいなし、反撃する、という単純なものだ。

 非常に与しやすいように見えて、男性の我慢強さは群を抜いていて、シウ少佐の挑発やフェイントにも中々乗らずに地味に戦っている。

 

 けれど、それでも地力の違いが最後に出た。

 シウ少佐の攻撃を、男性がいなそうとして、失敗してしまったのだ。

 何度となく繰り出された強力な一撃に、流石の男性も疲労がたまっていたらしい。

 そして、その隙を見逃すシウ少佐ではなかった。


 即座に距離を詰めて男性の首筋に大剣を突き付けて、言った。


「……腕を上げたな、ウォールズ」


 その言葉に受付の男性――ウォールズは笑って、


「死ぬ気で訓練しましたからな……しかしまだまだのようです。次はこうはいきませんぞ」


 と言ったのだった。


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