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第263話 協力

「本当にこれで良かったのか?」


 あれからルグンに向かって改めて走り出した隊商の馬車の中、ルルがサウファにそう、尋ねる。

 もともと、ルルたちは別の馬車に乗っていたが、隊商それ自体が二つに分かれてしまった関係で、別の馬車に移らざるを得なくなり、結果としてサウファとラーヴァの乗っている隊商の最も先頭を走る馬車に同乗することになったのだ。

 サウファはルルの言葉に、


「ぼく個人としては何も含みなくこれでよかった、と言えるけど、隊商のリーダーとしては難しいところかな。一種の賭けみたいなものだからね」


 そう言った。

 この言葉に首を傾げたルルに、ラーヴァが横から説明する。


「こいつはエンジールに恩を売るつもりなんだろうよ。苦境にあるあいつらを助けておけば、後々、色々と便宜を図ってもらえるのは確実だからな……」


 それについては、なるほど、と一応思ったルルだったが、しかし完全には納得しかねて質問を重ねる。


「……その意図は理解できない話じゃないが……それはかなり厳しいんじゃないか? ルグンに残っているエンジールが、サウファが逃げてきたエンジールを助けたという理由でサウファたちに便宜を図るっていうのは、大々的には難しいだろう。むしろ、捕まえるべき罪人を匿った、ってことでルグンからは邪険にされる可能性も高そうだ」


 ルルのその推測はサウファにも自明のようで、それについては反論しなかった。

 しかし、サウファは、


「君の言うこともっともだ。けれど、それはあくまで、今のルグン政府が長続きする場合の話だよ。僕は、正直今のルグンの状況はそれほど長くは続かないだろうと思っている。禁域攻略はそれほどに難しいものだ……だから、いずれ、ファイサたち、逃げてきたエンジールの若者たちが復権する日も遠くないだろうと予想している。そうなれば間違いなくリターンが望めるだろう?」


 わざわざ助けた理由はそういうところにあったわけだ。

 これにはルルも深く頷いて、


「なるほど、だから賭けだと。確かにな……でも、どうなんだろうな。そんなにすぐ復権できる目算はあるのか?」


 ルルが振り向いて、そこに座っていたエンジール一族の次代の長、ファイサに尋ねた。

 ファイサは少し悩んでから、


「……僕には分からない。ここ最近、ルグン中央にはあまり関わっていなかったから、彼らが何を思って禁域に手を出そうとしているのかも良く知らないんだ。ただ、ルグン政府のそれが分の悪い賭けであることはよくわかる。禁域は……あの湖には手を出してはならないんだ。それが彼らには分かっていない……」


 そう言った。

 本来なら、反対方向――つまりはテラム・ナディアに向かった隊商の馬車に乗っているべき彼がここにいる理由は、彼自身が求めたこと、そしてその願いをサウファが聞き入れたからだ。

 当初、ファイサは、ルグンからここまで逃げてきたエンジールの一団が、保護を得て何とかなりそうなことを故郷の者たちに伝えてほしいとサウファに言っていたのだが、その際、サウファが自分の口で伝えたらどうか、という話をしたことがきっかけである。

 せっかく逃げてきたのに、また戻るというのはどうかと思わないでもないが、そもそもサウファがエンジール一族のところに行ってファイサたちを保護した、と言っても信じられるかどうかは微妙なところだ。

 また、今現在、禁域攻略の最前線になっているだろうエンジールの集落に、それなりの経験があるとはいえ、それでもただの隊商に過ぎないサウファたちが今、行くことが出来るかどうかも疑問だった。

 そう言った諸々を考えると、ファイサが自分で伝えた方が確実だろうということになったのだ。

 ファイサなら一発で信じてもらえるし、エンジール集落へ向かう道筋も、軍に見つからないそれの一つや二つは知っている。

 問題は、他のエンジールならともかく、一族の中でそれなりの地位があり、またルグンから逃げた集団の頭だと認識されているファイサの顔は知られ過ぎており、長く旅をするのはおそらく難しい、ということだろう。

 これについてはどうしたものか、問題になりかけたのだが、解決策はルルたちが知っていた。


 顔が知られているのなら、顔を変えてしまえば問題ない。


 つまりは、人化魔術である。

 冒険者組合ギルドにおいて、限られた人間だけに教えることとされたそれだが、それを作り出したルルには多少の自由が冒険者組合ギルドから認められている。

 ファイサに、よくよく言い聞かせたうえ、サウファとラーヴァ、ポーラにも他人には絶対に言わないことを誓約魔術で誓ってもらった上で教えることにした。

 誓約魔術は、その錬度によって、どの程度、行動を強制できるかが異なるが、ルルが使うそれは言うまでもなく、世界最高の強度を持ったもので、かけることは当然ながら、解くこともおそらくルルにしかできない、それほどのものである。

 それについては特に言及せず、気軽にかけたあたり、ルルもかなり性格が悪いが、破らないなら別にいいだろうというそれこそ軽い気持ちでの行動だった。

 ちなみに破約したときどうなるかというと、本人の魔力を自動的に使って人化魔術が発動し、性別が反転した上で自分の本来の身分が言えなくなる、というものにした。

 当然だが、現代の魔術を少しでも知っているものであれば、そのような誓約魔術をかけたところで発動させられないということは分かる。

 性別の反転など出来ないし、本人の知らない魔術を発動させることも出来るはずがないからだ。

 当然、それを聞いた面々は、初めは、そんなこと出来るはずがない、と言っていたが、ルルが「……そう思うなら自由にしたらいいんじゃないか?」と何の気負いもなく言ったので、信じるほかなくなった。

 ルルの表情は明らかに本当の事しか言っておらず、自分はしっかり注意したんだからあとは関係ない、と思っている者が浮かべる一種無責任な性質を帯びたものだったからだ。

 おそらく後で解いてくれ、と言ったところで、しっかり注意したんだし、破る方が悪いんだからそのままだ、と無慈悲に言うに違いないと想像できるだけに、ラーヴァもサウファとポーラ、そしてファイサも、絶対に誓いを破るまいと心に強く刻んだのだった。


 ◇◆◇◆◇


「……今、僕はどう見えている?」


 人化魔術を覚え、発動させたファイサがルルたちにそう尋ねた。

 ルルは、


「額の宝石は消えたな。まぁ、間違っても小人族カタンゲノスには見えないだろう。身長もだいぶ違うし、顔つきも別人だ」


 そう言って頷いた。

 実際、今のファイサの見た目は、先ほどまでのそれとはまったく異なる。

 小人族カタンゲノスとして、七歳ほどの少年の容姿をして、額には菱形の宝石が張り付いていたファイサだったが、今は二十歳程の人族ヒューマンの青年であり、顔つきもしっかりと大人だ。

 若干の野性味を感じられるその顔立ちは中々の格好良さで、


「これはまた、中々いい男ね。街中歩いていたらきゃーきゃー言われそう」


 とゾエが言うくらいだった。

 

「それは困るが……関所は抜けられると思うか?」


 とファイサが尋ねると、サウファが頷いて、


「間違いなく大丈夫だろうね。身分証明が問題になりそうだったけど、これもルルたちが解決してくれたし」


 と言った。

 当然だが、ファイサの身分証はファイサ・エンジールとしてのもので使えるはずがない。

 けれど、ルルたちは、偽造された身分証をいくつか持っていた。

 一人一枚というわけではなく、何枚かの予備も持っているのだ。

 これは、モイツが、もしもどれかが使えなくなっても他のものを使用すればいい、ということで与えてくれたものである。

 違法行為も甚だしいが、そう言ったところ、モイツはかなり大雑把というか、ばれなければいい、という感覚が強いところがあった。

 それくらいの者でなければ、あそこまでの地位には上り詰められない、ということかもしれない。

 そういうわけで、そんな予備のうちの一枚をファイサに進呈したのだ。

 特に容姿についての細かい記載があるわけではなく、名前と性別、それに種族と冒険者としてのランクが書いてあるだけだ。

 人化の魔術を使って人族の男性になった時点で、ルルが使う予定のものであった身分証が普通に使えるのである。

 かなりザルな身分証明のようにも思われるが、本来なら冒険者組合ギルドの身分証明はそう言った誤魔化しは利かないものだ。

 ただ、モイツという重鎮が全面的に協力しているからこそ出来るに過ぎない。


「ここまでしてもらって、一体何で返せばいいのか分からないな……」


 と、ファイサが冒険者証を見ながら言うが、ルルは、


「ま、乗り掛かった船だしな。それにエンジール湖には実は俺たちも用がある。いろいろと解決したら、少し協力してくれればいい。それまでは、俺たちもファイサ、君に力を貸そう」


 そう言った。

 これにファイサは、


「……まさか君たちも禁域の攻略を?」


 と眉を寄せて尋ねるも、これにはイリスが首を振った。


「そんなつもりは毛頭ございませんわ。本当に、ただ、用がある・・・・だけ、ですの」


 その用が何なのかが問題であるが、ルグン中央政府が行おうとしているような攻略とは別の目的であることは間違いない、ということは一応分かる。

 それに、とファイサは自分が捕まった時のことを思い出した。

 禁域近くの危険地帯に居を構えるエンジール一族の一人として、小さなころから鍛錬を怠ったことはまるでなく、また実際にそれなりの実力を持っていると思っていたファイサであったが、あの時はそんな事実などまるで存在しなかったかのようにほとんど一瞬で決着がついてしまった。

 背後を取られたことすら理解できずに、一撃で意識を刈り取られた経験など、一体いつぶりの事だったろうか。

 少なくとも、一人前の戦士であると長から認められてからは一度もないと言っていい。

 それなのに、あの後、詳しく聞いてみれば、一族の者たち全員が、そのようにして決着をつけられてしまったのだという。

 ルルたちのうちの一人、ゾエが特級であり、冒険者としてはトップクラスの実力を持っているという話を聞いて、少し納得はいったが、それでも、あれほどの実力を持つものがいるというのはファイサにとって驚きであり、自分の修行の足りなさを深く認識した。

 そんな相手であるルルたちである。

 何も気にせず、ただ自分たちの目的だけのために動けば、たとえ禁域の中であっても、すんなりと侵入してしまえるのではないか。

 そんな気がした。

 いや、間違いなくそうであろう、と心のどこかで確信していた。


 そんな彼らが、わざわざファイサにこんな風に、少しばかりの協力を頼むのは、自分たちのため、というよりかはむしろファイサたちに気を遣っているからだろうとも。

 許しなく、人が管理する地域に足を踏み入れるつもりはない、そんな感じなのかもしれない。

 そう思ったファイサは、イリスの言葉に頷いて、


「……湖を荒らすわけでないのなら、協力するのは吝かじゃない。それに、これだけのことをしてもらって、何も返さないでいられるほど、僕は恩知らずのつもりもない」


 そう言った。

 これにイリスは、


「ありがたいことですわ。では、貴方の気持ちのいい協力が得られるように、しばらく、わたくしたちは貴方のために力をお貸しすることにいたしましょう……」


 そう言って微笑んだのだった。


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