第262話 同情
「まぁ、気を取り直して、尋問の続きと行くか……」
そう言って、ラーヴァは少し距離をとっていた少年に近づき、先ほどより柔らかな様子で、
「……それで、エンジールの者がなぜ、レナード王国内にいるんだ? しかも盗賊なんか……そんなもの、あんたたちの誇りが許すとは思えねぇが」
そう尋ねる。
ファイサと名乗った少年はそんなラーヴァの態度の変化に気づいたようで、
「……もしや、貴方はルグンの人間か? どうやら僕たちのことを知っている様子だが……」
と反対に尋ねる。
しかしラーヴァは、
「おい、質問してるのはこっちだぜ。渋らないんじゃなかったのか?」
と厳しく言った。
いくら尊ぶべき一族だ、と心の中で思っていても、それを仕事に挟む気はないようである。
これにファイサは申し訳なさそうな顔をして、
「いや、悪かった……ただ少し気になったんだ。そうそう、僕たちの目的だったな。それは簡単なことだ。食料と金が欲しかった。分かりやすいだろう?」
と少しばかり捨て鉢な様子で答える。
その答えは、ある意味で予想通りであるが、ファイサたちの出自を知ってしまうと途端に胡散臭く聞こえてくるものだ。
それはラーヴァも同じようで、首を傾げながら、
「……どちらもエンジール一族なら困るとは思えねぇが……」
と本当に不思議そうに言った。
これに、ファイサは苦笑して、
「全くだ。ついこの間まで、食べ物にも金にも困ることなどまるでなかったのにな……」
自嘲するようにそう言い、さらに改めて、という様子で話し始めた。
「先ほども名乗ったが、僕はエンジール一族の次代の長、ファイサ・エンジール。そして共にいたのは、一族でも将来を嘱望されていた優秀な者たちばかりだ。しかし、僕たちは今、ただの放浪者に過ぎない。なぜなら、僕たちは……」
――僕たちは、湖を追い出されたのだから。
そう言って、ファイサは目を伏せた。
◇◆◇◆◇
「追い出されたって……誰にだよ。エンジール一族に対してそんなことが出来る奴なんてルグンにゃ……」
いないはずだ、とまでは言わなかったが、ラーヴァの言いたかったのはそういうことだろう。
しかし、現実にファイサたちはここにいる。
彼らの言うことが事実であることは、ほぼ、間違いなさそうだった。
ファイサはラーヴァの質問に答える。
「追い出された、は正確な表現じゃなかったかもしれないな……。とは言え、別に、僕たちは何か特別な権力を持っているわけじゃない。ただ、ルグンの人々の厚意であそこに住むことを許されているだけだ。だから、国からの命令とあれば、従う他ない」
「国? 国だって!? まさか、ルグンがそんなこと……」
ラーヴァとファイサのやり取りを今まで静かに聞いていたサウファだったが、驚いてそんな声を上げた。
対してルルたちはさほどの驚きは感じない。
国がどこかの集落なりなんなりに命令することはどこの国でも普通にあることで、ファイサたちのそれも、確かに内容はかなり横暴なものではあるが、しかしそれでも極めて一般的な内容にしか聞こえなかったためだ。
それに、ルルにはそういえば、と思い出されることがあった。
「……ルグンは禁域への侵攻を進めているってことだったな。もしかして、その関係じゃないのか?」
ふと言葉にしたルルに、ラーヴァとサウファ、それにファイサも注目する。
特にファイサはルルの推測が正しいと認めるようにうなずいて、
「その通りだよ。僕たちの集落は、禁域の一つであるエンジール湖の底、湖底都市のそれこそ間近にある。そして、僕らの集落は、僕らの独自の魔術によって、周囲の魔物があまり近寄ってこない安全地帯になっているんだ……だから」
「なるほど。軍の拠点を造るにはうってつけ、というわけですわね?」
かつて軍に所属していたイリスが納得したようにそう言った。
その言葉を聞いて、ラーヴァが、
「……つまり、あれか。ルグンは禁域攻略のための足掛かりを得るために、エンジール一族の集落をその意思によらず接収した、と、そういうことか?」
「その通りだ。細かく言うなら、別に出て行けとは言われなかった。しかし……食料や物資などを供出するように言われ、さらに禁域攻略のために人員も差し出すように強く言われてね。しばらくは協力していたんだが、徐々に生活も厳しくなり、軍のエンジールに対する扱いも酷くなっていくばかりだった。それで、エンジール一族の長スラット……僕の父が、危機感を抱いてね。軍の目を盗んで、僕たちを集落から逃がしたんだ。あの湖の畔の集落は、このままでは先がないかもしれない、だからお前たちは他のところに新たな故郷を求めなさい、と」
「それで、ルグンを出たのか……しかし、その結果が盗賊というのはな……」
苦言を述べるラーヴァにファイサは苦く笑い、
「正直、もう限界だったんだ。ルグンを出るまで、毎日が戦いの連続だった。軍はすぐに気づいたんだよ。僕たちが、集落にいないということをね。自慢じゃないが、僕たちはルグンの軍と比べてもいい戦力だったからね。それで……ひたすらに追いかけられて……。食べ物を得ようにも街や村には近づけないし、どうしても必要な品を買い求めようとしても、僕らは罪人として布告されてしまっていたらしく、酷くぼったくられる。結果として、集落を出た直後に持っていた食料も路銀もすぐに尽きて……。だけどそれでも、ルグンを何とか出ることは出来たんだ」
その台詞で、かなり厳しい旅路を乗り越えてここまでたどり着いたということが分かる。
けれど、彼らが相当な苦境にあったとしても、それはルグン国内での話だ。
ここ、レナード王国に辿り着いたなら、街や村に寄ることも出来るだろうし、何ならそれこそ、この隊商などのような存在に助けを求めてもよかっただろう。
それをしなかったのはなぜか、と思ったのはルルたちだけではなかったようで、サウファがファイサに尋ねる。
「君たちの事情はなんとなく理解したけど、どうしていきなり隊商を襲ったりなんかしたんだ? 僕らだって別にそこまで鬼ってわけじゃない。普通に近づいてきて助けを求められれば、それなりに条件を付けたにしても手は貸しただろうと思うんだけど……」
これにファイサは、
「ルグンを出て、レナードに入った当初はそうしようとしてたんだ。けど、あの国の者たちの執念はひどくてね。レナードに来て最初に出会った隊商にまさにそれをしたんだ。そうしたら……」
「そうしたら?」
サウファが先を促すと、ファイサが言った。
「幌の中から沢山の戦士たちが出てきて、突然僕たちに襲い掛かって来た」
この答えに、絶句するサウファとラーヴァ。
サウファは、
「いや、しかしそれはたまたま、それこそ盗賊か何かの擬態に当たっただけじゃ」
と希望的観測を述べたが、ファイサは首を振って、
「一度だけじゃないんだ。そのあと、四度もそんなことがあった。それに、ルグンとレナードの国境近くのいくつかの村や町にも行こうとしたんだが、いかにもという感じの野営地が近くに必ずあってね。おそらくだが、あれは、ルグンの人間だった。かなりうまく擬態していたけど、テントや馬車の細かい意匠なんかでピンと来たよ。隊商も含めて、きっと僕たちを待ち伏せしてたんだと思う」
と、恐ろしいことを言う。
それが事実だとするなら、ルグンの執念深さは筋金入りである。
よくぞここまでたどり着けたというものだろう。
そして、最後に出会ったのが、このサウファの隊商だった、というわけだ。
それまでに彼らが出遭ってきた災難を考えると、彼らがいきなり襲い掛かって来た理由も分からないではない。
ファイサはこの場にいる面々が頭に思い浮かべたその予測を肯定するように続けた。
「……この隊商に会った時も、きっと、今までと同じように僕たちを捜索しているルグンが擬態した隊商だと思った。幌にルグンの香辛料の匂いが染みついていたしね。小人族は鼻がいいんだ。だから別にいいだろう、ってわけじゃなかったけど、もう本当に食べ物もお金も、そして精神も限界だったからね。これだけ厳しい目に遭わせられた相手なんだから、少しくらい痛い目に遭ってもらって、食料と金を奪い取ってやっても問題ないだろうと考えてしまって……。今思えば、あまりにも限界に近づきすぎたんだろうね。少し考えればそれがどれほど愚かなことかはわかったんだろうけど、そこまで思考が回らなくなってたんだ。捕まった後、あまりにも君たちが何も知らない様子だから、却って安心したくらいだよ……まぁ、盗賊として捕まったんだ。この後、僕らはそろって死罪か鉱山送りになるのだろうけど、それでもね。今までの生活を考えると、やっと解放されるのかという思いの方が強いくらいだ……」
ラーヴァとサウファは、ファイサの語った内容にため息を吐く。
それは、ファイサたちの置かれた状況に一定の同情を感じたからだ。
それに、ラーヴァたちはルグンに近い人間である。
当然、エンジールという一族には敬意を払っていて、そんな彼らがこのような目に遭ったと聞けば、義憤も感じるところがあるようだ。
「禁域攻略をしようとするのはまだ分かるが……そのためにそこまでするのは理解できねぇ。大体、エンジール一族をそこまで追い詰めて、ルグンの国民は何も言わなかったのか?」
ラーヴァの言葉に、ファイサは、
「どうも、父に僕たちのことを裏切り者だと言わせたようだよ。もちろん、父も本意で言ったわけではないだろうけど、集落にはまだたくさん人が残っているからね。しかも、女子供や老人が多い。彼らをどうこうすると匂わせられたら、父も屈せざるを得なかっただろうと思う。だから僕らはエンジールの人間としてルグンでは扱われなかったのさ」
ルグンで街や村に寄っても、ぼったくられた、とかの話はそこから来ているのだろう。
つまり、彼らは国中に追い回され、しかも邪険にされて、その上、エンジールという理由で今まで受けられていた援助をルグン国内で全く期待できなかったということだ。
よくここまで生きてたどり着けたものだ、と思う。
その場にいる全員が、ファイサたちに同情的な気持ちを深く感じた。
特にサウファはその気持ちが強いようで、
「……やっぱり、彼らを官憲に突き出したくはないな……」
と言い始めた。
盗賊であり、襲われたのは間違いないが、事情が事情である。
自分たちの命を守るために仕方なく行った、ということで理解はできる。
ただ、問題はある。
ルルはそれを口にした。
「気持ちは分かるが、隊商のみんなにはどう説明するんだ? 同情的なところがあるから、今回の襲撃は水に流してやってくれないか、と言うのか?」
それではい、分かりました、と普通なら言わないだろう。
それはサウファもよくわかっているはずだ。
けれど、サウファは、
「彼らの出自や事情を隠して言えばそうなるだろうけどね。こうなったら仕方がないさ。すべて話したうえで納得してもらおう」
そう言った。
これにラーヴァは、
「……まぁ、隊商の連中はみんな、半分ルグン出身みたいなものだし、そうすれば納得はするだろうが……そのあとはどうする? ただ解放するのか?」
そう言ったので、サウファも困ったようだ。
「それを言われると難しいな……。この事情ではルグンに戻すわけにもいかないし……ここで解放しても、おそらくはルグンの手の者が彼らを襲うだろうし」
確かにそれはその通りで、そうなると一緒に連れていく、という選択肢になるだろうが、あまりにも人数が多すぎる。
「……どこかで匿うというのは?」
ゾエがそう提案すると、ラーヴァは、
「ふむ、それは悪くない考えかもしれないが……どこでだ」
「それは……そうね、冒険者組合の施設のどこかとか?」
それほど本気で言ったわけではなく、なんとなくの思い付きだったのだろうゾエの言葉だったが、サウファは、
「なるほどね。それは意外といい選択かも知れない。ただ、この辺りはまずい。できれば情報の漏れないところがいいが……そうすると、テラム・ナディアかな……」
と検討し始めた。
しかし、テラム・ナディアを出てしばらく経っている。
ほとんどルグンとの国境近くまで来ている状態で、そこまで戻るというのは隊商としては痛手のはずだ。
けれど、サウファは、
「全員で戻る必要はない。半分に分けて、戻らせることにしよう。幸い食料はまだ余っているし、なくなっても僕らならファイサたちとは違って普通に買えるしね。テラム・ナディアまで戻れば、モイツなら事情を理解して匿ってくれるはずだし、ここは頼っておくことにしよう」
と言い、それからてきぱきと指示を出して、本当に馬車の半分を戻らせる手はずを整えてしまった。
それを見ながら、ファイサは唖然とした顔で、
「……いいのか? 僕たちを官憲に突き出さなくても……?」
と言っていたが、ラーヴァもサウファも問題ないと返答する。
それで、どうやら自分たちは最後に良い運を引き寄せられたらしい、ということに気づいたファイサは、涙を流して、
「ありがとう……」
と一言、言ったのだった。




