第261話 とうぞくだん
「……おいおい」
ルルの口から、つい、そんな声が出たのも仕方のないことだろう。
先ほど捕まえた盗賊たち、その尋問を行うとラーヴァが言ったが、盗賊たちを捕まえたのは基本的にルルたちであるため、その尋問に立ち会うことになった。
そして、尋問を始めるため、顔や容姿を知られないためか盗賊たちが身に纏っている頭まですっぽりと覆うローブを一人ひとり脱がせていったのだが、それによって分かったのは意外な事実だった。
「……これはまた。可愛らしい盗賊団ですわね」
イリスもまた、目を見開きながらそう言った。
口調ほど、驚きが薄いわけではないようだ。
実際、その場にいるラーヴァを初めとする冒険者たちも皆、驚いている。
「こども盗賊団……と、言ったところかしら。まぁ、本当にこどもというわけではないのでしょうけど」
ゾエが微笑みながらそういう。
そう、つまり、今回捕獲した盗賊団の構成員たちは、全員がまるで子供にしか見えない容姿だったのだ。
戦っている最中から妙に身長が低く、体が小さいな、とは思っていたものの、身軽に盗賊稼業を行うためにそういう者を集めたのかもしれないとさして気にしなかった。
しかし、実際に盗賊たちを捕まえてみると、こういう結果である。
驚かないはずがなかった。
とはいえ、ゾエの言うように、彼らは決してみんな本当に子供、というわけではない。
その理由は、彼らの額に巻かれている、民族的な衣装のバンダナを見ればなんとなく理解できる。
ラーヴァから彼らの内の一人に近づき、そのバンダナを乱暴に外すと、そこには見覚えのある菱形の宝石が張り付いていた。
「……やはり、小人族か。こいつら全員そうだろうな」
ラーヴァがそう呟く。
つまり、こども盗賊団ではなく小人盗賊団だった、というわけだ。
それにしても、そういう種族だとは分かっていても子供の容姿のものばかりがこうやって転がっているのは何かかわいそうな気がしてくる。
やったことを考えれば、自業自得で間違いないのだが、絵面が極めつけに悪い。
まるでラーヴァたちが子供を誘拐して売りに行くような集団に見えてくるのだ。
しかし、だからと言って彼らを解放するという訳にはいかない。
盗賊は重罪である。
しっかりと官憲に引き渡し、処罰を受けさせる必要があった。
幸い、今回は一人の死者も出ておらず、被害もないため裁判にかけられても死罪とまでいかない可能性はあるが、それでもどこかの鉱山などで強制労働というのが関の山だろう。
そんな彼らの先行きを考えると再度良心が痛んでくるが、罪は罪である。
ラーヴァもそう思ったのかどうか、表情を改めて、部下たちに指示し、まだ気絶している小人族たちの頬を叩き、起こしていく。
全員が起きると、鋭い眼で盗賊たちを見て、それから、
「……状況は分かっているな? 下手な嘘を言えば、お前たちはここで処分する。その上で、正直にすべて答えろ。お前たちはどこの誰で、どんな目的で俺たちを襲った?」
厳しい声で、そう、質問した。
もちろん、答えはほとんど分かり切っていることで、彼らは盗賊で、金品を奪うために隊商を襲った、ということだろう。
けれど、ラーヴァはもっと細かいことを聞きたいらしい。
というのも、今縛られて転がされてる彼らは、ただの盗賊にしてはあまりにも技量が高すぎた。
今でも、縄で縛られてはいるが、抜け出そうと魔術を使おうとしている静かな気配がある。
その気配は本当にわずかで、かなり注意していなければ見逃しそうなほどであり、通常の盗賊が持ちうるような粗末なレベルではない。
だから、そのたびに、ラーヴァの部下たちが威圧して止めているのだが、少しでも目を離せば彼らは逃走することだろう。
もし、彼らに何か後ろ暗いことがあるのなら、ここで聞き出しておかなければならない、それが結果として隊商の安全につながるだろう、と考えているラーヴァだった。
しかし、そんなラーヴァの質問に、盗賊たちは、
「…………」
と、だんまりだった。
全員がラーヴァから視線を逸らして不機嫌そうである。
答えるつもりはない、ということらしかった。
ある意味わかりやすく、ある意味であっぱれな態度であるが、それを許すラーヴァではない。
ラーヴァは彼らの様子を見てから、部下の一人に目配せする。
すると、その部下が腰から剣を抜き、盗賊の一人に突き付けた。
剣は、盗賊団のメンバーの一人の首筋に突き付けられており、その行為によってラーヴァたちがその盗賊の命をこれから断つ用意があることを示しているのは明白である。
そのことを、盗賊団の面々が理解したことを確認してから、ラーヴァは、
「……もう一度だけ、聞く。お前たちは何者だ? どこから来た。なぜ、小人族だけで盗賊まがいのことをしている。しかも、その腕で。誰か答えろ!!」
それは質問というよりはもはや恫喝だった。
あまり褒められた行為ではないが、尋問というのはこういうものである。
ラーヴァの、細身だが何をやるか分からなそうな顔つきも、その恐ろしさを助長していた。
そんなラーヴァの言葉にも、やはり声は上がらない。
ラーヴァは少しの間、無言で盗賊たちを睨んでいたが、ダメだと思ったのか、部下にもう一度頷く。
すると、部下の剣がゆっくりと振り上げられていく。
徐々に高く、なっていく、銀色の光。
それが最も高い点に到達した時点で、思い切り振り下ろされ、そして盗賊の首は落ちるのだろう。
しかし、誰も口を開かない。
徐々に上がる剣。
じりじりとした空気が緊張に満ちていく。
そして、剣が頂点に達し、ラーヴァが再度部下に頷くと、部下が腕に力を入れた。
その瞬間。
「……待ってくれっ!!!
盗賊団の一人からそんな叫び声があげられ、それと同時に、剣が止まる。
ぎりぎりのタイミングだった。
剣は、ちょうど盗賊の首筋の手前、指一本入るか入らないかのところで止まっていた。
それを見て、ほっとしたように息を吐く、声を上げた盗賊。
彼は男性で、見た目だけなら、七歳ほどの少年のように見えた。
しかし小人族換算であれば、あれですでに成人していてもおかしくはない。
ラーヴァは見た目が子供だからと決して侮ったりはせず、また油断も挟まずに、ゆっくりと静かにその少年の耳に口を寄せ、言った。
「……喋る気になった、ってことでいいんだよな? もし、そうでないなら……」
そこで言葉を切って、ラーヴァがちらり、と首筋に剣を突き付けられている盗賊を見ると、少年は仕方がない、といった表情で、
「この期に及んで渋る気はない……もはや、僕たちの命運は尽きた。すべて、話そう……だが、皆の命だけは……どうか、保証してはくれないか……」
と、重苦しいことを言い、懇願した。
確かに、盗賊として捕まっては人生終わりと言ってもいいのかもしれないが、その少年の言葉にはそれ以上の意味が込められているような気がして、ラーヴァは奇妙な感覚に陥った。
ラーヴァの隣には隊商のリーダーであるサウファもいたが、彼もまた首を傾げている。
とはいえ、話すつもりになったのはとりあえずいいことだろう。
ラーヴァは少年に言う。
「……盗賊は死罪が基本だ。だが、俺たちは裁判官じゃねぇ。お前が正直にお前たちのことを話すなら、わざわざここでお前たちをどうこうすることはない。とりあえずそれくらいしか約束は出来ねぇ」
そう言った。
その言葉に少年は、
「……感謝する」
そう言って深く頭を下げたのだった。
◇◆◇◆◇
それから、少年の尋問は場所を移して行うことになった。
みんなの聞いている場所で尋問を行って、盗賊団の面々が口裏を合わせられては困ると考えての事らしい。
先ほどあの場所で尋問を行っていたのは、あくまで喋る気を起こさせるのに必要だったからということのようだ。
場所は、具体的には、隊商の馬車の中の一つを使い、防音の魔術をかけてそこで行うことにした。
尋問に参加するのは、隊商のリーダーであるサウファ、護衛たちのリーダーであるラーヴァ、それに盗賊を捕まえるのに貢献したルルたち、ということになった。
「……まずは、お前の名前からだな。なんていう名前だ?」
ラーヴァが少年にそう尋ねると、少年は、
「僕の名前はファイサ・エンジール。エンジール湖の畔に住む一族の長スラットの息子」
そう名乗った。
これに対して、ルルとイリス、ゾエは特に何とも思わなかったのだが、ラーヴァとサウファは酷く狼狽し、さらに呻くように言った。
「……聞きたくなかった。尋問したのが間違いだった」
「いや、むしろここにいたのは僕たちだけでよかった。他の隊商のみんなには聞かせられないよ……。しかし、こうなると官憲にただ突き出すっていうのもまずい。かといって解放するという訳にも……」
どうやら、ファイサの台詞に重要な意味があるらしいが、ルルたちには分からず、不思議に思って尋ねた。
「……何か問題があるらしいが、何なんだ? 今の台詞に何かあったのか?」
ルルがそう言うと、これにラーヴァとサウファが顔を見合わせて、それからひそひそした声でルルたちに言った。
「これは、内密に頼むぞ……今あいつが名乗った名前、エンジールというのは……ルグンでも有名な一族でな。湖底都市って聞いたことあるだろ? あれが沈んでいる湖、エンジール湖の畔に居を構える、歴史の長い一族の名前だ」
これに、なるほどと思ったルルたちではあったが、それだけならこれほどにラーヴァとサウファが狼狽している理由が分からない。
さらに首を傾げていると、サウファがラーヴァの後を継いでつづけた。
「よくわからない、という顔つきだね。まぁ、そうだろうさ。これはルグンの人間にしか分からない話だ。エンジール一族というのはね、ルグンでは非常に尊崇を集めている一族なんだよ。その出自はかつて存在したと伝えられている、滅亡した古代の小人族の王国の王族の血筋だと信じられている。そして、今はエンジール湖の畔で、エンジール湖の底に坐す神にルグンと、そして小人族の繁栄を祈りながら暮らしているんだ」
「つまり、ルグン特有の宗教の神官一族のようなもの、ということか?」
ルルがそう尋ねると、ラーヴァもサウファも頷いた。
「厳密にいうと違うけど、概ねその理解で正しい。だから、ルグンで彼らはとても尊敬されているし、崇拝されている。ルグンにおいて、彼らを害することは罪深いこととされ、彼らを無下に扱う小人族はいない……はずなんだけど」
途中までは確信ありきだったのに、なぜか最後は尻すぼみな言い方をしたサウファである。
「その割には、盗賊に身を窶して、随分と質素な暮らしをされているようですけれど」
イリスが突っ込むようにそう言うと、ラーヴァも頷いて、
「そこなんだよな……エンジール一族の連中は、まず、エンジール湖の畔にある集落から離れない。魔物が跋扈する禁域と目と鼻の先なのに、な。ただ、それでも長い間命脈を保ってきたんだ。周囲の魔物に襲われない方法を彼らは知っているのだろうが、ともかく、彼らがそこから出ることはあまりない。あったとしても、何か用事があるときであって、盗賊になるために集落から出るなんてことはありえないはずなんだ」
「……すごい出てきてるじゃない。二十人の大所帯で」
ラーヴァの台詞に、ゾエも辛辣な突っ込みを入れる。
これにはサウファもラーヴァも言葉が出ないようで、黙り込む。
しかし、ラーヴァは、
「俺もそこら辺の事情は分からねぇが……まぁ、聞いてみれば分かるはずだ。さっき、正直に言うって言ってたんだからな」
「本当に正直に言うといいわね」
ゾエが嫌味っぽくそう言うと、ラーヴァは、
「エンジールの奴らは嘘はつかねぇよ」
と確信ありげに言う。
あまりにもはっきりした言い方だったので、少し驚いたゾエである。
これにラーヴァは頭を掻きながら言う。
「ま、それだけ信用されてる一族だってことだ。俺も半分はルグンの血が流れているからな。彼らに対する、言葉にしにくい信頼みたいなものがある。もっと言うと、この隊商のメンバーはみんな、どこかでルグンの血が入ってるからな……自分たちを襲った奴らがエンジールの奴らで、しかもふん縛って転がしてこれから官憲に突きだそうとしている、なんて知った日には……発狂しかねないぞ」
ラーヴァは、まるでそのときの様子がありありと頭に浮かんだかのように、何とも言えない表情をし、そして深くため息を吐いたのだった。