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第258話 秘密

「いやはや、意外や意外、こんな会合が頻繁に開かれているとは寡聞にして知りませんでしたぞ。いい収穫でした」


「そうですな……私は一応、調査員たちが自主的に報告会のようなものをここ、テラム・ナディアで行っているとは聞いたことがありましたし、報告書も見たことがあるのですが、実際に出席してみると、書類だけではわからないことが多かった。調査員たちと実際に話してみると実に面白いですし」


 そう話し合っているのは、会合に出席した北方冒険者組合ギルドの幹部たちである。

 似たような会話がそこここでなされ、また発表を終えた調査員たちが質問攻めに遭っていた。

 今日行われた発表はすべて、本部に書類として報告され、幹部たちも目を通せる資料となるのだが、やはり、実際に出席するのと書類を読むだけとは違うようだ。

 気になった点をその場で尋ねられるのはもちろんだが、それ以外に、調査員たちが持っている情報が考えていた以上に広汎なもので、色々と有益だったらしい。

 調査員たちも発表それ自体は酷く緊張しながら行っていたが、本部の幹部と直接会話する機会が得られたことに喜んでいるようだ。

 総じて、今日の会合は成功したということになるだろう。


「……何とか、なったか」


 ランドが、ポーラの横でげっそりとした表情で突っ伏している。

 最終的にはしっかりとした発表をすることが出来た彼だったが、やはり相当緊張していたようで、解放された今、疲れがどっと襲ってきているようだ。


「はい、お疲れさまぁ。いい発表だったわよ。モイツ様やイヴァンさんも興味深げに聞いてらしたしぃ」


 ポーラの言葉にランドは驚いたように顔をばっと上げて、


「ほ、本当か……? いやはや、それならよかった。退屈だと思われてないかと気が気ではなかった……」


 壇上から聴講席の様子はある程度見えるし、反応もわかるはずなのだが、どうやらそこまでは注意が払えていなかったらしい。

 ランドは安心したような顔をして、今度こそ本当にリラックスしたようだった。

 それから、ランドは少し考えてから、ポーラに尋ねる。


「しかし……本当になんでこんなことになったんだ?」


 彼としてはどうしてもその点が気になるらしく、真剣な表情である。

 ポーラとしても特に隠すことはないし、素直に今までの“なりゆき”を説明した。

 イヴァンとモイツ、それにルルたちとの出会い、ここに来るまでのこと、昨日の飲み会のこと。

 すべて聞き終えたランドは、


「……それはまた、面白いことがあったものだな」


 としみじみ呟いた。

 偶然というものがこの世に存在し、それが時として奇妙な出会いを作りだすことは彼もよく知っているが、それにしてもそれが最終的にこの会合をこれほどの大事にしてしまうとは、と感慨深いものを感じているようだった。

 それはポーラも同感だった。

 そしてふと、何かが始まっているような、そんな気もした。

 それは一瞬のことで、すぐに掴めなくなってしまう感覚だったが、何か、心をわくわくさせるような、そんなものだった。

 だから、という訳ではないが、ポーラはランドに言う。


「ええ。その通りねぇ……ついでだけど、私、本部に栄転が決まったの。これからよろしくねぇ」


 その言葉に、ランドは驚いた。


「な、なに……? いや、ポーラはいい調査員だと思うから、能力的には問題ないと思うが……いささか、急だな?」


 ランドはもともと、本部勤めの情報調査員である。

 だからこそ、一番最初の発表者に選ばれたのだ。

 つまり、これからポーラとは同じ職場になるということだ。

 ポーラはランドに言う。


「それこそ、色々と、ね……でも、きっとこれから、楽しくなりそうだわぁ。今までも楽しかったけれど……」


 意味深にそう言ったポーラを見て、ランドも思ったことはある。

 けれど、どういう意味か言わないということは、言えないことなのだろうと察し、特に深くは尋ねない。

 ポーラも、ランドにはルルたちの依頼については話していない。

 それは機密だという話だったからだ。

 必要であれば、いずれイヴァンやモイツから本部の調査課に伝えられることだろうし、今自分が言うことではないのだ。

 それを、お互いに分かっていた。


 そのため、ポーラ栄転の事情についてはそこで話が終わったが、ふと、ポーラは思い出してランドに尋ねた。


「そう言えば……」


「なんだ?」


「昨日、一緒に呑んだ人の中に、モイツっていう子がいたんだけど、知ってる?」


「モイツ? モイツ様ではなくてか?」


「ええ、見た目が似ても似つかない人族ヒューマンの少年だったからねぇ。冒険者組合ギルドとかかわりのある商会の人らしいのだけど」


「ふむ……知らないな……いや、そう言えば先日、妙に女性職員が騒いでいた日があったような気がするが、それか……?」


 ランドは一度首を振ったが、少し考えてふと思い出したらしく、そう答えた。

 ポーラはどうかしら、と言いながらも、それかもしれないと思って言う。


「不思議な雰囲気をした美少年だったから、騒ぐ気持ちはわからないでもないわぁ。やっぱりいたのね。でも、だったら今日、来てくれればよかったのにぃ」


 ポーラが考えたのは、そのことだった。

 イヴァンが誘ってくる人物、その中にあのモイツ少年もいるだろうと思っていたのだ。

 しかし、どうやら来ていないようである。

 まぁ、若いとは言え、北方冒険者組合本部に出向してくるような人材だ。

 色々と忙しくしていて、用事もあって来ようと思っても来られなかった可能性は高い。

 ただ、なぜか非常に残念に感じているポーラだった。


「また、会えればいいのだけどねぇ……」


「む……?」


 呟いたポーラの横顔に、いつもは感じない雰囲気があるのを察したランドである。

 しかし、その詳細について突っ込むことはなかった。

 あまり突っ込んで、気づいていない小さな気持ちの萌芽に気づかれては困る。

 少しだけ、そう思ったからだった。


 ◆◇◆◇◆


「……本当に行くのねぇ……」


 テラム・ナディア入り口に集う隊商の馬車の列を見上げながら、しみじみとした口調で呟いたのはポーラだ。

 彼女の見つめている隊商は、ラーヴァの伝手である、レナードとルグンを行き来する商人たちのものだった。

 レナードとルグンはあまり仲がよくないとはいえ、レナードでしか手に入らない素材などもあるし、その逆もある。

 完全に交流を断つというわけには行かず、こうして限られた数の商人が、そう言った素材などを買入れ、または売りながら行き来しているのだった。

 ルグンへの入国計画を立案してから一週間ほどしてやっとやって来た隊商だったが、これはむしろ早い方だという。

 もともと数が少ないうえ、今はルグン国内の事情によって、レナードとの行き来をする人間はさらに減っていることがその理由だと言われれば納得だった。


 この場には、見送りに来てくれたのか、ルルたちとラーヴァ、ポーラ以外にも、モイツとイヴァン、それにアドラーとミレーユである。

 西方組合長ウエスト・マスターであるアドラーとその補佐であるミレーユはてっきり途中までは一緒に行ってくれるものかと思ったが、それは出来ないらしい。

 というのも、ルグンに向かう隊商に四方組合長の一人が混じっているのは極めて怪しいと見られる可能性があるからだという。

 通常の隊商に交じっていても、それはたまたま足を借りたからと言えるが、今回は疚しいことがあるのだ。

 スパイだろうと疑われる可能性がある事情は出来るだけ排除しておくべきだという判断だった。

 同様の理由で、ルルたちが普段使っている馬車と双頭竜はテラム・ナディアに置いていかざるを得ない。

 馬車も特注、双頭竜に至っては存在すら珍しい生き物であるところ、一般的な隊商にそんなものがいるのはおかしいからだ。

 もちろん、いずれ戻ってくるからしばらくはお留守番、ということになるが、寂しくなる。

 特にニーナは最後の最後まで抱き着いて離れなかった。

 種類は異なるが同種族ということで、余計に寂しく感じたのかもしれない。

 むしろ双頭竜の方が、もういいから行け、という顔をしていたのに笑ってしまったのは一同の秘密であった。

 今はニーナもすっきりしたのか、その辺をパタパタ飛び回り、隊商たちの馬車を引く動物たちと交流している。

 馬よりも馬力があり、丈夫な竜馬が多いが、大きめの馬車はそれに見合う馬力をもっていると思しき大きな地竜が引いていたりとバリエーションが多彩で見ていて面白い。

 王都にも来ていたことはあるが、初級でしかない身には大規模な隊商の護衛依頼などまず、なかったし、近くでまじまじと見る機会もなかった。

 だから改めて、規模の大きな隊商とはこういうものか、と感じ入ったルルとイリスだった。


「二人ともまだまだ、田舎者よね」


 ゾエが少し笑ってそう言ったので、反論しようとしたルルとイリスである。

 けれど、


「そんなことはない……とは、とてもじゃないが言えないな。村を出てからしばらく経つけど、知らないことがまだまだたくさんだ」


「その通り、ですわね。かつての栄華を知っているので、都会の街並みや人ごみに驚くということはないのですが、現代の人族ヒューマンの文化についてはあまり……」


 ゾエの言葉に一理も二理もあるとすぐに認めた二人だった。


「まぁ、これから知っていけばいいのよ」


 ゾエが先輩風を吹かせてそう言った。

 実際、ゾエは五十年ほど昔ではあるが、色々な土地で冒険者として活動している。

 その経験からすると、隊商というものは別に珍しくもなんともないらしかった。


 しばらくして、ラーヴァが一人の男性と連れだって、ルルたちの方にやってきた。

 一緒にいる男は、この隊商のリーダーであるらしい。

 人族ヒューマンの男性であるようだが、猫のような癖っ毛をした彼はかなりの童顔で二十歳をいくつか過ぎた若者にしか見えない。

 しかしそのこげ茶瞳に宿る光は、その男がそれなりの修羅場を潜り抜けていることを伝えている。


「話はついたぞ。お前たちが同乗することに同意してくれた。事情についてもこいつには話してある……ただ、こいつ以外の奴らは知らないから、そのつもりでな」


 聞けば、隊商のリーダー以外には表向きの事情だけ伝えているのだという。

 つまりそれは、レナードの人間ではなく、他の国の人間であり、そしてポーラに請われて、軍に所属するためにルグンに向かうのだという話である。


「やぁ、初めまして。僕はこの隊商のリーダーのサウファだ。母は人族ヒューマンなんだけど、父が小人族カタンゲノスでね。どうにも年齢よりかなり童顔で押し出しが弱くて参ってしまうよ。これでも四十をいくつか越えてる」


 その言葉に少し驚いたルルとイリスである。


「どう見ても、二十代にしか見えないな……」


「ええ、昔はあまり混血は盛んでありませんでしたから、珍しく感じますわ」


 イリスの言う、“昔”とは数千年の昔のことだが、サウファはそうは捉えなかったようだ。

 説明するように言う。


「今もそれほど盛んではないけどね、ここ二、三十年くらいは増えてきているらしいよ。うちの両親はその走りさ。子供のころはよくからかわれた……ってそんな話はどうでもいいか。それよりも、君たちのことだ。事情は聴いたよ。僕としては危ない橋を渡るのは勘弁願いたいんだけど、ラーヴァには色々と借りがあるからね。ここらで一つ、返しておこうと思って。ラーヴァからも話があったとおり、このことについて知っているのは僕だけだから、そこのところ、よく注意してね。それと……そこの、小人族カタンゲノスの君、こっちを見てくれ」


 そう、ポーラに話しかけた。

 ポーラは先ほどから、どうもサウファから顔が見えないような、隠れるような位置取りをしていた。

 人見知りなのだろうか、とルルは思ったが、彼女は初対面の人間だからと言ってしり込みするようなタイプではない。

 なぜだろうと気になっていた。

 ポーラは、やはりサウファから顔を隠していたようで、呼びかけられてびくり、としたが、顔を見せろと言われればどうしようもないと観念したらしい。

 素直に前に出てきた。

 サウファはポーラの顔をまじまじと見、驚いたような顔をし、それから笑顔になった。


「やぁ、やっぱりポーラじゃないか。懐かしいね……お父様は元気かい?」


 と尋ねた。

 ポーラはその言葉に、


「……ええと、たぶん、元気だと思うわぁ……」


 と微妙な返答をしたが、その言外に込められているだろう意味にサウファは気づいたらしい。

 すぐに、


「おっと、すまないね。余計なことだった」


 と言い、それからルルたちに、


「彼女とは小さなころから知り合いなんだ。と言っても、本当に子供のころに何度か会ったくらいなんだけどね。つい、懐かしくなってしまって。さぁ、そろそろ出発するよ。みんな、乗ってくれ」


 そう言って、そそくさと隊商の方に戻っていった。

 このやり取りに奇妙なものを少し、感じないでもないルルたちだったが、人が色々と事情を抱えているのは当たり前のことだ。

 それを無理やり聞き出そうとするのはよくないというのも。

 特に、この中で最大の秘密を抱えているのはルルたちなのだから、自分たちが嫌なことを他人にやるべきでないだろう。

 そう思って、特にそのことに触れずに、ルルはポーラに言う。


「じゃあ、行こうか。道中、ルグンのことについていろいろ教えてくれ」


 ポーラはその言葉に不思議そうな表情で、


「……さっきのことは……」


 と言ったが、ルルは、


「まぁ、いいんじゃないか?」


 そう言って、微笑み、イリスとゾエを伴って、馬車の方へと歩いていったのだった。


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