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第25話 火竜の解体

『お前ら、よく集まってくれたなぁぁぁぁ!!』


 中央広場にグランの巨大な声が鳴り響いた。

 火竜解体ショー、それはそんな声から始まった。


 辺りを見てみると、広場は極めて盛況である様子だった。

 最前列のルルが後ろを振り返って、広場に座ってグランを見ている人、立ち見客などなどの人だかりを眺めてみれば、まるで人の海で、本来彼らの向こう側に広がっているはずの街の風景がほとんど隠れてしまっているほどである。


 広場中央にはおそらく急拵えと思しき広めのステージが作られていて、その上には実に巨大な火竜の死体が横たえられている。

 ショーが始まる前は見えないように巨大な布で覆われていたので、それが取り払われたときの観客たちの歓声はすごかった。

 火竜の大きさを見て、15メートルはありそうな巨体を一体どうやって運び込んだのか不思議になったが、シフォンによれば今回の火竜程度の大きさのものを詰め込める空間収納を保有している巨大商会が王都にはあり、そこに依頼して持ってきてもらったということだ。

 通常ならその場で解体して小分けにして運搬するしかない巨大な火竜だが、空間収納のような便利なものがあるならそのまま持ってくることも出来るだろう。


「空間収納……イリスは持ってるか?」


 シフォンに聞かれないように声量を落とし、さらに風の魔術で音声を遮断した上で聞く。


「いえ、私は持っておりません……軍の備品としていくつかあったのは覚えておりますが、おそらく今はもう、散逸してしまっているだろうと思います」


 その答えに、ルルはがっくりくる。

 あれば色々楽になっただろうに、と思ったからだ。

 一応、近いものは作れないことはないのだが、中に入るものの量はかなり少な目になるのは間違いない。

 技術も材料も不足している。

 実のところ、空間収納の制作技術は古代魔族が保有していた技術の一つであったのだ。

 とは言え、専門職というものがいて初めて高品質のものが作れるものだ。

 ルルに作ることが出来るのは、あくまで劣化品である。

 原理を知っているからと言って、なんでもできるというわけではないというわけだ。

 魔導銃マギア・ピストラくらいの、小型であまり材料に拘らずに作れるものなら制作も容易なのだが、火竜ほどの大きさのものをいれられる空間収納とくれば流石にそれほど簡単にいくものではない。

 当面、そう言ったものについては諦めるほかないようである。


「基本的にはこのサイズのものがあれば困ることはないと思いますが……」


 イリスが自分の鞄を持ち上げてそう呟いた。

 それは、ルルが制作した空間収納である。

 あまり大規模ではないが、通常の鞄と比べればかなり多くのものが入るのは間違いなく、確かにそれさえあればあまり困ることはなさそうなのは事実だった。

 イリスのみならず、ルルも持っており、ついでにグランたちにも作ってあげたものだ。

 非常に喜ばれたので作って良かった、と思っている。

 ただ、量産することは出来ないだろう。

 なにせ、その鞄の心臓部というべき部分は、イリスの眠っていた古代遺跡から出現した魔導機械のものを流用しているからだ。

 魔導銃マギア・ピストラもそうであり、もしこの世界で高度な魔導機械を作ろうと考えるなら、よほど資金が潤沢でなければ、遺跡出土品の流用でいくしかないかもしれない。

 魔導銃マギア・ピストラくらいまでなら一から作ることも出来ないではないのだが、飛行機械クラスになると流石に無理だろう。

 冒険者になったら、そう言った遺跡発掘にも力を入れていきたいものだ、とルルは思った。


 そんなことを考えていると、わっと辺りから歓声があがった、

 どうやら、火竜の解体が始まるようで、ステージ上にいるグランがつるつるとした素材で作られたエプロンを身につけ、右手に長刀を持って火竜の死体を見つめている。


『じゃあ、これから火竜の解体をはじめさせてもらうぜ! 解体が終わったら、肉は全部とは言わねぇが、ここにいる全員に行き渡る分くらいのドラゴンのシチューを作るつもりだから、食いたい奴はここに残っててくれ!』


 そう言って、グランは長刀を振りかぶった。

 竜はすでに死んでいるが、その迫力はいささかも衰えていない。

 ぎらぎらとした目にはもはや光はないし、鱗からも生命力は感じれない。

 しかしそれでも、その身に宿る魔力は衰えが見えず、そう簡単に切断することは出来ないだろうと思わせるくらいの固さがあるのは間違いなかった。


 けれど、グランはやはり、良い腕をしているのだろう。

 振りかぶられた長刀はすっ、と迷いなく竜の首筋に入り込み、そしてそのままほとんど音も立てずに落としてしまったのだ。

 びたり、と振った長刀の切っ先を地面につける前できっちり止める辺りも流石だ。

 普段使っている大剣とはコツもかなり異なるだろうに、何の問題もなさそうである。


「いい切れ味だな、あの剣……」


 ルルがさくさくと切り取られていくドラゴンの様子を見ながら、呟く。

 すると横からシフォンが、


「あれは"刀"と言われる特殊な武器ですよ~。東方で刀匠とうしょうと呼ばれる職人さんが技術の粋を集めて打つ武器だそうで、見ての通りの切れ味が特徴です。竜の首を見てください……」


 言われて見てみると非常に滑らかな切れ方をしていて、通常の剣を使って切ったときに生じる傷のようなものが全く見られなかった。

 切れた竜の首から流れる血液は本来なら飛び散ってしまいそうなものだが、ステージを覆うように不可視の巨大結界が張られており、飛び散った血はそこにぶつかって観客までは届かない。

 しかも、地面にも落ちることなく、グランの後ろに置かれているバケツ状の入れ物に吸い込まれるように流れていっている。


「あれはなんでしょうか……?」


 イリスがシフォンに尋ねる。


「魔法具ですね。竜の血液は上等な薬剤の材料になりますから~。料理の材料としても重宝しますし、武具を打つときに使ってもいい触媒です。だからああやって一滴も無駄にしないように集めるんですよ~。もともとは、雨の少ない地域で水分を集めるために作られた魔法具なんですが、こういう使い方も出来るので~……」


 竜は肉から骨、そして血液に至るまで捨てるところの全く存在しないすばらしい素材であるのだという。

 確かにどの部分にも様々な利点があることは昔から知られていて、人族ヒューマンの武具によく使われていた。

 人族ヒューマンはあの時代はよく竜を狩っていたのだ。

 よく絶滅しなかったものだな、とは思うが、それは強力な竜達がいくつもいて、あまり欲を出すと大損害、ということもありえたことに起因するのだろう。

 魔族としても彼らは味方として扱っていたから、乱獲するというのも難しかったのだろう。


 そうして、火竜の解体は終わり、すべての素材が分割され、剥がれる。

 大量の肉と鱗、それに牙に目に角に血液に骨と、本当に全てがしっかりと処理されてステージ状に並んでいた。


 観客たちもその解体の一部始終を見られて満足したようだ。

 その作業の全てをほぼ一人でこなしたグランには、拍手喝采が送られたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 それから、ステージ上には鍋やら他の食材やらが運び込まれて即席台所と化し、どこからともなく現れた料理人集団によって今解体されたところの竜の素材のいくつかが食材として調理されていく。

 横を見てみればいつの間にやらシフォンがいなくなっていて、


『さぁ、これからドラゴンシチューを作りますよ~! みなさん、腕によりをかけた私の料理、お楽しみに~!!』


 などとステージ上から大声で叫んでいる。

 フリルの多用されたかわいらしいデザインのエプロンを着て、コック帽を被って微笑みながらきびきびと調理する彼女は中々に愛らしく、


「シフォンちゃーん! 結婚してくれ!」「いや俺とだ」「俺とも!」「あんたには奥さんがいるでしょ!」


 などと言った声がそこかしこから聞こえてくる。

 どうやら彼女は結構な人気者らしく、先ほどのグランの解体のときに勝るとも劣らない歓声がステージに向けられていた。


 彼女以外にも幾人もの料理人がステージ上にはいて、皆かなりの腕のようである。

 包丁を操る手つきもそうだが、動きの一切に無駄が見られない。

 迷うことなく次々と処理をしていき、料理は着々とできあがっていく。

 並んだいくつもの寸胴鍋が火にかけられると徐々に良い匂いが広場に充満してくる。


「おぉ……おいしそうだな」


「全くですわ……あれ、無料で出してくれるのでしょうか?」


 ルルがくんくんと鼻をかぎながら呟くと、イリスも続けて言った。


「あぁ、あれは無料だ。鍋のサイズ見てみろよ、ここにいる全員に行き渡るだろ?」


 後ろからそんな声が聞こえたので二人して振り向くと、そこには久しぶりに見た顔があった。


「グラン! 元気そうだな!」


 ルルがそう話しかけると、彼は豪快な笑みを浮かべて近づいてきた。


「おう、久々だな……お前らも元気そうで何よりだぜ! しっかしあれだなぁ……もっと時間掛かると思ってたのに、ずいぶん早く来たな」


 ルルとイリスを抱きしめてから、グランはそう言った。


「おい、苦しいぞ……離せ」


 流石にグランの巨体に抱きしめられると息苦しく、ついそう言ってしまった。

 イリスはあまり苦しくはなかったようで、無抵抗である。

 人族ヒューマンと魔族の基本的身体能力の差が出たようだ。

 身体強化しないルルは結局14歳の体力でしかない。

 そのことに気づいたグランは力を抜くと、


「おっと悪い……」


 そう言ってルルを離した。


「いや、別にいいんだけどな……そう言えばユーミスは?」


 いつも二人組で行動している印象があるので、あの古族エルフの姿が見えないことに疑問を感じたルルはそう尋ねる。


「あいつはまだ裏で結界を張ってるよ……ルル、お前と違って遠距離で維持、みたいなことはあいつは出来ねぇからな」


「あぁ、なるほど……」


 改めてステージの方を振り返って見てみると、そこには結界が維持されている。

 ルルやイリスはある程度ああ言った結界から離れた位置にいても維持が可能だが、現代の魔術師にそれは難しいことらしい。


「ミィとユーリは多少離隔していても魔術の発動に支障はないのですけど……」


 そう、イリスが呟く。

 イリスから魔術を学んだあの二人は、基礎からして現代魔術師とは全く異なる体系に従っているため、出来ることの幅が違うのだ。


「そうなんだよな……。初めて見せられたときは驚いたものだが……ユーミスも未だに練習してるみたいなんだが、どうも常識が邪魔をするらしい。まだまだ時間がかかるって話だ」


 グランがそう答えた。

 意外なことに、というべきか、ユーミスにもイリスは実験的に自分の技術を伝えようとしたのだが、彼女は中々、古代魔族式の魔術を使用することが出来ないでいた。

 古代魔族式の魔術は、ミィとユーリに教えるついでにユーミスにも学んでもらった。

 しかし、めきめきと力をつけるミィたちとは対照的に、ユーミスはてんで身につかずに終わってしまったのだ。

 それでも模擬戦をすればユーミスの方が圧倒的に強いので、自力は間違いなくユーミスの方があるはずなのだが、そこのところが不思議だった。

 それでも、全く出来ていないわけではなく、ある程度は身についているので、あの頃よりユーミスは強くなっている。

 ただ、ミィとユーリにはでき、ユーミスに出来ないことが、いくつかある。

 そういうことだ。


 これが果たしてユーミスだけの現象なのか、それとも他の現代魔術師も同様なのかは検証できる存在がいないので不明だが、おそらくは同じなのではないか、とルルとイリスは考えていた。

 それどころか、全く使えない可能性すらあると。

 ルルの母も魔術は使えたが、その魔術言語は明らかに不自然であり、ああ言った魔術の使い方をしている者が人族ヒューマンの大半なら、古代魔族式の魔術は使えるようにはならないだろう。

 ユーミスは、魔術言語については問題なく使えていたし、それについて尋ねると古族エルフはこんなものであり、人族ヒューマンとは魔術の使い方が違う、という話だったから、ルル達の予想は当たっている可能性が高い。

 人族ヒューマンの文明の衰退、それは、魔法技術についてかなり顕著である、ということなのかもしれなかった。


「ま、そんなことはいい。……そろそろ、シチューも出来そうだしよ。食わせてもらおうぜ。腹減っただろう?」


 そう言ってグランはくいっとステージを示した。

 そこでは料理人達が全ての作業を終えたらしく、それぞれ巨大な寸胴鍋の前に立ち、右手に杓を、左手に底の深い食器を持って構えていた。

 どうやら彼らが配ってくれるようである。


「並べばいいのか?」


 ルルがそう尋ねるとグランは頷いた。

 それから、三人は連れだって、並びだした人の列につき、自分の番が来るのを待ったのだった。


 余談ではあるが、もっとも長い列を作ったのはシフォンであり、その人気のほどが知れた。


 グランによれば、あの氏族クランの酒場は一般の人も客として入れており、シフォンの容姿と腕は王都では結構有名なのだという。


 それならあの列も納得だと、ルルとイリスは深く頷き、ドラゴンの素材で作られた絶品のシチューに舌鼓を打ったのだった。

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