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第257話 骨は拾ってくれ

「……ポーラ、何なんだ、これは」


 レナード北部冒険者組合ギルド本部内の会議室で、顔色を青くした冒険者組合ギルド職員がそう、ポーラに呟いた。

 彼は細面のいかにも学者風の容姿をした若い男性で、ランドと言う名前で、冒険者組合ギルドでは情報調査員として働いている人物である。

 見かけによらず、非常にフットワークが軽く、また顔も広く、コミュニケーション能力も高いため、広範囲から情報を集めてくる調査員として非常に有能な人物なのだが、そんな彼をして今まで見たこともないほど顔から血の気が引いている。

 それもそのはず。

 ポーラは彼が視線を向ける方向――つまりは、会議室の最後尾に座る一団を見て、ため息を吐いた。


 そこには、レナード王国冒険者組合ギルドの重鎮たちが座っている。

 北方組合長モイツ、西方組合長アドラー、北方組合長補佐イヴァン、西方組合長補佐ミレーユである。

 さらに北方冒険者組合ギルドの幹部職員たちも勢ぞろいしていて、こんなことはよほどのことがなければありえない、と言えるような光景だ。

 不思議なことに、モイツたちの近くに妙な三人と一匹が座っているのだが、ランドの目にはそんな些末なことは目に入らなかったようだ。

 彼らが古代魔族と古代竜エンシェントドラゴンであると知ったら、さらにショックを受けて気を失うだろうが、そんなことは起こらないことが彼にとって唯一の救いだったかもしれない。

 

 ポーラはランドの言葉に、ため息を吐きながら、


「……私にも説明できないわぁ。強いて言うなら、なりゆき、としか言えないわねぇ……ランド、今日はあなたの発表だったわね。その……頑張ってぇ」


 そう答えてランドの肩を叩いた。

 今日これから行われるのは、レナード各地の情報調査員たちの会合であり、その一人目の発表である。

 一人目、つまりそれはランドのことだった。

 それなりに責任は求められるにしても、仲間内の気軽な発表会だと思っていたのに、雲の上の人たちが勢ぞろいで聞きに来ている。

 その状況にランドは顔を青くしているのだ。


 しかし、それでもランドは意外にも男らしかった。

 顔をひどい色に染め上げながらも、その瞳にカッ、と火がともった。

 どうやら覚悟を決めたらしい。

 彼はポーラに言う。


「……骨は、拾ってくれ」


 ポーラはその言葉に、きっと彼は問題なく発表を終えるだろう、と確信した。

 そしてそれが故、少しばかり意地悪を言う。


「落ちてたらね。貴方が壇上で溶けてなくならないことを願うわぁ」


 ◆◇◆◇◆


 そもそも、そんななりゆきになったのは、昨日行われた夜鷹亭での会話が発端であった。

 ルグン商国に入国するため、そして入国したあとの段取りなどについて大まかな話を終えた後で、他愛もない雑談になったのだが、その中でポーラが次の日に行われる自分たちの会合について話したのだ。

 もちろん、それはそこにいる面々は以前に聞いていたのだが、イヴァンがふと、思いついたかのように言ったのだ。


「それは、私が聞きに行っても構いませんか?」


 これを言ったのがただの一般人とかであったなら、話は別だが、イヴァンはれっきとした冒険者組合ギルドの幹部職員の一人である。

 冒険者組合ギルド外に漏らされる心配はなく、また上層部が色々な情報を知っておいてくれるのはむしろ、下っ端としてありがたい話でもあった。

 その方が、後々話を通しやすくなるだろうし、今回集まる調査員たち全員にとっても、イヴァンという本部の幹部に顔合わせしておくのは今後のためになるだろう。

 そう思って、ポーラは二つ返事でイヴァンの提案に賛成した。

 そう、賛成してしまったのだ。


「ええ、もちろん構わないわよぉ。色々な発表があるから、短くてもいいからコメントなんかもらえるとみんな喜ぶと思うわぁ」


 いつもは集まった調査員たちで話し合いながら、発表の内容や質を評価しているのだが、そこに違った視点からのコメントがあるとありがたいと思っての言葉だった。

 イヴァンもそれは分かったらしく、笑顔で、


「ええ、ではそうさせていただきます」


 と頷く。

 それからさらに、もう一言付け加えた。

 のちになってポーラはこのときもう少し考えて返事をすべきだった、と思うのだが、それは後の祭りである。

 イヴァンは言う。


「……ところで、私一人というのもなんですから、他にも数人、誘って行ってもかまいませんか? もちろん、冒険者組合ギルド内部の人間を、ということですが。発表の内容については、部外秘ということをしっかりと伝えたうえで」


 これには少し考えたポーラである。

 面識のない人間を、大事な会合に招くというのはどうかな、とちょっと思ったためだ。

 けれど、イヴァンがそれくらいのことを分からないはずはないし、来る人間についてもおそらくは厳選してくれるはずだと考えた。

 さらに、イヴァンの視線がルルたちやモイツに向かっていることから、他に誘う数人とは彼らと、それに彼らの知り合いか何かだろう、と予想した。

 そして、それくらいなら、別に構わないだろう、とも。

 だからポーラは言った。

 言ってしまった。


「ええ。そこまで厳重に情報漏れについて気にしてもらうような内容はないと思うけれど、注意を払ってもらえるなら構わないわよぉ。たまには知り合い以外に話を聞いてもらった方が、会合にも緊張感が出ていいと思うし……もちろん、正式なお返事は私が宿に戻って、皆に参加の可否を尋ねてみてからってことになると思うけど、それでいいなら……」


「もちろんです。無理強いはしませんよ。よろしくお願いしますね」


 イヴァンはそう言ったのだった。


 ◆◇◆◇◆


 その後のことは会合が始まる前にポーラが本人たちから聞いた話になる。


 それによると、イヴァンはルルたちを会合に誘った上で、北部冒険者組合ギルド本部に戻り、北方組合長まで話を持っていったという。

 調査員たちが今、テラム・ナディアに集まっていて、その会合が開かれる予定であるということはもちろん、北方組合長も知っていたらしいが、会合の内容はのちのち文書で上げられるために直接聞きに行く、という発想がなかったらしい。

 そんな中、イヴァンの提案は随分と面白く聞こえたようで、北方組合長はその場で参加を決めたのだという。

 さらに、その場にはタイミングのいいことに、西方組合長もいらっしゃって、北方組合長が参加するというのなら自分も、という話になったようだ。

 イヴァンが言うには、どうにも西方組合長という方には少し子供じみたところがあって、北方組合長に対抗心を持っているのだという。

 北方組合長がやるなら、自分も、と言うのは彼の口癖に近いらしい。

 その結果、北方組合長と西方組合長という重鎮二人の会合への参加が決まり、さらに当然のごとく西方組合長補佐も自動的に参加することになった。

 

 それだけならまだ良かっただろう。

 問題は、二人の四方組合長がある会合に参加する、という話が本部内に瞬く間に噂となって広まってしまった点にある。

 特に疚しいところがない四方組合長二人は、本部職員から会合への参加について尋ねられれば素直にその予定である、とお答えになり、そして本部職員たちは二人の四方組合長が参加する会合なのだから、相当な重要性があるものなのだと認識してしまったようだ。

 そうなると、参加したくなるというか、参加すべきである、という感覚になってくるのが人情と言うもので、本部職員たちは調査員たちの会合の日時と場所を調べ、把握した。

 と言っても、この調査はさほど難しくはなかっただろう。

 なにせ、会合の場所は本部内の会議室であり、しっかりと予約もした上でのことだ。

 即座に把握されたのは言うまでもないことだ。

 そして、本部内で参加する職員が厳選されたわけだが、当然と言うべきか、かなり高位の幹部職員の大半が参加を望んだ。

 

 結果として、今の状況だ。

 ずらりと並んだ北部冒険者組合ギルド組合幹部職員たち。

 流石にいずれも修羅場をいくつも潜り抜けたような雰囲気と頼もしさが感じられるが、そんな威圧感が向けられる壇上に立つのは非常に勇気のいる行為になるだろう。


 改めてポーラは今、講壇の横に立って待機している発表予定者たちの列の最前列にいる、ランドを見て可哀想になって来た。

 かなり固くなっている。

 しかし、それでも彼はやるしかないのである。


『……そろそろ、皆様も集まったようですね。では、会合を始めます。と言っても、各調査員が事前に提出したテーマに沿って、発表していくだけの簡単なものですけれど』


 拡声魔法具による司会の声が響いた。

 それは、年配の女性の声であり、彼女は今回の会合の音頭をとっている人物である。

 長年、冒険者組合ギルドに勤めているだけあって、流石に重鎮たちが勢ぞろいの今の状況でも冗談を飛ばす余裕まであるようだ。

 重鎮たちのほとんどが知り合いでもあるようで、先ほどまでは彼らと雑談していたくらいだ。

 彼女だけが、今、この場において頼もしい存在であった。

 彼女は続ける。


『普段はあまり多くの人が集まることのない、小さな会合ですので、色々とお聞き苦しいところもあるかと思います。それに、基本的に発表の方は経験を積んでもらうため、若者を多く選んでおりますので、これほど沢山のお年寄りが注目するとコカトリスに睨まれたように動けなくなってしまうかもしれません。どうか、あたたかな心で、お聞きくださいますよう、お願いいたしますわ』


 それは、本部職員たちに対する配慮のお願いであり、また、発表者の緊張を解すための言葉でもあった。

 彼女の言葉に、本部職員たちは深く頷き、また発表者たちの顔色も少し、柔らかくなった。


『では……一人目の発表者から。題材は“近年、べジュワで発見された古代遺跡と、後期魔導文明の関連について”で、発表者はランド・ディカオンです。ランド、壇上へ』


 彼女の言葉と共に、ランドは壇上へ聴衆の拍手と共に登った。

 魔灯ライトが照らす彼の顔は、やはり暗がりの中、見えたものとあまり変わりはない。

 しかし、彼は、勇気を振り絞って話し始めた。


 ◆◇◆◇◆


 そんな発表者たちの緊張とはまるで無縁のルルたちである。

 会議室の後列で、小さな声で話をしながら、たった今始まった発表を聞いていた。


「……べジュワっていうと、どこだ?」


 ルルがそう尋ねると、右隣に座っているモイツが答える。


「西方にある小さな集落ですね。その周辺で古代のものと思しき遺跡が見つかっているのです。まだ、詳細については分かっていないのですが、色々と面白い遺跡らしく、研究が盛んだと聞いています」


 古代遺跡、と言うことは古代魔族と何か関係があるのだろうか。

 そう思ったルルだが、ランドの発表を聞いているとどうやらそうでもないようだ。

 もともと、古代魔族、というのは学術的にはいたかいないかわからないような、ほとんど伝説的な存在で、実在すら怪しまれているものである。

 そんな者たちが残した遺跡である、とは学者はふつう考えない。

 では、どんなものと考えているかというと、古代魔族がいたとされる時代よりももっと後に、隆盛した文明というのがあり、それが魔導文明、と言われる文明なのだという。

 これには前期と後期の分類があるが、それを分けるのは、ある災害なのだという。

 ある災害、とは何かというと、これは詳細は分かっていないのだが、当時の地形やわずかな文書資料などを参照すると、どうやら何かしらの大きな災害が起こったことは確実視されているらしい。

 そのせいで、前期魔導文明の遺物はそのほとんどが消失してしまっており、この文明については今でもほとんど分かっていないという。

 それに対して、後期魔導文明については分かることが多いという。

 それは、遺物や史料がそれなりに見つかっていること、口伝なども各地に残っているからだという。

 今回、見つかったべジュワの遺跡、というのはこの後期魔導文明のものであろう、というのがランドの発表の概要であり、なぜそう言えるのか、というところが詳細に語られていった。


 最初のうちは緊張で少しばかりたどたどしかった彼の発表だったが、最後の方は朗々とした声で語られていて、彼の有能さが理解できた。

 流石、発表者の一人に選ばれただけはあるな、と誰もが感じたのだった。


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