表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
256/276

第254話 調査依頼

 禁域。

 モイツの話を聞きながら、随分と危ない場所もあったものだと思ったルルである。

 遥か昔はそんな地域設定などなかった。

 しいて言うなら人族ヒューマンの教会がある場所はすべて古代魔族にとっての禁域だったという感じだろうか。

 あと、空を飛んでいたあの悪夢の浮遊大陸。

 あのとき失われた飛行機械が偲ばれる。

 あれが今もあれば、世界中を好きなように飛び回れるのだが、あんな巨大なものが残っていたらどこかで噂になっているだろう。

 そんなもの生まれてこの方一切聞いていないことからして、あの飛行機械は同型機も含めてすべて歴史の波間に消えていったと考えるしかない。

 残念なことだった。


 まぁ、それはいいか、と頭を切り替えてルルは尋ねる。


「いくら危険な場所とは言っても、別に放っておけばいいんじゃないのか? 他国のことだろう。あんまり口を出すのもいいこととは思われないが」


 ルルとしてはまさに人族に口出しをされた魔族のことを思い出しながらの言葉だったが、これにはモイツもミレーユも首を振った。

 と言っても、それは内政干渉をガンガンしていくべき、と思っているわけではないようだ。

 ミレーユは言う。


「基本的には、ルル様のおっしゃる通りです」


「なら……」


「いえ、禁域に手を出し、ルグン商国が勝手に滅びる分には構わないのですが、その結果として周囲の国も被害を受ける可能性があるのです。それは許容できません」


「そんなにヤバい場所なのか? 禁域というのは」


 ルルが尋ねると、ミレーユが説明する。


「ええ……禁域に軍なり騎士団なりを差し向けて、それらが全滅に近い損害を受けて、生き残りが帰ってくるくらいならまだいいのですが、その後ろに、大量の魔物をくっつけてくるということが過去何度もありまして。最終的に首都まで攻め滅ぼされ、さらには他国まで魔物たちが攻め込んできた、ということは歴史上、何度も起こっております。それは流石に避けたい、と思いますので、ルグン商国の行動は許容できないと申し上げているのですわ」


 思った以上に禁域とは危ない土地だったようだ。

 しかしそれほどの危険があると分かっていながら攻め込むルグン商国もすごいものである。

 まず絶対に負けないと思っていない限りはそんなことは出来ないのではないか。

 そう思ったのか、イリスが尋ねた。


「ルグン商国は商人の国と聞いておりますけれど、そのような危険な土地を攻略できるほどの軍事力をお持ちなのですか?」


 これにはモイツが答える。


「いえ、以前ソフィも言っていたことがおおむね正しいですね……つまり、資金力にものを言わせた傭兵戦力が主力の国ですよ。国軍もあるのですが、こちらはあまり……」


 そうでしたよね、とモイツがミレーユの顔を見る。

 モイツは基本的にレナードの北方を仕切っている者であり、自分の情報が少し古いかもしれないと思っての確認だった。

 ミレーユは、


「ええ、おっしゃる通りです。ただ、最新の情報として、ルグンに大量の資金流入があること、それに国軍の大幅増強が行われている、というのがある程度です」


「……やはり、情報力が違いますね。資金流入と国軍の増強は連動しているのでしょうが、一体どこから……?」


 モイツが尋ねると、ミレーユが答えようと口を開こうとしたが、


「……クリサンセだ。あの国から金が流れてる」


 とミレーユの横からアドラーが答えた。

 どうやら、正気に戻ったようだ。

 しかし苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 自分の変化に腹立たしいものがあるのか、それともルグンとクリサンセの状況に文句があるのか。

 アドラーはつづけた。


「かなり巧妙でな。一般的な商取引の形で、クリサンセからルグンに資金が流れている。その辺りは商人組合の領分だし、冒険者組合ギルドからは文句はつけにくい。そもそも、帳簿上は問題がないのだからな。ただ、見る者が見ればわかる。これは、クリサンセからルグンに対する資金提供であると」


 しかし、ルルはアドラーの説明に首を傾げる。


「別に資金提供したいのなら堂々とすればいいように思えるのですが……」


 これにはアドラーも頷く。


「まぁ、基本的にはそうだ。だが、クリサンセはな……色々と怪しげな国だ。いつだって領土を広げようと色々な陰謀を画策している。今回のこともその一端だと考えるべきだ。それにまだ表沙汰になっていないが、ルグンはそもそも、今、かなりの苦境に立っている。大商連合の負担金の支払いでかなりもめているんだ。当然、そのまま放置しておけば脱退を余儀なくされるからな。その場合、ルグンはその存続すら怪しくなる。ルグンは今、瀬戸際なんだよ。そんな中で、クリサンセに独立の確保を確約されたうえで、何らかの陰謀の片棒を担ぐように言われたら、ルグンは間違いなく乗るだろう……最後のは、推測の域を出ないが、僕はかなり正しい予想なんじゃないかと思っている」


 大商連合、とはルグン商国が所属する複数国家の連合体だ。

 小国が数か国、まとまることで周囲の国に対する独立を保持している。

 逆にいえば、まとまらなければ独立が維持できないということだ。

 ルグンはそこに所属するために求められる負担金の払いが厳しくなっていて、かなりもめているとはフィナルであのクリサンセの間者ソフィの話であったが、アドラーも独自に掴んでいたようだ。

 アドラーが独自に掴んだ情報、それに、当のクリサンセの内部からもたらされた情報が一致していることから、これについては正しい情報だと思ってもよさそうである。

 さらに、クリサンセはレナードの弱体化を狙ってフィナルでの騒動を起こしている。

 そこを考えれば、近隣の国々に対して様々な侵略のための策を巡らせているというのも間違いないだろう。


 さらにアドラーは、


「まぁ、色々と言ったが、すべて推測の域を出ない。クリサンセからルグンへの資金の流れだって通常の商取引だと言われればそれまでだし、ルグンの大商連合との揉め事だって交渉最中であって、しばらくすればまとまる予定だと言われればそれまでだ。クリサンセがルグンに陰謀を……なんて言った日には、言いがかりだと言われておしまいだ。だから……そういう可能性があると念頭に置いて警戒しておくことくらいしか今は出来ない。どうにかして内部事情を調べられたらと思うんだが、クリサンセが関わっているとなると、容易に調査員を送る、とも言えないしな……」


 困ったように言って頭を抱えた。

 どういう意味かとモイツを見てみれば、


「クリサンセにはかなりの実力を持った影の部隊がいるとは相当昔から言われていますからね。そういうものが見張っているかもしれないルグンに調査員を送って数日で殺された、なんてことにもなりかねないということです。もちろん、冒険者組合ギルド手飼いの調査員の中には一流どころが何人もいますから、そう簡単に見つかったりやられたりはしないでしょうが……今くらいの疑念でそこまで危険を負わせるのも微妙だということでしょう……けれど、アドラー」


 モイツはそう言って、アドラーを見た。


「なんだ?」


 アドラーが首を傾げる。

 モイツはアドラーに、意味ありげな視線を向けて、


「そう言ったすべての懸念を吹き飛ばせる人材に私は心当たりがあります。彼らに任せてみる、というのはいかがでしょう?」


 と言った。

 アドラーは首を傾げて、尋ねる。


「……そんな者がいたとは初耳だ。一体だれ……む?」


 そこまで言いかけて、アドラーも察したらしい。

 ルルたちの方を見て、モイツに言った。


「もしかして、ルルたち……か?」


 モイツは頷く。


「ええ。彼らは極めて有能な人材ですよ。少なくとも、潜入したはいいが死体で帰ってくる、などということはまず、ありえないでしょう」


「お前がそこまで言うほどか……まぁ、特級上位に、あの人化の術の開発者である魔術師であると考えれば、おかしくはない、か……。それに加えて可憐な少女が一人いれば、怪しまれにくいだろうし……。なるほど、悪くないかもしれないな」


 モイツは額面通り、ルルたちの戦闘力はおよそ常人が達しうるものではないという意味で言ったのだが、アドラーはそこまでだとは思っていないようだ。

 ゾエがかなり強力な戦士であり、そしてルルについては魔術師としてかなり優秀なのだろう、と考えている。

 イリスに関しては戦力としてより、その見た目から油断を誘う存在として考えているらしかった。

 それは間違ってはいないが、大幅にずれた認識である。

 しかし、モイツはどうとったとしても結論が変わらなければそれでいいと思っているようで、特に訂正はしなかった。

 ただ、アドラーの決断を待っている。


 アドラーはしばらく考え、そして言った。


「よし、いいだろう。ルル、イリス、ゾエ。お前たちに、ルグン商国に潜入し、あの国の内情を探る依頼をしたい。もちろん、指名依頼として報酬は弾む。どうだ、受けてくれないか?」


 モイツとしては、はじめからこういう流れに持っていくつもりだったのだろう。

 だからこそ、アドラーがこのテラム・ナディアにいることについてちょうどいい、と言っていて、しかもアドラーとの会談にルルたちを同席させたのだろう。

 もちろん、この依頼は、ルルたちにとって渡りに船である。

 レナードの身分証ではルグンにもクリサンセにも入れないということであり、そのための方法は冒険者組合ギルドの支援を得る以外にない。

 モイツが偽造身分証を出す、とは言ってくれたものの、賛同者は多い方がいいし、直接ルグンと接する西方冒険者組合の責任者の賛同は非常にありがたい。

 ルルはイリスとゾエと視線を合わせ、それからアドラーに返答した。


「そのお話、お受けします」


 それから、ルルたちはアドラーと握手し、その場での会話は終わったのだった。


 ◇◆◇◆◇


 とは言え、即座にルグンへ、という訳にはいかないらしい。

 モイツとアドラーが言うには、ルグンについて伝手のある者をガイドとしてつけたいので、その選定が終わってから向かってもらう形になるということだった。

 ルグン出身の人物というのはレナードにもそれなりにいて、冒険者組合ギルドにも、もちろんいる。

 その中でも良さそうな人物をこれから選ぶということらしい。

 出来る限り早く選定するつもりだということだったが、信頼性の審査などもしなければならず、数日はかかると思ってほしいとのことだった。


 そうなると、ルルたちはテラム・ナディアで時間を持て余すことになるわけだが、急ぐ旅でもない。

 まぁぼんやり過ごせばいいか、ということになった。


 アドラーとの会話が終わった後、アドラーとモイツは早速その選定作業に入ってしまったので、ルルたちは執務室を追い出される形になった。

 それから、本部の組合員に宿泊施設に案内された。

 本部内に冒険者組合ギルドに所属している者のための宿泊施設があり、ルルたちにはそこへ泊ってもらうとはモイツたちが言っていたが、しっかりと覚えていてくれたようである。

 

 案内されたのは、本部でも奥まったところにある区画であったが、部屋数は結構あり、多くの人が泊まれるようになっているらしかった。

 ルルたち一人一人に個室が与えられ、内部はベッドと棚、それに水差しがおいてあるというくらいの機能的な部屋であまり広くはなかったが、清潔で快適そうであった。

 とくに部屋にこもりきりになる予定もないので、泊まるだけなら十分な部屋である。

 宿泊料金はと聞けば、モイツの権限で確保してあるので無料、ということだった。

 ありがたいことである。

 ただ、特別扱い、というよりかは、依頼のために滞在してもらっているという事情があるため、必要経費として扱われるから無料になるのだという話だった。

 帳簿上の話ということなのだろう。

 ルルたちにはそう言った細かい話は関係ないので、ありがたいとしか思わなかったが。


 それから、荷物や貴重品などを部屋に置かれた金庫に突っ込み、テラム・ナディアの街の見物に行くことにした。

 小竜リガ・ドラゴンニーナも連れて、である。

 流石に双頭竜まで連れていくわけには行かないが、彼(彼女?)にはたっぷり餌をやるように冒険者組合ギルドの厩舎の職員に言ってきたのでいいだろう。


「さて、参りましょうか」


 本部前で魔族一行プラス一匹の全員が集合すると、イリスがそう言ったので、三人と一匹で歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ