第252話 西方組合長の悩み
「……冗談はいい。ともかく、早くモイツを出せ! あいつには言いたいことがたくさんあるんだ!」
と、いらいらした様子で言うアドラーである。
それに対してくつくつと笑っている少年姿のモイツ。
イヴァンは頭を押さえている。
「これが、冗談ではないのですよ、アドラー様」
「はぁ? ではイヴァン、この子供がモイツだとでも言うのか? あいつはこんな小さな体に押し込めるようなサイズではないぞ……まぁ、そのような効果のある魔導機械があることは知っているが、あれは相当に値が張るからな。モイツはあれで倹約家だ。個人的にほしいと思っていても無駄遣いはしないだろう」
アドラーがイヴァンの言葉にそう反論する。
思いの外、モイツの性格について細かく分析しているようであった。
仲が悪いのかと思っていたが、もしかしたらその反対なのかもしれなかった。
「つまり、無駄遣いでなければ、やりかねないと思っているわけですね」
イヴァンがそう言うと、アドラーは、ムッ、と言う顔をして、
「……まぁ、そうだが、さっきも言ったように魔導機械は値が張る。自分で手に入れてもオークションにかけて売るはずだ。だから……」
「……モイツ様。そろそろ私は限界です。ご自分でご説明してください」
イヴァンが両手をあげてそう言ったので、モイツが言う。
「アドラー。あなたの悪い癖ですよ。可能性が低いものについてはあまり注意を払いませんね? 他にも方法が考えられそうなものではないですか」
「……なんだと?」
モイツの発言に睨みつけるような視線を向けるアドラー。
その横に座っている彼の補佐であるミレーユが少し考えたような顔でうなずいて、
「……なるほど。魔術によって容姿を変えたと言うことでしょうか?」
それに反応するアドラー。
「馬鹿な……"変化"魔術ということか? しかしあれはどこの国でも未だ研究中のはずだぞ。しかも、実現にはほど遠い……。それを、モイツが手に入れたと? 馬鹿らしい」
どこにも存在しないと思っていた魔術だが、ミレーユとアドラーの口振りからすると一応、研究は色々なところでされてはいるらしい。
ということはルルがこれを出してしまったのは問題だったかもしれない。
今更の話かもしれないが。
モイツはアドラーの言葉に、首を振り、ルルの方を見た。
どの程度話してもいいか、という意味の視線だろう。
ルルは少し考えるが、アドラーはモイツと同じ四方組合長の一人である。
機密を守ることくらい出来るだろうし、どうも見ている限り、モイツの方が若干立場が上のような感じである。
それならば、好きなように話して構わないと、ルルはうなずいて肯定を示した。
それを確認したモイツはアドラーに言う。
「まぁ、その"馬鹿らしい"話が本当かどうか、ご自分の目で確かめてみるといいでしょう……"解除"」
モイツが唱えると同時に、モイツの体を光が包んだ。
モイツの体のシルエットだけが見え、そしてそれが徐々に大きく風船のように膨らんでいく。
そして、そのシルエットが見覚えのあるものになると、光はゆっくりと静まっていった。
完全に光が落ち着いたとき、その場所にいたのは……。
「……モ、モイツ!?」
アドラーが叫んだ。
◆◇◆◇◆
「そこの冒険者が、開発した魔術だと……そう言うのか? モイツ」
アドラーがソファに腰掛けるモイツを睨みつけながらそう尋ねた。
顔がかわいいから睨んでいても全く迫力がない。
そもそも、そんなに眉根を寄せていては疲れるだろうに、とルルは思ったが、それを今、口にしないだけの分別はかろうじてあった。
黙って出されたお茶を飲みながら、モイツとアドラーの会話に耳を傾ける。
イリスとゾエも同様だ。
「そうですよ。こちらのルルどのは有能な魔術師でいらっしゃいます。妹のイリス殿も同様です。ゾエ殿は……まぁ、古い知り合いで、その実力は特級上位の名に恥じないものです」
「しかし……おい、そこのお前、お前は、中級冒険者という話ではなかったか?」
アドラーに直接話しかけられたルルである。
お前、とアドラーが口にしたときにイリスとゾエから若干の殺気が感じないでもなかったが、行動に移さずに抑えてくれたらしい。
しかし、さっさと答えないとどうなるかわからないと、ルルは慌てて口を開いた。
それが、アドラーの方から見ると、どうも偉い人に話しかけられて慌てたように見えたようだ。
思いの外、微笑ましそうな顔でルルを見ている。
ここで、タメ口を聞くのも問題か、と敬語でだ。
「ええ。そうですね。俺は中級冒険者です。ただ、モイツ様が先ほどお使いになった魔術を見つけたのは、確かに俺ですね」
微妙な言い方をしたルルである。
これにはアドラーも引っかかったようで、
「見つけた……? 開発した、ではないのか?」
「ええ、細かい調整はしたのですが、厳密に言うと違います。ログスエラ山脈はご存じですか?」
「それは、もちろんだ。フィナルの北方にある山だろう。それがどうかしたか?」
「実は、あそこで古代竜に遭遇しまして。なぜか良くしてもらって、変化魔術ですか? 古代竜は"人化の術"というらしいですが、それを教えてもらったのですよ」
「古代竜と会話したというのか!?」
ルルの言葉に、アドラーは目を見開く。
まだフィナルでの出来事はアドラーまでは伝わっていないのだろうか。
そう思っていると、アドラーは続ける。
「いや、フィナルで古代竜と接触を成功させたという話は聞いていたのだが……あくまでそれは街の上層部との間でのことだと聞いていたからな。個人と会話したなどとは……」
フィナルでも一般人には伝わっていない話であり、アドラーの認識は基本的には正しい。
ただ、ルルがその上層部のほぼ全員と仲良くしているだけだ。
領主に、冒険者組合長に、北方組合長その他、フィナルの会議に集まっていた人たちとはある程度交流していたのだから。
それにそもそも……。
「アドラー。その接触の鍵となったのが、このルル殿ですよ。ルル殿は、一番最初に古代竜と意志疎通を行った人族です」
「なんと……とんでもない人族がいたものだな。ルル、お前、本当に人族なのか?」
その質問が実のところ非常に核心を突いていて、正直に答えるのなら、魂は魔族ですね、と言うしかないなとルルが心の中で考えているとはアドラーは思ってもいないだろう。
実際、ルルも思っていてもそんなことは言わない。
ただ、苦笑しながら、
「どこからどう見ても人族でしょう? それにただの偶然ですしね」
と言った。
隣に座る二人はどこからどう見ても古代魔族なのだが、古代魔族と人族の容姿の違いは現代には伝わっていない。
尋ねられてもいないから、嘘もついていない。
全く問題ないな、と思いながらの台詞であった。
それに、古代竜であるバルバラとの出会いや接触というのは、間違いなくただの偶然である。
たまたま飼っていた愛玩動物のお姉さんがそうだったという、偶然だ。
細かく説明すると苦しいにもほどがあるが、そんな事情を予想できる人間などこの世にいるはずがなかった。
アドラーは息を吐いて、
「偶然か……まぁ、そうなんだろうな。変化魔術は国家をあげて研究しても届かないような大変な魔術だ。中級冒険者にそう簡単に開発できるものではないし、古代竜も同様だ。ルル、お前は酷く運がいい冒険者なのだな」
「そのようですね」
アドラーとミレーユ以外の視線が、白々しいにもほどがある、と言っているが面の皮を厚くして耐えきったルルであった。
それから、アドラーはいくつかフィナルで起こったことなどについて事務的な質問をした。
どうやら彼がここに来た目的は、モイツに文句を言いにきたのがメインというわけではなく、純粋に西方組合長として仕事をしに来たということのようである。
まぁ、それはそうか、と思ったルルであった。
いくらわがままな子供のように見えたとしても、これでしっかりと四方組合長の地位についているのだ。
仕事をしっかりしていなければなれるわけがない。
あらかた話を聞き終わったアドラーは、それから、
「まぁ……こんなところか。聞きたいことは。モイツたちも、ルルたちも有益な情報をありがとう。非常に助かる。このように有能な冒険者ばかりだと冒険者組合の未来も明るいな」
と渋面を崩して笑った。
そういう顔をすると、兎系獣人族の男性の極端に可愛らしい顔が際だつ。
四方組合長よりも、貴婦人とか娼妓とかの世話をするために雇われていると言われた方が納得がいく容姿だ。
まぁ、そんなことをいったらブチ切れるのが目に見えているため、口にはしないルルたちである。
「ところで、相談があるのだが……」
アドラーはそう言って、ルルの方を向いた。
「はて、なんでしょう? 俺に西方組合長が話されるような相談に答えられるような気がしないのですが」
皮肉でも何でもなく、そう思ったルルである。
あいつを倒してこい、とかそういう類のことだったらいくらでも可能だろうが、それくらいのことは西方組合長にも手飼いの刺客の一人や二人いるだろう。
わざわざルルに相談する意味がない。
そう考えると、答えられる相談とは思えなかった。
しかしアドラーは言う。
「いやいや、お前にしか答えられない相談だ。それはな、僕にもお前の見つけた変化魔術を教えてもらいたい、ということだ」
その言葉に、ルルはなるほど、確かにそれは相談するなら自分が一番適任かもしれない、と思う。
けれど、モイツがすでに使えるのだ。
同じ四方組合長として、仲も悪くなさそうだし、彼に教えてもらえばいいのではないかとも思った。
その点、尋ねると、アドラーは、言いにくそうな顔で言うのだ。
「……容姿が、な」
「はい?」
意図の分からない言葉に、首を傾げるルルである。
アドラーは仕方がないな、という顔で、今度は細かく説明して言う。
「モイツの変化は……少年の姿になってしまっていただろう? 僕は……もっと、こう、大人の姿になりたいんだ。大人に……」
ちょっとばかり顔と耳を赤くもじもじするその様子は、トイレを我慢する子供のようである。
少しアドラーの横に視線を移すと、そこからミレーユが恍惚とした視線で彼を見つめていたが、それに触れるのはなんだかやばそうだとルルは直感してすぐに視線の位置を戻す。
それから、出来るだけ事務的にアドラーに言った。
「お話はわかりました」
するとアドラーは嬉しそうな顔で、
「ほ、本当かっ!?」
と言う。
しかし、ルルが言うわかった、とはアドラーの希望を叶えるという意味ではない。
そもそも、問題は……。
「アドラー様。変化の術は確かに俺が見つけて調整したものですが、容姿については特に手を加えていないのですよ。モイツ様の容姿がああなったのは……なんと言いますか、術の仕様のようなもので……」
「な、なに……つまり、どういうことだ?」
「使ってみなければどのような容姿になるのかはわからないということです。試しに、一度使ってみますか?」
そう尋ねる俺に、アドラーは深くうなずく。
悲壮な顔で、どうしても今の容姿に文句があるようだった。
アドラーの隣でミレーユがどことなく残念そうな顔をしているが、やはり特に触れなかったルルであった。




