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第250話 本部

 北部冒険者組合ギルド本部の門扉は大きかったが、開け放たれていて出入りは自由なようである。

 実際、かなり頻繁に人の出入りがあるようで、ここを開けたり閉めたりするのは手間だろう。


 モイツとイヴァンが先導する形で本部の中に入っていく。

 すれ違う冒険者組合ギルド職員たちはイヴァンの顔を見ると頭を下げたり親しげに挨拶を交わすが、その隣にいる少年の姿を見て首を傾げていた。

 何者なのか、図りかねているのだろう。

 ルルたちについてもそう言った視線は感じないわけではないが、明らかに冒険者であることがわかるらしく、イヴァンがつれていることに特に不思議はないようだ。

 モイツは冒険者という感じではないし、年齢もかなり低く見え、冒険者というには無理があるからこそ、奇妙に見えるのだろう。


「いやはや、新鮮ですね。しかし楽です」


 奥に進み、組合職員など、イヴァンとモイツの顔見知りが少なくなってきた辺りでモイツがそう言って微笑む。

 イヴァンは呆れた様子で、


「私は全く楽ではないですよ……顔見知りに会う度に、モイツ様の安否について尋ねられる私の身にもなってください」


 実際、イヴァンに話しかける組合職員の大半が挨拶もそこそこに、


「それで、モイツ様はどこにいらっしゃるのだ?」


 と尋ねていた。

 イヴァンは色々と濁して、そのうちやってこられる、だとか、今は寄り道をされていらっしゃる、とか、言って誤魔化していた。

 護衛の有無などを気にする者も多く、イヴァンは闘技大会で優勝するほどの腕前を持った腕利きに守ってもらっている、とそのたびに答えていた。

 まぁ、嘘は言っていないだろう。

 実際、モイツの周りには闘技大会を優勝したルルたちがいるわけだし、何者かが襲いかかってきたら彼を守ることだろうから。


「苦労をかけて申し訳ないですね、イヴァン。けれどたまにはいいではないですか。それに、思いの外、心配されていてなんだか不思議な気分ですよ。もっとラーヴァさんのようなことを言われているものかと思っていたもので」


 モイツについて尋ねる職員たちからの評判が思った以上に良かったのでうれしいらしい。

 テラム・ナディア入り口にいたラーヴァがかなりモイツについて愚痴っていたので、自分の評価はだいたいあんなものなのだろうと予想していたようだ。

 しかし、本部職員の大半が、モイツについて心から心配をしていて、かつ早く戻ってきてほしいと思っていることが、彼らとイヴァンとの会話からわかったというわけだ。

 職員たちもまさか本人の前で話しているとは思ってもいないだろうから、本心だろう。


「いえ……ラーヴァもモイツ様のことを慕っていますよ。ただ、なんというか、あれはそういう……ノリ……みたいなもので、あの……」


 自分が言っていた色々なこともモイツに暴露されてしまっているので、何となく歯切れの悪いイヴァンである。

 しかしそれはモイツもわかっているようだ。


「いえ、わかりますよ。気にしておりません。ラーヴァさんもイヴァン、あなたも元々荒くれと申しますか、冒険者の中でも荒い方だったことは存じておりますので。それに、私も人のことを言えませんし」


 モイツが人のことを言えない、というのはかつて、若い頃にゾエに対してかなり邪険な態度をとった過去のことを言っているのだろう。

 軽くゾエに目配せし、苦笑していた。


「そんなに酷かったのか?」


 ルルがゾエに尋ねると、ゾエは、


「そこまででもなかったと思うわ。何というか、子供の反抗期って感じで……まぁ、大人になって振り返ってみると恥ずかしいのでしょうよ。イリスは陛下に対してそう言うことはなかったの?」


 突然水を向けられたイリスは少し慌てるも、首を振った。


「い、いえ、わたくしはそんなことは……」


 実際、イリスがルルにそう言う意味で反抗的な態度を取ったことはなかった。

 むしろ、反抗されていたのは実の父のバッカスの方だろう。

 物理的に幾度となく喧嘩を売られているとは、バッカスの言である。

 ルルはそれについて言及する。


「俺に対してはなかったよな。だがバッカスは……」


「お、お義兄にいさま!」


 慌て始めたイリスに、ゾエは笑う。


「なるほど、イリスにも人並みにそういう時期があったのね。私からしてみたらお姫様だから、そういうことはなかったのかと思ってたわ」


「そんなことありませんわ……それに、特に反抗していたというわけでは。ただ、おじさまに近づこうとすると父が立ちふさがるものですから、拳で排除しなければならなかったと言うだけで……」


 ルルは魔王時代、城のみならず、街をふらふらしていることも多く、そういうとき、イリスが会いに来たりした。

 基本的には忍んでいるつもりだったかつてのルルだが、その魔力やら振る舞いやらでなんだかんだいって目立つので、街に出ると結構気づかれて握手を求められたりしたものだった。

 そういうとき、まっさきに来るのがイリスだった。

 来ないときもあったが、そういうときはバッカスに阻まれたりしていたのだろう。

 バッカスはイリスの父であったわけだが、同時にルルの無二の友人でもある。

 お忍びで街を楽しんでいるルルのところにイリスがやってきたら収拾がつかなくなると気を遣ったのだろう。

 豪快かつ適当でいながら、意外と気遣いの人でもあった。


「友達の為に尽力した結果、実の娘に拳で排除される父親って……バッカス様の苦労が偲ばれるわ……」


 ゾエが遠くを見つめながらそう呟く。

 イリスはその言葉に少し赤くなり、


「さすがに、今でしたらお父様が何を思って私を止めていたのか理解できますわ。けれど当時は私も子供でしたから……なぜ止めるのかと、かーっとしてしまいまして……」


「まぁ、若気の至りって奴よね」


 ゾエが理解して頷いた。


「そうですわ。お父様が今もご存命でしたら、申し訳なかったと謝りたいところです」


 イリスがそう言う。

 ルルはまるでバッカスがもはやいない人のようなイリスの発言に、


「……いや、バッカス、たぶん今も生きてるけどな……」


 と呟く。

 イリスはそれを聞いてわざとらしくはっとしたように目を見開き、


「そうでしたわ……思い出しました。会ったら一発叩き込むのでした……」


 とぎゅっと拳を握りながら呟く。

 バッカスの扱いは数千年の歳月を経ても何も変わらないらしかった。

 まぁ、それもこれも、自業自得だな、とルルは特に止めず、モイツたちの後をついて行く。


 ◆◇◆◇◆


「さて、ここから先が北部組合長ノース・マスターの執務室のある区画になります」


 そこには重厚そうな扉があって、見張りとおぼしき者が二人、立っていた。

 あの扉の向こう側に、北部組合長ノース・マスターの執務室や、応接間、それに魔導機械の本体の設置場所など、重要施設があるらしい。

 警備もその重要さに比例して厳重なようで、見張りもその一部なのだろう。

 見張りはモイツを見て首を傾げるも、イヴァンの顔を見て警戒を解く。


「イヴァン様。お帰りになりましたか。モイツ様とご一緒だったかと思いましたが……?」


 見張りの質問に、イヴァンは頷いて答える。


「ええ、そうなのですが、色々ありまして。とりあえず私が先に参りました。中に入れていただいても?」


「それはもちろんです。イヴァン様はこの先に進む権限をお持ちですから」


 見張りが頷き、道を開ける。

 すると、モイツがイヴァンよりも先に扉に向かって歩き出す。

 見張りは、


「ちょ、ちょっと、君。君じゃあ、その扉は開かないよ」


 と慌てて言った。

 どういうことかとルルが首を傾げてイヴァンを見ると、


「あの扉は中に入る権限のある者だけを通すように設定されているので、それ以外の人物が通っても開かないのです。ドワーフの残した魔導機械の一つです」


「だとすれば、ドワーフの去った後、最初にここに来た奴はどうやって入ったんだ?」


 拒まれて入ることができないはずだと思っての質問だった。

 知らないかもしれないと思ったが、イヴァンはルルの質問に即座に答えた。


「どうも、長く放置された状態である場合には、初めに来た人物を新たな権限を持つ者として認識するようになっていたようです。ですから、最初の一人はすんなり入れたと伝わっています」


 管理する者が居なくなった場合は、後から来た者に権限が譲られるようになっているということだろうか。

 しかし長く放置、と言ってもあまり短い期間だと問題だろう。

 権限を持つ者を皆、消してしまえば待っているだけで貴重な魔導機械などが手に入ってしまうことになるからだ。

 気になってルルが尋ねる。


「長く放置って、どのくらいだ?」


「百年では利かないのではないかと……」


 なるほど、それだけの期間をとってあるなら、安全かもしれない。

 古族エルフなどの長命種にとっては決して越えられない期間ではないが、それでも長いことは間違いない。

 わざわざ労力をかけて待つ期間にしては長すぎると言ってもいいだろう。


「しかしドワーフはどうしていなくなってしまったんだかな……」


 ここに人が来る百年以上前に消えてしまったドワーフ。

 けれど、特に人骨などが散乱していたというわけでもなかったようで、おそらくはこの場所を捨ててどこか別の場所に移住したのではないかと言われているようだ。

 しかし、世界中を見たところでドワーフの姿は確認できていないらしい。

 やはり絶滅した、ということなのかもしれなかった。


 そうこうしているうちに、モイツが扉に触れる。

 最近の技術でもこのような認証装置のようなものは作れるのだが、それだと今のモイツをモイツとして認識するかわからない。

 けれど、魔導機械なら別だ。

 ドワーフの技術は古代においてもかなり高かった。

 多少、見た目が変化したからと言って、人物特定を間違えるような装置は作らない。


「……え、なぜだ……?」


 扉の見張りが、モイツが触れると同時にゆっくりと静かに開いた扉に唖然としていた。

 イヴァンは落ち着いた様子で見張りに言う。


「それはもちろん、この方にその権限があるからです」


「いえ、しかし、この扉を開けられるのは四方組合長以上の権限を持つ方か、その補佐の方だけで……」


「……その通りですよ。これについてはまったく問題ないので、特に異常というわけではありませんので。さぁ、ルル殿、イリス殿、ゾエ殿。行きましょう」


 そう言って、イヴァンが歩き出す。

 見張りに細かい説明をする気はないらしい。

 見張りも、特に問題がないとイヴァンに言われては突っ込むこともできないようだった。

 それに、聞けば、扉が開いたこと自体が仮に問題だったとしても、イヴァンやモイツにはそれと認めた人物をこの扉の向こう側に連れて行くことは当然、許されているので、イヴァンが一緒に行く以上、他の誰かがついてくるのは問題ないということだ。

 そういうわけで、唖然としていた見張りだったが、慌てて何かを思い出したようにイヴァンに言った。


「ちょ、ちょっとお待ちください! お伝えしなければならないことが……」


 唐突にイヴァンが来たのですっかり抜け落ちていたのだろう。

 それを衝撃で思い出したらしい。

 見張りは振り返って立ち止まったイヴァンに言う。


「モイツ様がお帰りになったら、連絡するようにと言われておりまして……」


「はて、誰からですか?」


 イヴァンが尋ねると、見張りが答えた。


「アドラー様が……今、街に滞在しておられます」


「アドラー様がですか。承知いたしました。では……」


 そして、イヴァンは歩き出す。

 一行が扉から離れると扉は自動的に閉まった。

 それからルルがイヴァンとモイツに尋ねる。


「アドラーというのは知り合いか?」


 これにはモイツが答えた。


「ええ。知り合いと申しますか、彼はレナード王国冒険者組合ギルド西方組合長ウエスト・マスターですよ。私と同格ですね」


「へぇ……」


 ルルたちからしてみれば上司に当たる人物らしい。

 そんな人物が、モイツに用がある、ということなら今日のところは自分たちはどこかに宿を取り、ここから去った方がいいだろうかと思い、その点について尋ねると、モイツは、


「いえ、宿に関してはこの建物内に宿泊施設がありますから、そちらをご利用していただこうと思っておりました。よろしいでしょうか?」


 これはルルたちからしてみればありがたい申し出なので受けることにする。

 モイツは続ける。


「アドラーにはすぐに連絡した方がいいでしょうが……ちょうどいいですし、ルル殿たちにも居ていただくことにしたいのですが……」


「と言うと?」


 何がちょうどいいのかとルルが首を傾げると、モイツは答えた。


「アドラーは西方組合長ウエスト・マスターですから。これから皆さんが向かわれるご予定のルグン商国、魔導帝国の情勢について詳しいのです。ですから、皆さんをご紹介しよう、と思いまして」


 これになるほどと思ったルルたちは頷いて、モイツとアドラーの話し合いの席に同席させてもらうことにした。

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