第249話 罪
「しかし、改めて見るとスゴいところだな」
ルルが馬車の外を眺めながらそう言った。
何がかと言えば、それはそこに広がる景色のことである。
巨大な大洞窟の内部に築かれた、壮麗な街。
それが、地底都市テラム=ナディアの客観的な情景であった。
「確かに……このような洞窟の内部に、これほどの都市を造り上げるのは並大抵のことではないですわね」
イリスもルルの言葉に頷いてそう言う。
実際、洞窟それ自体も大したものだが、内部に存在する建物の数や大きさもかなりのものだ。
王都と比べてもそれほど見劣りはしないくらいに、どれも立派であるのだから。
しかし、それだけ誉められても、モイツとイヴァンはそこまで誇らしそうではない。
不思議に思ってルルは尋ねる。
「なんだか微妙な顔をしているな? どうしたんだ?」
するとモイツは、
「いえ……自分たちの街ですので、誉めていただけるのはうれしいのですが、この街、テラム=ナディアの基礎を整えたのは我々ではありませんから、他人の成果を奪っているような気がしてしまって」
イヴァンがモイツの言葉を補足するように説明する。
「この都市テラム=ナディアの基礎は、かつて巨大な地下帝国を持ち、素晴らしい工芸技術を持っていたと言われるドワーフたちの作り上げたものなのです。特に、外側から見たときにいくつもあった塚のような入り口や、その内部の大洞窟などはすべてドワーフたちの技術により築かれたもので……私たちはその後、ここに来てその技術の成果物をそのままかすめ取ったようなものなのですよ」
「ドワーフか……なるほどな」
イヴァンの説明に、ルルは改めて周りを眺め、頷いた。
その種族の技術には十分な心当たりがあり、彼らなら確かにこのようなところに都市を造り上げることも可能だと言うことを知っているからだ。
現在は絶滅してしまったと言われているようだが、こうして彼らが存在していたことを伝える建造物があることをうれしく思う。
「かすめ取ったと言うことは、元々住んでいたドワーフを追い出して住み着いたという事でしょうか?」
イリスが気になったのか尋ねる。
別に非難するような声ではない。
それは、イリスが長い歴史の中で住む場所を奪い合うことは自然に起こり得ることだと理解しているからだ。
しかしこの疑問には、モイツは首を振った。
「いえ、数百年前にここに最初のテラム=ナディア住民たちが流れ着いたときにはすでに、無人だったと伝えられています。ドワーフの影も形もなく、魔物が棲み着いていたくらいだと。ただ、ドワーフたちが作ったであろう遺跡や施設がかなり残っていたようで、ここに都市を作るのにかなり役に立ったようですね。空気や水、光などの確保はドワーフたちの作ったもの……魔導機械が未だに稼働しているために出来ているのです」
言われてみると、洞窟の中だというのに空気に淀みが感じられない。
風の流れのようなものも感じられるし、等間隔に取水所のようなものがもうけられ、流れている水は透き通って清浄なものである。
光も、洞窟の天井辺りがぼんやりと発光しているのが見えた。
そのどれもが、ドワーフたちが残したという魔導機械の恩恵なのだろう。
「ここを維持してる機械が壊れたらと思うとぞっとするな」
ルルがそう述べると、イヴァンは頷き、言う。
「ええ、全くです。ただ、非常に丈夫で今まで一度たりとも故障したことがないのです。それに、もし仮に壊れたら、ということを想定して魔法具などで補えるように準備はしていますから。都市機能が停止、とかそのような事態にはなりませんよ。多少不便にはなるかもしれませんけどね」
何の対策もしないで漫然と魔導機械に頼っているというわけではないらしい。
それなら大丈夫か、と納得する。
馬車はどんどん、洞窟の奥深くへと降りていく。
ポーラを降ろした宿は、洞窟の中で最も地上に近い部分、地上一階、と言ってもいいところだった。
しかし今、馬車は地下二階に当たるところまで来ている。
それでいて、明るさはあまり変わっていないし、空気の感触も同じである。
ドワーフの作った機械の優秀さが理解できた。
「どこまで行くんだ?」
延々と深くまで潜って行きそうな馬車の道行きに、ルルは少しうんざりしてきてそう尋ねた。
すると、モイツは答える。
「北部冒険者組合本部に向かっているのですが、場所は地下三階になりますので、もう少しですね」
「ずいぶんと深いところにあるもんよね……一階に作ったほうが楽だったんじゃないの?」
北本部だけあって、それなりに出入りは激しいだろうし、この大洞窟だって、いくらドワーフが作ったとは言え、いつか地震などで壊れないとも言い切れない。
そういうことを考えて、ゾエがそう尋ねると、モイツは頷きつつ答えた。
「確かにおっしゃることはわかります。ですから、もちろん、地上一階にも冒険者組合建物はあります。ただ、無意味に地下三階に北部冒険者組合本部があるわけではないのですよ」
「っていうとどういうこと?」
「それは……あぁ、そろそろ地下三階に着きそうですね。実際に見ていただいた方が早いと思います」
言われて外を見てみると、馬車は地下三階へと向かう坂を降りるところだった。
洞窟の内部は、異なる階層へは緩やかなカーブを描く坂道で結ばれており、それを徐々に降りていくような形になっている。
そのどれもが非常に長く、降りているとまるで地獄へ向かっているかのように不安なってくるようなものだった。
しかし、モイツやイヴァンのような、長くテラム=ナディアに住む者にとっては慣れたもののようで、何となく居心地が悪い気分になっているのはルルたちだけのようだった。
そんな坂道の中の、最後。
地下二階から地下三階へと降りる坂道は、今までのものよりも広く、長いものだった。
なぜか、毛色が少し違うような感じがする。
さらに、地下三階に至る直前には今まで見なかったものがあった。
「……扉か?」
ルルがそう言って馬車の外を見つめる。
地下三階、その入り口には、大きな金属製の扉があった。
まるで巨人のために誂えたかのような大きさである。
完全に開け放たれていて出入りは自由なようだが、それにしても大きい。
「なぜここにだけあるのでしょう?」
階層を分けるためにだ、というのであれば、地上一階と地下一階、地下一階と地下二階との間にあってもおかしくないはずだが、少なくとも今まではなかったのだ。
イリスが不思議に思ってそう尋ねたくなるのも当然の話だった。
その疑問に、イヴァンが答える。
「その理由は正直なところ、我々にもわかりません。わかるのは、ここを作ったドワーフだけでしょう。ただ、あれがあるからこそ、北部本部はこの階層に作られたのです。あの扉は、巨大な魔導機械なのですよ」
言われて、改めて注視してみれば、確かに扉には魔力の蠢きが感じられた。
しかしかなり希薄で、今は稼働していないように見える。
そもそも、どういう効果のあるものなのか。
その疑問にはモイツが答えた。
「一応、機密なのでここだけの話にしておいていただきたいのですが……あの扉には、一種の結界としての効果があるのです。あの扉を閉じると、地下三階に入ることは誰にも出来なくなる、そういうものです」
「どこかから攻められたときに閉じれば籠城できるって事か」
「ええ。さらに内部はかなり潤沢な資源がありますし、水や光については魔導機械のお陰で尽きることはありませんから。事実上、百年でも二百年でも閉じこもることが出来ます」
「それが本当ならこんなところ攻めたくはないな」
閉じ篭ったが最後、襲撃者が諦めるまで篭城できるような城など、誰が攻めたいと思うだろうか。
まぁ、それも実際に、あの扉が本当に誰にも開けられなければの話になるのだが。
その点について尋ねれば、モイツは、
「私の代ではありませんが、特級の魔術師を数人呼んで、扉を破壊すべく攻撃を加えてもらったことがあるそうです」
「それでも壊れなかったんだな……しかし、壊れたらどうするつもりだったのか……」
特級数人となれば、相当な破壊力を出せただろう。
ウヴェズドのような魔術師がもてる魔力を気にせずあの扉だけに向ける、など考えたくもない話だ。
しかし、扉は未だに健在で、傷一つついている様子がない。
ということは、特級でも壊すことが出来なかったということに他ならない。
相当な耐久力である。
「当時の北方冒険者組合長は壊れたら壊れたで良かったと言っていたようですよ。貴重な魔導機械なのに随分ととんでもないことをしたものだ、と私などは思いますが……」
さすがは北方冒険者組合長などになるだけあって、かなり型破りな人物だったのだろう。
それは、モイツを見てもわかることだ。
何かが余程突出していなければなるのは難しい。
四方組合長とはそういうものなのだろう。
モイツは続けた。
「まぁ、つまりは、あの扉があるからわざわざ地下三階などに本部があるわけですね。何かよほどの事があっても自分たちの身を守れるように、と。外部に出すことの出来ない多くの情報がありますし、いざというときは扉を閉めて閉じこもるわけです。今まで、そんなことは一度もなかったことは幸運ですが」
どうやら使ったことはないらしい。
扉は毎晩閉めているということだが、基本的には開いているとのことだ。
そうこうしているうちに、馬車は目的地にたどり着く。
ルルたちは馬車から降りて、目的地である建物を眺めた。
それは、岩と土で出来た巨大な建物だった。
「これが、北部冒険者組合本部建物です。なかなかのものでしょう?」
馬車から降りたあと、モイツがその建物の前で、少しだけ誇らしげにそう言った。
ここにたどり着くまで、テラム=ナディアの建物はいくつも見たが、その中でも珍しい形をしている。
いくつもの巨石を重ね合わせて、それを何らかの方法で継ぎ合わせ、その内部をくり抜いて形作ったような奇妙な建物なのだ。
他の建物は、王都にあったものと同じ、レンガや木などで作った一般的なものがほとんどだっただけに、この建物はかなり目立つ。
そしてそうであるがために、これは他の建物とは異なる方法によって作られたものであることがわかる。
それに、ルルは過去、これと似た建物を何度か見たことがあった。
それは手先が器用で、酒を好む懐かしいあの種族の作り上げたものだった。
「ドワーフの……住居か」
ルルがそう呟くと、モイツが少し目を見張って頷いた。
「ええ、その通りです。よくお分かりですね……ご存じだったのですか?」
「いや……何となくそんな感じがしてな」
実際はよくご存じ、だったわけだが、それを説明するわけにもいかない。
現代では、ドワーフはずっと昔に滅びたと言われているのだから。
モイツは特にルルの反応について不思議には思わなかったようだ。
この地底都市自体、ドワーフの作り上げたもの、と説明している以上、出来る推論だと考えたからだろう。
モイツは続ける。
「ご覧の通り、今は冒険者組合の建物として使っています。ただ、確かに元々はこの地底都市の全てを作り上げたドワーフが残したものだと言われておりまして、光や水を作り出す魔導機械の本体も、この内部にあるのですよ」
テラム=ナディアにあるという数々の貴重な魔導機械。
どこに保管しているのかと思ってはいたが、なるほど、あの巨大かつ堅固な扉に守られたこの地下三階の北部冒険者組合本部であれば、この都市の他のどこよりも安全であろう。
組合建物の周りを職員や冒険者と思しき人々が通り過ぎていくのが先ほどからちらちら見えているが、彼らが相当な実力者であることもわかる。
かなりの精鋭がここには詰めているのだろうし、だからこその本部、というわけだ。
そういうことをモイツに告げれば、
「ええ、だからこそ、私も長い間留守にしても安心できるというわけですね」
と茶目っ気あふれる表情で笑った。
元々の巨体でやればおおらかな包容力が覗きそうな表情であったが、今の美少年の容姿でやったからか、周囲を足早に歩いていた数人の女性が立ち止まって一瞬見とれていた。
もちろん、すぐにはっとして、自らの職務に戻っていったのだが。
ちなみに、どうも若すぎず、妖艶な美女が多かったような気がしないでもなかった。
モイツ本人は気づいていないようである。
ただ、ゾエが、きょろきょろ周囲を見て、恥ずかしそうに微笑みつつ何事もなかったように自らの仕事に戻っていくお姉さんたちと意味ありげに視線を交わして、
「……ちょっと、罪な存在を作ってしまったんじゃないのかしら、我が陛下は……」
と独り言を呟いた。
誰の耳にもその言葉は入らず、モイツが一行に言ったのだった。
「では、そろそろ中に入りましょうか」