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第248話 暴露

「……ラーヴァ。貴方のためを思って申し上げておきますが、それ以上、モイツ様について口にしない方が身のためですよ?」


 友人に対するちょっとした忠告、というような表情と声色でラーヴァに対し、そう言ったイヴァンであった。

 しかし、ルルがよくよく観察してみると、イヴァンの表情は固い。

 固い、というか青白いというか……。

 中途半端に浮かんでいる張り付けたような微笑みが、彼の心情をありありと語っているようである。


 けれどラーヴァはそんなイヴァンの様子に全く気づいていなかった。

 それどころか、バシバシとイヴァンの肩を叩き、続けた。


「おいおい、イヴァン。別にいいだろ? ここにモイツ様がいるわけでもなし……そもそもあの方は非常に心が広くていらっしゃる。俺がここで多少文句とか悪口とか言ったところで怒ったりなさらないさ。なぁ?」


 確かに、モイツは多少部下に悪口を言われたくらいでブチ切れたりするタイプではないだろう。

 それどころか、そういうガス抜きも必要だと考えて、むしろ奨励しかねないようなところすらある。

 しかし、それとこれとは話は別だ。

 そう心の底から、イヴァンが思っていることが、ラーヴァの口から出てくる言葉が増えるにつれて吹き出てきている彼の冷や汗の量から分かる。

 イヴァンの背後には、にこにこと微笑むモイツがいるのが、なんとも言えない。


「いえ……あの……そう、かもしれないですが、私はですね……」


「どうした、どうした、イヴァン! お前だって酒を飲んでいるときはいろいろ言ってるだろう!? まぁ、お前のモイツ様に対する忠誠と尊敬の念に疑うべきところは一つもないが、ほれ、この間も……」


「ちょ、ちょっと待ってください。ラーヴァ。私は……」


 イヴァンのモイツに対する文句について暴露しようとするラーヴァに、イヴァンはその口を塞ぎにかかった。

 しかし、イヴァンの後ろから声がかかる。


「なるほど、ラーヴァ殿。それはおもしろそうなお話です。私にも聞かせていただいても?」


 それはモイツのものだ。

 イヴァンはゆっくりと振り返り、その表情を見るが、いつも通りの微笑みからは何も読みとれない。


「いえ、あの、そんな、お聞かせするような話は何も……」


 と消え入りそうな声でイヴァンが呟くが、ラーヴァはイヴァンの言葉など聞く気がないらしい。

 話しかけてきた少年、つまりはモイツを見て、首を傾げる。


「はて……さっきから気になっていたが、あんたはどちらさんだ? イヴァンの連れってことは……どっかの有力者のご子息、ってところかね?」


「まぁ、そんなようなものです。身分証もありますので、ご確認ください」


 そう言って、モイツは懐からカードのようなものを出した。

 ルルたちの冒険者証にあたるもので、冒険者組合ギルド職員やその関係者に配布されているものらしい。

 それをモイツから受け取ったラーヴァはちらりと一瞥した上、後ろにいる他の職員に手渡して、


「おう、じゃあ、確認させてもらうぜ。あんたらもだ。イヴァンの連れだよな?」


 そう言ってルルたち、それにポーラにも身分証を出すように言った。

 ルルたち三人は冒険者証、ポーラについてはモイツのような身分証ということになる。

 もちろん、特にルルたちに拒否する理由はなく、素直に渡した。

 それからカードを受け取った職員は少し後ろにある小さめの建物の中に入って、カードをそれぞれ魔法具のようなものに翳し、頷いて戻ってきた。


「どれも真正なものでした。お返しします」


 そう言って、一人一人にカードを返してくれたのだが、モイツとゾエに返すときは何か妙に恭しい、震えるような態度であった。

 モイツが微妙にその職員に目配せし、首を振っていた。

 職員は頷き、ちらりとラーヴァを見て何かを言いたそうにしていたが、モイツと目を合わせた時点で深く頷き、何か使命感のようなものを帯びたような悲壮な顔つきで静かに下がっていった。

 そんな職員の態度に不思議に思い、


「……あの職員、どうしたんだ?」


 ルルがこしょこしょと、他の誰にも聞こえないようにそう、モイツに尋ねると、モイツは答えた。


「ゾエ殿につきましては特級ですからね。冒険者組合ギルドの中でも別格扱いですので、少し驚いたのでしょう。私に関しては……ここはレナード冒険者組合ギルドの北部本部ですから。身分証の照会用の魔法具も機能が限定されておりませんので、正確に照会されたのでしょう」


「つまり……?」


「あの職員は私がモイツ=ディビクであることに気づいたということです」


「それは、いいのか?」


 ルルとしては全く問題ないが、子供姿で遊び歩きたいモイツにしてみれば大問題だろう。

 しかしモイツは首を振って、


「いえ、あの表情から見るに、こんな姿である理由については、何かよっぽどの事情があるのだろう、と納得していただけたようですから大丈夫ですよ。それにまぁ、ここはテラム=ナディアの入り口ですが、身分の照会を担当する職員は特に口が固い者を配置しておりますので、秘密が漏れることもないでしょう」


 この場合の秘密、とはあの巨体のモイツが人族ヒューマンの子供に変身できてしまうという事実だが、レナード北部冒険者組合ギルドのトップがそう言っているのだから大丈夫なのかもしれない。

 まぁ、仮にその事実自体が漏れたとして、人化の魔術が漏れるわけではない。

 そうである以上、そこまで問題ではないだろう。

 それに、いずれは限定的とは言え公開する技術でもある。

 つまり、モイツが人化出来る、という事実が漏れても実害を受けるのはモイツだけだ。

 それをわかっているようで、モイツは少し寂しそうに、


「万が一、漏れたところで、私が気軽に飲み歩けなくなるだけですからね……」


 と言った。


「さて、これでイヴァン、それに連れのあんたたちの身分については保障された。ここを通っても問題ないぜ」


 ラーヴァがそう言って、道を開けてくれる。

 すると、イヴァンが、


「……助かりました……」


 と色々な意味にとれるような台詞を言ったが、馬車に戻る前にモイツがラーヴァに、


「先ほどのお話、また聞かせてください。私はしばらくテラム=ナディアに滞在しますので、お名前と、所属と、よく行く酒場など教えていただけないでしょうか?」


 と聞いた。

 それに色が戻り始めた顔を再度青くするイヴァン。

 戻りましょう、ほら、後ろに渋滞が出来てしまうかもしれませんし。

 などと一生懸命モイツの服をひっつかむも、全く渋滞など出来ていない。

 イヴァンのお陰でテラム=ナディアに入る他の旅人や商人、冒険者とは異なるルートで入れてもらえることになったので、それも当然の話だった。

 ラーヴァは酔狂な雰囲気を持った少年に首を傾げつつも、どれも言っても問題ない情報ばかりである。

 素直に言った。


「あ、あぁ……俺はラーヴァ=ギンガー。普段はレナードとルグン商国の間を行き来してる冒険者組合ギルド職員だ。もとは冒険者だったんだが、イヴァンに誘われてな。今は久しぶりに出張で本部に来ているわけだ。よく行く酒場は、第三塚の地下二階辺りにある"夜鷹亭"ってところだが……」


「なるほど、では今日も?」


「まぁ、仕事が終わったら行くつもりだったが……なんだ、坊主も来るつもりか? まだ子供だろ?」


「いえいえ、これでも一応、酒は飲める年なのですよ」


「そうなのか……?」


 ラーヴァは怪しげにモイツを見るが、先ほど身分証を照会した職員と目を合わせると、職員は頷いてモイツの言っていることが正しいことを保証したので、疑うのをやめた。


「ふぅん。その見た目でな。まぁ、嘘じゃないみたいだし、いいか。じゃあ、今日は一緒に呑むか?」


「ええ、よろしくお願いします」


 と話がまとまってしまう。

 さらにモイツは、


「あ、こっちの人たちもいいですか?」


 とルルたちを示してラーヴァに尋ねた。


「もちろんだ。あぁ、イヴァンも来るよな?」


 とついでのようにラーヴァがイヴァンに聞いた。

 それは、本当ならいつものことなのだろう。

 久しぶりに会った友人を酒の席に誘う。

 お互いつもる話もあるし、職業柄、年に何度か会えればいい方で、だから機会があったら一緒に酒席を共にする。


 しかし、ラーヴァがそのつもりでも、イヴァンにとって、この誘いはほとんど地獄への誘いに他ならない。

 いったいどんなことをモイツに暴露されてしまうか、わかったものではないからだ。

 けれど、ラーヴァに悪気はないのだ。

 ここで断る選択肢はない。

 イヴァンはそして、深く息を吸い、決死の覚悟でラーヴァに返答する。


「ええ……ええ! もちろん、行きますよ! 行ってやります!」


 妙に力の入った返事で、ラーヴァは、


「なんだぁ……? お前、もう酒が入ってるのか?」


 と首を傾げていた。

 そうだったらどれほど気が楽だっただろうか。

 そう思わずにはいられないイヴァンだった。


 ◆◇◆◇◆


「そう言えば、ポーラさんは宿などお決まりですか?」


 モイツが馬車に揺られながらそう尋ねると、ポーラは答えた。


「会合を開くときには集まる職員から持ち回りで幹事を決めて、とってもらってるの。宿代も冒険者組合ギルドから出るしねぇ。今回はボスからの勅命だから、奮発していい宿をとったらしいわぁ」


 使い込みとか横領、とまでは言わないが、無駄な経費の使用を告白したポーラである。

 まさか目の前にそのボスがいるとは思っていないだろう。

 まぁ、イヴァンがそこそこ偉いのだから、いても言ったのかもしれないが。

 イヴァンは何とも言えない表情で、


「……ちなみに、それはいかほどの……?」


 と宿の値段を尋ねる。

 今から宿を変えろというつもりではないだろう。

 流石に大人数で今日泊まる宿を今日変更するのは難しい。

 ただ、実体を把握しておこうと、それくらいの意図だろう。

 ポーラは少し考えて、


「そうねぇ……」


 と答えた。

 その金額は、思ったよりも低廉と言うか、宿のクラスに比べて安すぎやしないか、と言いたくなるような額で、むしろイヴァンもモイツも驚いていた。

 これなら全く無駄遣いとは言えない、むしろ倹約している、と言えるようなものだ。


「どうやったらそこまで値切れるのでしょう……?」


 とイリスが唇に手を当てつつ、尋ねる。

 日々の買い物で値切り交渉を主に担当するイリスにとっては非常に気になる話らしかった。

 ポーラは答える。


「私たちは冒険者組合ギルドの中でも情報収集が仕事だから、その辺りで貢献して、その代わりにお安くしてもらっているのよぉ。たとえば、遠くの地域の珍しいレシピを提供したり、新たな食材の情報とか、これから先の物資の価格変動の予測とかを提供したり、ね。もちろん、冒険者組合ギルド外に出すのは問題な情報は一切与えてないけど、それでもずいぶんありがたがってくれるのよぅ」


 つまり足りない宿代は情報で補っているという事だ。

 これは、ポーラたちでないとできないことだろう。

 イヴァンは納得したらしく、頷く。


「なるほど、確かに色々な地域からの最新の情報を伝えてくれる人たちに一年に数度、宿を提供するくらいならかえって安くつくのかもしれませんね……」


 旅人も宿には多く泊まるだろうし、同じように色々と情報は伝えてくれるだろうが、それにしても専門家でないのだからまとまっておらず、確実性も低いものが多いだろう。

 その点、ポーラたちは専門家で、必要なものをうまく纏めた上で伝えてくれるというわけだ。


「新聞なんかもあるけどね。ああいうのに載ってるのは大きな事件とかが大半だからねぇ……おっと、あの宿よ。前に止めていただけるかしら?」


 ポーラが馬車から外を覗いて、そう言った。

 そこにはかなり大きめの宿があり、数人の旅人らしき人たちが立っている。

 彼らはポーラの姿を認めると、手を振った。

 おそらく、彼らがポーラと同業の冒険者組合ギルド職員なのだろう。


「じゃ、色々とありがとうねぇ! 私、ここで降りるからぁ! またあとでね」


 ポーラはそう言って、手を振り、ひらりと馬車から降りていく。

 イヴァンとモイツ、それにルルたちは彼女に手を振った。

 またあとで、というのはラーヴァに誘われた酒場のことだ。

 ポーラもそこに来ると言うことで一致していた。

 ポーラたちの会合は明日から、ということで今日は特に問題ないらしい。

 もちろん、宿の近くの酒場で旧交を温めたりもするのだろうが、数日間はいるようで、一日くらいは構わない、ということのようだった。


 それから、ルルたちの馬車はさらに進み始める。

 向かう場所はもちろん、レナード北部冒険者組合ギルド本部建物であった。

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