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第24話 氏族本拠地

「ええと……こっちで合ってるよな?」


 王都の地図を見ながら、イリスとうろうろする。

 物売りの声や雑踏の音が騒々しく、ついきょろきょろしてしまいそうなにぎやかさに満ちた王都の市街。

 主に煉瓦作りの家屋が多く、土台からしっかり作られているもののように感じられる。そう簡単には壊れないだろう。

 たまに魔術のかかっている家屋もあり、おそらくそういうものは資産家、もしくは何らかの団体の所有する物件であると考えられるような外観をしており、そう言った技術は低廉な価格で出来るというわけではないのだろう。

 一種の贅沢品であり、重要施設を保護するためのものということだ。


「ええ……その地図を見る限り、合っていると思いますが……何分、初めて参りました街ですもの。少し不安ではありますわね……」


 グランからラスティの手紙と一緒に送られてきた王都の地図には、重要施設や主要な通りの名前、それにグランたちが作ったらしい氏族クランの所在地が記載されていた。

 王都に来たらいの一番に来るように、との文字まで地図の右上辺りの余白に書いてあり、氏族クランの所在地には大きく赤字で丸が書いてある。


「ここまでしなくても行くって言うのに……」


 ついそんなことを呟いてしまうのも仕方のないことだろう。


「昔はそんなことなかったですが、どうも人族ヒューマンのおじさまは自由な性格をお持ちのようですから、その辺り、信用されていないのではありませんか? 実際、昨日までは観光優先でいらっしゃいましたし……」


「それを言われるとな」


 苦笑する俺に、イリスが笑いかけた。

 実際のところ、人族ヒューマンになったからと言って性格が激変したとかそういうことは全くないのだが、魔王という重圧がなくなったからだろうか。

 それとも自由に生きようと目標を立てたからだろうか。

 ルルは前世、あまり前面に出すことの出来なかった好奇心やわがままを割と素直に出せるようになっていた。

 もちろん、死ぬ前とは言え、一度は責任ある立場で仕事をしていたから抑えようと思えば抑えられるところだったが、そうしなくてもいい環境が常にあったから、むしろ抑えないのが通常になってしまったのだ。

 だからイリスにはルルの性格が少し変わったように感じられるのだろう。

 とはいえ、イリスも特にいやそうではなく、そんなルルとの生活を楽しんでいるようなので、問題はないのだが。


「……お、これじゃないか?」


 歩きながら地図と建物を見比べていたところ、どうやら目の前に存在するこれが目的地らしいとルルは確信する。

 非常にレトロというか、懐古主義的な作りをしている建物だった。

 五階建ての結構大きな建物で、入り口の扉は結構大きく、重そうである。入り口の扉の上に、少しさびた銀のプレートに、"時代の探求者エラム・クピードル"と記載してあるところから、建物一棟がまるまる氏族クラン所有ということなのだろう。

 外装は非常に年期の入った石材であり、近づいてみると結構な傷やら経年劣化の跡を見ることが出来、周りの家屋と比べるとかなり色彩感が薄い。

 かと言って変に浮いているかと言えばそうでもなく、ちょうどいい寂れ具合というか、居心地の良さそうなぼろさというか、絶妙なところを進んでいるように感じられる。


「そうみたいですわね……今にも崩れそうに見えますが、よく見ると中々に込み入った魔術が組み込まれてますわ……ユーミスの色が見えますわね。ははぁ……少し甘い気もしますが、及第点でしょうか」


 イリスはそう言って、建物の外装を見つめ、さらにその奥を透視するような視線で凝視した。

 建物に通り、または外側を覆っている魔術の構成を見ているのだろう。

 ルルもイリスのその仕草に同調して見てみれば、確かにイリスの言ったとおり、細かいことをやっている割には効率性がいまいちな組み方をするユーミスの魔術構成の特徴がでている。

 そうは言っても、ここに来るまでの間に見たどの建物よりも高度で強力な魔術なので、この指摘は厳しいと言えば厳しいのだが。


「まぁ……それはともかく、間違いないようだし、入ってみるか?」


 そうして、イリスと共に建物の中に入っていったのだった。


 ◆◇◆◇◆


「ぼろいのは外側だけ、か」


 意外や意外、中に入ってみれば、内装はしっかりと作られていて、外側から想像できないその雰囲気に少し驚く。

 そして、まずはじめに目に入った一階部分は完全にぶち抜きの作りをしていて、まるで酒場であった。

 部屋全体のそこここに椅子とテーブルが並べられていて、奥にはカウンターがあり、その中には酒瓶がいくつも並べられていて……ここは本当に氏族クランの本拠地なのか、と思ってしまうような内装である。


 そもそも、ルルたちはグランたちに会いに来たのだが、こんな様子では一体どこに行けばいいものか、分からない。

 仕方なく、きょろきょろとしながら、誰か人がいないかしばらく探していると、二階に続いている階段から、誰かが降りてくるのが見えた。


「あれぇ……お客様ぁ? はいはい、どちらさまですか~」


 などと、間延びした声と共にどたどたと降りてくる音が聞こえる。

 そして、ルルたちの前に姿を現したのは、なんとなくぼんやりした様子の少女であった。

 年はルルたちよりやや上であろうか。

 しかし目が虚ろというか、とろん、としていて、表情もどこか抜けている。

 にへらとした気の抜ける笑顔で笑いかけてくれているので、悪い人間ではなさそうな気がするのだが……なんとなく、どこかで詐欺に合ってしまいそうなタイプの女性だ。


 容姿それ自体はよく見るとかなりの美人であり、体型も均整がとれていて美しいようなのだが、野暮ったい三つ編みに、微妙な形のめがね、それに田舎くさい洋服のせいで、その印象はむしろ正反対に作用する。


 ここに来て、初めて合ったのがこの人で大丈夫なのだろうか。


 ルルは、目の前の女性を見ながらそう思ったのだった。


 ◆◇◆◇◆


「へぇ~……グランさんたちが言っていたのって、ルルさんたちのことだったんですねぇ。もっと強そうな感じの人たちだと思ってたのに意外ですよ~」


 しかし、第一印象というのはあてにならないようで、その女性は意外としっかりしているらしかった。

 彼女は氏族クラン"時代の探求者エラム・クピードル"の留守番兼、酒場のマスターらしく、ルルとイリスが昼ご飯をまだ食べていないと言うとその雰囲気からは想像も出来ない手際で料理を作って出してくれた。

 食べてみると、これが非常に美味しく、何度でも食べたいと思ってしまうような代物だったので驚いた。

 それなのに、材料は何の変哲もない、むしろ一般的なものしか使っていないと言うのだから、彼女の腕は本物なのだろう。

 グランも良い人材を雇ったものである、とその人物眼に賞賛を送りたい気分である。

 そんな彼女の名は、シフォン、と言うらしい。

 一応冒険者でもあるらしく、それなりに戦えると言うのだから、本当に人は見かけによらないものだ。


「美味しそうに食べていただけてなによりですよ~。すいませんねぇ。グランさんたちも、ラスティくんたちも、今いないんですよ~。グランさんたちは火竜解体ショーの準備中ですし、ラスティくんたちは依頼でちょっと遠くに出てまして」


 彼女の話によれば、いつもなら"時代の探求者エラム・クピードル"のメンバーはこの時間帯、ここの酒場で昼食を取っているものなのだが、今日は噂の火竜解体ショーの準備で忙しいため、みんな出払ってしまっているらしい。ラスティたちは別件でどこかに行っているようで、残念ながらしばらく会うことは出来ないようだ。


「ルルくんとイリスちゃんが来るって言うのは聞いてたんですけど、もう少し時間がかかると思ってたみたいで……予定が少し狂っちゃいましたね~。でも、ちょうどいいです。火竜解体ショーはもう少し経ったら始まりますから、見に行きましょう。酒場も今日は営業していないので、空けちゃって大丈夫なので~」


 そう言って、彼女は食べ終わってあいたお皿を手早く洗って棚にしまうと、いつの間にか建物の出口に立っていて手招きをしていた。


「……思いの外、手練れか?」


 ルルが冗談混じりにそう言うと、イリスが、


「少なくとも、ラスティよりは強いですね」


 と返答する。

 確かにその点については同感だった。

 ほわほわした雰囲気にだまされたが、今見せた動きは完全に戦士のものである。

 魔力はさほど感じないことから、純粋に腕っ節勝負のタイプなのだろう。

 本当に、見かけに寄らないものだとルルは笑った。


 それから三人で連れ立って中央広場まで歩いていく。


「結構混んでますわね」


 広場まで続く大通りを行き交う人々を眺めながら、イリスがそう呟いた。

 ルルもイリスと同じように大通りを歩く人々を見るが、その誰もが同じ方向、つまり中央広場に向かっていて、その目的は火を見るより明らかである。


「みなさん、火竜の解体を見に行くんですよ~。竜なんて滅多に見られませんからねぇ。ましてや解体してるその現場なんて中々見れるものではありませんから~」


 竜はルルが魔王だったときから存在していた強力な生物であるが、その強さは個体によって、また種類によってまちまちであり、必ずしも竜であるから強い、というわけではなかった。

 本当に下級の竜は体長60センチほどで、空も飛べない細身のものだったりもして、討伐も容易なのだ。

 しかし、今回グランたちが狩ったという火竜は、本格的な竜族の中では下級に属すると言われているが、相応に強く、また年を経たものはそれこそ一騎当千だとも伝えられるものであった。

 そんな竜を討伐したとなれば、それなりに話題になるのも当然だし、自分の足でそんなものを狩りにいけない一般市民としては、一度生でその存在を見てみたい、と思うのも理解できる話だ。

 それをショーとして見せ物にしてしまうのは、確かに賢い選択なのかもしれなかった。


「チケットは一枚、銀貨3枚ほどで売ったのですが、これが見事に完売でしたよ~。氏族クランの懐がうるおいました~」


 ぼんやりとした声で、シフォンは何か黒いことを呟いている。

 しかしチケットが必要とのことだが、ルルたちはそんなものは持っていない。

 そう言うと、シフォンは胸元から三枚の紙を取り出し、一枚ずつ、ルルとイリスに渡した。


「……火竜解体ショー、特等席、金貨一枚……と、書いてありますわね」


 まじまじとそのチケットを見て、イリスがそう言った。

 どうやら良い席は高いらしい。

 商魂たくましいと言うべきかなんなのか。


「……グランが解体するのか」


 チケットにはグランがいつも使っている大剣でなく、ものを切ることに特化していそうな鋭さを感じさせる巨大な長刀を持っている様子が描かれている。

 少し美化されているような気もしないでもないが、ショーだというのだからこんなものだろうか。

 ユーミスは描かれていないので、彼女はこのショーにおいて、表だって何かをすることはないのかもしれない。

 気になってシフォンに聞いてみると、


「ユーミスさんは結界を張りますね~。やっぱり、血とか飛び散ったり、切断された部位とかが飛んでいくと危ないですから~。ま、竜の血液は回収用の魔法具がありますからそこは心配しなくていいのですが」


 相当巨大な火竜である、ということはチケットに描かれているグランと火竜の縮尺からなんとなく分かる。

 そういう配慮も確かに必要なのだろう。


 そうして、そろそろ列が詰まってくる。

 中央広場が近いようだ。


 イリスとルルは、あまり背が高くないのでどれくらい近づいたか分からない。

 背伸びをしてどうにか中央広場の方を見ようとすると、シフォンが急にルルの脇の下を掴んで高く持ち上げて言った。


「見えますか~?」


 その行動は全くの突然でルルは少し驚いたが、視界が高くなり、よく前方が見えた。

 それによると、どうやら後少しでこのごった返しの列は終わりそうだ。

 チケットのもぎりで時間がとられて混んでしまっているようである。

 中央広場自体にはまだまだ余裕があり、逃げ場がないほど詰め込まれる、ということはなさそうだ。

 それによく見てみれば、中央広場の最前列あたりには少し広めの空間が取ってあり、そここそが金貨一枚席なのだろうと分かる。


「あぁ、見えたよ。持ち上げてもらって悪いな。もう大丈夫だ」


 そう言うと、降ろされる。

 それからイリスがなんとなく同じことをされたそうな顔でシフォンを見ていたので、彼女はイリスにも同じようにした。


「……やっぱり高い視線というのは楽しいですね」


 持ち上げられつつ、そんなことを言っていた。

 流石に高所恐怖症とは言え、高い高いくらいは平気だったルルだが、進んで持ち上げられたいとは思えないので、イリスのその言葉はやっぱり素質が違うのだな、と思う一言だった。


 いつかは、飛行機械も作るつもりだ。

 現代にも、それに近いものが存在するらしいことは分かっているのでそれにもいつか乗るつもりなので、それまでには高所恐怖症を治さなければ、と決意するルルであった。

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