第247話 とんでもないこと
「調査員だったのですか。なるほど、確かに貴女のような方は向いているでしょうね」
イヴァンがそう言ったのは、もちろん、酒場での諸々を簡単に片づけた対応力のことを言っているのだろう。
村でも好かれているようであるし、そう言う人物が望ましい職種なのは間違いない。
「冒険者組合の職員と言えば、受付と組合長くらいしかイメージがないが、そう言う職務を務めている人もいるんだな」
ルルがそう言ったのは、ポーラが、普段接触のあまりない職種の人だからだ。
ポーラはこれに答える。
「冒険者の人たちと話さないわけではないんだけど、主に私たちが会うのは冒険者じゃない人たちの方が多いからねぇ」
「それもあるが、そういうことは依頼されて冒険者がこなすものだと思っていた」
ルルの言葉に、ポーラは納得するように頷いて言う。
「あぁ、もちろん、冒険者に調査関係の依頼を出すことも少なくないわよぉ。ただ、それは単発のものだったり、高い戦闘力が必要なものが大半だわぁ。それに、依頼をこなすのに必要な情報を提供するのは冒険者組合の役目だから、そういうものは私たちが、というのが普通ねぇ。たとえば、私が集めているような、村の産品とか、流通がどうなっているのか、とかそういうことはね」
まぁ、冒険者に依頼してもいいのだろうが、こうは言ってはなんだが、冒険者というのは大半が根無し草のような生活をしている。
一つところに居着いて、同じ依頼を継続的に何年も、みたいなことは普通、しないし、出来ない。
そういう部分を補うのが、冒険者組合の調査員、という仕事なのかもしれなかった。
しかし、それなら、わざわざテラム・ナディアに行くようなこともないような気がする。
組合に報告して、そこからテラム・ナディアの本部に手紙でも出せばいいと思うからだ。
ルルがそう、尋ねると、ポーラは、
「普段は確かにそうしているのだけどぉ、定期的にレナード王国北部冒険者組合の調査員はテラム・ナディアに集まって情報交換をしているのよぉ。だいたい、季節毎に一回はねぇ」
「それはまた、どうして?」
「たとえば、この間のフィナルの魔物襲撃の話なんかは、すぐに手紙で各地に伝えられて情報の共有がはかられるのだけど、細々としたことについてはあまり伝わらなくてねぇ。そういうのはやっぱり、顔を合わせて話をした方が伝わりやすいの。それに、他の……あまり重要ではない出来事というのは他の地域に伝えられることはないわぁ。でも、実際に話してみると、意外と重要だったりすることも少なくないのぉ」
前者の話……大きな出来事はすぐに手紙で伝えられる、ただ細かいことが伝わらないことも少なくない、というのは理解できる。
これは、闘技大会でのルルの名前や容姿なんかがかなり曖昧になっているような例でもって分かるからだ。
一応、冒険者組合には遠距離通信施設もあるらしいが、これは滅多に使えないもので、自然、遠距離の連絡は手紙やそれに類するものになる。
そうなると、割ける紙面や手間など考えると、そうなってしまうのも分かる。
後者の話については、ぱっとは例が思い浮かばなかったので、ルルが尋ねた。
「たとえば?」
「うーん……流行病の特効薬、とかなんかかしら。ある特定の地域で、軽い風邪みたいなその地域特有の風土病が流行っていてぇ、でも自然のバランスなんかで本来とれるはずの地域特産の薬草が採取できない。けれど、軽い風邪みたいなものだから、しばらく安静にしていれば治るし、それほど重く見られていない。そんなときに、他の地域にも同じ風土病があってぇ、薬草なんかもものすごくとれる、とかそういうことかしらぁ」
「随分限定された話のような気がするわね」
ゾエがそう感想を述べるが、ポーラはまじめな顔で、
「まぁ、一つの例だからねぇ。でも、意外とそういうことって少なくないのよぉ。細かいことだから、伝わらないし、あんまり重要だと見られていないから、やっぱり伝わらない。けれど、別の観点から見ると、当事者たちが思っている以上に規模が大きくなる話だったりもする。たとえば、さっきの風土病の話だとぉ……その風土病、いつもならすぐに収束するから問題にならないけれど、実は他の地域の人たちに広がると、多大なる死者を出しかねない、強力な伝染病になりうる可能性がある、とかねぇ」
最後に付け加えられた話に、一同の背筋が寒くなる。
そして思う。
なるほど、そういうこともないことはない、か、と。
あまり知識のない者なら、そんなことは聞いたことがない、とか、心配しすぎだ、とか言って流してしまうかもしれないが、ここにいる面々はそれぞれの事情によって、そういうことが現実に起こりうることをよく知っていた。
ルルたちは、古代において起こった、そういった事例についていくつも知っていたし、モイツとイヴァンは各地でそういうことが起こる度、実際に対応に当たっている側だからだ。
一同に理解が及んだのを見てから、ポーラは続けた。
「けれど、私たちがしっかり調べて、実際に顔を合わせて色々話して情報の共有を図れば、そういうことも防げる場合があるのよぉ。だから、定期的な調査員の集まりが季節毎に行われているのぉ……まぁ、今回はちょっと例外なんだけどぉ」
「例外と言いますと?」
モイツが尋ねると、ポーラは答えた。
「ちょっと指示が出ていてねぇ、レナード王国各地で、おかしな魔物の増加とか、変わった獣族の目撃情報はないか、報告せよって。北方組合長の勅命なのよ。珍しい事よねぇ」
それを聞いて、イヴァンとモイツは、あぁ、という感じで頷く。
二人の様子を見たルルが、イヴァンに尋ねる。
モイツに聞くのはちょっとこの場ではおかしく映るからだ。
本来は、彼に尋ねるのが適切だとしても。
「何か心当たりが?」
「えぇ。フィナルでの戦いで目撃された人型と魔物たちが他の地域でも出現していないか、懸念があったので出した指令ですね。モイツ様……北方組合長もフィナルでのことはご存じですから」
そう答えた。
そして、指示の内容や狙いを説明する。
いずれはっきりとした事実を明かすにしても、今のところ、フィナルに出現した人型と魔物についての詳細は隠されている。
というか、実際に目にしなければ説明が難しいため、大まかに、変わった獣族のような容姿の存在と、通常出現しない地域に現れている魔物、という指示しか出せなかったらしい。
今回、フィナルで三種類の魔物が人型へと姿を変えていたため、人型の種類を三つ、詳しく指示することは出来るのだが、しかし他の魔物を人型に出来る技術も持っていると考えるべきであるから、やはり指示は大まかにならざるを得ない。
どうおかしいか、も人語を解し、普通に行動するため、説明がしがたいというのもこの問題の難しさに拍車をかけていた。
いっそアエロのような、通常あり得ない異常な思考を持っているものばかりであればわかりやすいのだが、石の翼を生やした青年、グラスのように一見、普通の青年にしか見えない話し方をするのであればどうしようもない。
見た目に怪しむところがなければ、警戒も出来ないのだから。
「あらためて考えると、難しいものだな」
ルルが一通り聞いてからそう呟くと、イヴァンも頷く。
「全くです。大変な仕事を残してくれましたよ、フィナルでの出来事は。テラム・ナディアに着きましたら、仕事漬けであろう事は想像に難くありません……」
言いながら、貴方もですよ、と言いたげにモイツの方を見ていた。
当のモイツはどこ吹く風でイヴァンの視線を流している。
見た目が子供になったからか、妙に子供っぽい仕草である。
まぁ、なんだかんだ言って、しっかり仕事をするのだろうが。
それから、ルルとイヴァンの会話を聞いて、初耳だったことが多かったらしいポーラが色々聞いてきた。
「人型って……何かしらぁ?」とか「変わった魔物ってぇ?」
とかそういうところである。
フィナルでの戦いについては説明したが、具体的なところは色々とぼやかしていた。
隠そうと思って、というよりかは、説明が難しいので筋だけ話した感じである。
ポーラは冒険者組合の調査員であるところ、フィナルで出現した魔物たちについてはそのうち確かな事実を説明されることは分かっているため、その辺りについては隠す必要はないらしく、イヴァンが説明した。
そして全てを聞いたポーラはうなずき、
「なるほどねぇ、今回集められたのは、そういうものを見つけることを期待されてるのかぁ」
実際、普通であれば気づきにくい違和感を探して報告してほしい、という調査員たちの普段の業務の延長線上にある仕事だ。
適任であると言えた。
「よい報告があがると思いますか?」
イヴァンが上司として、そうポーラに尋ねると、ポーラは頷き、
「えぇ。そういうことなら、期待に応えられると思うわぁ。そういうつもりで、今回の会合は取り組んでみる」
と言ったので、イヴァン、そしてモイツも満足そうに頷いたのだった。
◆◇◆◇◆
それからしばらく馬車が進み、日が落ちてきたころ。
「あら、着いたわねぇ!」
そう言って、ポーラが馬車の外を覗いた。
他の面々もつられて外を見てみれば、そこには圧巻の光景がある。
地面にたくさんの、巨大な蟻塚のような土か岩山のような構造物があり、そこに穴があいていて、さらに斜め下の地面に向かって道が延びているのだ。
それぞれの塚の前には煌々と燃えさかる灯りが見え、また何件かの石造りの頑丈そうな建物があって、その前には戦士や魔術師たちが立っていた。
そこまで馬車がたどり着くと、馬車は停車し、それから、戦士たちに降りるように言われてルルたち一行は馬車から降りる。
「……お前たちはどこから来た?」
見張りと思しき戦士の一人にそう尋ねられたのは、一番最初に馬車を降りたモイツであったが、直後、
「……その者の身分については私が保証します」
そう言って、後ろからイヴァンが歩いてくるやいなや、戦士たちの顔つきは凍り付いた。
それから、
「い、イヴァンさま……しょ、少々お待ちください!!」
と声が漏れ、さらに戦士たちの一人が慌てて後ろにある建物の中に駆け込んで、誰かを呼んでくる。
いったい何事かと思ったが、モイツの後ろにいたルルはイヴァンに振り返りつつ、言う。
「……流石、本部での威光は大したものだな」
「私など、モイツ様に比べれば……でも、モイツ様にとっては煩わしいのでしょうね。わざわざそんな格好で降りずともよいでしょうに」
と少年姿のモイツを微笑んで見つめる。
モイツは、
「新鮮な反応で、少し楽しかったですよ。いや、テラム・ナディアの中に入れば、やっぱり皆、このような反応なのでしょうねぇ。わくわくします」
と無邪気に言っている。
あとで事実を知った当事者たちがかわいそうだからやめてやれ、と言いたいルルとイヴァンであったが、この様子では聞き入れてくれそうもないので何も言わないことにした。
女性陣は後から降りてきて、後ろの方に控えているため、ルルたちの会話はそこまでは届いていない。
まぁ、ゾエとイリスには聞こえているかもしれないが。
それからしばらくして、建物から一人の男が降りてきた。
先ほどからずっとここにいる者たちとは異なり、威圧感が違う。
決して筋骨隆々というわけではなく、むしろ細身であるが、戦えば相当に強いと言うことが足裁きだけで分かる。
そういう男だ。
腰には細身の剣が下げられているが、まず間違いなく名のある魔剣だろう。
彼には、この場にいる戦士や魔術師たちも敬意を持っているようで、背筋が伸びていた。
そんな彼が鋭い視線でこちらに近づいてくる。
そして、イヴァンを目に入れると、
「……よく、帰ってきたな! イヴァン!」
そう言って、ぱっと破顔した。
それは突然のことで、ルルたちやポーラは面食らう。
しかしモイツ、それに話しかけられた当のイヴァンはそんなことはないようで、
「ええ、やっと戻りました。お久しぶりですね、ラーヴァ」
「お久しぶりもなにも、一年ぶりだろう。せっかく俺がこっちに来たのに、まさかお前が留守だったとは思いもしなかった。せっかく来る前に、手紙もよこしたっていうのにのに……」
心底腹立たしそうにそう言ったラーヴァ、と呼ばれた男に、イヴァンは首を振って言う。
「モイツ様が休暇にするとおっしゃっていたので、それは仕方がないです」
そして、それを聞いたラーヴァは、
「モイツ様が? では一緒に帰ってきたのか?」
「いえ……まぁ、今はとりあえず、別行動、でしょうか」
本当は一緒にいるが、そうは言えないがための返答だった。
しかし、その返答はラーヴァにとって良いものではなかっただろう。
なぜなら彼は、その後にこう言ったからだ。
「そうか……しかし、モイツ様……まったくあの人にも困ったものだな……部下を突然の休暇などで振り回すとは、上司失格だな! お前もがつんと言ってやればいいのに!」
これを聞いて、イヴァンが顔を青くし、そして当のモイツ本人は嬉しそうに、にこにこ笑っていたのは言うまでもない話である。