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第246話 馬車旅

「それは……」


 ルルの提案に、イヴァンが微妙な声をあげた。

 それは、馬車の乗員の中にモイツが含まれているからに他ならない。

 今は少年の姿をしているが、いつバレるとも分からないし、それはモイツの望むところではないのではないか、と思ったのだ。


 けれど、意外なことにモイツはルルの提案を聞いて、


「……ふむ、そうですね。ポーラさんも足がなくてお困りでしょうし……幸い、私たちの馬車にはかなりの余裕があります。向かう方向も全く同じで、所属する組織も同じとなれば、これはもう、答えは決まっているようなものです」


 と乗り気なようである。

 バレることを考えていないのか、それともそれでも別にいいと思っているのか。

 それは分からないが、モイツがかまわないと言うのなら、イヴァンにも特に反対する理由はなかった。


「……では、そのように致しましょうか。ポーラ殿もそれでよろしいですか?」


 イヴァンがそう尋ねると、ポーラは少し驚いた様子で、


「え、ええ。私としては願ったりかなったりだけどぉ……本当にいいの? 私、こんな性格だしぃ、静かな旅にはおじゃまかもしれないわよぉ?」


 と言う。

 確かに、非常に賑やかな人物であるのは間違いないだろう。

 それは、昨日の酒場の一件でも十分に理解できる事柄だ。

 しかし、そうは言っても、別に空気が読めないわけでも、場所と機会をわきまえていないわけでもない。

 むしろ、十分以上に周りに気を払える人格だからこそ、昨日の一件を鮮やかに片づけることが出来たのだから。

 そもそも、うるさい、という話をし始めたらそれは……。


「きゅっ! きゅきゅ!」


「えっ? なになにぃ!?」


 そのとき、ぱたぱたと飛んできて、ポーラの頭の上に何かが乗っかった。

 ポーラはそれに慌てて、頭の上に手をやると、それが何か生き物の体であることに気づき、それからひっつかんで自分の目の見える位置にまで持ってくる。


「……これは、小竜リガ・ドラゴンよねぇ? いったいどこから……」


 この疑問に答えたのはルルであった。


「そいつはうちの連れだよ。ニーナと言う。さっき静かな旅に自分は邪魔、とか言っていたが、そいつに比べれば大したものでもない」


 そう言い切ったルルに、ニーナは、


「きゅっ!!」


 と少し憤慨したような声を出して頬を膨らませる。

 自分はそんなにうるさくない、と言いたいのだろう。

 確かに、ニーナは古代竜エンシェント・ドラゴンであるから非常に賢いし、静かにしていようと思えばどれだけでも大人しくしていられるのだが、特に必要がないときは割と忙しく動き回っている。

 御者をしていても、御者台から離れてルルたちのところにやってくることも少なくなかったし、おかしをもらっては喜んだりしていた。

 夜は夜で、馬車を引いている動物のために用意されている厩舎と、イリスたちの部屋を行ったり来たりしているらしく、賑やかなことこの上なかった。

 今更、ちょっと騒がしい人物が一人ぐらい増えたところでなんだというのか。

 そもそも、ポーラは自分で言うほど賑やかな感じではない。

 酒が入っていると分からないが、今はむしろ雰囲気も含めて控えめな印象すら感じるくらいだ。

 小人族カタンゲノス特有の小さな体と相まって、物静かな女性に見える。


愛玩動物ペットなのねぇ……かわいいわぁ。モイツくんもいるし、貴方たち一行と一緒に行くのは楽しそう……そうね、じゃあ……出来れば、お願いできるかしらぁ? 旅費はしっかり払うから」


 少し悩んでいたようだが、ニーナを抱き上げたり、その瞳を見ているうちに決心が固まったらしい。

 ポーラはそう言った。

 最後に付け加えられた一言から、金銭的には非常にしっかりしているらしいことも分かる。

 昨日の酒場ではどんぶり勘定が得意なようにも見えたが、酒の席だからということだろうか。

 そんな彼女の決断にみんな微笑み、改めて挨拶をした。


「よろしくお願いします。私は貴方からすれば上司に当たりますが、あまり気負われないでください。今は一応、休暇中ですので」


 まず、一行の代表として、イヴァンがそう言った。

 色々とあったので忘れているが、モイツもイヴァンもあくまで休暇中なのである。

 ポーラはその言葉になるほどと頷く。


「こんなところにどうして四方組合長クヴァル・マスター補佐の方が、と思っていたけれど、なるほど、お休みだったのねぇ。なら、私の態度もぎりぎり、許されるかしら?」


「昨日も言いましたが、酒の席ですからね……全く問題ありません。テラム・ナディアへの旅路も、同じようにしてくだされば」


「そう言っていただくと助かるわぁ」


 そう言って握手した。

 次にモイツが、


「私は貴方の上司というわけでもないので、同僚、というつもりで接してくださるとうれしいです」


 と言う。

 なにを言うのか、思い切り上司、それもほぼ最上位に近い位置にいるではないか、とその場にいるポーラ以外の者は全員が感じたが、口は挟まずに黙った

 モイツがそう望んでいるからだ。

 気遣いというほどでもないが、ずっと上司として振る舞っているのも疲れるだろう。

 気晴らしになれば、というくらいの気持ちであった。

 ポーラはモイツの言葉に頷き、


「同僚! これはうれしいわぁ。それが一番、楽な関係だもの。私の所属する組合にもいるけど、職務上、顔を合わせている時間が短くて……」


「ほう? そうなのですか……」


 いったい、どんな職務を担っているのか、と気になったらしいモイツだが、後で聞けばいいと思ったのか、そこでは特に聞かずに握手だけする。


 それから、ルルたちの番であった。


「俺たちは冒険者だからな。そう言う風に接してくれればいい。ランクもそこそこだから、旅路の安全は保障するよ」


「これは頼もしいわぁ……そちらのお二人も、やっぱり強いのよねぇ。女の子の方も、中級だし、もう一人は特級だしぃ」


 ポーラがイリスとゾエを見ながら言う。


「……わたくしは、お義兄にいさまほどではありませんが、街道に出現する程度の魔物でしたら、問題なく」


「私はまぁ……弱くは、ないわ。弱くは……ね」


 ゾエの返事が歯切れが悪いのは、一応、この一行の中では一番の手練れ、という身分になってしまっている話の展開に非常に微妙なものを感じてしまったからだ。

 イヴァンやモイツよりは強いだろう。

 しかし、ルルやイリスと比べれば……という思いが素直にポーラの言葉に頷くことを躊躇させた。

 けれど、特にポーラにこの二人の方が強いです、とか言及しても意味はない。

 葛藤の末、微妙に頷いておくことにしたのだった。


 それから、三人もポーラと握手し、最後に、


「きゅっ! きゅ!」


 と、みんなが握手しているのを見てうらやましくなったのか、ニーナもポーラに手を差し出したので、ポーラは、


「あらぁ? 貴方も? 分かったわ……ふふ。よろしくねぇ、ニーナちゃん」


 と言って、柔らかく握手したのだった。


 ◆◇◆◇◆


 そして、馬車がテラム・ナディアに向かって動き出した。

 時間はそれほどかからない。

 日が沈む頃には、もうついていることだろう。


 ポーラも含めて、ルルたちはモイツの馬車の方に乗る。

 ニーナが一人でかわいそう、な感じもないではないが、彼女は彼女で双頭竜と楽しげに会話しているので問題はないだろう。

 ルルたちには双頭竜との会話能力はないので、かえって邪魔なのかもしれない可能性もある。


 馬車の中は、賑やかで、色々な会話がなされた。

 ポーラはほとんどをこの辺りで過ごしていて、都会に飢えていたらしく、話題は主に王都のことが多くなった。

 レナード王国最大の都会と言えば、やはり王都だからだ。

 テラム・ナディアも都会よりの存在ではあるが、それでもやはり王都には負ける。

 レナード王国の文化の中心地である華やかさには、及ぶべくもないのだ。

 そして、王都で最近過ごしていたのはルルたちであるから、ルルたちが多く話すことになった。

 もちろん、所属している氏族クランや、そこに至る過程、それに最近の出来事として顕著なものとして、闘技大会のことも話す。

 しかし、優勝したことについては、いいところまでいった、というくらいにボカした。

 ルルたちが優勝したことはしっかりと人の耳に伝わってはいるのだが、その顔を実際に見たものでなければルルたちが本人だとは分からない。

 名前くらいしか伝わっていないからだ。

 それも、王都から離れるに連れて、情報は曖昧になっていく。

 ポーラが知っている闘技大会の優勝者の容姿は、なぜか、筋骨隆々の大男、ということになっていた。

 グランや、他の冒険者と混じって伝わってしまったのかもしれないが、それにしても酷い。

 伝言ゲームとはこういうものだ、と思わずにはいられなかった。

 さらに話は、フィナルでのことに移っていく。

 ルルたちの足跡にしたがって会話が進んできたので、王都のあとのことも話すことになったのだ。

 これには、冒険者組合の職員として、ポーラも気になったらしく、色々と尋ねてきた。


「エ、古代竜エンシェント・ドラゴンが街の近くに現れたの……?」


 その話をするに至って、ポーラの目はまん丸に開かれて動かなくなった。

 古代竜エンシェント・ドラゴンという存在は、それだけの驚きを人に与えるものだということの証明である。

 もっと言うなら、その古代竜エンシェント・ドラゴンは人型になってフィナルにやってきて、デザート関係をたらふく食べて帰って行った、今もそれが趣味になっていてたまに人里に降りてくる、という話になってしまうのだが、そこまでは流石に話すわけにはいかない。

 冒険者組合ギルド職員だとは言っても、明かせる情報には限りがある。

 古代竜エンシェント・ドラゴンをはじめ、ログスエラ山脈の魔物が人型になれることは、今はまだ、一般に流布されるべきではないのだ。


「怖くはなかったのぉ……?」


 ポーラがそう尋ねてきたので、イリスがこれに答えた。


「わたくしはその場におりましたが、やはり、少し身が震えましたわ。大きさも桁違いでしたが、それ以上に威圧感が強くて……」


 何者も恐れないようなイリスであり、実際、ルルのためならその通りであって、たとえ相手が古代竜エンシェント・ドラゴンであろうと、平気で向かっていく胆力はあるのだが、しかし、プレッシャーを全く感じないかと言えば、そうではない。

 イリスは、確かにあのとき、古代竜エンシェント・ドラゴンに身震いしていたのだ。

 これと戦って、無事でいられるものだろうかと、そう思って。

 しかし、それでもイリスにはあのとき、ふつうに会話する余裕があった。

 ゾエも同様である。

 けれど、モイツはそうではなかった。

 だから、彼は言う。


「イリス殿は……それほど恐れているようには見えませんでしたよ。私などは腰が抜けそうでしたし、フィナルの冒険者組合長でいらっしゃるオロトス殿も似たような状態でしたしね」


「あら、モイツくんもあの場にいたのぉ?」


 イリスについ、突っ込んでしまったモイツだが、ちょっと墓穴を掘ったかと、その瞬間思った。

 けれど、


「あの場には多くの冒険者がいました。フィナルにいた者は、みな武器をとり、魔物の来襲に常に備えていましたので。彼も、その中の一員でした」


 とイヴァンが助け船を出す。

 確かに、それは嘘ではない。

 モイツはフィナルを代表する集団の一員として、あの場にいたのであるが、同時に魔術師であり、魔物の来襲には常に備えていたのだ。

 しかし、どうしてどこぞの商会の継嗣が戦いに備えるのか、という疑問も感じないではない。

 けれど、あまりポーラはそう言った点には引っかかりを覚えなかったようで、


「へぇ、そうなのねぇ。モイツくん、戦えるんだぁ」


 と脳天気に頷いていた。

 確かに、良いところのおぼっちゃんというのは、意外と武術や魔術を学んでいて、ある程度の戦いの技能を持っていることも少なくない。

 そこから、おかしくない、と思ったのかもしれなかった。


 そして、あらかたフィナルでの出来事を聞いたポーラは言う。


「やっぱり、実際にその場にいた人の話は違うわねぇ。聞けて良かったわぁ。仕事が捗るもの」

 

 その言い方にモイツは首を傾げて、


「そうですか? そう言えば、ポーラさんのお仕事とはいったい……」


 と尋ねると、ポーラは、


「ここには関係者しかいないし、部外秘というわけでもないからお話しするわねぇ。私のお仕事って言うのは、村の流通とか、生活環境なんかを調べる事よ。冒険者の仕事に、商人の護衛関係の依頼も少なくないでしょう? そのために、どの辺の村がどういうものを欲しているか、とか、どういうものがあるか、とか定期的に調べてるの。その中で、ここ最近、フィナルから流通が減ってるっていうのと、妙に魔物が増えているっていうのがあってね。理由はそれかぁって納得がいったの。きっと魔物の方は、フィナルから流れてきたのでしょうねぇ……」


 としみじみと言った。

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