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第244話 自己紹介

「ギ、冒険者組合ギルド職員……!?」


 自らの所属をさらりと明らかにした小人族カタンゲノスの女性の台詞に、イヴァンが顔をひきつらせて狼狽した。

 それも当然だろう。

 色々と規則ギリギリの行為を目の前でやってのけた人物が、自分たちの管理する団体の構成員だと言うのである。

 驚くなというのが無理な話だった。


 しかし、モイツの方はそうでもなく、魔術によって変化しているその華奢でほっそりとした少年姿で微笑みつつ、ポーラには聞こえないよう、小声でイヴァンに言う。


「……まぁ、そもそも冒険者組合ギルドというのは荒くれ者の集まりですから、こういう人物がいてもいいのでは。イヴァン、貴方も、人のことをあまり言える立場ではないですし」


 モイツの言葉に痛いところを突かれたと思ったのか、何かポーラに言おうとしていたイヴァンの口はゆっくりと閉じられた。

 イヴァンとて、昔は荒れていた。

 今でこそ、規則に従う四角四面な部分が目立つ彼であるが、以前はまるで正反対のことばかりやってきた男だ。

 ポーラを責める正当性は、その歩んできた歴史の中にはなかった。

 そもそも、ポーラの行動はほとんど規則違反に等しいとは言え、全体としてみれば、称賛されるべきものである。

 それに訴え出る人間もいないことが予想されることから、彼女のしたことが問題になることもないだろう。

 そして、仮に問題となったとしても、冒険者組合ギルドはかなり柔軟性のある組織である。

 ここまでうまく事を収められたという実績がすでに存在している以上、ポーラの規則ギリギリの行動は黙認されるものと思われた。

 そして、最後の一押し、というべきか。

 この周辺……つまりは、レナード王国北方における冒険者組合ギルドの元締めは、今ここにいる少年、モイツなのである。

 彼が不問にすると、問題ないのだと言外に匂わせる態度をとっている以上、もし仮にポーラの行動が完全な規則違反だとしても許される。

 したがって、ポーラの行動はありとあらゆる意味で、問題ないのだった。


 そこまで考えて、けれどイヴァンにはまだ納得しかねることがあるのか、口を少しだけ尖らせる。

 ただ、出てきた言葉は、ポーラの規則違反を責めるものではなく、


「……しかし、あんなことをして、あの二人の冒険者にあとで絡まれるようなことは……」


 むしろポーラの身の安全を心配するものだった。

 けれどポーラは、


「だいじょうぶ、だいじょうぶ。さっきも言ったけれどぉ、少なくとも、素面の時のあの二人は悪い人たちじゃなかったのよぉ」


 しかしこの台詞は、モイツには楽観的に過ぎるように聞こえたようだ。

 心配そうな面もちで、


「そうは言いましても、冒険者というのはいざというとき、なにをするのか分からない部分もあります。逆上する可能性も……いかにこの村に彼らより優れた、良識ある冒険者がいるにしても、そういった目のない場所で貴女が襲われる可能性はないわけではないのでは……?」


 そう尋ねた。

 そしてその指摘は、正しいだろう。

 モイツは冒険者組合ギルドの重鎮であるところ、自らの組織の一員がそんなことをするとは言いたくはないだろうが、しかし事実は事実として受け止めなければならない。

 構成員の大半がまともであっても、おかしな人間というのはそれこそどこにでもいる。

 当然、卑怯者というのもどんなところにでもいて、思いのほか賢く、自分が勝てるところでしか挑まなかったりする。

 ポーラには戦闘に関する技能はないようだから、腕のない冒険者とは言っても、そんな方法で来られては流石に無事には済まないだろう。

 けれどポーラは、


「ないとは言えないわねぇ。でもだいじょうぶ」


「そう言い切れる理由が何か……?」


 自信満々のその答えの根拠が気になって、モイツが尋ねると、ポーラは答えた。


「ええ。だって私、明日の朝一番に村を出るからぁ」


 その返答に、ルルたちも納得したように頷く。


「なるほど、復讐しようにも既に村にいなければどうしようもないってことか」


 ルルがそう言い、その後にゾエも言う。


「あれだけ酔ってればよほど酒に強くない限り、朝一番に起きるのは無理よね……」


 実際、あの二人の冒険者は相当酔っていたように見えた。

 あけた酒瓶の数も一つや二つではないだろう。

 そして、ゾエの言葉に、イリスがぼそりと、ルルとゾエに言う。


「……あぁ、人族ヒューマンの方となると、あれくらい呑めば二日酔いになってしまいますものね……」


 古代魔族の限界はもっと遠いからこその言葉だった。

 そんな古代魔族でも一瓶空ければ次の日は二日酔い必死、という酒も遙か昔には存在していたのだが、今もあるとは思えない。

 人族ヒューマンが呑めばショットグラス一杯で沈むような代物だったからだ。

 劇物にもほどがあった。


「朝一番に、ということはお仕事は終わったという事でしょうか?」


 これはモイツの台詞だ。

 絡んできた二人組についてはもう心配はなさそうだと判断したらしく、そうなると、今度はポーラ自身の事が気になり始めたようだ。

 ポーラは自らが言ったように、この村を含む周辺の村を統括する冒険者組合ギルドの職員であるということだから、ここに来たのは何か仕事があってのことだろう、と思ったらしい。

 そしてその推論は正しかったようだ。

 ポーラは言う。


「よく私が仕事で来たってわかったわねぇ? 村の人たちにすら、酒を飲みにやって来てるんだろうって言われるくらいなのにぃ」


 絡んできた冒険者二人の存在感にかき消されて、ポーラの酒量についてはあまり気にしていなかったルルたちであるが、ふと彼女が先ほどまでいたテーブルの上を見てみると、五本、空の酒瓶が転がっている。

 それも、相当強いと言われる銘柄のものばかりである。

 それに加えてエールも飲み、さらにルルたちと同じテーブルについてからも飲み続けているのだ。 

 間違いなく、酒豪だ。

 村人たちの彼女に対する印象も理解できる。


「ここの酒場にも十分な種類の酒が揃っていますが、本当に酒を呑みに行くのだったら、テラム・ナディアに行った方が楽しめますからね。ここからなら、それほど遠くもありませんし……にも関わらず、わざわざここに来ているという事は、おそらく何かお仕事をされていたのではないかと、そう思いまして」


 これに加えて、ポーラの話し方からして彼女はこの村の住人ではなく、どこか他の村なり街なりに拠点を置いていることが理解できる、というのもあったがモイツはそれには特に触れなかった。

 それに対してポーラは、


「なるほどねぇ。確かに間違っていない推論だわぁ。でも、一つ付け加えるなら、テラム・ナディアなら明日向かうのよぉ? 楽しみだわぁ」


 と意外な台詞を言う。


「ほう、それはそれは……奇遇ですね。私たちもテラム・ナディアに向かっているのですよ」


「そうなのぉ? あそこは面白い街だけど、基本的には冒険者組合ギルドの街よ? もしかして、貴方たち、関係者?」


 と尋ねてきたので、モイツが少し狼狽した。

 華奢な少年の見た目で、自分が北方組合長ノース・マスターモイツ=ディビクである、と主張することに逡巡したのだろう。

 それを理解したルルたちが、自分たちの方が当たり障りのない立場であることを思い出して先に自己紹介を始めることにした。

 モイツたちはその間にどう自己紹介をすべきか考えるだろう。

 まずは、ルルから。


「そうだ。俺はルル=カディスノーラ。こう見えて、一応中級下位冒険者だ……で、こっちが俺の義妹の……」


 促されて、イリスも言う。


「わたくしは、イリス=カディスノーラ。お義兄にいさまのご紹介されたとおり、お義兄にいさまの妹ですの。そして、同じく中級下位冒険者でもありますわ」


 二人の紹介に、ポーラは少し目を見張った。


「へぇ、すごいわねぇ。その年で、もう中級なのね? 普通なら初級下位をうろうろしているくらいなのに……」


 実際、14、5くらいの年齢の冒険者は登録したてであり、どれほど才能があると見なされていても中級には届かず、初級上位が関の山である。

 だからこそのポーラの驚きだった。

 しかし、それもゾエの自己紹介がなされるまでのことだった。

 ゾエがルルたちに続けて言う。


「私はゾエよ。これでも特級上位冒険者……」


「特級上位……!?」


 ゾエの言葉に、ルルたちの自己紹介の時とは比べものにならないくらいに目を見開くポーラ。

 しかし少し驚きすぎではないかと思ってルルが、


「……王都になら特級は何人かいるぞ?」


 と言えば、ポーラは、


「王都ならそうでしょうけれどねぇ、こんな小さな村に、特級上位冒険者なんて来ることは滅多にないのよぉ……酔いが醒めちゃったくらい。ほら、見てよ。驚いているの、私だけじゃないからぁ」


 そう言って周囲を示したポーラ。

 言われて、周りを見てみれば、冒険者と思しき屈強な男たちがそれこそポーラと同じように目を見開いて、ゾエを見ていた。

 特級冒険者、というのはそれだけ冒険者たちのあこがれの的であるという証であった。

 それから、次々にゾエは冒険者たちに握手を求められ、また酒を奢られ始めた。


「いやぁ、こんなところで特級に会えるとは……光栄だよ」「俺は初めて見たぜ。しかしこんな若いねーちゃんがねぇ……」「腕相撲とかしてみるか? 勝てるとは思えねぇが……」


 と、それぞれかなり好意的な様子である。

 ゾエもこういうノリは嫌いではなく、彼らの求めに応じて色々とやり始めた。

 もはや酒場の中は、誰がどのテーブルについている、などということは問題ではなく、全員で呑んでいるような雰囲気になってしまっているくらいだ。

 そこまで見て、


「ね、わかったでしょお?」


 とポーラが言ったので、ゾエ以外のルル一行は頷いたのだった。

 ちなみにゾエは次々に挑まれる腕相撲にことごとく勝利していた。

 当たり前だ。

 しかも、魔術は一切使っていない。

 相手はほとんどが使っているにも関わらず、である。

 やはり古代魔族の身体能力には圧倒的なものがあった。


 そんな騒ぎでうまいこと流されそうだったモイツとイヴァンの自己紹介だったが、ポーラも彼らの素性は知りたいらしい。

 ふっと思い出したように尋ねた。


「……それでぇ、貴方たちはどんな人たちなのぉ? やっぱり、おぼっちゃまとその従者とか家庭教師とか?」


 おぼっちゃまがモイツを、従者とか家庭教師がイヴァンを指し示しているのは自明である。

 これに対し、イヴァンが落ち着いた様子で答えた。


「私は冒険者組合ギルド北方組合長ノース・マスターの補佐をしております、イヴァンと申します。そしてこちらが……」


「イヴァン殿の従者をしております、モイツと申します」


 と堂々と名乗った。

 名前はそのままだが、地位は偽ることにしたらしい。

 名前を偽らないと意味がないのでは、とルルは一瞬思ったが、本来のモイツと今のモイツとでは見た目に多大なる隔たりがある。

 同じ名前であっても、ポーラは気づかなかった。

 ただ、北方組合長ノース・マスターと同じ名前だと言うことは分かったらしく、


「へぇ、うちのボスと同じ名前なのねぇ。でもサイズ感は見事に違うけど。美少年だわぁ」


 と言う。

 それから少し首を傾げて、


「……でも、従者というのなら、イヴァンさんより立場は下のはずよね? なんだか、イヴァンさんの方が立場が下のように見えるのだけれどぉ?」


 と鋭いことを尋ねた。

 口先だけ嘘を言っても、振る舞いでバレる訳だ。

 しかし二人はそれについてもいいわけを用意していたようだ。

 イヴァンが言う。


冒険者組合ギルド内の地位だけで言うのなら確かに私の方が上なのですが……実のところ、彼は冒険者組合ギルドと取引のある、さる商会の後継でして、今私についておりますのは、いずれその商会を担ったときに、冒険者組合ギルドとスムーズに取引が出来るようにと、経験をつけてもらう為なのですよ」


 どこかの坊やに見える、という設定をそのまま利用したようだ。

 確かにモイツの穏やかで品の良さそうな雰囲気はどこかの貴族や商会の跡取りのような雰囲気をしている。

 また、イヴァンが言ったような人材交流のようなものは比較的頻繁に行われていて、理解できる内容でもあった。

 即席で作り上げた設定にしてはしっかりとしている。

 ポーラも納得したようで、


「なるほどねぇ。預かり者は、邪険には出来ないか。もしかして、私の態度、まずいかしらぁ? イヴァンさんも私からしてみれば雲の上の人みたいだしぃ」


 酔いが覚めた、というのは真実だったのか、色々と気になりだしたらしいポーラがそう尋ねた。

 実際、イヴァンの地位は冒険者組合では相当に高い。

 ポーラがどの程度の地位にいるのかは分からないが、小さな村いくつかを束ねる冒険者組合ギルドの一職員に過ぎないことを考えれば、イヴァンはまさに雲の上の人だった。

 しかし、たとえそうであるとしてもイヴァンにしろモイツにしろ厳密に言うと業務中というわけではない。

 バカンスの最中なのだ。

 特に、ポーラの態度について注文を付ける立場にはない。

 もちろん、あまりにも酷かったら考えなければならないだろうが、今のところ、彼女の態度は酒の席においてなら十分許容範囲内のものだった。

 だから、イヴァンは言う。


「別に気にしませんよ。私も、彼も。ここは、楽しく酒を飲む場なんでしょうし」


 と、ポーラの台詞を借りて言い、ポーラはそれに微笑んでコップを掲げたのだった。

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