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第243話 神業

「ちょっと、ちょっと!」


 そう言って、小人族カタンゲノスの少女はモイツと冒険者二人組の間に割り込んだ。

 十歳にも満たない少女にしか見えない身長と華奢な体。

 長めの茶色の髪をフィッシュボーンの形に一つにして編み、垂らしている。

 額には赤く輝く宝石が一つ。

 幼いながらもどこか大人の女性であることが分かる、不思議な雰囲気を纏っている彼女。

 そんな少女に突然割り込まれたことに驚いたらしく、モイツを掴んでいた冒険者はその手を離す。

 そして、一瞬フリーズすると、自分が邪魔されたのだということに気づいて、顔を赤くし、叫んだ。


「てめぇッ!? なんのつもりだ!?」


 大した実力のない冒険者の凄みである。

 耳にうるさいだけで、ルルたちやモイツたちにはなんら恐ろしくもない大声だけのものだったが、女性にとってはそれでも十分に恐怖を与えるに足りるものであったはずだった。

 けれど、少女は動じる様子もなく、むしろへらへらとした表情で、


「何のつもりもなにも、ここは酒場なのよう~? 楽しく呑まないとだめじゃないの!」


 その声は妙に明るく、おそらくは相当酔っているのだろうと思われるものだった。

 だから冒険者二人組の声にも動じなかったのかとルルは納得した。

 しかし動じなければいいというものでもないだろう。

 この冒険者二人組は、相手が女性だからと言って手加減をするようなタイプにも見えない。

 割り込んできた少女に、酷いことをしないかと心配になった。

 それはモイツもイヴァンも同様だったが、前に出ようとした二人を身振りで制止したのは少女の方だった。

 視線だけで、少し黙ってて、と言っているようで、モイツもイヴァンも、踏み出しかけた足を止める。

 そしてそんな少女に、冒険者二人組は怒鳴り続ける。


「楽しくだと!? あぁ、俺たちは楽しく呑んでたぜ! だがな、それをじゃましたのはこいつらだ!」


「そうだ、その通りだ。気分に水を差された分、迷惑料を要求してなにが悪いってんだ!? あぁ!?」


 聞いて呆れるとはこのことで、この二人の理屈は明らかに道理に適っていないチンピラのそれである。

 元々そういう性格なのか、酔っぱらってそうなってしまっているのかは分からないが、どちらにしても反省させるべき奴らなのは間違いない。

 それなのに、なにを思ってか、少女は意外なことを言う。


「迷惑料? それがあれば楽しく呑めるの? そうなの?」


 と、ずずいと、冒険者二人の方に近づき、そのだいたい腰辺りを叩いて言った。

 少女は小人族カタンゲノス

 人族ヒューマンと思しき、見た目だけは屈強な荒くれ者風の冒険者の背丈の半分くらいしかないのである。

 それが身長の限界だった。

 しかし、何かわからないが、場を支配しているような、不思議な存在感があって、それに冒険者二人は呑まれつつある。

 小さな少女にいつの間にか近づかれ、腰を軽くではあるが叩かれたことに驚き、下を見た。

 すると、冒険者二人をにこにこと見返している少女がいるのだ。

 少しばかり、目を見開かずにはいられなかったようである。

 ただ、だからといって、少女に気圧されるところまではいかない。

 せいぜい、驚かされた、それくらいだ。

 それに、気になるのは少女の身のこなしより、その台詞の方だったようである。

 二人組は言う。

 少しばかり、にやにやとしながら。


「あぁ、そうだ。迷惑料さえもらえるなら、俺たちも引き下がるさ……そうだな、金貨一枚ほどもらえりゃあ、な!」


「あんたもだが、この店をめちゃくちゃにしたくはねぇだろう? 少し考えてみちゃくれねぇか?」


 片方の冒険者が少し柔らかな口調になったのは慣れた手口だからだろうか。

 だとすれば許せないが、少女は目を見開き、


「金貨一枚ぃ? 随分とたくさんほしいのねぇ……うーん、ちょっと待って」


 そう言って二人組に背を向けて、懐から何かを取り出した。

 どうやら、財布のようである。

 ただ、不思議なことに三つあって、少女はその中のあまり綺麗でない二つの中をいじくり、金貨を一枚見つけると笑った。


「あった! 探せばあるものねぇ! いやぁ、よかったわぁ」


 と言い、掲げる。

 そして振り返ると、冒険者二人組にそれを見せながら、


「ね、これでいいわねぇ? 金貨一枚! きっかり!」


 まさか本当に払うとは思わなかったのか、二人組は驚いてお互い顔を見合わせた。

 ただ、よく考えずとも、また酔っぱらった頭でも、それが自分たちにとってとても良い結果であることに納得したらしい。

 にやにやとした笑いを、少し下手に出たものに変えて、二人組は少女に言った。


「へっへっへ。なんだ、分かってるじゃねぇか……」


「そうそう、これだけもらえりゃあ、十分だぜ」


 そう言って、片方が金貨に手を伸ばした。

 しかし少女は男の手から引いて、いったん金貨を隠し、言う。


「ちょっと待って」


「……なんだ? 今更よこさねぇってか? それはとおらねぇぞ?」


「そうじゃないわぁ。そうじゃなくて、ね。もう一枚、払うから、今日のところはこの酒場から出ていってくれないかしら?」


「なにぃ……?」


「ほら、これ」


 そして少女はさらにもう一枚、金貨を取り出す。

 それを見た二人組は再度、顔を見合わせ、やはり悪くない取引だと思ったのだろう。

 頷いて、


「……よし、分かった。なに、俺たちも今日はここを騒がせちまったからな……! 金貨二枚で手を打つぜ!」


「本当!? ありがとうねぇ!」


 少女はそして、二人組の手を片方ずつ握り、ぶんぶんと振るって、それぞれにハグをして腰に手を回し、それから最後に金貨を一枚ずつ渡した。

 そしてその後、金貨をじっと見つめながら酒場を出ていく男たちに手を振りながら、


「ばいば~い!」


 と言って微笑む。

 それから一部始終を眺めていた酒場の客たちに向かって、


「じゃ、今日は私がここの払いは全部持つから、みんなじゃんじゃんのんで! 実はもう一枚、金貨があるの! いい稼ぎ・・・・だったわぁ!」


 とよく分からない一言を付け加えて叫んだ。

 酒場の客たちはその台詞に歓声をあげ、それから思い思いの酒を頼みだしたのだった。


 ◆◇◆◇◆


「いやぁ、参ったわぁ。あんなのに絡まれるなんて、災難だったわねぇ、坊や。私がいなければどうなっていたことか」


 なぜかいつの間にかルルたちと同じテーブルについている小人族カタンゲノスの少女が、モイツに向かってそう言った。

 イヴァンの額が少女の台詞、坊や、の辺りでぴくりと動くが、勘違いして当然だということに思い当たったのだろう。

 特に文句は言わずに黙っている。

 言われた当の本人であるモイツも、坊や扱いは珍しいのか、面白そうな表情だ。


「ええ、本当に……助かりました。貴女がいて、よかった。けれど、あれほどの出費……本当によろしかったのですか? 相当な痛手でしょう。あれは、私のために出してくださったのですから、私がお支払いするのが筋です」


 そういって、モイツは自らの懐から財布を取り出し、金貨を数え始める。

 けれど、少女の方は首を振って、


「えぇ? 問題ないわよぉ。私の懐、ぜんっぜん、痛んでないからぁ!」


 と笑う。


「……え?」


 と首を傾げるモイツとイヴァン。

 彼らは、少女が明らかに金貨を払ったのを見ている。

 あれは間違いなく本物の金貨であることも確認したのだ。

 少女の懐が痛んでいないなど、そんなことはあるはずはないと分かっている。

 けれど少女は問題ないというのだ。

 いったいどういうことかと首を傾げたとき、ルルたちが感心したように話し始める。


「……見事な手腕だったな。あの二人組から気づかれずに財布を抜き取ってしまうなんて。しかもしっかり元に戻すところまでやるとは」


「酔っぱらいが相手ですから、難易度は少し低めかも知れませんが……」


「いやいや、そうは言ってもモイツとイヴァンも気づけなかったのよ? やっぱり熟練の業とかがあるんじゃない? え、まさか貴女、その見た目で掏摸スリが本業なの?」


 と。

 三人三様の物言いに、少女は驚くことはなく、けれど少しばかり感心したように、


「へぇ!? 分かった人がいたんだぁ! これは珍しいわぁ!」


 と叫ぶ。

 その言葉に訳が分からないのはモイツとイヴァンだった。

 しかし、この話の内容が示す内容は明らかであった。

 だから、モイツがあわてて尋ねる。


「ちょ、ちょっと待ってください! まさか、貴女はあの二人から財布を抜き取ったというのですか!? あの衆人環視の場所で、誰にも気づかせずに!?」


 少女は特に悪びれるでもなく、


「そうよぉ。あ、犯罪だって怒る? でもねぇ、金貨二枚は返したしぃ……一枚は、それこそ、迷惑料よねぇ? あの二人は冒険者だったし、組合規則で裁かれるとしたら、罰金もそんなもんだわぁ」


 と笑う。

 イヴァンはその台詞の内容を吟味して、


「……確かに、公共の場所を理由無く騒がせた場合、営業妨害などの場合には、金貨一枚が罰金の相場です。そしてそれは相手方……この場合は店に支払われるものですから、使い方としては正しいといえば正しい……」


「ま、そういうことよぉ」


「い、いや、しかし問題はあります。勝手に裁くのはよろしくないですし、あの二人も酒が抜ければ気づくでしょう? そのときはどうするのです? そもそもスリなど……」


 一応納得しかけたイヴァンであったが、即座に規則というものの正しい運用というものに意識を引き戻されたらしい。

 そう言い募った。

 けれど少女の方にはその辺りも配慮していたらしく、


「別に本業がスリってわけじゃないわよぉ? 今日だけなの。それに、あの二人、今日は随分酔っぱらってたけど、昨日も一昨日も素面のときは悪い奴らじゃなかったのよぉ。だからと言って、今日したことが許されるわけじゃないけどぉ、酔いからさめて、今日の顛末を理解したとしても、反省すると思うわぁ。それに、もし反省しなかったとしても……問題ないの」


「それは、どういう意味です?」


 イヴァンが尋ねると、少女が酒場を見渡しながら、


「だって、この酒場には何人か、あの二人よりも実力のある冒険者が来ていたわぁ。あの二人が正しくないことも理解してる、まっとうな人たちよぉ。あの二人が反省せずに何か問題を起こしたら、彼らがことの始末をつけてくれるわぁ。この村では、いつも、そうなってるのよぉ」


 と言った。

 確かに、あの二人以外に、かなり実力のありそうな冒険者が何人かいた。

 彼らはモイツたちが絡まれているのを見て、飛び出そうとしていたし、正しい倫理観も有しているのだろう。

 問題があれば、ただしてくれると期待できそうだった。

 けれど、言いながら少女はふと、首を傾げた。


「でもぉ……どうして、私より先に止めなかったのかしらぁ? 学者のお兄さんと、少年が絡まれてるっていうのに、普段なら絶対飛び出るはずなのにぃ」


 と。

 なるほど、少女は戦う人間ではないらしい。

 彼女には、イヴァンが学者に、モイツがただの少年に見えていた、というわけだ。

 そしてぱっと見、そう見えるような容姿を二人はしている。

 今回の騒ぎの概要がすべて見え、なるほど、自分たちの容姿が最大の原因だったかと、モイツとイヴァンは顔を見合わせて苦笑した。

 それから少女は疑問はとりあえずどうでもいいかと思ったのか、流して、


「ま、そんなわけでぇ、お二人は気に病むことはないのよぉ。だから、この村を嫌いにならないでねぇ?」


 と言った。

 随分と、この村について気にしているらしいその言動に気になったのか、モイツは少女の言葉に頷きながら、尋ねた。


「ええ、もちろん、ああ言った冒険者は一部だということは分かっていますよ。けれど……そこまでフォローする貴女はいったい……いえ、小人族カタンゲノスの方だというのは分かるのですが」


 それ以外はなにも分からない。

 いや、少女少女と言いながら、すでに二十歳を超えている年齢だと言うことは分かっている。

 しかしそれくらいだ。

 そこではじめて少女は何の自己紹介もしていないことに気づいたのか、


「あらぁ、私ったら、すっかり抜けていたわぁ。自己紹介をするわねぇ? 私は、ポーラ。ポーラ=アンジェ。小人族カタンゲノスで、この村を含む周辺の五つの村に来ている冒険者を管理している冒険者組合ギルドの職員よぉ」


 そう言った。

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