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第242話 揉め事

 酒場で出されたものはどれも非常においしかった。

 このくらいの規模の村にしては食材も豊富で、料理人の腕自体も良い。

 主人があれほど無愛想でも繁盛する訳だった。


 酒が飲めなくて少しだけ落ち込み気味だったモイツも、料理の味の良さに徐々に元気を取り戻していった。

 しかし全く気にしていないというわけでもないようだ。


「まさかこんな弊害があるとは考えてもみませんでしたよ……」


 そうぽつりと呟く。

 弊害、とは人化したことによって少年になってしまったため、酒が飲めなくなってしまったことだ。

 まぁ、この村は平和そうだし、女将の目線が店全体に行き渡っているからこそ、止められた部分がある。

 他の、もっと巨大な街の広い酒場であるならば、特に制止されることなく飲むことも出来るかもしれない。

 ただ、モイツとしては、ここで飲みたかったらしく、その気持ちはわからないでもなかった。


「まぁ、考えてみれば当たり前の話だったんだけどな。入ってみないと分からないかと思って」


 ルルがそういうと、イリスとゾエが、あぁ、という顔をして、


「宿で何か気にしてらしたのは、そのことでしたのね」


「予想してたのに言わなかったのはちょっとかわいそうよ」


 と言った。

 ルルとしても、先に言うべきかどうか悩んだのだが、もしかしたら、と思ってもいたので、あえて黙っていたのだ。

 小人族カタンゲノスのような他種族だと強弁するという方法もあった。

 けれど、モイツとしては女将はモイツのことを心配してくれていたのであり、それを無碍にするのも納得がいかず、またただでさえ人族ヒューマンであるという振る舞いで周りをだましているような状況にあるので、これ以上、嘘を重ねると整合性が保てなくなると言う判断もあったようである。

 別に無理に飲む必要もないのだし、と自分を納得させて諦めたようだ。


「テラム・ナディアでは呑めるといいのですが……」


 もちろん、完全に諦めきれたわけではないようである。

 テラム・ナディアは、レナード王国冒険者組合ギルド北部地域本部のある都市であり、地上にではなく地底に築かれた都市だ。

 当然だが、ルルとイリス、それにニーナは行ったことはない。

 ただ、ゾエは異なるようで、


「あの街でなら出来なくはないかも知れないけど……ただ、あなた有名人でしょ。いいの?」


 と知っているような風なことを言う。

 モイツが有名人、というのはもちろん、彼がレナード王国冒険者組合ギルド北方組合長ノース・マスターであることを指して言っている。

 普段は、地底都市テラム・ナディアで北部冒険者組合の情報を集め、整理し、指示を出している彼はテラム・ナディアでは最高位に位置する重鎮である。

 戻ったら確実に忙しい仕事が積みあがっているはずであり、そんな彼がその辺の街の酒場などを歩き回っていいのか、という質問だったが、モイツは笑って、


「いやはや、実にいい術を教えてもらいましたからね。今までは抜け出すのも手間だったのですよ。それがこれで……」


 となにやら不穏なことを言っている。

 モイツの隣にいるイヴァンを見れば、彼は酒でつぶれかけており、頭が回っていないようである。

 モイツの怪しげな台詞にも注意を払えていなかった。

 どうやら、あまり酒に強くないのかも知れない……と思って、イヴァンの前に置かれた酒瓶を見てみると、


「……こいつは、アルテの炎酒じゃないか。これ全部呑んだのか……?」


 アルテというのはレナードでも酒造で有名な土地であり、炎酒とはそこで作られた酒の中でも酒精の濃度がけた違いに高い、文字通りの呑むと喉が焼け付く有名な酒であった。

 通常は小さなコップに入れて、ちびちびと呑むか、他の飲み物と混ぜて相当に薄めて呑むものなのだが、イヴァンは原液のまま、ごくごく呑んでいたらしい。

 イリスとゾエも空の酒瓶を手に取り、その匂いを嗅いで眉をしかめた。


「これを空にするほど呑んで、未だ倒れていないことは尊敬すべきかと思いますが……大丈夫なのでしょうか?」


「大丈夫なわけないと思うんだけど……モイツ、いいの?」


 モイツはゾエの質問に、


「そうですね……イヴァンは昔は酒に溺れていたことがありますから。自分の限界は分かっているはずです。大丈夫でしょう」


 と答える。

 そういえば、イヴァンは冒険者組合ギルド職員になる前はそれなりに荒れていたという話だったか。

 そのころのことなのだろう。

 とはいえ、一応大丈夫なのか、何度か大きめの声で話しかけてみると、


「だ、だいじょうぶ、ですよ……ええ……だいじょうぶぅ……ちょっと、失礼……」


 と言って顔色を悪くし、店の奥に駆け込んでいった。

 おそらくは、吐くのであろう。

 そちらにはトイレがあったはずだからだ。

 全く大丈夫そうには見えなかったが、けれど、一応歩けてはいたし、今すぐ倒れるとかそういった様子ではなかった。

 やはり、元冒険者だけあって、タフということなのかもしれなかった。


「じゃあ、イヴァンが戻ってきたら宿に戻るか……」


 これ以上呑ませるのはよろしくないと思ったルルがそう言って辺りを見回す。

 そういえば、ニーナが見あたらない、と思ってのことだ。

 そんなルルの視線にイリスが気づき、


「あちらですわ」


 と指さす。

 そこには、ニーナの他に三匹ほどの小竜リガ・ドラゴンがテーブルの上に腰掛けているのが見えた。

 小竜リガ・ドラゴンは犬や猫に並んで比較的人気のある愛玩動物ペットである。

 そして、一応、空を飛ぶことができ、かつ犬や猫よりも体力があることから、旅をする者には特に人気がある愛玩動物ペットでもあった。

 酒場などでもよくその姿を見ることが出来、かなりおとなしくしている性質のために、彼ら専用のテーブルがあることも少なくない。

 しかも、数匹集まるとなにやら会話のようなものをしていたりする光景も見られる。

 いったい何を話しているのかは、人にはまるで分からないが、雰囲気で理解できることもある。

 今がまさにその状態だった。


 どんな感じかというと、ニーナが深皿に入れられた何かの液体を飲みながら、他の小竜リガ・ドラゴンに演説のようなことをしている。

 より正確に言うなら、酒に酔って若者に管を巻いている親父のような雰囲気である。

 他の小竜リガ・ドラゴンたちは、けれどいやそうな感じではなく、何か目をきらきらさせてニーナの話(?)に聞き入っているような雰囲気だった。


「……なんだ、あれ」


 ルルが何とも言えない表情をすると、イリスが、


「どうも竜族に酩酊感を与える飲み物というのがあるらしく……何かの植物をすりつぶしたものをミルクに混ぜ込んであるらしいのですが」


 と言った。

 いつの間にか、女将に聞いていたらしい。

 他にも店の料理のレシピなど、聞ける範囲で教えてもらっていたらしかった。


 ニーナが持っている深皿には確かに白色の液体が入っていて、それを飲んでいる彼女は確かに酔っぱらいのようである。

 他の小竜リガ・ドラゴンたちも同様の深皿を持っており、ニーナよりかは正気のようだが、どこかふらふらしているのが見て取れた。


「あいつらも酒を飲んでいるわけか……」


「見ていると、面白いですわ。飽きない光景と申しますか……上司をよいしょする部下たちの飲み会のよう、と申しますか……」


 上司がニーナで、部下が他の小竜リガ・ドラゴンというわけだ。 たしかに、ニーナの本性を考えれば上司に当たる存在なのかも知れない。


「呼んだら来ると思うか? イヴァンもそろそろ戻ってくるだろうし」


 ルルがそう言うと、ゾエが、


「試しに呼んでみたら?」


「……そうだな。ニーナ! そろそろ帰るぞ!」


 とルルが叫ぶと、ニーナは演説らしき何かを中断して、ぱっとルルの方を見、それからぱたぱたと飛んできた。


「きゅっ!」


 その様子はしっかりといつも通りの彼女である。

 少しばかりふらついている気もするが、特に酒臭くはない。

 まぁ、呑んでいたのは酒ではないのだから当然なのだが。


 それからしばらくしてイヴァンも戻ってきたのだが、テーブルに来る途中に、二人組の冒険者にぶつかってしまう。


「おっと、申し訳ありません……」


 ふらついていたのはお互い様で、普通ならこれで終わりのはずなのだが、しかしその冒険者たちは虫の居所が悪かったらしい。


「痛ぇなぁ!! それで済むと思ってるのか!?」


 片方がそう言い、もう片方が、


「おい、おっさん。こういうときはさぁ……分かるだろ?」


 言いがかり以外の何者でもなく、それを聞いていたルルたちは腰を浮かしかけたが、モイツがそれを止め、彼自ら立ち上がってイヴァンの方に向かっていく。

 どうやら自分が収めてくる、ということらしかった。

 百年近くを生き、酸いも甘いも噛み分けてきたモイツである。

 確かに適任かも知れないが、しかし彼は一つ忘れていた。

 近づいて二人の冒険者に、


「ちょっと、そこのお二人。聞いていましたよ。今のは流石に言いがかりにも程があるではありませんか?」


 後ろから声をかけられた二人は、流石に自分たちのしていることが正しくないのは分かっているのだろう。

 一瞬緊張したようなそぶりで振り向いた。

 モイツの声に、威厳を感じたからだろう。

 しかし、モイツの容姿を見て、その表情は安心というか、馬鹿にするようなものに変わる。


「……なんだよ、驚かせるんじゃねぇ。ガキはすっこんでろ」


「そうだぜ。家に帰ってミルクでも飲んでろよ……」


 と二人そろって凄んで言った。

 実際、普通の子供であればそれで帰るか怯えるかするのだろう。

 けれど、モイツはそうではない。

 まるで怯えなど見せず、微動だにしない。


「道理に年齢は関係ありません。先ほどのあなた方の行動には正しいところは一つもない。これを見過ごすことは、私には出来かねますね」


 と堂々と主張した。

 間違いなく、モイツの言っていることが正しく、普段のモイツならばこれで話は終わっただろう。

 年を経た鯨系海人族レヴィタヤン・アクアリスの巨体から吹き出される威厳というのは、抗い難いものがあるからだ。

 けれど今は全く異なる容姿のモイツである。

 白髪の華奢な少年なのである。

 そして、そんな見るからに弱そうな少年にそのようにはっきりと糾弾されて、素直に謝ることの出来る者が、ぶつかった相手を脅すようなことをするはずがないのだ。

 冒険者たちは、モイツの胸ぐらを掴み、


「てんめぇ……!?」


 といきり立った。

 これを見て、まずいな、と思ったのはルルたちである。

 といっても、モイツの心配をして、ではない。

 モイツはあれで熟練の魔術師であり、その気になれば簡単に目の前の冒険者二人くらい倒すことが出来る。

 だいたい、あの二人の冒険者の実力はルルの目から見て、初級上位程度に過ぎないからだ。

 では、なにを心配しているのかと言えば、モイツの胸ぐらを掴んでいる冒険者たちの背後にいる、イヴァンである。

 モイツに冒険者が掴みかかった時点から、その体からは強烈な殺気が放たれているのだ。

 酒場にいる客たちの中でも、それなりと思われる実力者たちはその様子に一瞬身構えた程である。

 なるほど、確かにイヴァンは昔は荒くれ者だったのだなと納得せずにはいられない気配だった。

 今にもその手は腰に差した双剣に伸びそうであり、そしてそれが実際に行われた場合、二人組の冒険者は一瞬で細切れにされることも分かる。

 が、肝心の二人組の方はそれを理解していない。

 自分たちが優位に立っていると、そう確信している表情をしている。

 そうではなく、モイツが視線でイヴァンを引き留めているからこそ、彼らはまだ息をしているに過ぎないのに、である。


「……時間の問題かな?」


 ルルがそう言った。

 イリスが頷き、


「片は付くのは間違いないでしょうけれど、イヴァン様は……我慢できるのでしょうか?」


 その言葉に、ゾエは、


「モイツが止めている限りは大丈夫と思うけれど……あら?」


 そう言ってから、少し首を傾げた。

 そしてそれはルルとイリスもである。

 その理由は、モイツたちの方にとことこと歩いていく、少女の姿が見えたからだ。

 といっても、本当の子供はここにはいない。

 それは、先ほどの、酒を呑んでいた小人族カタンゲノスの少女だった。

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