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蘇りの魔王  作者: 丘/丘野 優


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第240話 人化

 シュゾンが去ってからしばらく時間が経った。

 馬車に揺られているとぼんやりとしてしまって手持ちぶさたになる瞬間がある。

 今がまさにそのときだった。

 そして、ルルはふと、思い出して口を開いた。


「……そういえば、モイツ。人化の術、完成したぞ」


 ぽろっと何でもないことのように言った台詞だったが、モイツの反応はそれとは反対に大きかった。


「ほ、本当ですか!? 事実でしたら、ぜひ、ぜひ教えていただきたく……!!」


「もちろん教えるさ。といっても、悪用されないようにしっかり管理してくれよ……」


「ええ、それはしっかりと肝に銘じておきます。こう言っては何ですが、悪事に使おうと思えばかなり、応用の幅が広そうですからね……」


 モイツが真面目な顔で考え込むようにそう言った。

 彼の考察したことは事実だ。

 ルルが開発した人化の術は、種族問わず人族ヒューマンの姿に変化させるものである。

 つまり、人族ヒューマン以外の種族にとってはそのまま変装の術になる。

 モイツもその効果を期待していたわけで、だから当然、その悪用の可能性についてもすぐに思いついたのだろう。

 まぁ、ルルは、それでもあんまり雁字搦めにして秘匿してほしいというよりかは、基本的に、管理は、冒険者組合ギルドの方でしっかりやってくれればそれでいい、くらいの感覚でいた。

 人化の術は外部から解除しようと思えば出来るものだから。

 方法はいくつかあるが、最も簡単なものは術者の魔力がなくなるまで放置することだ。

 しかし、それだけでは手間がかかりすぎるため、一応、反対魔術とも言うべき、術者本人が望まずとも術を解除する魔術もついでに開発していたので、モイツにそれも含めて伝える。

 モイツはまさかそこまでルルがやってくれているとは思ってもいなかったらしく、少しあきれた様子で、


「……至れり尽くせりとはこのことですな。こちらの反対魔術があるなら、それほど悪用についても深刻に考えなくとも良さそうです」


「その辺も一応色々考えたからな。人化した後の容姿については使ってみないと分からないようになっているし、基本的には固定されるから、身元を調べようと思えば調べられる。まぁ、その分、応用の幅は若干狭くなっているかも知れないが……後は術者の腕次第だな」


 最後に付け加えた一言に含まれた意味をモイツは理解したらしい。

 うなるように、


「……術者の腕がよければ、容姿についても変更が利くと」


「そういうことになる……が、我ながら相当複雑に作ったからな。ただ使うだけならそれなりの腕があれば出来るが、容姿を変更しようとか、種族を別のものに、とかそういう工夫をするのは容易じゃないぞ。たぶん……ウヴェズドとかシュイクラスの魔術師なら出来るかも知れないが、上級以下の術師がどんなに頑張っても無理じゃないかな?」


 むしろ、新たに自分で変装の術なりなんなりを作った方が早いし簡単、というレベルで無理であるとルルは思っている。

 実際、それは真実だった。

 術式自体、どちらかと言えば古代魔族が使っていたものに近く、理解するだけでも難解である。

 相当な学識を持っているか、余程精霊に好かれているなど、特殊な要素がなければ解析することは出来ないはずだ。

 そんなルルの言葉にモイツは安心したようだ。

 しかし、それでも一つ付け加えるのを忘れなかった。


「もし、この術の悪用が疑われるような事件が将来起きた場合には、協力をお願いしても?」


「それは当然だ。俺が改良した魔術が原因で何か問題が起きれば、それは俺にも責任があるからな」


 そこまで言われて、モイツはやっと完全に安心したらしい。

 微笑みながら、


「そういうことなら、良かった。貴重な魔術の供与をありがとうございます。ルル殿」


 と頭を下げたのだった。


 ◆◇◆◇◆


「さて、不安も払拭されたところで……ルル殿。この人化の術……使ってみても良ろしいでしょうか?」


 とモイツが嬉々とした様子で尋ねてきた。

 それはまるで子供が新しいおもちゃを手に入れたかのごとくのようだが、モイツの心境を考えればまさにその通りなのかも知れなかった。

 今まではその巨体のおかげで威厳ももてていただろうが、それとは反対に難儀した場面も少なくないだろうことは容易に想像できる。

 本人が言うには酒場などで席に困ったりすることなど日常茶飯事だというのだから。

 小回りの利かない体というのも、思った以上に大変そうであった。

 しかし、人化の術によってそういった煩わしさからは、条件付きではあるが解放されるのだ。

 喜ばない方が無理というものだった。

 ルルはモイツの質問に頷く。


「あぁ。もちろんだ。ただ、さっきも言ったが変化した後の容姿はランダムに決まるから、自分の意思でいじることは出来ないぞ。そのことは分かっていてほしい」


 変化してからこの容姿はいやだ!

 とか言われても困るのである。

 厳密に言うなら、ルルにはいじくることは出来なくはないが、人化の術を使う者に毎回ルルが便宜を図るのも面倒くさい話なのだ。

 だから、これは、どんな姿になっても納得してくれ、という意味合いの念押しであった。

 モイツはルルの言葉に少し考えて、


「……あの、ふと思ったのですが、私が使った場合、この大きさの人族ヒューマンになってしまう、という可能性はないのでしょうか?」


「あー……」


 モイツの心配はもっともな話だった。

 人化の術は術者本人の様々な要素から容姿を決定するように構成されている魔術であるから、それを考えると"極端な巨体"という要素を持つモイツがそうなってしまう可能性は絶対にないとは言えなさそうだからだ。

 しかし、この点については、基本的にこの術をモイツのために、と考えて改良した関係上、ルルはしっかりと配慮していた。

 つまり、人化の術を使っても、一応、人族ヒューマンの一般的な身長の範囲内に収まるような大きさになるようにはしてあるので、モイツが使ったから極端な巨体に、ということにはならないようになっているのである。

 つまり、モイツの懸念しているような意味での心配はいらないのだ。

 だからルルは言う。


「身長については今みたいな大きさになることはないぞ。だいたい、一般的な人族ヒューマンのサイズに落ち着くはずだ。まぁ、やっぱり細かくは指定できないんだけどな」


「そうなのですか……まぁ、今ほど大きくならないと言うのなら目的は達成できそうですね。では、失礼して……。魔素よ! 我が身を人族のものへと変えよ! その代償に我が魔力を捧げる……人化ホーマ・サンジ


 ルルが教えた呪文を唱えたモイツ。

 魔力の動きを見るに、人化の魔術は問題なく発動しそうである。

 モイツは魔術師としてはそれなりの腕で、彼がこれくらい簡単に使えると言うことは一般的な魔術師にとっては難易度的にはそこそこ難しい、くらいで落ち着くだろう。

 それでも本来の人化の魔術に比べれば相当に簡易化してあるのだが。


 唱えたモイツの体から光が放たれ、全体を包んでいく。

 それから、モイツの体はしゅるしゅると植物が枯れるように縮んでいった。

 元が相当に大きいので、縮小の仕方がなんだか恐ろしいほどだ。


「……大丈夫だよな?」


 微妙に不安げにルルが小さな声で呟くと、イリスが、


「……問題ないと思いますわ……たぶん」


 とささやかに返答する。

 そんな二人のやりとりにゾエが、


「恐ろしい会話だわ……モイツには聞こえていないようで良かったくらい……」


 と微妙な表情をしていた。

 人化の魔術は使用している間は完全に無防備になる。

 外界から感覚が遮断され、変化している間は無音になることはニーナやゾエたちも確認していた。

 したがって、どれほど耳がよくともルルたちの会話はモイツには届いていない。

 そのことが救いになろうとは思ってもみなかったモイツである。

 もし、ルルたちの会話を聞いていれば、そんな不完全なものを使わせているのかと恐ろしくなっただろう。

 もちろん、ルルは完全だと考えているのだが、一応、新しい魔術と言っていいものである。

 どんな不具合があるかは何万回となく使用してみなければ、その本当のところは分からない、というのが正直なところだった。

 が、それくらいのことはモイツも分かっているはずで、だからまぁいいかと思っているルルである。

 かなり適当というか、大ざっぱな扱いだった。

 しかしこれは何もモイツの体などどうでもいい、というわけではなく、いざというときはルルがどうにか介入すれば無事に済ませられることはわかっているからである。


 幸いにして、現実には、特にモイツの体に異変が生じたりはしていないようだ。

 どんどんとモイツの体は縮小しているが、人族ヒューマンの大きさだと考えればそれほど不自然な縮小の仕方ではない。

 ただ、いささか……。


「小さすぎやしないか……?」


「……そう、ですわね。少し……」


 ルルが言った言葉に、イリスが頷く。

 確かに、縮小が終わったらしくモイツの体は人族ヒューマンであるにしても少し小さい感じがした。

 ただ、まだ全容は見えていない。

 ここから、モイツの鯨系海人族レヴィタヤン・アクアリスのシルエットが人族ヒューマンのものに変化していくのだ。

 その段階で、少し大きくなるのかも知れなかった。


 そう考えた三人だったが、予想から外れて、モイツの体が大きくなることはなかった。

 あまり大きさは変わらずに、そのままの小ささで人族ヒューマンのものへとシルエットが変わってしまった。

 そして、魔術は完成したらしく、モイツの身を包んでいた光はふわりと霧散する。


 そこにいたのは、


「……少年、だな」


「少年、ですわ」


「少年……ね」


 ルルたち三人はモイツの姿を見て、そう呟いた。

 そう、そこにいたのは、今までの巨体とは似ても似つかない、小柄で華奢な少年だった。

 だいたい、十代前半と言ったところだろうか。

 ほっそりとしたシルエットに、真っ白な髪、肌も白く、しかしその瞳は青い。


「……これは……」


 少年が呆然とするような声でそう呟いた。

 その声すらも、元々のモイツのものとは異なっている。

 今までは柔らかで優しげではあったが、それは低く響く、威厳が感じられるものだった。

 けれど、今の少年のものはどうだろう。

 高く幼いその声は、まるで小鳥が出したようであり、威厳と言うよりはさわやかさを感じさせる。

 これをモイツであると初見で判別できる人間は、まずいるまい。

 そういう容姿をしていた。


 ただ、それでもその雰囲気は、モイツの持っていたものと異ならない。

 大きく、和やかで優しく、包み込むような何かを感じさせる。

 その瞳には長く生きてきたもの特有の知性が宿っており、その少年が見かけ通りの存在ではないことを明確に伝えていた。


「……まさかそんな姿になるとは思わなかった。モイツだよな?」


 ルルが尋ねると、モイツの青い瞳がルルを見た。

 そこには、喜びと面白そうな感情が透けて見え、それはどう見てもモイツのものであることが分かる。


「ええ……そうです。しかし、それにしても……ここまで変わってしまうとは驚きました。年齢相応ならば、私などは老人になるべきかと思いますが……」


 ほぼ百歳近い年齢の彼である。

 確かに、老人に変化してもおかしくはなかった。

 けれど、ゾエが言う。


鯨系海人族レヴィタヤン・アクアリスの寿命は長いでしょう? 人族ヒューマン換算だと、まだそれくらいだ、っていうことじゃないかしら」


 場合によっては六百年近く生きることもあるらしい種族である。それで百歳、というのは人族換算で十二、三歳程度、ということなのかもしれなかった。


「体に不具合はないか? どこか違和感とか……」


 ルルが気になって尋ねる。

 実験を繰り返したとは言え、それほど多くではないし、身内ばかりに使ってきた魔術である。

 初めて一般的な存在が使用したと言え、何か問題がないか気になるのは当然の話だった。

 モイツは頷いて自分の体を確認するが、どうやら何も問題はないらしい。

 微笑みながら、ルルに返答した。


「ええ、全く問題ありません。魔力の消費も少なく……素晴らしい魔術ですね。今すぐにでも街に駆け込みたくなります」


 見せびらかしたくて、仕方がない、ということらしい。

 人化の術自体を見せびらかすのは問題だが、変化した姿で街や村を歩くのは別にかまわないだろう。

 気持ちは分かる。

 そう思っていると、御者をしていたイヴァンから声がかかる。


「皆様、そろそろ次の村に到着します。日も暮れてきましたしここで一泊することになりますが、よろしいですか?」


 無理をすればそのまま夜中も突っ切ることは出来るが、そんなことをする意味はない。

 イヴァンの言葉に全員頷き、そして馬車は村に入っていく。

 その中で、モイツが一人楽しそうにしていたのは、人化の術の効果を試せるいい機会を得られたからだろう。


「今日は人族ヒューマンとして、酒場など入ってみたいですね」


 嬉しそうにそんなことを言っていたのだった。

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