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第238話 お別れ

 晴れ晴れとしたいい天気である。

 今日は絶好の出発日になったな。

 フィナル西門の前、モイツたちの馬車とルルたちの双頭竜の馬車とが並んだその場所で、


「みんなもそう思うだろ?」


 とルルがフィナル西門の前で振り返ると、イリスとゾエ、それにニーナが頷いた。

 その後ろにはモイツとイヴァンがいるが、彼らは見送りに来てくれた人々一人一人と握手している最中である。

 ルルたちも先ほど挨拶は済ませたとこで、今はモイツたちを待っている状態だ。

 だいたい冒険者組合ギルドの人間と、それから騎士が多い。

 騎士は北門で戦ったものたちだろう。

 モイツと一緒にあの人型たちを率いていたグラスと短角巨人ゴライアスと戦った者たちは全員来ているとのことだった。

 もともと、噂からだけでも北方組合長ノース・マスターモイツは評判が良かったのだが、実際に接してみて、ともに戦ったこと、今回のことで十分にその地位に見合った働きを見せたことから、その信頼感は増しているらしい。

 特に、オロトスはその厳めしい顔に涙を浮かべながら、


「……ほ、本当にもうご出発されてしまうのですか!? 本当に!?」


 と必死でモイツの腕をとって引き留めようとしている。

 ……いや、あれは寂しいとか名残惜しいとかじゃないな。

 仕事量を考えて文字通り必死なのだろう。

 そんなオロトスにモイツは笑顔で「頑張るのですよ」とか「オロトス殿ならきっとやり遂げることが出来ます」とか言っている。

 笑顔だがその目の奥が笑っていないのは、何を言われても出発を取りやめる気はないと言う意思表示なのだろう。

 オロトスはそれを分かっていて引き留めているようで、その胆力はなかなかのものだと思うが、モイツの意志はてこでも動きそうもなかった。


「……クロード。手伝ってやったらどうだ?」


 フィナル領主であるクロードも、ルルたちの見送りに来ていて、オロトスとモイツのやりとりを眺めつつこちらに歩いてきたので、そう言った。

 すると、クロードは手を開いて、


「俺は一応これでも領主だからな。俺の仕事があるし……冒険者組合ギルドも俺みたいな貴族に触れられたくないような情報をたくさん持ってる。手伝いを申し出ても、オロトスとしては拒否せざるを得ないだろう。つまり、無駄だ」


 領主としての協力はすることが出来ても、冒険者組合ギルド特有の事務仕事は手伝うことは出来ないと言うことだろう。

 まぁ、当たり前の話か。

 クロードはそれから、


「ところでルル……あっちの馬車は小竜リガ・ドラゴンが御者をするって、本気か?」


 そう言って、双頭竜と馬車を見た。

 国王から下賜され、ここまで乗ってきた馬車である。

 モイツたちの馬車に乗せてもらうのはいいとしても、おいていくわけには行かない。

 地底都市テラム・ナディアまでは一緒に乗れても、そのあとの足だって必要なのだ。

 だから、本来はルルたちが双頭竜の馬車に乗り、モイツたちの馬車についていく、で良かったとは思うのだが、今回のことになったのは実はモイツのちょっとした我が儘に理由がある。

 最初は馬車は別々でいいですよね、という話をしていたのだが、モイツがどうしても同乗してほしいと言ったのだ。

 もちろん、その口調は駄々をこねる子供のようなものではなく、冷静で静かな、大人として立派な話し方だったのだが、内容がすべてを台無しにしていた。

 簡単に言えば「ゾエと一緒に馬車に乗りたい! お話ししたい! どうしても一緒に乗ってほしい!」というようなことだった。

 当のゾエは少し困った様子だったが、ルルたちも一緒なら、とやんわり言った。

 それは、実のところ断りの台詞だった。

 なぜなら、モイツが乗っている馬車に、さらに三人も乗るとなると手狭なのではないか、というようなことを遠回しに言った形になるからだ。

 しかし、そんなことを気にするモイツではなかった。

 ぜんぜん構わない、むしろルルたちとも色々話したい、ぜひに頼むと言われて、仕方なく、と言うと北方組合長ノース・マスターになんて口を、という話になりそうだが、実際に仕方なく、同乗することになった。

 それで、双頭竜の馬車はどうしたものか、人でも雇って御者をしてもらうかということになったのだが、ここでニーナが自分が御者をやると言い始めた。

 これには流石に問題を感じなかったわけではないルルだったが、別に法律上人が御者を務めなければならないと決まっているわけでもないので、明確にダメだという理由はなかったのだ。

 御者としての能力、ということを考えてみても、ニーナは双頭竜とひどく仲がいい。

 試しに、ニーナの命令を双頭竜が聞くのか色々とやってもらったのだが、むしろ人が操るよりもずっと従順だった。

 よくよく考えてみれば、ニーナの正体が古代竜エンシェント・ドラゴンという竜でも最上位に位置する存在であることを考えれば、配下みたいな立場にある双頭竜が言うことを聞かないはずはないのだから、当たり前と言えば当たり前のことなのかもしれなかった。

 昨日行われたその実験の際には、クロードも暇つぶしなのか何なのか確認に来ていたのだが、


「……確かに、制御できてはいるが……」


 と微妙な顔をしていたので、本気なのか気になってそんなことを尋ねてきたのだろう。

 ルルはクロードに答える。


「クロードの心配も分かるが、実際問題なかったのは見てるだろう? まぁ、街や村が近付いてきたら俺たちの誰かが馬車を移ればいいしな……」


 街に近付いてもニーナが小竜リガ・ドラゴン姿で御者をしていたら街に入れてはくれないだろうから、そういう配慮は必要だ。

 当然、人化の術によって幼女姿になったところで、どっちにしろ怪しまれる。

 双頭竜を制御できる子供など普通はいない。

 しかも、あの双頭竜は、本来であればかなりのじゃじゃ馬というか、人の言うことなどあまり聞きはしないという触れ込みなのだ。

 だからこそ、御者を雇う、というのも難しく、ニーナに任せるというのが現実的には一番よい選択だったりもする。

 また、ニーナが制御できて、街の入街検査をしている兵士なり騎士なりが近付いて暴れ出したりしてしまったら、面子も傷つくだろうし、一体この娘は何者なのだという話にもなりかねない。

 そういう危険も排除しておくべきだろうから、やはり街などが近付いてきたら馬車を移らなければならない。

 少し面倒な気もするが、その気になれば走っている馬車から馬車に飛び乗ることも造作もないルルである。

 大した手間でもないだろうと納得している。

 そういう説明をすれば、クロードは呆れた顔で、


「ほんとにお前らは……おかしな奴らだよな。まぁ、おもしろかったからいいんだが。また必ずここに来いよ。そのときは街を挙げて歓迎してやるぜ」


 そう言った。

 実際、他の貴族なり領主なりがこんなことを言ったら冗談だろうと言う話になるだろうが、クロードの場合は本当にやりそうで怖い。

 次回、ここに来たら街の門すべてに「ルル様ご一行ご歓迎!」とか言う垂れ幕が下がっていたらと思うとぞっとする。

 別に目立つのがきらいというわけではないにしても、あんまり目立ちすぎるのもルルとしては勘弁してほしいところである。

 ルルは嫌そうな顔で、


「普通でいいからな、普通で……」


「なるほど。ちなみに俺の・・普通は垂れ幕に『闘技大会優勝者ルル・カディスノーラ様ご一行ご歓迎』と書いてすべての門の前に掲示した上で、出店をずらっと並べて祭りを開催しつつ、音楽隊を待機させて、街に入ってくると同時に演奏を……」


「おいおい」


 つっこみつつも、ルルは半笑いだ。

 流石にこれは冗談だと分かるからだ。

 そこまでやるのはもう、何かの戦争で勝利してきた将軍を出迎えるとかそのレベルだ。

 何もないときにそこまでやることなどあるはずがない。

 あるはずが……ないよな。

 と少し不安に思ってクロードの顔を見ると、


「はっはっは」


 と妙な笑いを浮かべている。

 本気かもしれない。


「次は近くを通っても素通りすることにするよ……」


 ルルがそう言ったので、クロードは慌てて、


「おいおい! 冗談だって! 冗談! 音楽隊はやめておくから!」


 つまり他はやる気があるということか。

 と突っ込もうかと思ったが、今度こそ冗談だろう。


「分かった分かった。次来れるのを楽しみにしてるよ。出店もいらないからな」


「……垂れ幕は?」


「それもだ……まぁ、冗談はここまでにしようか。そろそろモイツたちも挨拶が終わるみたいだからな。達者でいろよ、クロード。暗殺とかされないようにしておくんだな」


 その明け透けな性格から領民には比較的慕われているクロードだが、周辺の貴族からはそれほど評判は良くないらしいという話は聞いていた。

 そういう危険も当然あるだろう。

 クロードは頷いて、


「俺はそう簡単には死なないさ……今までだって結構な人数の暗殺者が返り討ちになってるんだぜ」


 と笑う。

 有能な護衛がいるのだろう。

 確かに、クロードと会うときはいつもどこかに隠れて観察している気配があった。

 ルルたちだからこそ気づいていたが、腕のないものには存在すら察知できないだろう。

 心配は要らないのかもしれなかった。

 けれど、


「そうだとしても……友人として、少しだけ、心配だからな。こいつをやるよ」


 そう言って、俺は腕輪を投げる。

 あまり太くない、身につけていても目立たないものだ。

 クロードはそれを受け取ったが首を傾げて、


「これは?」


「そいつは汎用の毒殺防止用の魔法具だよ。俺の手製だ。大事にしろよ」


「な、なに……これが? もし本当なら心底ありがたいが……」


 様々な毒に有効な毒殺防止用の魔法具、というのは実のところ、結構貴重だったりする。

 それは、作るのが難しいからに他ならない。

 何を毒として認識するかがそもそも難しいし、場合によっては薬が効かなくなったりすることもあるからだ。

 もっとひどいと、食事をしても栄養が吸収できずに餓死、などということにもなりかねない。

 そのため、非常に開発が求められるものでありながら、世の中に出回っている数は少ない。

 だからこそ、クロードは驚いたのだろう。


「身につけてても食事は出来るし、栄養も摂取できる。薬も体にいいものなら効くぞ。だから、ずっとつけてても問題はない。まぁ、心配なら、特に心配な食事のときとかだけつけてればいいさ」


 そう言う使い方をするものもいる。

 敵対する他家での食事にのみつけていくとか、そういう利用法だ。

 それなら、ルルから見て失敗作としかいえない汎用毒殺防止用魔法具でも問題がない。

 しかし、クロードは首を振って、


「いや、そういうならとりあえず、ずっとつけてみるさ。もし異常があったら考えてみるが……問題ないんだろう?」


「あぁ。とりあえず、毒で死ぬことはなくなるぞ。だからといって毒キノコとか好んで食べるのはオススメしないがな」


 毒がなければおいしいのに、という食材というのは世の中にたくさんある。

 食べて幸せ、そして死亡ではたまったものではないが、そういう死に方もある。

 この魔法具はそれを避けられるため、そういう使い方をする人間もいないではなかった。

 しかし、癖になると魔法具をはずしているのを忘れてうっかり食べてしまって死亡する、という少しまぬけな人間もいたりする。

 癖にすべきでなく、そしてそれならそもそもそんなことしない方がいい。

 クロードはそれに笑って、


「そう思うなら、お前が旅先から何か美味いものでも送ってくれ。金は払うぞ」


 と言ったので、


「考えておくよ」


 と笑い、それからルルたちはクロードと握手して、馬車に乗ったのだった。

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