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第23話 王都デシエルト

「見えてきましたわ、おじさま!」


 イリスが幌から顔を覗かせて外を見てから振り向いてそう言った。

 赤い目は中天に登る太陽の光に輝き、銀髪が風に棚引いている。


 あれから、あの灰色の石の壁の街を発って数日が経過し、ルルたちは王都へとたどり着こうとしていた。


 それほど遠くない位置に見える、フィナルよりもずっと大きく、色彩に満ちた都会的な街。

 それは間違いなく王都であり、ルルとイリスがこの時代で初めて目にする巨大都市の姿だった。


 フィナルの街は結局あの一日の観光で終わってしまい、当然のごとくすぐに発つことになったので、あまり見るものも見れずに終わってしまったような感じがある。


 今度はしっかりと見て回りたいものだとルルは胸を高鳴らせる。


「あの場所にみんないるんだよな……グラン、ユーミス、ラスティ、ミィ、ユーリ……みんな」


 遠くに望める街の威容に、なんとなく感慨深い気持ちになってしまってそう呟く。

 するとイリスは頷き、


「そうですわね。本来ならお義父さまもいらっしゃる街ですが、今は休暇中で村に帰省されていますから……いずれこちらで会うこともあるでしょうね」


「父さんか……まぁ、王宮勤めだから、冒険者になるおれたちとは関わることはないだろうけどな。休日に会うくらいはできるだろう」


 そうして、街へと近づいていく馬車。

 やっとたどり着いた王都の正門はフィナルのそれとは比べものにならないほど大きく、その開閉にどれくらいの労力が掛かるか想像するだけでも大変そうだ。


「これは、魔法具で開け閉めしているそうだよ」


 御者の男が、そう言って答えてくれる。

 なるほど、確かに注視してみれば門の内側に魔力で構成されたラインが見える。

 単純な構成だが、扉の開閉、というただそれだけのためのものだと考えればそれで必要にして十分なのは見て取れた。

 ただ、効率が非常に悪そうで、おそらくユーミスクラスの魔術師でもこれの開け閉めをすれば疲労しそうな代物だ。

 聞けば、建国から少し経ったあたりに作られたもののようで、そうであるとすれば技術的にもこのくらいが限界だったのだろう。

 魔導機械が出回り始めている今なら、もう少しましなものが作れそうだが、それをしないのは予算的な問題と、歴史的な問題の二つに起因するらしい。

 由緒正しい王都正門を破壊するのは忍びない、というわけだ。

 実際、朝開けて夜閉めるくらいの、一日二回くらいしか起動しない魔法具であるから、そこまでする必要も感じないと言うのもあるのだろう。


 ルルたちは、そんなことを話しながら、正門に並ぶ列が進むのを待つ。

 王都の正門には多くの馬車や人が並んでいて、五分や十分では入れそうもないのだ。


「今日はいつもより混んでるみたいだね……何かあるのかな?」


 御者の男はそう言って、首を傾げた。

 そして、ふと横を王都の住人らしき女性がすたすたと通り過ぎようとしていたので、話しかけて質問する。


「ちょっといいかな?」


 女性は振り向いた。

 見れば、魔物の皮でできた鎧を着ており、腰には業物らしき細剣レイピアが下げられている。

 どうやら冒険者の女性のようだ。

 話しかけられたことに少し顔をしかめたが、別に不機嫌ではないらしい。

 首を傾げて、


「何だ?」


 と聞き返した。

 その声は腹の底からでているような迫力があり、突然聞くと、びくり、としてしまいそうな強さを感じる。

 冒険者と言えばグランとユーミスしか見たことがなかったが、やっぱりだいたいがこんな風に屈強そうな者ばかりなのだろうかとルルは少しうれしくなる。

 戦闘狂、というわけではないのだが、やはり強い者は好きだからだ。


「あぁ、ちょっと聞きたいことがあって……今日は随分と混みあってるみたいだが、何かあるのかい?」


 言われて、女性は列を見て納得したように頷いた。


「あぁ……たぶん、あれを見に来たのだろう」


「あれ?」


 御者の男が首を傾げる。

 ルルも気になってその会話に耳を寄せた。

 あれ、とは一体何なのかと。


 女性は続けた。


「ついこの間のことだが、下級ではあるがその割に結構大型の火竜が討伐されてな。王都に運び込まれて解体ショーをやるんだよ。中央広場で一般客まで募って派手にな」


 その言葉に、御者の男が目を見開いて驚きを示した。


「火竜かい! それはまた豪儀な……そんなことができる者は王都広しといえども数少ないと思っていたよ。意外にも王都にはそう言う人材には不自由していないのかな?」


 おもしろそうに言った御者の男。

 しかし、女性は御者の男の言葉に首を振る。


「いいや。あんたの言うとおり、そんなことできる奴は滅多にいないさ……。だが、トップクラスの冒険者なら、また別だ。今の王都デシエルトには腕利きが何人もいるからな。特に氏族クラン"時代の探求者エラム・クピードル"の奴らは結構話題だぞ。族長リーダーのグランと副族長サブリーダーのユーミスも中々だが、最近入った新人たちも結構がんばっててな。私は結構期待している……ま、火竜を倒したのは、グランとユーミスなんだがな」


 どことなくうれしそうな顔でそんなことを語る女性。


「へぇ、なるほどね……ありがとう。よく理解できたよ。時間を取らせて済まなかった。これはお礼だ。少ないけれど、とっといてくれ」


 御者の男はそう言って、彼女の手のひらをとって、銀貨を一枚落とした。

 女性は少し目を見開き、


「……珍しいな。あんたは行商人だろう? 最近の行商人がこんなことすることは滅多にないのだが……」


「縁は大事にしたいんだ」


「ほほう……なるほど、わかった。私は修道女マナカのヒメロスだ。覚えておくといい。何か冒険者に用があったときは、私が引き受けよう」


「おぉ、それはありがたい……では、またいつか」


「あぁ、またいつか……後ろの少年たちもな」


 そう言って、その女性、ヒメロスは微笑みを残して街の中へと入っていったのだった。


 その後ろ姿が見えなくなってから、ルルはイリスに言う。


「……グランたち、がんばってるみたいだな」


「えぇ……そうみたいですわ。けれど、この渋滞が彼らのせいだというのなら、できれば昨日か明日にしてほしかったと思わないでもありません……」


 一向に進まない行列を見ながら、イリスはそう言ってため息をついたのだった。


 ◆◇◆◇◆


「ようこそ! 王都デシエルトへ!」


 やっとのことで入都手続きの列も消化されて、警備の兵士からその言葉を聞けたのは日も暮れて遠くに茜色が見えるようになってからのことだった。

 馬車で王都の大通りを進みながら、今日は宿に泊まってそれで終わりだな、とルルは少し残念に思う。


「とうとう人族ヒューマンの都の観光ができると思ったんだが……」


 ため息をつきながらルルがそう言うと、イリスが微笑む。


「よくよく考えれば、我々魔族が人族ヒューマンの都に足を踏み入れることなど、ありませんでしたものね……あの時代は、しっかりと聖結界が張られていましたし、入ろうとしたものなら私のような矮小な者は消滅覚悟で行くしかありませんでしたが……」


「それは俺だって似たようなものだ。あの時代の人族ヒューマンの結界は今のユーミスの結界なんかとは比べものにならない出来だったからな……基礎からして違うから当たり前なんだが」


 過去、人族ヒューマンの大きな街には必ずと言っていいほど存在していた聖結界。

 けれど、現代でその姿を見たことは一度もなかった。

 厳密に言うなら、その名残、みたいなものは感じたことがないでもないのだが、現実に古代魔族を消滅させかねないほどの規模で稼働しているものは今までのところ一度も見たことがない。


「……魔族もそうですが、人族ヒューマンも衰退したものです。あのころ、我々を追いつめるほどに栄華を誇った文明は、一体どこに消えてしまったのでしょう……」


 イリスが遠くを見つめてそう呟いた。

 ルルもそれについては疑問に思っていた。

 魔族の魔導機械ほどではないと言え、その能力のほとんどを注げば魔王を滅ぼす程度の武具の製造能力を人族ヒューマンはかつて持っていたのだ。

 それなのに、今はまるでそんな技術など存在していなかったとでも言うように、ある意味でのどかにすら感じるくらいの原始的な技術しか保有していない。

 不思議だった。


 けれど、その疑問に対する答えにたどり着くためのヒントすら、今のルルたちは持っていないのだ。


「調べれば分かることなのか……明日は図書館かな」


 過去に思いを寄せてそう呟く。

 イリスはけれど、そんなルルに突っ込むように言った。


「いえ、まずは冒険者では……あ、その前にグランさんたちの氏族クランが先でしょうか……」


「あぁ、そういえばそうだったな」


 言われてすっかり忘れていたことに気づき、ルルはふっと笑う。


「忘れられては、グランさんたちも、それにラスティたちも悲しみますわ」


 そんなイリスの言葉に、ルルは寂しそうな口調で答えた。


「そうかな。意外と楽しそうにやってるみたいじゃないか……」


 イリスは少し驚いたような顔になり、それから微笑んで言った。


「……もしかしなくても、おじさま、寂しがっていますか? なんだか随分元気そうらしい、彼らの現状を耳にしてしまって」


 それはルルにとって図星であり、口をとがらせて言う。


「……だって火竜退治とかしてるんだぞ。俺たちを差し置いて……うらやましい限りだよ」


「火竜退治はグランさんとユーミスだけですが……ふふっ」


 そこまで言って笑ったイリスに、ルルは首を傾げる。


「なんで笑う?」


「いいえ、だって……おじさま、かわいらしいんですもの」


「えぇ……?」


「申し訳ありません……そういうおじさま、あんまり見たことありませんでしたから、新鮮で……。私の知っているおじさまの姿は、魔族の先頭に立ち、常に威厳と強大なカリスマを漂わせて憧れを一身に受けて動じない……そんな、絶大な人気を持った指導者としての姿でした。けれど、そうですわね、きっと父は、おじさまのそういうかわいらしいところを沢山見てきたから……おじさまに対してはあんな振る舞いだったのでしょうね」


 ふと思いついたようにイリスはそう言った。

 その予想は確かに当たっていて、ルルは眉をしかめる。


「あいつは昔から俺をからかって遊んでたからな……」


「おじさまが、からかいがいのあるかわいい方だと、知っていたのでしょう……」


 バッカス。

 確かにそんなつきあい方をしていたような気がする。

 現代でも教会で使徒だか聖者だかになっていて、未だにからかわれ続けている気がするが……。

 まぁ、しかしそんなところでまでルルをからかったりはしないだろう。

 きっと、あの男がああやって祭られていることには何かの意味があるはずだ。

 それをどうにかして調べたいものだ……。


 ルルは、そう思った。


「そろそろ宿だよ」


 話し込んでいるうちに、今日泊まる宿に着いたらしい。

 御者の男は明日の昼頃には王都を立って、今度はルルの村とは反対の方向にある村々を回って行商を開始するらしく、彼とは今日までのつきあいだ。

 明日からは宿も自分たちで探さねばなるまい。

 そう考えると、確かに図書館などより、グランたちを探すか冒険者登録をするか、ということになってくるだろう。

 冷静に思考して、自分の浮かれ具合を再確認した。


 宿につき、馬車を降りながらルルはイリスに言う。


「明日は、まずグランたちのところに行こう」


 するとイリスは頷いて言ったのだった。


「ミィとユーリに会うのが楽しみですわ」


 ラスティはどこいった、と突っ込まなかったのは別にルルもまた思い出さなかったから、というわけではない。

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