第229話 つながりについて
「あとは……あの男のことでしょうか。ベルンフリート=ケプラー。あれはいったい何者なのです?」
イリスがそう尋ねると、ソフィは首を傾げつつ答える。
「あぁ、あいつか。それを聞かれると困るな」
「と、言いますと?」
「正直、俺も何者なのかよくわかっていないからな。本人は……馬鹿げた話だが、自分は“古代魔族”だ、とか言ってたが……信じるか?」
ソフィが呆れたような口調でベルンフリートについて語った。
その言葉に、イリスも、そしてルルとゾエも何とも言えない顔になる。
信じるかと言われても、どう見ても古代魔族ではない、と三人にはわかっているからだ。
そして、その三人がまさに古代魔族であるのも理由の一つである。
にもかかわらず、ソフィが尋ねているのはそういう、真実かどうかを判断するまでもなく嘘だと分かるだという意味である。
なのに、ここには三人、間違いなく古代魔族である人物がいる。
この状況をどう言い表せばいいのか、滑稽にもほどがあるのではないか、と思ったというのが三人の正直な心のうちだった。
しかし、そんな話をするわけにはいかない。
名乗ったところで誰が信じるのか、というのもあるし、ここでそういう話をして場を混沌とさせても仕方がないからだ。
必要なのは、この少女なりベルンフリートなりの正体や目的についての話である。
ルルたちのそれではないのだ。
イリスはそう言った心の動きを特に顔に反映させることなく、質問をつづけた。
「……信じはしないでしょうね。しかし、貴女はあの男と協力関係にあったのでしょう? 少なくとも、あの男は貴女と同じようにログスエラ山脈を混乱させようと活動していましたよ」
「そりゃあな。一緒に活動してたのは間違いないからな。ただ……別に俺がたのんだわけじゃない。あの男はクリサンセの方から連れてけと言われただけだ。いくら俺が優秀とは言っても、一人で出来ることには限界があるからな。誰か手助けが必要だった。その点、あの男はかゆいところに手が届く、それこそいい仲間だった。自分のことについてはろくすっぽ話さないやつだったけどな。あぁ、自分が古代魔族だって話はよくしてたぜ。だが……さっきも言ったとおり、俺はそんなおめでたい頭はしてないんでな。ただの冗談か、何か本当の正体を話したくない理由でもあるってことだろうと思ってた」
「よくそんな男と組む気になりましたね?」
「と言われても……上からそうしろと言われてんだからよ。お前だって冒険者組合にいるならわかるだろ? いくら心の中ではいやだと思ってても、命令されたらはいわかりましたと言うほかねぇ時があるってよ。ただ、まぁ、俺は別にいやじゃなかったけどな。あいつは優秀だった。いろいろな技術があって……役に立つ奴だったからな。俺の推測だが、あいつはクリサンセの魔導研究所の研究員じゃねぇかな? 学者っぽいやつだったし、魔術理論の詳しさや発想は群を抜いていたぜ」
とソフィが面白そうに語った。
これも演技だというのなら大したものだが、それを判断するのはイリスだけではない。
牢獄の外にいる者たちからも特に不満は出ていないので、イリスは続ける。
「では、彼のことについては貴女は何も知らない、と、そういうことでいいのですか?」
「そうなるなぁ。あいつが何をやってたか聞きたいなら答えようはあるぜ。お前らが人型って呼んでるあいつらと魔物制御を主にやってもらってた。グラスとゴライアスとアエロについてはあいつの制御下にはなかったけどな。俺が育てて使うつもりだったから、何の枷もつけないで、思考力も与えてやってた。ま、結局全部無駄になったわけだが。アエロについては完全に失敗だったしな……」
そうつぶやくソフィであったが、正確にいうなら、アエロ一人は生きている。
しかし、それを説明してやる必要はないだろう。
これでアエロが突然、ソフィに操られる、という可能性は低くなったと言えるだろう。
生存を知らないなら、操ろうとも考えないはずだ。
アエロの牢とソフィの牢はそのためにかなり離してある。
そして、重要なことはだいたい聞けた、という雰囲気になった。
真実を言っているかどうか、という問題は残るが、それは冒険者組合なりレナード王国なりの諜報機関が真偽を確かめればいいだろう。
嘘を言っていたとして、その場合はソフィが何か真実を隠しているということになるが、その真実が何かについて話す気は絶対にないのだろうと思われた。
「……何か裏があったりとかするのでは?」
とイリスが水を向けても、
「そう言われてもなぁ。初めに言ったはずだぜ。知っていることしか答えられねぇってよ。何なら拷問でもしてみるか?」
と、ソフィは笑うだけであるからだ。
イリスはこういう態度をとる人間を何度か見たことがあった。
それには、本当に何もかも話して隠しごとがまったくなくなった捕虜と、真実を隠しながらも何があっても絶対に話す気はないと覚悟を決めている捕虜の二種類がいた。
ソフィは一体この二つのうちのどちらなのか、と聞かれれば、勘でしかないが限りなく後者に近い気がした。
だからこそ、これは無理だと感じた。
これ以上聞き出すのは、イリスにはできない、と。
専門の職人でも難しいのではないだろうかとも思った。
「……よろしければ、取り押さえてさえいただければ尋問のほうは我々がいたしますが……?」
と牢獄の外に待機している尋問官が言ったが、イリスが返答する前にオロトスが止める。
「いや、もう十分だろう。核心については明らかになった。細かなところはまだまだ聞く必要があるが……イリスがいなくても質問に答えるつもりはあるのか?」
今まで何も答えようとしなかった少女である。
イリスという脅威がいなくなった途端に、まただんまりに戻ってしまうということは容易に想像がつく。
そんな意味が込められたオロトスの質問に、ソフィは答えた。
「はっ。どうせ俺が喋んなかった時にはこの女を連れてくるんだろうが。だったら初めから話してやらぁ。わざわざ好き好んでこんな化け物に取り押さえられたい奴がどこにいるんだよ」
その言葉にはソフィの正直な気持ちが込められているように感じられ、まぁ、それなら今後はイリスの立会がなくてもいいだろう、ということになる。
ソフィは強力な身体能力を持ってはいるが、その力だけで牢獄を破れるほどではないのだ。
数人の魔術師を待機させ、出てこようとした場合には集中砲撃を行うという今まで通りの警戒をしていれば十分だと考えられた。
「他に何か……聞きたいことがある方はいらっしゃいますかな?」
オロトスが主にクロードとモイツに尋ねると、二人とも今は思い浮かばないらしくゆっくりと首を振った。
しかしルルが口を開く。
「一つある」
「それは?」
オロトスが促したので、ルルは答えた。
「こいつは聖気を使った。いったいどこで身に着けた技術なのか、気になる」
と。
しかしオロトス、クロード、モイツはあまりピンと来ないようだ。
「聖気……とおっしゃいますのは……?」
モイツが尋ねたので、ルルが答える。
「北方組合長でも知らないのか……?」
それはつまり、やはりこの時代には一般的な技術ではないのかもしれない、ということを示している。
そしてそのことは、聖気を使う現代の聖女とソフィとの間には何か関係があるのではないかと言う推測を導く。
今のところ、ルルたちは聖気をまともに使っている人物は聖女とソフィの二人しか知らないのだ。
何か関わりがあるのではないか、と考えるのは何もおかしなことではない。
ルルはモイツに説明する。
「聖気……というのは、端的に言えば、魔術、ひいては魔力を大幅に減衰、または消滅させる力のことだ。」
「なんと、大幅に魔力を……!? それは非常に恐ろしい力なのでは」
現代の剣士も魔術師も、基本的には魔力を基礎に戦術を組み上げている。
そのことを考えれば、魔力を減衰・消滅させる、というのは恐ろしいを通り越して悪夢に等しいと言ってもいい。
「あぁ。聖気を使える者は魔術師に対してはほぼ無敵に近いからな。もちろん、対抗方法はあるが、知らなければ何もできないで敗北するだろう。ただ、俺が知る限り、アルカ聖国の聖女とこのソフィしか使い手を見たことがないんだ。他にもいるかもしれないと思って話したんだが……この様子だと、いないのか?」
ルルがその場でも多くの事情に精通しているだろう三人に尋ねる。
すると、クロードが少し悩みながらではあるが、興味深い話をした。
「……それは、高位の神官の類が使う神術とは違いが……あるのか?」
ルルはここで神術、という技術の存在を初めて聞いた。
だから、首を振りつつ、答える。
「いや……わからないが、それはどういうものだ?」
神官の類には会ったことが何度かある。
が、高位の神官にはまだほとんど会ったことがない。
正確にいえば、一度、アソオス鉱山でモルガンという女神官に会っただけだ。
あの神官は確かかなり高位の神官だと聞いたが、けれど神術、というのは使わなかった。
強力な剣術と魔術を使っているだけだったはずだ。
ルルの質問に、クロードが答えた。
「神術は……いくつかの歴史ある宗教団体にのみ伝わる秘匿技術で、強力な神官のみが使える魔術の一種だと俺は聞いたことがあるぜ。俺にそれを説明した神官は、強い治癒の力を持ち……魔を打ち払う光にもなりうる力だと言っていたな」
「その神官なんでそんなことをお前に説明してくれたんだ? 秘匿技術なんだろう?」
秘匿技術、というのであれば、小さなころ、ルルが現代の魔術を調べたときに名前すら聞かなかったことには納得がいく。
主に当たっていたのは本だったからだ。
ただ、そんなものをクロードに説明しているのは矛盾しているのではないか。
そう思って尋ねたのを、クロードは納得したようにうなずいて答える。
「今は割と俺は健康体だが、昔は割と病弱でな。よく寝込んでたんだが……一度、ちょっと大病というか、不治の病というか、そういうものにかかったことがあってよ」
軽い口調で話し始めたその内容はかなり重い話だった。
軽薄な雰囲気漂うクロードにそんな時期があったとはにわかには考え難いが、しかしここで嘘をついても仕方がない。
事実なのだろう。
クロードはつづけた。
「何をやっても治らない。治癒術師をいくら呼ぼうと、薬師をどれだけ探しても、治す方法が見つからなかったんだな。あぁ、これで終わりか、俺の人生は、と思ったくらいだ。本当にどうしようもなかった。後は残るは神頼みか、って思って、親父と一緒に教会に行ったことがあったんだ。何の宗教かって? なんだったか……とりあえずそのとき目についた、あんまりけばけばしくもなく、けれどしょぼすぎないくらいの適当な教会だな。宗教なんざ、今も信じるたちじゃないからよ。適当だったよ。だがよ……これが大当たりだった」
現代は過去と違って一つの宗教のみが人族を席巻しているわけではない。
さまざまな宗教があり、それぞれが教会や寺院を作って信者を集めている。
当然、教会や寺院の建て方も色々なのだが、クロードが言うように妙にけばけばしかったり、またあまりにもみずぼらしかったりするものも中にはある。
いくらどれでもいいとは言っても、後者はともかく、前者の建物には入る気がしなかったということだろう。
そして後者の建物はご利益の面で不安があるというところだろうか。
まぁ、そういう人間の気持ちは実際になってみなければわからないので何とも言えないところであるが。
「その時はたまたま、高位の神官がその神殿に巡回してくる日だったらしくてな。俺の病状なりなんなりを聞いて、治してくれたんだ。その方法が、神術を使うというもので……俺と親父に説明があった。神術は生き物の魔力を一時、減衰させる効果があるために、さほど安全な方法ではないが、今はそれしかない。それでもその治療方法を受けるというのなら、神殿の奥に来いってよ」
「それで?」
「ここに俺がいるのがその神術が効いた証明だろうな。あんまり詳しくは覚えていないが、神殿の奥の寝台に寝かせられてる俺に、その神官が神術を使ってくれた。そのときの神官はぼんやりと光っていてな、その光が俺の体を包んで……気づいたら治ってた。確かにしばらくの間、魔力がかなり希薄な状態だったらしいが……死ぬほどじゃなかった。軽い魔力枯渇だったらしいけどな」