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第228話 正直な告白

 しばらくの間、灰髪の少女はぎりぎりと歯ぎしりをしながらイリス、それに牢獄の外にいる面々をにらみつけていた。

 けれど、これほどまでに身動きできない状態にされ、しかも、仮にこの拘束を解いたとしてもいつでも同じ状態に持っていける一種の化け物が自分の上に乗っかっていることを思えば、もはやいかんともし難いと考えたのだろう。

 仕方なさそうにため息を吐き、それから面倒くさそうに一言つぶやいたのだった。


「……わかったわかった、観念するぜ……」


 いっそ投げやりと言ってもいいくらいの態度で、イリスも少女が体に今までこめていた力を抜いたのを感じる。

 本当に諦めてしまったようだ。

 反対の立場ならイリスも諦めることを考える程度に詰んでいるので不思議ではない。

 そもそも、普通なら捕らえられた時点で完全に詰みの状態にあるはずなのだ。

 むしろここまで粘ったことを敵ながら賞賛すべきなのかもしれなかった。

 

 しかし、本当にそんなことをするのも微妙な話だし、それよりも今はすべきことがある。

 聞くべきことを聞かなければならないのだ。

 イリスは素直に話す気になったらしい少女に尋ねた。


「……では、お聞きしましょうか」


「おう、聞け聞け。この際だ。いろいろ答えてやるぜ。まぁ……知らないことまで聞かれても答えようがないけどな」


 ふざけたように笑った少女の顔は大らかである。

 冗談まで飛ばす余裕があるのか、それともはったりを利かせたいのか。

 いや、おそらくは、そのどちらでもなく、もともとこういう性格なのだろう、とイリスは思った。

 他に何もやりようがない状況に至ってしまったので、緊張してても意味がないから、リラックスしている。

 そんな感じなのだろうと。

 合理的だろうが、それを実践できる者など普通はいない。

 一般的な者であれば、こんな俎板まないたの鯉のような状態になったら、ピリピリと緊張するものだ。

 それを考えれば、やはりこの少女は油断できない存在なのだろう。


「まずは……そうですね、お名前からお聞きしても?」


「あぁ……そういや名乗ってなかったか? 別に教えてもいいが……こういう時はまず、自分から名乗るのが常識だってママに教えてもらわなかったのか?」


 どこまでもふざけた人間である。

 何の前触れもなくフィナルに攻撃を加えることはその常識の範囲内だとでも言いたいのかと怒鳴り散らしたくなったフィナル在住の面々だったが、ここはイリスに任せようと口をつぐむ。

 当のイリスは、少女の性格がだいたい飲み込めてきたらしい。

 それは第一印象とさして変わらないもので、相当ふざけた性格をしている、というものだ。

 しかし、だからと言って、侮ることは出来ない、とも。


「……わたくしの名前は、イリス=カディスノーラ。この国、レナードの地方貴族の娘であり、そして、冒険者組合ギルドに所属する初級冒険者の一人ですわ」


 他にも古代魔族であるとか百代目魔王の側近の実の娘とか数千年眠っていたとか色々と付け加えるべき情報はあるのだが、どれを話したところで信じる者が現代にいるとは思えないし、今のイリスを表すのには適切な情報を述べているので問題はないだろう。

 イリスの自己紹介に、少女は少し驚いたように目を見開き、


「貴族の娘? また随分とお転婆な娘もいたもんだな……つーか初級って。おい、冒険者組合ギルドの目は節穴かよ。こんなもの初級にしとくんじゃねぇよ!」


 とキレ気味に言った。

 それは明らかに文句であったが、同時にある意味ではイリスへの賞賛の言葉に他ならない。

 こんな実力者を初級においておくのは何かの間違いだ、と言っているのだ。

 もしかしたら、こんな(化け物のような力を持つ)実力者を初級においておくのは(危険すぎていつか)何かの間違い(を起こす可能性があるのでもう少し考えたらどう)だ、と言いたいのかもしれないが、そこはイリスには伝わらなかった。

 しかし牢の外にいるオロトスにはしっかり伝わったようで、何とも言えない目でイリスとルルを見ている。

 さっさとランクを上げてくれ、という視線であり、また何も好き好んで低位においているわけじゃない、と言いたげな視線でもあった。

 ゾエについてはすでにモイツによるちょっとしたズルで特級である。

 そこは問題ない。


 イリスは質問を続ける。


「別にわたくしは大したものではないのですけど。それよりもお名前は? わたくし、もう名乗りましたのよ」


 言われて、少女は思い出したかのようにイリスをじとっとした目で見て、ため息を吐きながら言う。


「……大したものじゃないだとぅ……いや、それは言っても仕方のねぇことか……それで、名前だったか? 俺の名前はソフィ……ソフィ=ループ」


 至って普通の名前である。

 どこにでもある名前に、苗字。

 それだけに、偽名の可能性も少なくないが、とりあえず聞いて判断していくしかない。

 通常なら、魔術によって嘘を言っているのか真実を述べているのか見ることもある程度の力量と魔術の腕があれば不可能ではない。

 しかし、これにはある程度の慣れが必要であり、いつも確実とまでは言えない。

 しかも、この牢獄の中では魔術は使用できない。

 その上、この少女――ソフィは聖気を使う。

 偽証看破の魔術は極めて微細な制御が必要である以上、魔術や魔力を消失させる力である聖気を使用できるこの少女とは非常に相性が悪いと言わざるを得ない。

 結果として、原始的な方法、つまりはその言葉の調子や体の動き、話す様子から嘘か本当か判断するしかないということになるだろう。

 イリスはそう言ったことに関する専門家ではないから、彼女一人だけであればこの方法をとってもそれほど確実性のある情報を引き出すことは出来なかっただろう。

 しかしこの場には、牢獄の外に二人の尋問官という専門家がいるし、他にも何人もの者がソフィの様子を見つめている。

 絶対確実な情報、というのはともかくとして、ある程度の真実には辿り着けるだろうと思われた。

 イリスは質問を続ける。


「それで、貴女はどういう存在なのです? なぜ、フィナルを襲ったのですか……何者、なのでしょうか?」


 この質問に、ソフィは不敵な笑みを浮かべて顎をさする。

 年端もいかない少女の容姿には似つかわしくない、妙に世慣れたような、しかも男性的な仕草であったが、その瞳に浮かんだ光を見ると意外にも似合っている気がするから不思議だ。

 ルルたち三人もこの時代に存在するものとしてはかなり奇妙なものであるのは間違いないが、この少女もそうであると判断せざるを得ない。

 ソフィは、少し考えてから話し出す。


「一言ではとても語れねぇが……ま、なんでフィナルを襲ったかってきかれりゃ、そりゃあ、この国をどうにかしたかったから、って答えるしかねぇだろうな」


「それはどういう意味でしょう?」


「わからねぇか? フィナルがつぶれてログスエラ山脈の魔物が暴れだせばそれだけでこの国は危機に陥るだろ? その隙を狙って……ってところだったんだよな、本当はさぁ」


 こともなげにソフィが語ったのはレナード王国の転覆であった。

 確かに、ソフィの言う通り、フィナルがレナードの北の壁として、ログスエラ山脈から守る壁として機能しなくなれば、それだけでレナードはかなりの危険に陥ることになるだろう。

 その鎮静のためには多くの兵を投入しなければならなくなるし、当然、数えきれないほどの犠牲者が出るのも間違いない。


 けれど、そんなことは簡単に出来ることではないのだ。

 フィナルは規模の小さい都市ではないし、それなりに戦力もいる。

 レナードでも奥まった位置にあるこの街を直接的に攻撃する手段を他国は持ちようがないし、事実今まで数百年そういうことはなかったことがそれを証明している。

 しかし、ソフィはそれをやろうとした。

 しかも、ルルたちがいなければそれはかなり高い確率で成功していただろう。

 それを考えるととんでもないことをしでかそうとしていたと言える。


 イリスは呆れながら、ソフィに質問を続ける。


「目的は……分かりました。なるほど、貴女はかなり危険なひとのようですね」


「そうか? 俺からすりゃ、お前の方がよっぽどだぜ」


 それは事実を突いているセリフだったが、イリスは無視した。


「しかし、先ほどの説明からすると、レナードを狙っている誰かがいるということになりますね。貴女、という個人ではなく、貴女の背後にあるであろう組織について、教えていただけませんか?」


 もしかしたら、ソフィは個人で、たった一人でこの企みを考え、そして実行に移したのかもしれない。

 そう言う可能性もないではない。

 けれど、彼女が使っていた戦力は人型に魔物である。

 レナード王国を、フィナルとログスエラ山脈を攻撃することによって混乱に陥れるまではそれで何とかなるにしても、ソフィの話では、レナードに攻め入り、かつ乗っ取るような計画があるような風である。

 それを彼女一人で、というのは流石に無理があるだろうと思ったのだ。

 そしてその推測は正しかったらしい。

 ソフィはイリスの質問に答える。


「組織、と言われると困るな。厳密に言うなら、国だよ、国。魔導帝国クリサンセ。知ってるだろ?」


 そう言われてもっとも驚いたのは、イリスでもルルとゾエでもなく、レナードの貴族であるクロードである。

 オロトスとモイツもレナードに根を張っているだけあって、その驚きは大きいようだ。

 クロードは呻くように言った。


「あの大国が……レナードに手を伸ばしてきたってのか。魔物や人型を操る技術も、魔導帝国のものって言われりゃあ、納得がいくな……」


「だが、そこまで近所じゃないだろう? レナードとクリサンセとの間には他に国が挟まっているはずだぞ」


 ルルがクロードのつぶやきに世界地図を頭に浮かべつつ、そう突っ込んだ。

 魔導帝国クリサンセはレナードの西に存在する国家であるが、何も直接接しているわけではなく、その間に国が一つ挟まれている。

 したがって直接攻め込むことは出来ないだろうと思っての台詞だったが、これには聞いていたらしいソフィが笑いながら答えた。


「それは大商連合の端っこに引っかかってるルグン商国のことか? あの国は大商連合の負担金の支払いでもめてかなり厳しい立場に置かれつつあるからな。いずれ大商連合の脱退を余儀なくされる予定だぞ」


 この辺の国家関係に関する詳しい話はルルたちの深く理解しているところではない。

 クロードたちの領分だろう。

 ただ、ソフィの言う通り、レナードとクリサンセの間にルグン商国と呼ばれる国があり、かつそれは周辺国家と大商連合と呼ばれる組織を作って独立を守っていることは事実であった。

 ルグン商国自体はあまり大きくなく、周辺にクリサンセやレナードなどの大国がある中で、安定的な独立を保つには一国では中々に厳しい国家なのだが、他にも似たような状況にある国々と連合を組むことにより独立を保つことに成功していると聞いた。

 しかし、その連合に加入するには負担金を支払う必要があるのだが、その支払いがもめている、ということらしい。

 そんな情報は国家機密であり、そうそう漏れることはないのだが、ソフィの言うことが事実だとすると、つまりルグン商国というのは今後の独立に不安が生じ始めているということだろう。


「ルグンが大商連合から抜けるとどうなるんだ?」


 ルルがクロードに尋ねると、


「おそらくだが、帝国に呑まれることになるだろうな。あの国は自前の軍隊があまり強くないから、豊富な資金力で強力な傭兵を雇っているのが常だったが……負担金すら払えないほど困窮しているのなら、それも無理になってきているってことだろ。つまりは、早晩あの国は魔道帝国になるっていうことだ」


 それはつまり、そのうち魔導帝国がレナードの隣国になる、ということである。

 それがいつになるのかはわからないが、その頃にレナード国内が適度に荒れていると、さらに魔導帝国は国土を巨大化させることが出来るチャンスを得られるということであり、だからこそ、ソフィがここで暗躍している、ということなのだろう。


「この者が言っていることが事実だとすると、うかうかしていられませんね。今回はなんとか事前に阻止できましたが、そのような意思を魔導帝国が持っている、ということが分かったのですから。あの国に国土拡大の欲望があることはよくわかっていましたが、注意が少し足らなかったのは事実です。今後は、そのことを念頭に置いて、行動する必要が出てくるでしょう」


 モイツが言い、オロトスとクロードが頷いたのだった。


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