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第227話 聖なる天稟

「わたくしに任せてくださいませんか?」


 そう言ってイリスが前に出てきたのを、オロトスは見つめる。

 イリスがこの牢獄に閉じ込められた少女を捕らえた。

 アエロについてもそうだ。

 その事実を、オロトスは確かに知っている。


 けれど、この牢獄の内部では魔術を使うことができない。


 オロトスは冒険者組合ギルド組合長ギルドマスターであり、豊富な経験を持っている。

 様々な冒険者と接し、人が見かけによらない来歴や実力を持っているということも往々にしてある、と知っている。

 したがって、イリスの実力を疑っているわけではない。

 それどころか、他の実力者たちが屠られた相手であるアエロや、重要な情報を知っていそうな灰髪の少女をその手で捕らえたイリスを並々ならぬ実力者であると評価しているくらいである。


 しかし、それはあくまで、魔術を使用したうえでの、魔術師としての実力の高さであって、魔術の行使の全くできない状態においてでも強力な力を発揮できる存在である、とまで見抜くことは出来ていなかった。

 イリスの戦いぶりは、他の冒険者からよく聞いているので、素手で、まるで強力な拳闘士がするような打撃を目にもとまらぬ速さで繰り出し、相手を屠るような戦い方をする、ということは知っていた。

 ただ、それは魔術的な効果が下地のあるもので――つまりは、身体強化がなければそのようなことは出来ないとオロトスは思っていたのだ。


 なにせ、イリスは容姿だけ見れば華奢で穏やかな、いっそ深窓の令嬢であると言われても納得が出来るような雰囲気をしている。

 そしてそれは一部事実で、彼女は確かに遥か過去において、ちょっとしたお嬢様であったわけだが、しかし古代魔族におけるお嬢様と現代の人族ヒューマンの考えるお嬢様との間には大いなる隔たりがある。


 イリスは食器より重いものを持ったこともないような、箱入り娘ではなく、軍人としてほぼ最高位にいた父を持ち、その薫陶を受け、かつ自らも多くの実戦を潜り抜けた歴戦の戦士である。

 現代においても研鑽を休むことなく続けた結果、その実力は恐ろしいところまで至っており、さらに古代魔族としての身体能力はその血筋もあって、古代魔族の中でも高い素質を持っているのだ。


 素手だろうと何だろうと、通常の人間では太刀打ちのできない筋力を、彼女は持っている。

 だからこそ、こうやって前に出てきたのだった。


 しかし、そんなことのわからないオロトスは不安そうに、


「……大丈夫なのか? この中は魔術は使えないのだぞ。それなのに、あの娘の力は……」


 二人の屈強な男を軽々と投げ飛ばし、壁を崩し、また鉄格子を曲げるほどのものなのだ、とは続けなかったが、その意味はイリスには容易に理解できた。

 けれどそれでも、イリスが怖気づく理由にはならない。

 同じことなら自分にも出来るのだから。

 簡単な話だ。


問題ございません・・・・・・・・。カギを」


 そう言って手のひらを職員に向けた。

 職員はどうすべきか判断がつかず、仕方なくオロトスに視線を向けて伺いを立てる。

 オロトスは少し考えたが、ルルに、


「……いいのか?」


 と尋ね、ルルが無言でうなずくと、


「わかった。渡してやれ。ただ……無理はするなよ」


 とやはり父親のようなことを言った。

 見かけと実力が比例するものでもなく、間違いなくイリスが強く、そしてここまで自信ありげなのだから問題は起こらないだろうと半ば確信している。

 それでも、やはり自分の娘や孫と言ってもおかしくない年代の少女に、危険なところに飛び込まれるとつい、こんな言葉が出てしまうのは仕方のない話だった。


「はい……」


 頷きつつ、カギを職員から受け取ったイリスはがちゃりと扉を開いて、中に入った。


「……またか?」


 牢獄の中に入ると同時に面倒くさそうな顔で言った灰髪の少女。

 しかしその表情はイリスの顔を確認すると同時に一変する。


「お、お前……!?」


 ずっと後ろの方に控えていたイリスの顔はここまであまり見えなかったのだろう。

 しかし、目の前にまでくれば見間違いようもなかったようだ。

 灰髪のの少女は目を見開き、呻く。


「あの時の……怪力女!?」


 そう言われてイリスは眉を顰める。


「貴女に言われたくはありませんわ。お互い様ではなくて?」


 事実として、この場にいる者の中で、もっとも素の筋力が優れているのはこの二人なのだろう。

 ゾエはその次につけるかどうか、というところと思われた。

 モイツという巨体の海人族アクアリスやクロードという成人男性、それに筋骨隆々の尋問官がいながら情けないことだが、どうしようもないことである。


 かつかつと近づくイリスに、少女はこの牢獄に閉じ込められてから初めて、怯えを見せた。


「それ以上近づくんじゃねぇ!」


「あらあら、さっきまでの余裕はどうしたのでしょう? 諦めろとか何とかおっしゃっていたではありませんか」


「お前が来るとは思ってなかった。まるきり人間じゃねぇからな、お前は。フィナルか冒険者組合ギルドの秘密兵器か何かと思って、こんな尋問なんかにやってくるとは想像してなかった……」


 苦々しい口調で言う灰髪少女。

 イリスはそれに答える。


「本来でしたら私も真っ先に来て、いろいろ・・・・お聞きしたかったのですが、こちらにも事情がありましたので。今日は折よく機会が得られたので、こうして尋問に参加させていただいています」


 ルルの介護に忙しかった、とは言わない。

 弱みなど見せたくはないからだ。

 少女の方も特にそこに引っかかった様子はなく、イリスから出来るだけ離れるように壁に背を向けてじりじりと後退している。


「くそ……何が聞きたい? 答えなかったらどうするつもりだ!?」


「そんなことは……言わなければ分かりませんか?」


 少女の質問に、ふっと微笑んでから拳をぎりぎりと握るイリス。

 何を言いたいのか、これでわからないようであれば、愚かと言わざるを得ないだろう。


「ここは魔術が使えないようですが……わたくしには、何の問題もないことです。その理由はお分かりですね?」


 尋ねたイリスに、少女は言う。


模造聖剣ザイフ・グラディウスで魔力を失っても馬鹿力を発揮できる女だもんな……お前は。そういうことだろう……」


「ええ、まさに。わたくしとしましても、貴女のような少女を痛めつけるのは趣味に合わないのです。できれば、素直にいろいろと教えていただけると助かるのですが……?」


 そう言ったイリスの声、そして態度には、強大な威圧感が感じられた。

 牢獄の外にいるルルたち、それにオロトスたちにも伝わってくるような、そういうものだ。

 一度でも戦場に出た者なら気づかないはずがないような、殺気によく似たプレッシャーである。

 少女にそれが分からないはずがない。


 けれど。


「そう言われて素直にはい、教えます、なんて言うと本気で思ってるのか?」


「いずれ教えることになるのですから、いつ教えても同じでしょう?」


 イリスは傲慢にも聞こえるセリフを言う。

 それはつまり、どれだけ抵抗しても無駄だという宣言に他ならない。


「確かにな……確かに、俺はお前には勝てないだろうさ。だがな……」


 冷汗を流しつつ、少女は叫んだ。


「一矢報いるくらいしねぇと気が済まねぇんだよッ!」


 そして、少女はイリスに飛び掛かってくる。

 それはまさに捨て身の攻撃、と言うほかない踏み込みで、拳一つだけを思い切り突き込むというものだった。

 普通の人間であれば、この魔術の使えない空間ではどうやっても避けられず、間違いなく叩き潰されるだろう速度と力だった。

 しかし、ここにいるのは生粋の古代魔族であるイリスである。

 少女のその一撃もしっかりと見えていて、それに対応すべく体を傾けていた。


 単純に避ける、というのも考えたが、少女が向かってきているのは鉄格子の方角に、である。

 避ければ少女の拳は鉄格子に命中し、そしてそのまま牢獄を破壊することだろう。

 ルルたちが控えているため、魔術を打ち込むことは可能であろうし、そうである以上、逃げられることはないだろうが、牢獄を破壊されるのも問題だろう。

 だから、イリスはその攻撃の威力を殺すべく、少女の腕に平行な位置に一瞬で移動し、それから素早くその腕を捉えて、関節を極め、動けないようにした。


「……うがッ!」


 その一瞬の早業に対応することもできず、少女はそのまま顔面から牢獄の冷たい石の上に顔を打ち付けた。

 額から、つー、と血が流れ、床に小さな血だまりを作る。

 それから、少女はどうにかしてその状態から抜け出そうと暴れるも、イリスは少女を完全に押さえており、腕一つ動かすことすら出来ない。

 この時点で、明らかに勝負は決まっていると言っていい。


「もう、諦めてください……。無駄、ですので」


「……そりゃ、どうだろうな……?」


 少女が瞳だけ向けて、そう言うと同時に、イリスの押さえている腕からぼんやりと光が発せられた。

 それが何の光なのかわからないイリスではない。

 わずかに熱を感じた瞬間、イリスは少女から手を離した。


「……ッ」


 そして、もとの位置に戻り、少女を見、それから自分の手のひらを見た。

 少女は地べたに頬をつけられた状態のまま静止していただが、ゆっくりと起き上がる。

 イリスの手のひらは、少し赤くなっている。

 まるで、やけどか何かをしたような、そんな様子になっているのだ。


「聖気、ですか……」


 直接、素手で叩き込まれた経験はなかったそれだが、実際に味わうと、なるほど、古代魔族にとっては天敵のような力である。

 触れただけでこうなるとは思ってもみなかった。

 劣化聖剣アズ・ヘレヴで切られたときはこうはならなかったのだが……。

 不思議に思っていると、少女の方が言った。


「人が直に練りこんだ聖気は性質を変える……。模造聖剣ザイフ・グラディウスに宿る聖気はあくまで聖水由来のものでしかないからな。体内魔力を消滅させる程度が関の山だが……俺の聖気は一味、違うぞ」


 聖気、というものについて、古代魔族はあまり知らない。

 というのも、かつての教会の秘匿技術の一つであり、その敵対者である古代魔族が情報をそうやすやすと得られるようなものではなかったからだ。

 ただ、魔力を消滅させる効果を持つ、古代魔族にとって忌々しい力である、という点のみが広く知られていたくらいである。

 とはいえ、古代魔族の中にも研究していた者もいて、そう言った者――ミュトスのような者――はもっと詳しかっただろうがイリスはそうではない。

 だから、こうやって口を滑らせるように教えてくれるなら詳しいことを聞いておきたかった。


「それは初めて知りました。聖気……というのは魔力のように、個人に宿るもの、ということでしょうか?」


 しかし、少女のほうもそれほど単純なわけではないらしい。

 イリスの質問に顔をしかめて、


「誰がお前の疑問に答えてやるっつったんだよ。今のはただの自慢だ。もう何も教えてやらねぇぜ」


 その答えに、イリスはぴきり、と額に青筋が立つのを感じる。

 確かに、そう簡単に答えるはずはないだろう、とは思って聞いた。

 答えてくれれば、運がいいかなという程度の質問ではあった。

 それでも、ここまで挑発的なセリフを吐かれると少しばかりイラッとするのも仕方ないだろう。


「そう、ですか……そうなんですか。では、そのご自慢のお力も、わたくしの前には何の役にも立たないことを証明して見せましょう」


 そう言って、今度は自分の方から地面を踏み切った。

 瞬間的に少女との距離を詰めたイリスは、即座に少女を取り押さえ、さらに皮膚の露出していない場所を取り押さえる。

 先ほど聖気を行使されたとき、皮膚同士が触れていた部分には火傷するほどの効果があったようだが、そうではない場所には特に何の痛痒も感じなかった。

 おそらくだが、皮膚同士が密着していなければ効果がないか、かなり薄いのだろうと推測したのだ。

 実際、その考えはあっていたようで、イリスが飛び掛かると同時に、全身がぼんやりと光輝いた少女だったが、イリスの体にダメージが通ることはなかった。

 若干ピリピリする感覚はあるが、それでも火傷するようなことはないようである。

 つまりは、その程度の力なのだろう。


 少女の力が弱いのか、それとも聖気とはこういうものなのかはわからないが、イリスはおそらく前者だと思った。

 少女の放つ聖気はおそらくこれで全力なのだろうが、闘技大会の時に見た、聖女のものと比べれば微々たるものに過ぎなかったからだ。

 そして、あの聖女のものすら、かつてルルが戦った古代の聖女と比べれば、まったく勝負にならないというのだから、恐ろしい話である。

 おそらく、聖気にも、魔力と同じように個人の天稟というものが大きく作用するのだろう。

 だとすれば、この少女がこんなもので助かった、とイリスは思った。

 それほど危険なことはないと踏み、まさしく大したことはなかったのだが、しかし運が悪ければかなりまずいことになっていた可能性をイリスはここで認識した。

 大きなことを言ったくせに、この有様かと若干自己嫌悪に陥るイリスであった。


 とはいえ、もはや少女は押さえ込んだ。


「……さぁ、話してもらいますわ」


 そう言ったイリスに、少女はまだあきらめていないような顔をしていたが、ここまで取り押さえれば色々と聞き方もあるのだ。

 やっと情報が得られそうだと、イリスはほっと息を吐いた。


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