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第224話 疑念と解消

「それで、本題だが、イリスが捕まえたあの二人はどうなんだ?」


 ルルが早速と言った様子で尋ねると、オロトスが答えた。


「それなんだが……なんとも、難しいところでな」


 困ったような表情でオロトスが腕を組む。

 ルルは続きを促した。


「というと?」


「翼の生えている方の少女は……非常に協力的になった。いや、はじめから聞けばだいたいなんでも答えてはいたんだが、余計にな。ネズミを助けたので非常に感謝されて……まぁ、今はなぜか友好的なのだ」


「それなら問題ないんじゃないか? 聞き出せることをすべて聞き出せば……」


 しかしルルの言葉にオロトスは首を振った。


「そもそも聞けばなんでも答えていたと言っただろう。つまり、あまり知っていることはない様子でな。せいぜいが、彼女の仲間たちについての話と、今回捕まえた灰色の髪の少女の名前くらいしかわからないようでな」


 つまりは、もともと大した情報は持っていなかったということだ。

 しかしそれでも収穫はあっただけマシだろう。


「彼女の仲間たち……と言いますと、あの巨人と青年のことでしょうか?」


 イリスが尋ねた。

 戦場に大量に現れた人型には大きく分けて三種類がいて、巨人型と青年型と少女型がいたのだが、イリスが言っているのはそれらを統括するような動きをしていた青年と、そしてやはりとらえることが出来たあの巨人のことである。

 オロトスは答えた。


「あぁ、そうだ。彼女としてはそれ以外の人型に関してはあまり強い仲間意識はないようでな。あの二体のみに強い絆を感じていたようだ。それぞれ、青年の方がグラス、巨人の方がゴライアスと言ったらしい。まぁ、名前は初めの方に聞き出せていたことだが……今回改めて彼女の話を聞くと驚くべきことが分かった」


 オロトスは先ほどまで以上に難しそうな顔をする。

 それから、


「これは内密に願いたいのだが……」


 と前置きをしたので、その場にいた全員が頷いた。

 オロトスはそれを確認してから語りだす。


「あの少女……アエロというのだが、彼女と、グラス、それにゴライアス……そして、人型たちがどこから現れたか、という話の核心なのだが、アエロの話によると、どうやら彼女たちはもともと魔物だった、らしいのだ……」


 これについては、クロードとモイツも初耳だったらしい。

 驚愕を顔に張り付けて、それぞれ言う。


「魔物、だと……? それがあんな、獣族アニマゼアスのようになれるのか……?」


「長いこと生きてきましたが、そんなことは初めて聞き……いや、よく考えると、二度目ですね……」


 モイツはふっと何かに思い当たったような顔をしている。

 オロトスもそれはわかっているようで、モイツの言葉を受けて言った。


「モイツ様のおっしゃる通りで……私たちは、似た事例を一つ、知っております。バルバラ殿とシュゾン殿ですな」


 これにはその場にいる全員が頷いた。

 しかし、ルルたちと、クロードたちではその頷きの意味が違った。

 ルルたちは、特に含むものなくただ、そういう事実があるということについて頷いただけだったが、クロードとモイツは非常にまずい事実だ、という顔をしたのだ。

 その表情の意味は、オロトスにはよくわかったらしい。


「……ルルたちはそうでもないようだが……クロード様とモイツ様は気づかれたようですな」


 と言って二人の顔を見た。

 クロードが口を開く。


「それは……バルバラ殿と、シュゾン殿たち……ログスエラ山脈の魔物が、あの少女たちとグルだった、という可能性についてか?」


 それを聞いてルルたちは驚いた。

 しかし、考えてみればそういう推測が出てくるのは当たり前である。

 そもそも人と魔物は敵対していて、かつ、フィナルとログスエラ山脈の魔物は長年にわたってそういう関係を続けてきたのだ。

 ついこの間、協力関係を結んだからと言って、そう簡単に心の底から信じるというわけにはいかない以上、むしろ敵に回ることも頭の中に常においておく必要がある。

 特に、クロードたちのような、フィナルを守る立場のものとしてはだ。

 オロトスはクロードの言葉に頷いたが、しかし、クロードの言ったように考えているわけでもないようだった。


「その可能性は排除できない、と私も思います。しかし、おそらくはないだろう、とも考えています」


「それは……なぜですか? 勘、と言われてしまうと困るのですが」


 モイツが気の毒そうに、そう言った。

 どちらかと言えば、モイツは五分五分くらいで考えているのだろう。

 しかし、今ある情報だけで考えると疑ってかかるべきだ、とも思っているようだった。

 そうなると、協力関係を結んだ直後に裏切られたことになってしまい、そんなオロトスに同情したからこその表情なのだろう。

 それに、冒険者組合ギルドとしても、あまり良い知らせではない。

 ありとあらゆる意味で残念な気持ちになっているのかもしれなかった。

 しかし、そんなモイツの視線を受けても、オロトスはやはり首を振った。


「勘などではありませんよ。まぁ、信じてみたい、という気持ちがないと言えばうそになりますが……しかし、お二人もお聞きになったはずです。バルバラ殿も、シュゾン殿も、あの……人化の術というのは、ある程度以上の力を持つ魔物にしかできない、と言っていたことを」


 シュゾンが人化したときに、彼らはある程度の説明を受けていた。

 その中に、そういう解説もあったのだ。

 モイツもクロードも頷く。

 けれど、それだけでは、という顔もしている。

 モイツが言った。


「……本来はどんな魔物でも出来るものなのかもしれませんし……そうでなくとも、そこまで高い実力は不要、ということも考えられます」


「確かにその通りではありましょうが……ここで少女の方から得たもう一つの情報なのですが、あの少女はもとは魔物であったが、もう魔物に戻ることは出来ない、と言うのですな。そのことを含めて考えると……やはり、バルバラ殿たちと、あの少女は完全に別勢力なのだろう、と考えるべきだと思うのですよ」


 このオロトスの言葉に、クロードが尋ねる。


「魔物に戻れない……ってことは、ずっとあのままだということか?」


「ええ。人化というのは一種の魔術だということも皆さんはお聞きになったでしょう。となると、魔力がなくなれば解ける道理ですが、あの少女はつかまってからずっとあのままです。これは私がシュゾン殿に直接お聞きした話ですが、彼女ですら二日以上その状態を維持し続けるのは厳しいというお話でした。一度は魔物の姿に戻る必要がある、と。バルバラ殿であればずっとそのまま、ということも可能でしょうが、彼女は古代竜エンシェント・ドラゴン。その辺の魔物と比べるのは問題でしょうな。あの少女の強さから考えると、確かに強力な魔物ではあったのだと思われますが、古代竜エンシェント・ドラゴンほどだったとは考えにくい……」


 古代竜エンシェント・ドラゴンであれば、その気になれば、フィナルの街など一撃で吹き飛ばせる。

 それをせずにちまちま風の魔術など使っていたことを考えれば、オロトスの言う通り、それほどのものではないと考えるべきだろう。

 このオロトスの説明で、クロードとモイツも納得したらしい。


「シュゾン殿やバルバラ殿は魔物から人の姿になれるし、その反対もできる。また人の姿をあまり長い時間維持するのは、出来ない、ということですね。そしてそうなると……あの少女は長く人の姿でいすぎで……少なくとも、バルバラ殿たちの人化と、あの少女のそれとは技術的に別のものであると言えるというところでしょうか」


 モイツがまとめると、オロトスも頷いた。


「その通りです。ですので、バルバラ殿たちを疑う必要はない、と考えております」


「よくわかったぜ。しかし、古代竜エンシェント・ドラゴンたちを無暗に疑って敵にしないで済みそうでよかったな……」


 とクロードがほっとしたように呟いた。

 やはり彼としては、バルバラたちが敵にまわる、というはかなり恐ろしい事態という認識のようだった。


「そもそも、魔物同士ではあっても敵対し、戦っていたということもありましたから、同じ技術を使っていたとしても即座にグルだという話にはならなかったでしょうが……それでも疑いがほとんど入らなくなるというのはそれだけでありがたいですね。しかしそうなると……あの少女たちはいったい何者なのか、疑問が深まります。バルバラ殿たちも一度、彼女たちと会ってもらって意見をお聞きする必要があるのでは」


 とモイツが言った。


「それも考えておりますよ。しかしまずは、ルルたちに、と思いまして……。すまないな、前置きが長くなって。今のような疑いが入るとよくないと思ってここで解消しておこうとした話だったのだが……お前たちはさほどそういう可能性については考えていなかったのだな?」


 とオロトスがルルたちに向き直っていった。


「そりゃあな。全然違う技術だってのは見ればわかる。バルバラたちには魔術の気配があったが、あの少女たちにはそう言ったものはほとんどなかった……」


 ルルのこの答えに、オロトスは呆れたような顔で、


「見ただけではふつうわからんぞ……実際、私にはわからんかったし、冒険者組合ギルドの魔術師にも見抜けなかったしな。フィナル会議の参加者たちにもそれなりに魔術の修行を積んだ者もおるが、やはりわからなかった……。なぜわかるんだ?」


 怪しむ、というよりは単純に疑問を尋ねるような口調で、実際にその通りなのだろう。

 ルルは両手を開いて言う。


「なぜと言ってもな。それこそ修行が違うとしか言いようがない。イリスとゾエもわかっただろ?」


 ルルが尋ねると、イリスは頷いたが、ゾエはオロトスの表情に近い顔だ。

 それから、ゾエはオロトスに言う。


「この二人は少し……“ふつう”の尺度がおかしいので、あまり気にしないでほしいわ。流石に初めて見たような魔術の気配を、一目で見抜ける力を持つ者なんて、そうそういないものよ……」


 ゾエの言葉にオロトスは、


「やはり、そうだろうな……。まぁ、人型や魔物どもを吹き飛ばしたあれほどの魔術の腕を持つものなら、出来るのかもしれんが……ふつうは出来んよな……」


「ゾエ様でもできないのですね……それなのに、この二人はいったい……」


 モイツも顎が外れそうな様子だが、クロードは少し気になったらしい。

 ふっと思いついたように尋ねてきた。


「おい、ルル」


「なんだ?」


「それは……俺の兄貴でも、無理か?」


 クロードの兄は、特級冒険者であるシュイ・レリーヴである。

 魔術師としては一流を超えて、超一流と言ってもいい。

 しかも彼はどちらかと言えば学者気質の人間だ。

 その方面ではかなりの功績もある。

 そんな彼にもできないことなのか、と気になるのもわかる話だ。

 これにルルは少し考えてから答える。


「シュイになら……出来るんじゃないかな?」


 と。

 別にお世辞でも冗談でもなく、おそらくは本当に出来るだろうと思っての答えだった。

 なにせ、彼には精霊の加護がある。

 人化の魔術はバルバラたちの使用しているものは通常の魔術の気配がし、その周囲にはわかりやすく様々な精霊が集まっているのが、精霊を見ることが出来るものにとっては容易にわかる。

 ところが、アエロにはそう言ったものが全く見えない。

 むしろ、精霊は彼女から遠ざかって距離をとっている感じすらするのだ。

 シュイにそれが見えないはずがなく、だとすれば何か異なると分かるのも当然だろうと思っての話だった。


 クロードはそれで納得したらしく、


「……兄貴レベルでやっとってことか……。そりゃ、普通じゃねぇなぁ……」


 とぼやくように言った。

 モイツがそれを聞いて言う。


「シュイ=レリーヴはよい魔術師……と言いますか、ほとんど最高峰ですからね。彼にできないことの方が少ないでしょうが、そこまでに至ってないと見分けがつかないというのは……よほど高度な技術なのですね。人化、と言いますのは」


 その声には何か残念そうな響きがあり、どうかしたのかと不思議に思ってルルが尋ねる。


「何か惜しいことでも?」


 するとモイツはゆっくりと首を振って、


「いえ、大した話ではないのです。流してください……」


 と言ったのだが、そうなると却って気になってくるのが人情と言うものであった。

 あまりしつこいのは問題だろうが、別に答えたくないという感じでもない。

 どうでもいい話だから気にするな、と言う感じであるから、むしろ話してくれと言ってもいいだろう。


「気になるだろう。どうしたんだ?」


 そこまで言われて隠すほどの重要な話ではないようで、モイツは苦笑するように言った。


「いえ……私などのような海人族アクアリスはなんと言いますか、少々体が大きいでしょう?」


「あぁ、まぁ、そうだな」


 大きい、どころか巨大だと言ってもいいくらいだ。

 人族ヒューマン用のテーブルを椅子にしてやっと、というくらいの大きさなのだから。

 モイツはつづけた。


「ですから、その人化の術、というのが使えれば……たのしいのではないか、と少し考えてしまいまして」


「ええと……?」


「シュゾン殿もバルバラ殿も、私と同じくらいか、それよりも大きな体をしてらっしゃるでしょう? 人化の術、というのは体の大きさを縮めて、小回りが利くようになるんじゃないか、と。ちょうどいい変装にもなりそうですし……たまに忍んで旅行などもできそうですから……」


 彼は人化の魔術の人類への流用を考えていたらしい。

 確かにそれが出来れば、結構な需要はありそうな話だった。

 海人族アクアリスには足のない種族もいるし、そういう場合には一般的な人の姿になれる、というのは重宝しそうだった。

 今は特殊な魔法具の使用などでどうにかしていたはずである。

 それでは、体の大きさまでは調節できない。

 モイツの言葉を聞いて、そのことに思い至ったルルは、おずおずと言ってみる。


「……良ければ、研究してみようか? バルバラの協力を得られれば、人にも使えるようなものを開発できるかもしれないからな」


 すると、モイツは非常に喜んで、


「ぜひ、よろしくお願いします!」


 と言って、ルルの手をとり、ぶんぶんと振ったのだった。


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