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第221話 帰還と目覚め

「おぉ、お二人ともよくお戻りになりました!」


 灰色の髪の少女を運搬しつつ、フィナルに帰ってきたイリスとゾエを出迎えたのは、大勢の兵士たちと、それを指揮する鯨系海人族レヴィタヤン・アクアリスのモイツ=ディビクである。

 大勢の騎士や冒険者がひしめく中でも、彼の白い巨体はことさらに目立ち、遠くからでもその存在が確認できたため、二人はまっすぐに彼に近づいたのである。


「ええ、戻ったわ。こっちは……なんとか大丈夫だったみたいね。まぁ、少しばかり……というか、かなりひどい有様だけど」


 ゾエは周りの様子を見渡しながらモイツにそう言った。

 ついこの間までは手入れされた草原の中に同じくよく整備された道が一本通っている穏やかな風景が広がっていたはずのフィナル北門であったが、今は全くその頃の面影を残していないと言っていいだろう。

 そこかしこの地面が抉られ、また何かに溶かされたかのように融解していたするのだ。

 さらに魔物や人の亡骸もそこら中に転がっている。

 おそらくは勝利したのだろう、とはわかるのだが、それにしても決して軽い損害だったというわけではないことも理解できる。

 だからこそのゾエの台詞だった。


 モイツも、


「……おっしゃる通り、かなり被害は大きかったです。しかし、敵の規模や実力を考えると、むしろこの程度で済んだことが奇跡であるのも間違いありません。そのすべては、ルル殿や、貴女方の尽力のお蔭ですから……。むしろこの勝利を喜ぼうと、私も、そしてここに集う騎士・冒険者たちも思っております。意外と明るいのですよ、みんな」


 と被害は認めつつも、その表情は決して暗くはなかった。

 実際、その場にいる騎士や冒険者たちの表情も、暗闇に沈んでいるという感じではない。

 むしろ、勝てたことに対する喜びの方が勝っているように思われた。

 もちろん、死んだ者に対する追悼の気持ちは持っていて、転がっている死体から遺品を集めるなどしながら、その前で祈りを捧げたりもしているのだが、彼らの死が無駄にならなかったと、前向きな気持ちになっているのだろう。

 勝利とは、そういうものである。


「それならいいけど。それで……ルルはどこに? なんだかあまり魔力を感じないのよね。まさか……」


 死んだ、とはありえないことだとゾエは思っていても、この気配の無さには少しばかり不安を感じていた。

 イリスは自分よりもさらに大きな不安を抱えているはずで、ゾエが聞かなければモイツの胸ぐらを掴んで聞き出しそうな気配すら感じられる。

 ゾエとしては、ここに来ればすぐにルルに会えるだろうと思っていたので、道すがらイリスの恐ろしく暗い気配が徐々に増していっても大丈夫だろうと楽観的に考えていたのだが、どう見てもここにルルはいないようだ。

 ここらでどうなったのかはっきりさせなければ、フィナルが別の脅威によって崩壊しかねない危機を感じ、ゾエはいたって冷静な風を装いながら、しかしその実、首筋に十本は剣を突き付けられているような気分で尋ねていた。


 そんなゾエとイリスの緊張した気配をモイツは感じることは出来ないようだ。

 至極普通の様子で、微笑みながら答えた。

 ゾエは、よくこの状況で微笑みなど浮かべられるものだと思ったが、ゾエにしろイリスにしろ、自分の気配を意思の力によってあまり表に出さないようにしている。

 ゾエが感じ取れるのは彼女が古代魔族であり、その感知能力が常人とは隔絶したところにあるからに過ぎない。


「私も先ほどここに来たところですので、詳しいことはわかりかねますが、報告によるとルル殿なら、先ほどオロトス殿とクロード殿と一緒に街に戻られたとのことです。捕虜にしたあの少女が何者かに傷を負わされて、重傷だそうで、ルル殿が治癒をすると言うことのようで」


「お義兄にいさまが治癒を……? 治癒術師は誰かいなかったのでしょうか」


 ずっと口を閉じていたイリスがそう尋ねた。

 その言葉にどこか暗い響きが宿っているのは、ルルに治癒魔術などかけられるなんて烏滸がましい、と思っているのだろうということがゾエには察せられた。

 しかしそこを突っ込まないだけの忍耐が彼女にはあった。

 イリスの言葉にモイツは、


「いえ、もちろん治療院ですからな。治癒術師は大勢おりますが、どうも治癒術の効果が芳しくなかったらしく、それを聞いたルル殿が、自ら治癒魔術をかけるとおっしゃったそうです」


「お義兄にいさまが自ら……。通常の治癒魔術が効かなかった、ということであれば、なるほど。理解できますわ」


 モイツの言葉に納得したらしく、イリスの怒気にも似たオーラがすっと引いていく。


「そもそも色々大規模な魔術を使った上に、そんなことまでしていたらいくらルルと言っても倒れるでしょうね……この魔力の反応の微弱さは、そのあたりに理由がありそうだわ」


 ゾエがそう言うと、イリスも、


「お義兄にいさまは、そういう無茶をたまにされますから……。やめてくださいといつも言っておりますのに……!」


 と言って頬を膨らませた。

 その様子にはいつも通りの穏やかさが感じられ、どうやらフィナル壊滅第二の危機は過ぎ去ったらしいとゾエはほっと胸をなでおろしたのだった。


 それから、モイツは二人からバルバラからの言付け――油断はしないでしばらくは北門側に兵を配置しておいてくれるとありがたい――を伝えられ、そうなると自分がこの場から離れるわけにはいかないと苦笑した。

 冒険者組合ギルドでもかなりの上位者である。

 誰かほかに責任者を任せて街に戻ってもよさそうなのだが、モイツは笑って、


「序列から考えるとそうなのですが……今、フィナルはまだ緊急事態の中にありますから。オロトス殿やクロード殿もそうですが、他にこの場の責任者を任せられそうな者は皆、それぞれの仕事に忙しく、ここまで手が回らないのですよ。対して私は――肩書だけは高いですが、休暇でここに来ていることになっておりますから、するべき仕事は特になく、他の方々がどうしても手が回らないお仕事を代わりに担わせていただいているのです。こういう時は助け合いだと思っておりますので」


 と言った。

 要は自分が今のフィナルでは一番暇だと言いたいらしい。

 立場としては一番偉いのだろうに、なんとも返答に迷う話だった。


「……ところで、先ほどから気になっているのですが、その娘は?」


 モイツが尋ねたのは、イリスが肩に背負っている灰色の髪の少女である。

 小さな少女が何の重みも感じない様子でそんな風に肩に人ひとり背負ってるのは奇妙な感じがするものの、そこを気にするようなモイツではない。

 ただ、単純にその少女が何者で、なぜイリスが背負っているのか、それが気になるようだった。

 イリスは、


「森で捕えた敵の一人ですわ。おそらく色々なところで暗躍していたものと思われますが……詳しいことはまだ。冒険者組合ギルドの方に尋問等していただきたいと持ってきたのです。お任せしても?」


 するとモイツは、


「ふむ……このような少女が。承知いたしました。誰か」


 そう言うと、モイツの後ろから冒険者が数人現れ、少女を受け取る。


「魔術によっていろいろと拘束をかけておりますので、そうそう抜けられないと思います。が、よくわからない力も持っているようで……油断はしない方がよろしいですわ」


 とのイリスの言葉にモイツは深く頷いた。


 それからモイツは周囲にいる騎士たちから一人選ぶと、ルルが向かった治療院に案内するように言い、ゾエとイリスはそれについて治療院に向かったのだった。


 ◇◆◇◆◇


 体が重い。

 魔力の出が悪い。

 感覚が鈍い。


 そう思いながらも、ルルはゆっくりと目を開き、起き上がった。


「やれやれ……これが魔力不足ってやつか。新鮮だな」


 そうぼやきながら周りを見ると、真っ白い壁や調度が目に入る。

 目が痛くならないように適度に他の色味も取り入れられているが、基本色はほぼ白であった。

 それで、ここがどこだったか思い出す。


「……そうだったな、治療院か……。自分が世話になってるなんてバカみたいな話だが……色々とどうなったのか……」


 ぶつぶつとつぶやきつつ、起き上がろうと体に力を込める。


「……ッ!」


 しかし、痛みが体を襲った。

 じくじくとした鈍い痛みである。

 やはり、あまり体の調子は良くないらしい。

 起き上がるのでさえこれでは、戦うのも厳しそうな感じだ。

 生まれなおしてからここまで酷い状況に陥るのは初めてである。

 いや、魔王だった時にもここまでにはなったことはない。

 それだけ、ルルの体は強靭であり、また魔力も無尽蔵だったということなのだろう。

 しかし、人族ヒューマンの体ではあまり無理も利かないらしい。

 魔王だったころの感覚でどうにかなるだろうとした無茶だったわけだが、これからはもう少し考えなければならないと改めて思う。


 とはいえ、まったく何もできない、というほどでもない。

 自分の身を守るくらいのことは出来るだろうし、確かに調子は悪いが何か月も寝ていなければならないというほどでもないようだ。

 それが分かるのは、ゆっくりとではあるが、魔力が満ちているのを感じるからだ。

 無理やり周囲から取り込むことも古代魔族であるからして、出来ないではないのだが、この体にあまり大量の魔力を流し込むとどうなるか後が怖い。

 自然に回復を任せるのが一番だろうと、起き上がるのはあきらめ、眠ることにした。


 少し無防備に過ぎるかな、とも思う。

 少なくとも、過去魔王だった時代にはここまで身の安全に気を配らないことはなかった。

 体力や魔力に多少でも不安があれば、側近を呼び、監視に当たらせるなど、注意深く休養をとっていたが、それはあの頃、自分は絶対に、何があっても死ぬわけにはいかないという義務感があったからだ。

 自分のためではなく、種族のために、死ぬわけにはいかないのだと。


 けれど今は違う。

 もちろん、こうして生きている以上、死にたいわけではない。

 出来る限り長生きして、大往生したいと欲張りにも考えているのだが、しかし、生きることに対する義務感はないのだ。

 多少、無防備であっても、その無防備さ、解放感があのころと違って自分の胸に不安を生み出すことはない。

 死ぬときは死ぬ。

 なるようになると、自然に考えられることが心地よかった。


「あんまり変わった気はしなかったが……やっぱりそれでも、変わっているらしい……」


 そのことに不快感はない。

 古代魔族から人族ヒューマンになったのだ。

 多少の変化はむしろ仕方のないことだ。

 それに、物事の感じ方や考え方が変わっても、ルルがルルであることに何か変更があったわけでもない。

 自分が自分である以上、何の問題もないと、ルルは深い安心を感じ、そのまま、自分の身にゆっくりと訪れる睡魔に身を任せて、眠りの世界に落ちることにしたのだった。


 ◇◆◇◆◇


「こちらです」


 真っ白な服と帽子を身にまとった治癒術師補助と思しき女性にイリスとゾエが案内されたのは、ルルが来たと言う治療院の一室であった。

 冒険者組合ギルドほどではないものの、頑丈そうで、かつ大きな建物である治療院。

 その中でも、一番広い部屋の中に、二人は案内されたのだ。


 治療院の中を歩きながら聞くところによると、ルルは例の捕虜の少女に治癒を試みた後、魔力不足で倒れたということだった。

 補助の女性は少し興奮した様子で、


「この治療院はフィナルでも腕のいい治癒術師の先生方が揃っておられるところなのですが、その誰もが治療不可能と断じた少女を、あの方はこともなげに治療してしまわれました……。しかも、冒険者組合長ギルドマスターと領主様が言うには、北門での戦闘で最も功を立てられた方で、大規模な魔術を何度か放った後だというではないですか。治癒魔術は大幅な魔力消費と高い集中力の必要な作業です。それを、そんなとんでもないことをした後にされて、しかも成功させるなんて……あの方はいったい何者なのでしょうか……」


 と語った。

 ゾエとイリスにしてみれば、鼻高々というか、陛下なのだから当然だと言いたくてたまらなかったが、しかしそんなことを言うべきではないのは流石の二人にもわかる。

 オロトスとクロードが語ったのも、ルルが倒れてしまったので、その治療のためにどれくらい魔力を消費したのか、その状況などを治癒術師に伝えざるを得なかったからだろう。

 ルルが何者か、と聞かれても二人は曖昧に笑って、ただの冒険者だと答えたらしい。

 しかし治療院でも最高級の部屋を与えるようにとも言ったというのだから、どのあたりがただの冒険者に対する態度かとなりそうなものだが、この治療院は値段も決して安くはなく、口もフィナル一固いらしい。

 すべて内密に、ということで納得していると補助の女性は語った。

 彼女がゾエとイリスに話したのは、この二人には何も隠さなくていいとオロトスたちから言われているため、というのと、誰かに言いたくても言えないというジレンマを解消できる相手だから、というのが少しあったようだ。

 一通り話した女性は満足し、それから二人を部屋の前まで案内して、元の居場所である治療院入り口の控室に戻っていった。


 そして、イリスがその部屋の扉をノックする。


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