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第219話 模倣

「また変なの連れてきちゃって……」


 バルバラが微妙な表情をしながらゾエとイリスを見つめてため息を吐いた。

 イリスとゾエの奮闘のお蔭か、ある一瞬から突然、戦況が一変し、相手側の魔物が混乱したように統制を失った。

 バルバラはおそらくは二人が何かしたのだろうと思い、納得していたのだが、こうして謎の人物を連れてこられると何とも言えない。

 イリスが肩に背負っているその人物は、灰色の髪をボブカットにした少女であり、イリスよりももっと小柄で、子供のように見える。

 しかし、この戦場においてイリスに捕えられたからには普通の子供であると考えるのは間違っているのだろう。

 特別な力は感じないが、彼女はいったい何なのか。

 首をかしげつつ、バルバラは尋ねる。


「それで、その子は何なの? 人族ヒューマン、に見えるのだけど」


「さぁ。私にもいまいち分からないところですが……少なくともこの娘がこの森を襲っている魔物たちの主の一人であろうことは間違いないですわ。この娘が気絶してから、突然魔物たちの動きが混乱し始めたのを確認しましたので」


 バルバラの質問にイリスは肩の荷物をどさりと地面に下ろしながら答えた。


「そっちが当たりだったのね。こっちも変なのに会ったけど」


 ゾエがイリスの荷物をじろじろと観察しながらそう言った。


「変なの、ですか?」


「ええ。古代魔族を名乗る、ベルンフリート=ケプラーとか言う男よ。以前ルルに会ったとか……」


 ゾエの付け足した情報にピンとくるものがあったらしく、イリスは頷いて、


「以前……というと、アソオス鉱山でのことでしょうね。お聞きした記憶があります。何かおかしな男にあったと。その男の名前がベルンフリート=ケプラーだったと……」


「そうなの? 縁があるのかないのか……。一応倒したけど、取り逃がしてしまったのよね。陛下に喧嘩を売ったなら、しっかりと潰しておくべきだったのに、無念だわ……」


 とぎりぎり手を握り締めるゾエ。

 彼女の言葉を聞き、バルバラが首を傾げ、


「……陛下?」


 とつぶやいたが、ゾエが適当にごまかす。


「……気にしないで。こっちの話。で、バルバラ。これからどうするの? たぶん戦局は決したと思うのだけど……」


 大まかにではあるが森に感じる魔力を見れば、どちらが優位なのかくらいはゾエにもわかった。

 そもそもはじめから物量に差があった。

 森の魔物の方が数が多かったのはもちろん、地の利もこちらにある。

 それに加えて、ゾエとイリス、それにバルバラという規格外の戦力がある以上、負ける可能性などほとんどなかった。

 相手にとって、それはもしかしたら予想外な伏兵だったのかもしれない。

 ルルや、ゾエ、イリス、バルバラがいなければ、向こうは勝てていた可能性が高い。

 大量の魔物たちに、イリスの捕えた少女、ベルンフリートに、犠牲魔術による巨人。

 そのどれもが脅威であり、フィナルの騎士や冒険者たちだけでは厳しいものがあっただろう。

 森の魔物にしても、少女とベルンフリートの使っていた劣化聖剣アズ・ヘレヴには無力だったはずだ。

 あれは、魔力持つ生き物にとって致命的な武器になりうる。

 

 とはいえ、現実にはもう駆逐された心配である。

 あと考えるべきは、これからどうするのか、ということであって、もしもの話ではないだろう。


 バルバラはゾエの言葉に頷き、


「そうね……相手側はほとんど統制を失っているようだし、これなら森の魔物だけでもなんとかできると思うわ。二人はフィナルに戻ってもらって、ここでのことを街の人たちに説明してもらえるとありがたいわね……あと、その娘はどうしましょうか? こっちの方で引き取って尋問してもいいのだけど……私たちは魔物だから、正直そういうのにはそれほど慣れてなくて。大した情報を引き出せないで終わるかもしれないわ」


 バルバラが言うには、捕えた人族ヒューマンから話を聞くことはないではないらしいが、だからと言ってそれを専門に行っているような者がいるわけでもなく、何か細かな話を聞きたいというのであれば自分たちに任せる場合には期待しないでほしいということだ。

 魔物が尋問をする、ということ自体が聞かない話であり、そんなものに特化している者がいないというのも当たり前であるので、イリスは頷く。


「ではこの娘についてはフィナルまで連れていき、冒険者組合ギルドの方に尋問を任せるということにいたしましょう。彼らにはそう言った技術があるでしょうし、なくてもあるところから連れてくれるでしょうから」


 冒険者組合ギルドの人脈は幅広い。

 必ずしも戦闘に特化したものだけを集めているわけではなく、そういった人材もすぐに見つけることができるだろうと考えての言葉だった。


「じゃあ、そういうことでいいかしら。あとの残党狩りは私たちが責任をもってやっておくわ。フィナルには一匹たりとも通す気はないけど、一応警戒はしばらく解かないように伝えておいて……」


 とバルバラがゾエとイリスに言いかけ、解散しようとしたところで、森の奥から一匹の魔物が駆けてきた。

 あまり高位の魔物ではないらしいが、足の速さには定評のある魔物らしく、細くしなやかな山猫のようなその魔物は、バルバラと二、三言話すと疾風のように森に消えていった。

 二匹の会話はゾエやイリスが理解できるような人の言語ではなく、鳴き声のようなもので行われたのでその内容はわからなかったが、バルバラが直後に説明してくれた。


「ちょっとだけ、手伝ってもらえる?」


 どうやら、あまりいいニュースではないようだった。


 ◇◆◇◆◇


 フィナルよりしばらく西に行くといずれ、地底都市テラム・ナディアに到着するわけだが、当然のことながらそこにたどり着くまでの道の途上に、宿場町がいくつか設けられていた。

 そのうちの一つ、もっともフィナルに近い宿場町の一つであるメヒットという町は風光明媚な風景と土地特有のハーブ類を使った料理のおいしさでもって、多くの旅人の足を止めさせるよい宿場町として有名であった。

 必然、他の宿場町よりも規模が若干大きく、宿自体の数も多めであり、高級なものから素泊まりのみのボロ宿まで揃っている。

 そんな宿の中でも比較的貧相で、それこそ切り詰めた旅人くらいしか止まらなそうな宿の一室で、一人の男がにたにたとした笑みを浮かべながら一体の人形を床において眺めていた。

 よく見ると、その男と人形は非常によく似ていて、まるで生き写しであり、こんな人形を作れるような腕があるのならばもう少しいい宿に泊まれそうにも思え、なぜこの男がこんな場末の宿に泊まっているのか奇妙であった。

 しかし、男は特に不快そうでもなく、むしろ気分よさそうに人形を見つめている。

 そんな時間がどれくらい続いただろうか。

 突然、人形がひとりでにぶるぶると震え、それから色素が抜けて全体が灰色に染まると、ぼろぼろと崩れだした。

 何が起こったのか、これを見ているものがいれば首を傾げたに違いないが、この部屋には男しか泊まっていない。

 疑問を呈するものもなく、人形はそして完全に土塊へと還った。


 すると、不思議なことに先ほどまで心ここにあらずな気色の悪い笑みを浮かべていた男の表情がふっと変化する。

 突然、我に返ったかのような、そんな表情であり、目には理性が戻り、思いのほか、その男の顔立ちが整っていることが分かるようなまっとうなものになった。

 それから男は数秒、人形の崩れた土塊を観察すると、


「……ふむ。粉々だな……跡形もなく破壊されてしまったわけだ」


 と他人事のように頷いた。

 それから、首をゆるゆると振り、続ける。 


「やれやれ。もう少し遊べるかと思ったのだが、期待するだけ無駄だったようだ……あとは……せいぜい、犠牲魔術もどきと言ったところかな? あの娘もどうやら意識を失っているのか、魔物どもの制御が失われてるようだしな……」


 そう言って男は懐からごろごろと小さな石ころをいくつも取り出して、小さな山にして床に積み上げると、何やら呪文を唱えながら手を掲げた。


「……作られし生命よ、我が呼びかけによりその身を崩し、我が望む形をとれ……“融解再誕”」


 すると、石ころの山はまるで意識があるかのようにぐにぐにと動き始め、その形を崩し、そして合体していく。

 くっつき、その境目をなくし、盛り上がっていくそれはさながら水妖スライムのようであったが、それらが最終的に取った形は水妖スライムとは別のものだ。


「悪くはないが……まぁ、時間稼ぎがせいぜいと言ったところだろうな。あの山には古代竜エンシェント・ドラゴンがいるのだからな」


 男の目の前にあるのは、だいたい男の背丈の半分くらいの大きさの石くれで出来た、竜を模した人形である。

 さきほどまでぐにぐにと動いていたのが信じられないほど、静かに静止しているが、その瞳は赤く輝いていて、意思があるように感じられた。


「まぁ……今回はこのあたりで満足しておこう。次見えるときは、もっと面白い出し物を用意しておかねば。彼らはいい素材になりそうなことだしな……」


 そう言って、男は竜の人形に触れる。

 すると、竜の瞳が爛々と輝き始めた。


「もちろん、ここで倒れてくれても私としては一向に構わんがね」


 男はにやりと笑い、人形を見つめたのだった。


 ◇◆◇◆◇


「これは……!?」



 イリスが目を見開きながらそれを見つめた。

 ゾエとバルバラも同様である。

 なぜと言って、目の前にあるものは先ほどまで確かに存在していなかったものだったからだ。


 それは、竜。

 岩石の体に、鳥の羽毛、それに巨大な角を生やした不格好な竜であった。


岩竜ロックドラゴン……? いえ、もしそうなら翼まで岩のはず。それに角も……」


 ゾエがつぶやくと、バルバラも頷く。


「あれは竜なんかじゃないわ。もっと別の……おぞましい何か。私は竜だから、わかる。同じ種族の生き物じゃ、ない」


「ではいったい何なのです?」


 イリスが尋ねると、バルバラが答えた。


「一部始終を見ていた魔物の報告によれば、戦っていた相手が崩れ、合体してああなったということらしいわ」


 その答えに、イリスは納得し、


「犠牲魔術ですか。こっちにも使ってくるとは……しかし、それにしては少し不完全というか……」


 イリスの知識からすると、犠牲魔術は極めて恐ろしいが、多大なるコストを支払わなければならないという点を除けば、魔術自体の効果を考えると完成度の高い魔術である。

 したがって、それが行使されたときに発生する何か・・は容易に対抗できないものであることが少なくなく、だからこそ古代魔族ですらも恐れた。

 しかし、今目の前にある竜はその観点からすると少しばかり不格好すぎる。

 全体の作りそのものもだが、まるで張りぼてのように威圧感が感じられない。

 大きな魔力が集まっているのはわかるが、風船から空気が抜けるかのように急速にその力がしぼんでいっているのを感じる。

 はたしてあれを犠牲魔術と呼んでいいのか……。

 しかし、イリスはすぐに首を振って、


「いえ、それ自体はとりあえずおいておきましょう。早く片付けるに越したことはありません。さっさと倒しても?」


 とイリスが言うと、バルバラは、


「もちろん。とは言っても、あんまり森を破壊しないようにね。そのために二人の力が借りたいのよ」


 と言った。

 バルバラは古代竜エンシェント・ドラゴンである。

 その気になれば、この土地を燃やし尽くすこともできる。

 が、ここは仮とはいえ、彼女が治める土地であり、それを破壊しつくしても意味がないのだ。

 だからこそ、今でも人の姿でいるし、そのまま戦う気なのだろう。

 そして、その状態であの石の竜と戦うとなると、少しばかり時間がかかる可能性がある。

 だからこそのゾエとイリスというわけだ。


 二人はバルバラに頷いて、


「では、やりますか」


「三人でかかればあんなのすぐよ」


 と言って笑った。

 バルバラがそれに答える。


「お願いだから森を壊したりしないでよ?」


 その言葉に本気の心配がいくつかこもっていたのを、イリスとゾエは気づかなかった。


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