第21話 観光
城塞都市フィナル。
その来歴は都市の北方にある山脈から降りてくる強力な魔物達から王都を守る第一の防波堤として築かれたのが始まり、ということだが、現在ではそれほどの重要性はない地方都市に過ぎないらしい。
レザード王国建国からしばらくは、フィナル北方にあるログスエラ山脈には多くの魔物が跋扈していたが、その状況は数百年前に古代竜が住みついてから一変した。
強力な魔物は下位の魔物に対して強力な統率力を持つのか、それとも古代竜の餌として襲われていく日々に南下する余裕もなくしたのか、山脈からフィナル方面へと南下してくる魔物の数は激減したのだった。
現在は極めて平和な都市であり、襲ってくる魔物はいないでもないが、それでも山脈に住むような強力な魔物がフィナル周辺で出現することは、ほとんどないという。
今では地方に点在する村や町と、王都とを結ぶ街道の中間にある交易都市としての顔が目立つようになり、兵士よりも商人の数の方が多いような有様だということだ。
城塞都市の名は、過去の名残として、また都市を覆っている背の高い石壁の要塞を指すものとして残っているだけだ。
イリスと連れだって、街を歩き回ると目に映るものすべてが珍しく思えてきてうれしくなる。
交易都市を名乗るだけのことはあって、東西南北様々な地域から品物が集まっているようで、市場に行くと一日中そこで時間をつぶせそうな気さえしてくる。
「おじさま……見てください!」
そう言われてイリスが指すものを見れば、それは魔法具であったり、装飾品であったり、また食べ物であったりした。
彼女はとても楽しそうで、来て良かったと思う。
また、少なからぬ数の魔導機械が売っているのも見かけたので、イリスと冷やかしに寄ってみたのだが、思いのほか、面白そうなものもいくつかあったので、厳選して購入したりもしてみた。
手に入れた魔導機械は大きなものではなく、小型の、手に持てるようなもので、原始的な魔導銃のようなものである。
とは言っても、ユーミスが持ってきたようなものとも、ルルが作ったものとも異なり、むしろほとんど魔法具に近いものと言っていいだろう。
魔法具と魔導機械の違いは、魔法を籠めなければならないか、それとも魔力を籠めるだけで稼働するものか、という部分が大きいがそれ以外にもその設計思想そのものについて違いがあり、一口では言えない。それに、魔力を籠めるタイプの魔法具もあるし、魔法を籠めるタイプの魔導機械もある。多寡の話なのだ。
結局その区別はかなりあいまいなのだが、分かりやすく言うとすれば、単純に性能が違う、ということになろうか。暴論だが、大体この考え方で区別が可能である。
ただ、手に入れたそれは、その暴論的区別ではなく、より厳密な意味で魔法具と魔導機械の中間にあるようなものだったので、魔法技術についての過渡期にあることを感じさせて面白いと思ったのだ。
魔導機械は、魔力や魔法の基本的な原則、思考から外れて現象を再現しようとする。
魔力や魔法だけに頼らずに、自然現象に対する理解や、道具それ自身に工夫をしたりする。
そういう風にして、作り出されるのが、魔導機械なのだ。
ちなみに、購入したそれは、形としては杖であり、柄頭に大きな水晶がついていて、そこに一発分の下級魔法を籠めることができ、ノータイムで発動させることができる、という非常に微妙な性能のものだ。
魔導銃というより、魔杖と言った方がいいのかもしれないが、発想は魔導銃と同じである。
形の違いは些細なものだろう。
無詠唱で魔法を一発使える、というのはそれなりのアドバンテージになるだろうから使えないと言うことはないだろう。それに、すでに魔法を籠めてあるなら、魔力がなくても使用することができるというのが優れものである。
ただ、魔術師同士の戦いであるなら、ほとんど意味はないかもしれない。
下級魔法くらいなら、事前にある程度詠唱しておけばそれで足りるだろう。
ルルとイリスに至っては無詠唱で発動が可能なので、何の役にも立ちそうもないと言っていい。
ただ、いざというときの言い訳くらいにはなりそうだし、単純に杖の一本くらい持っていた方が魔術師らしいので、買ってみた。
性能についてはそのうち改造して上げることも考えてもいいかもしれない。
「……あっ」
そんな風に市場をぶらぶらしていると、何度か人にぶつかられる。
ルルもイリスも、二人ともだ。
だいたいぶつかってくるのはみずぼらしい子供で、その目的が何であるかは自明であり、実際、滑るように服の隙間に延ばされた手を何度か弾いたりもしている。
「貧富の差というのは、いつの時代もなくならないのですね……」
イリスがそのたびに、悲しそうな顔で言う。
遙か昔も、今もその点はさして変わらず、むしろ昔は世界を上げての戦争中だったので、貧民や孤児というのは増えていくばかりだった。
そのことを思い出しての言葉だろう。
ルルとしてもその点は同感で、できる限り保護を与えるように努力はした過去があるが、それでもどうにもならずに戦場で顔を黒くしながら食べ物を求めて歩き回っている子供というのは少なからず見た。
「……仕方のないことだ、とは言いたくないが……そう言えば、教会も孤児の保護活動には熱心だったな」
ふと思い出してルルは言う。
過去戦い続けたその組織は、魔族には極めて苛烈で残酷な思想をもって相対していたが、人族には非常に温かみのある慈善事業とも思えるような活動を展開していた。
そのうちの一つに、孤児の保護があるのだが、保護されて育った結果、教会の信者や、前線で戦う兵士になっていくことが多かった辺り、その目的は透けて見えるようである。
ただのたれ死ぬよりはずっといいだろうが……なんとも言えない。
難しいものだと思う。
「教会、ですか。懐かしい団体ですが……どうして今の時代にはないのでしょう? あの戦争で勝利したのは紛れもなく人族であったというのに。やはり勇者が打倒してしまったからでしょうか?」
イリスが疑問を上げた。
そうなのだ。
今日までの七年で調べた限り、過去、あの時代で言うところの教会組織は存在していない。
歴史の中にも登場しない、封じられた何かになってしまっているのだ。
今の時代にも、"教会"の名を冠する宗教団体は存在するのだが、それはあの時代の教会とは関係のない、別の組織であることが分かっている。
非常に素朴な自然神を奉るようなものから、いくつかの人格神を分けて奉り、それぞれ神殿を建てるようなもの、山や石を神として祈るようなものまで様々あるが、けれど、あの時代の教会は唯一神を掲げ、勇者による救済を語り、魔族の徹底排除をスローガンにした団体は陰も形もないのだ。
彼らは一体どこに行ってしまったのか。
古代魔族とともに、歴史の波間へと消えて行ってしまったのか。
どうやってそれを調べればいいのか、それは分からないが……。
「……そのうち、調べてみよう。幸い、王都には世界中の書物があるっていう図書館があるらしいしな」
それくらいしか、手がかりは無い。
古代魔族についてもそこで分かればいいだろうが、期待は薄い。
けれどイリスはそんな俺の言葉に、
「昔のこと……分かると良いですわね」
そう言って笑ったのだった。
◆◇◆◇◆
市場の他、観光できる場所がないかと歩き回る。
レザード王国の一般的な街の発展度を見るにもちょうどよく、ただ歩いているだけでも意味はあるのだが、面白いものを見たいという観光客根性も無いではなかった。
イリスにそんな話をすると、
「どこかに湖底都市というのもあるのだとユーミスに聞きましたわ。そういうところなら、観光にもいいかもしれませんが、ここはどちらかと言えばお買い物に来るようなところだと思います」
湖底都市、というのはルルも聞いたことがあった。
といってもレザード王国の中にあるわけではなく、また実際に現在人が住んでいるわけではないらしく、どちらかと言えば魔物の住処に近い扱いらしいが。
過去の遺産、といえばいいのだろうか。
と言っても古代魔族とはまた別らしい。
なにせ、ルルにはそんな都市があった記憶はないし、イリスにしても同様だからだ。
「湖の底に都市があるなら空の上にもありそうだな」
そう言うと、
「あったら面白いですが……この大陸にはないと思います。かつての天上大陸に都市があるなら、それは天上都市、と言えるかもしれませんが……あの場所に足を踏み入れることができたものは結局おりませんでしたから……」
イリスが言うのは、昔、存在が確認された空中に浮遊している大陸のことである。
「天上大陸か……懐かしいな。行ってみたかったものだが……」
その大陸はかつて、天上大陸、と言われ、その下に暗黒大陸という土台とも言うべき大陸があり、その上にどういう理屈なのかは分からないが浮遊しているという謎の陸地だった。
かつて魔族も、そして人族も足を踏み入れるべく努力したのだが、結局それはできなかった。
魔導機械には飛行機械も存在していて、それを使用すれば容易に行けるものと考えられていたのだが、近づくと動作不良による墜落が相次いだ。
何度か魔導機械を改良して挑んだのだが、結局望みは叶わず、謎の大陸として記憶に残っている。
ちなみにあの当時の人族、特に教会の信徒たちが言うには、そこには天使が住んでいるということだったが、どう考えても眉唾だっただろう。
何せ、彼らもまた行くことができなかったのだから。
手段の問題もあったが、天上大陸と人族が本拠を置いていた三日月大陸との間には魔族が住む真魔大陸が壁のように存在していて、避けて海路を通ろうにも潮の流れに阻まれ、空を進もうにも魔族には当然、飛行機械があるからどうにもならずに、遠くから存在を知りながら指をくわえていることしかできなかったのだから。
戦争をやめて通らせてくださいと言えばそれくらいは吝かではなかったのに、それでも戦いをやめなかったのだからあの当時の教会は筋金入りであったのだろう。
願わくば、二度とああいう団体には生まれいでてほしくないものだが……。
「今でも、天上大陸は浮いてるのかな……どんなところなのか、調べようと頑張ったんだが……今でもあるならまた調べてみたいものだ」
そう言うと、イリスは口に人差し指を当てて言った。
「おじさまは、一度飛行機械で行こうとして失敗なされていますものね……そういえば、あれからですか。高所恐怖症になられたのは」
ルルの弱点をさらりと呟く。
ルルは顔をしかめて、
「高所恐怖症……高いところは、苦手だ」
思い出すのは、飛行機械に乗って空を飛んでいるときに窓の外に覗く青い空。
そして、真魔大陸から跳び続けること半日、唐突に現れる青い空を海とする陸地。
あの圧巻の光景。
そして目にした瞬間に鳴り響く飛行機械の警戒音。
低下していく高度に、なぜか目減りしていく飛行機械の燃料たる魔力……。
「……あれは、怖かった」
「たしかそのときは父も乗員として着いていったのですよね。その顛末は聞くだけで血の気が引きますわ。いかに人族より遙かに頑丈にできている魔族とは言え、高高度から落下すればただでは済みませんもの……おじさまと父バッカスなら、無傷とは言わないまでも、生存は確実でしょうが」
それはその通りなのだが、だからといって重傷になる可能性も少なくはない。
特にあのとき乗っていた飛行機械は大型のもので、積んでいる動力機も馬鹿げた出力を持っていたせいで、制御を間違えると大規模魔法数発分の被害が発生する可能性があった。
いかに魔王とは言え、そしてその側近とは言え、大規模魔法の中心部に放り出されたいとは思えない。
「私には勇者たちとの戦いの方がよほど恐ろしげなものに思えますが……」
首を傾げるイリスに、ルルは言ったのだった。
「そういうのとはまた別の怖さがあるんだよ……」
しかし、イリスには理解してもらえずに終わる。
聞けばイリスは飛行機械が好きだったようで、高いところも平気な方だったようだ。
ルルははじめから何となく怖く感じたので、もともとの素質というものがあるのだろう。
死ぬから怖い、重傷を負うから怖い、というのも確かにあるのだが……なんというか、生理的な恐怖と言うべきか。
どのように言えばいいのか難しいその感覚に、ルルは結局説明するのをあきらめるのだった。




