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第217話 遺物

「……なるほど? 確かに魔力がうまく動きませんね」


 イリスは自分の手を確かめながら、目の前の少女に向かってそう呟く。

 少女の方はイリスの方に一歩一歩近づいてくる。

 その表情は笑っていた。

 それからゆっくりと口を開いて、少女は言う。


「色々と博識なお前も、この剣の正確な効果についてまでは知らなかったみたいだなぁ……?」


「効果、ですか?」


「あぁ。それこそ冥土の土産に教えてやるがな。この剣は、周囲に存在する魔力を消滅させ続ける効果があるんだよ。そして、刃が触れた対象の体内魔力はその生成を阻害され、結果としてしばらく魔力が使えなくなる……お前の体に起こっているのは、まさにそれ、というわけだ」


「ははぁ……でも、それを把持しておられる貴女は平気そうですが?」


「柄持っただけで魔力なくなったらそれこそ問題だろうが。そこは大丈夫なように作ってあるんだよ。普通に考えたらわかるだろ?」


「そう言われてみるとそうなのかもしれません……つまり、あれはそれほどまでに異常なものだった、ということでしょうね……」


 イリスは、少女の言葉を聞き、ぼそりとその耳に届かないくらいの音量で独り言を呟く。

 何を言ったのか聞こえなかった少女は、イリスに向かって首を傾げ、


「あ? なんだって……?」


 と尋ねようとするも、なぜか瞬間的に肌に感じた危機感に鳥肌が立ち、その場から大きく後退した。

 すると、その瞬間、爆発音が鳴り響き、地面がえぐられたのか土と砂埃がその場に激しく舞う。

 何が起こったのかは分からなかったが、そうしなければ危ないと少女は思ったのだ。

 そして、結果的にその判断は正しかった。


 大きく下がった少女が今まで自分の立っていた場所を見ると、そこには拳を地面に突き立てたイリスが立っている。

 しゅわしゅわと煙が立ち、その力でもって攻撃してきたことは明らかだ。

 明らかなのだが、それは少女からするとあり得ない光景だった。

 なぜなら、イリスは少女の剣によってその魔力を消滅させられているはずだからだ。

 あれほど華奢な少女が、いくらなんでも魔力の補助なしにあのような破壊力を生み出せるはずがない。

 イリスの力は人族ヒューマンにしては大きく、それは彼女が古族エルフ並の魔力量を持っているいわば突然変異的な存在であるためだと少女は考えていた。

 そういう存在は、他の種族よりも人族ヒューマンに生まれることが多く、そこまで不思議な話ではない。

 しかし、たとえそうであるとしてもイリスの魔力は一時的にとは言え、失われたはずなのだ。

 そうである以上、どうやってもあのような現象を起こせるはずがない。


 なのに、目の前では起こっている現象を見れば、事実は明らかだ。

 何がどうなっているのか、少女には理解できなかった。

 分かったことは、ただ、目の前の華奢な娘があまりにも危険であること。

 そして、自分の切り札であるはずのこの剣をもってすら、容易に勝利を拾えるようなものではない、ということだった。


「くそ……なんなんだ。お前はっ!」


 悪態をつきながら、少女は飛び退いた後、再度、剣を構える。

 しかし、そんな暇すら捨てて挑むべきだったことが次の瞬間知れる。

 気づいたときには目の前にイリスの美しい瞳がまっすぐに少女の顔を見つめていて、


「ただの冒険者ですが?」


 と言いながら拳を振り上げていた。


「っ……!?」


 驚いて剣を向けようと体を動かすが、どうやっても間に合わない。

 結果として、イリスの拳は思い切り少女の腹部に突き立てられることになったのだった。


 恐ろしいほどの馬鹿力である。

 少女は、痛みには強かった。

 不合理で、理不尽な暴力に晒されてきた経験がいくつもあり、そのことを思えばこれくらいの痛みで意識や理性がなくなるということもない。

 だから、攻撃を受けた瞬間に、それがどれくらいの力であり、どれほどのダメージが自らの体に及ぼされたのかを計算することができた。

 その結果分かったのは、イリスの攻撃の威力は始めにもらった一撃とさして変化が無く、魔力が失われたなどと言う事実など存在しないかのようなものであるということだった。


「嘘だろ……?」


 吹き飛ばされながら、少女は呟く。

 余裕があった訳ではないが、それでもそう口に出さずにはいられなかった。

 何よりも恐ろしいのは、それだけの攻撃を加えておきながら、イリスの身には一切の魔力の動きが感じられなかったということだ。

 つまり、あれは魔力を使った攻撃ではそもそもない、ということである。

 素の身体能力のみであれなのだと、つまりはそういうことなのだ。

 全く持って馬鹿げた結論だが、しかしそうとしか考えられない。

 それこそ、先ほどまでとは違う意味で、人族ヒューマンとは思えない化け物だと認識を改めた。

 あれをヒトの一種族だと認めるのは、ありとあらゆる意味で問題だと、そう思わずにはいられなかった。


 吹き飛ばされつつも、空中で体をひねり、地面に向かって斜めに落ちたため、着地後もずりずりと地面を滑りながらもその勢いを減少させてなんとか停止した少女。

 ここからどうにか反撃を……。


 そう思ってイリスの位置を探すも、そこでその試みが無駄であったことが分かった。


「ま、お疲れさまでした……」


 拳を振り上げたイリスが、目の前にいた。

 次の瞬間、大きな衝撃が頭部にたたき込まれ、少女の意識は消えた。


 ◇◆◇◆◇


「やれやれ……」


 倒れた灰色の髪の少女を前に、イリスは深いため息を吐いた。

 倒すこと自体には問題はなかったが、意外と危なかったと思わないでもないからだ。

 なぜなら、それはイリスが少女の剣により切られたあと、魔力が通常の状態ほどに感じられなくなったためであるのは言うまでもない。

 事実、最後の一撃については魔力を使ってはいなかった。


 ただ、それでも尚、少女とイリスの間に大きな隔たりがあるのも事実で、そもそもこの少女自体弱くはなかったが、ここに来るまでの間にある程度の力を使ったのかかなり節約気味で戦っていた節があった。

 おそらくこの少女こそが、ルルが自ら対応せざるを得ないような規模の犠牲魔術を放ったのだ。

 それによる消耗が激しかったのだとしても頷ける。

 まぁ、どれくらい過大に評価したとしてもこの状態では特級には及ばない程度の実力しかなかっただろう。

 ただ、あの剣のことを考えると、それでも危険な少女であったのは間違いない。

 一撃でもかすればそれだけで相手の魔力を消滅させられるというのは、魔力を基礎とする戦闘技能を主とする現代の戦士にとっては恐ろしいを通り越した脅威だ。

 何らかの対抗手段を持っていなければ、この剣を持っている相手には即座に詰んでしまうのである。

 ただ、今回は相手がイリスだったから大丈夫であったに過ぎない。


 というのも、イリスは少女の持っていた剣を知っていた。

 "聖剣"と呼ばれた、かつての勇者が持っていた武器。

 魔王であるルルスリア=ノルドを切り倒し、その存在を消滅させた、魔族にとって忌々しい武器である。

 もしもイリスがあのとき勇者の持っていた"聖剣"でもって斬られていたら、ただの掠り傷でしかなかったとしても少女に負けるどころか存在の消滅の危険すらあっただろう。


 けれど……。


「……"劣化聖剣アズ・ヘレヴ"ですか。また懐かしいものを出してきたものですわ」


 イリスはその存在を知っていた。

 本物の"聖剣"は勇者の持っていたものただ一つ。

 当時は神が与えたとか選ばれし者の手にのみ収まる無二の剣とか色々と宣伝文句があり、どれも眉唾臭く、真実を述べているようにはさっぱり思えなかったその剣であったが、現実問題として魔族に対して恐ろしいほどの破壊力を持っていて、確かに人族ヒューマンから見ればまさに聖剣にしか見えなかった。

 しかし、そんな剣が何本もあったわけではないのだ。

 あんなものが十本も二十本もあり、また量産が可能だとなればその時点で古代魔族の命運は絶たれていただろう。

 だが、そんなことにはならなかった。

 理由は分からないが、勇者が"聖剣"をどこから手に入れたにしろ、そう何本も作り出せるようなものではないことだけは事実のようで、長い戦争の中において、同じものが二つ現れることはなかったのだ。


 ただし、である。

 教会は"聖剣"は作れないにしても、それと似たようなものを作り出すことには成功していた。

 本物の"聖剣"よりも幾分か耐久力が無く、また幾分か威力が弱く、そしてどんな者でもその手に持つことができるという性質を持った、劣化聖剣アズ・ヘレヴを。

 そして、教会、ひいては人族ヒューマンはそれを"模造聖剣ザイフ・グラディウス"と呼び、人族ヒューマンの中でも選ばれた精鋭、つまりは神聖騎士などに与えた。

 つまり、あのころ、これを持った人族ヒューマンは少なからずいて、イリスはそれと戦ったことも何度かあったのだ。

 そしてそのいずれにおいても勝利を収めている。

 "劣化聖剣アズ・ヘレヴ"とはつまり、その程度の武器でしか無く、威力のある兵器であったのは間違いないが、だからといってそこまで恐ろしいというものでもなかったのだ。


 ただ、現代の者にとっては事情が異なるだろう。

 古代魔族には強大な魔力と身体能力がある。

 "劣化聖剣アズ・ヘレヴ"で傷つけられたくらいで魔力が完全になくなることはないし、仮にそうなったとしても素手で問題なく他種族と戦える。

 しかし人族ヒューマンにはそんなことはできない以上、何らかの対抗策がなければどうにもならないものだ。


「これについては……持ち帰ってしっかりと冒険者組合ギルドなどに話しておいた方が良さそうですわね」


 イリスはそう言って、少女の把持するその剣をおそるおそる触れる。

 触れても消滅したりはしない、と分かってはいても、こわいものはこわい。

 イリスの中ではある意味トラウマを刺激される武器でもある。

 これの本物・・さえなければ、ルルは死ぬことはなかった……。


 ゆっくりと劣化聖剣アズ・ヘレヴの柄に触れるイリス。


「……なんとも、無いようですわ。やはり昔のものと同じもの……当時のものがどこかに保管されていたということでしょうか」


 いくらなんでも数千年が過ぎている。

 当時の武器などほとんどが壊れているはずだが、古代魔族の遺跡など、過去の遺物が現代に普通に残っている例もある。

 どこかにあったとしてもおかしくはない。

 しかし、それにしてもよく見つけたものである。

 こんなものを探し出した少女には正直感心するところもあるくらいだ。

 だからといって許すとかいう話にはならないのはもちろんだが。


 そして、イリスは改めて剣の刃の部分にも触れてみた。

 手のひらを覆うように魔力を放出しつつの行動であったが、


「少し、ぴりっとしますわ……」


 出した魔力は触れるごとに確かに霧散させられているのがわかる。

 どういう仕組みなのかは正確なところはイリスにはわからなかったが、聖剣、という名称なのだ。

 聖女の放つ聖気に同じ効果がある以上、教会がそのような技術を保有し、使って作り上げたものなのは間違いない。

 現代の教会、というか宗教は昔と違っていくつもの教えがあり、統一されていないため、聖剣を作るような技術を持つ団体は今はないらしいというのが一応わかっている。

 ただ、これを見ると、そうも言っていられないかもしれないと言う気がした。

 少なくとも、劣化聖剣アズ・ヘレヴが一本でも現存している以上、ほかにも存在して、それを分析し、模倣するものがいないとは言えないからだ。

 魔導機械に準じるものをゼロから作るのではなく、真似るくらいなら現代の技術でも可能なこともわかっている。

 ならば、これがまた別のところで出てくることも想定しておくべきことは当然だった。


「問題山積、という感じですわ……」


 呟きながら、イリスは自分のイヤリングに魔力を注ぎ始める。

 魔力がなくなってしまったらしいルルにはもうつながらないかもしれないが、ゾエにはつながるだろう。

 ゾエも森を暗躍する人影を追いかけているので、そちらも同じものを持っていてはと思って忠告するつもりだった。


 イヤリングに魔力が通る感覚がし、それから声が聞こえる。


『……イリス? どうかしたの?』


「ええ……それが……」

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