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第212話 油断大敵

「……そんなのは嘘だよッ!」


 アエロの叫ぶような声が牢獄の中に大きく響きわたった。

 少女はその言葉に驚いたようだが、誰よりも驚いたのはアエロ自身だったようだ。

 びっくりとしたように目を見開き、それから苦しそうに呻くネズミのザザの体を抱きしめて、刺さった破片をどうしたらいいのかと見つめる。


「……アエロ、諦めろ。そのネズミはもう駄目だ」


「駄目って……そんなことないよ! まだ、まだ何か出来るよ……そうだ、治癒魔術とか……あるって言ってたでしょう!?」


「あるけどな。俺は使えないし、お前も使えないだろう? ほら、駄目だ。なに、心配するんじゃない……さっきも言ったが、死んでも生まれ変わるんだよ……またどこかで会えるさ。そんなに悲しむもんじゃない」


「それは嘘だよ……私、聞いたの。死んだら、そこで終わりだった。"次 "なんてないんだって……」


「おいおい、それこそ嘘だぞ? 誰から聞いたのかは分からないが、何で仲間である俺がお前に嘘をつかないとならないんだよ」


「それは……わかんないよ。でも、教えてくれたおじさんは……すごく必死そうだったよ。何か伝えようとしてる感じがしたの。でも……貴方からは何も感じないんだよ。どうしてなの……私、知らないことがいっぱいあるんだって、ここにいる間にいっぱい考えたんだよ」


「へぇ……何を考えたんだ? 俺に教えてくれよ、アエロ」


「生き物がそこで死んで終わりなら、私が森でしたことって……ひどいことだったんじゃないかな、とか……貴方がしようとしていることは、本当はいいことなんかじゃないのかも知れないとか、いっぱい……。ねぇ、あなたは何をやろうとしているの? どうしていっぱい人を殺そうとしているの? 本当のことを、教えて!」


 ぶつぶつと語り始めたアエロの声は、最後には大きな叫びとなっていた。

 少女はそれを聞き、微笑んでから、首を振って言った。


「本当のこと、か……残念だな、アエロ。お前は……」


 かつかつと近づく少女。

 そしてゆっくりとあげられた手が、アエロに向けられる。

 そして、


「……ッ!?」


 少女の手から細長い棒のようなものが伸びて、アエロの胸を貫いた。

 ぼたり、ぼたりとアエロの口と胸から赤い血液が流れる。


「け、けほっ……なにをするの……」


「何って、証拠隠滅って奴だな。あんまり余計なこと考えられてもこっちは困るんだよ。お前たちはただ、俺の言うとおりに動いてりゃ、それで良かったんだ。なのに……まぁ、残りの二人はそういう心配もなさそうだがな。一人は何も見えちゃいないし、もう一人はただの馬鹿だ。問題ないだろう……」


「グラスと……ゴライアスのこと……? ひどい、なんでそんなこと言うの……」


「さぁ、何でだろうな? まぁ、お前はもういいんだ。じゃあな……全く、せっかく助けに来てやったってのに、骨折り損とはこのことだぜ……」


 ふぅ、とため息をついた少女は、改めてアエロの胸元にもう一本、棒状の物体を通し、そのまま壁に思いきり投げつけてから階段を上っていく。


「どうして……どうしてこんなこと……」


 壁で体を支えながら、瀕死の状態でそうつぶやくアエロ。

 かつんかつんと階段を上る音が聞こえた。

 それからアエロは自分と同じように苦しむザザに体をずりずりと引きずって近づき、触れる。


「ザザ……ごめんね……」


 そういって、瞼をゆっくりと降ろしていった。


 ◆◇◆◇◆


 空を飛び回る青年を追って戦場を駆け抜けるシュゾン。

 そしてその背に乗るルルとニーナ。

 飛行している者と走っている者とでは前者の方が早いのが通常だろうが、シュゾンはそんな常識を覆す速度で駆けていき、そしてついに青年の直下へとたどり着いてしまった。


「……で、どうするつもりだ、ルル殿?」


 そんな風に尋ねるシュゾンに、ルルは笑って、


「シュゾンのお陰で十分な休憩時間もとれたことだしな……こうするんだよ」


 そう答えてシュゾンの背中から跳んだ。

 跳躍の勢いそのままで突っ込む作戦か、とシュゾンはそれを見て思ったが、どうやらそうではないらしい、と感じたのはシュゾンの背から踏み切ったにしてはその加速がおかしいことに気づいてからだった。

 跳躍しただけならば本来ルルはどんどん失速していくはずだが、頭上で起こっている現象はその正反対である。

 ルルの速度は徐々に加速し、そしてついには飛翔している青年の直前にたどり着いて、静止したのだ。

 明らかにルルも飛行している。


「飛行魔術など使いこなした人族ヒューマンなどついぞ見たことなかったが……」


 シュゾンはその規格外さに驚きつつも、しかしルルなら仕方ないか、と首を振った。

 自分の主である古代竜エンシェント・ドラゴンもまた、こういうところがあるのだ。

 魔物にしろ人族ヒューマンにしろ、強力な力を持つものというのはこんなものなのかもしれないと思ってしまったのである。


 そして、これからどうすべきか。

 このままルルとあの青年との戦いを見ているべきか、それとも別の行動をすべきかシュゾンは一瞬迷った。

 しかし、ルルが敗北する、とはもうシュゾンには考えることが出来ず、そうであるならば今自分がなすべきことはこの戦いを出来る限り被害少なく終わらせるために努力することだろうと頭を切り替える。

 そしてシュゾンはそのまま踵を返し、戦場の中に戻った。


「……きゅー!」


 走り回りながら魔物や人型を片づけるシュゾンの背からは、そんな声が発せられ続けたのだった。


 ◆◇◆◇◆


「さてさて、やっと追いついたぞ。そろそろ観念してもらおうか?」


 ルルが対面に浮かぶ青年にそう声をかけると、青年は首を傾げて言った。


「……貴方は一体どちら様ですか? 見覚えのあるお顔ではないようですが」


 言われて、そういえば初対面だったかも知れない、と思い出すルル。

 改めて名乗ることにした。


「俺はルル。ルル=カディスノーラ。わかりやすく言うなら、フィナルの冒険者だな」


「ほほう……つまり、私を倒しにきたと?」


 鼻で笑う青年に、ルルは首を振った。


「いいや。捕獲しに来たんだよ。お前には色々聞きたいことがあるからな」


「捕獲? ははは。面白いことをおっしゃいますね。この私を、人族ヒューマンが捕まえると? 出来るものなら、やってみることです……ねッ!」


 そう言って青年は腕を振った。

 するとそこから風の刃が発生し、ルルに襲いかかってきた。


「ほう、無詠唱か? いや……違うな。魔法具か」


 青年の腕に身につけられた腕輪を見て、ルルは頷く。


「よく分かりましたね? しかしそれが分かったところでなす術がないでしょう?」


 愉悦的な笑みを浮かべながら、青年は風の刃を操る。

 数がきわめて多く、二十は越えているだろう。

 使用者の使う魔力の量も生半可ではないだろうが、それ以上にこれほどの魔法具を作り出せる者がいるという事実に驚きを感じる。

 青年たち自らの手で作り出しているとすれば、彼らの技術力はそれこそ現代においては国家クラスということになってしまうからだ。

 一国の技術の粋を集めて、やっと作り出せるような、そんなレベルの魔法具だった。

 だからこその青年の自信であろうが、しかしルルにとっては道具に頼って初めてこれくらいのことが出来る程度でしかないと言う事実を知ることが出来たというくらいの意味しかない。


「強いて言うなら、分かろうが分かるまいがどうでもいいことだな」


 吐き捨てるようにそういって、ルルは魔術を発動させる。

 空中であり、地上からは遠く離れていて、地上の者たちにはここで行われた会話や発声など聞き取ることは出来ないだろうと無詠唱である。

 現れたのは、青年が生み出したのと同じ程度の数の土の刃であった。


「なっ……!?」


 青年は目を見開き、襲いかかってくる土の刃に対応すべく、自らの生み出した風の刃を操るが、青年の風の刃よりも土の刃の方が早く、青年は途端に劣勢に追い込まれてしまった。

 土の刃一つ一つに風の刃をぶつけて破壊していく作業。

 それは少しでも対応を誤ればその瞬間、自分が引き裂かれてしまう恐ろしい作業だった。


 だから、青年は気づかなかった。


 自分の目の前まで近づいてきた土の刃の後ろに、ルルが隠れていたということを。


「……油断大敵ってな」


 にやりと笑ったルル。

 その表情を見たのを最後に、青年の意識は完全に刈り取られた。


 ◆◇◆◇◆


「……おいおい、どいつもこいつもぼろぼろだな……まぁ、いいか」


 冒険者組合ギルドから出てきた少女はそうつぶやいて、北門の向こうで墜落していくグラスの姿を見つめていた。

 それから、


「この辺りが使いどころ……だな」


 そう言った少女の目の前に、巨大な魔法陣が展開される。


「……作られし生命よ、我が呼びかけによりその身を崩し、新たな生命となれ……"融解合体”」


 そう唱えると同時に、少女の目の前の魔法陣が光り輝き、そして辺りがどくり、と震えた。

 それを確認した少女はふっと笑い、


「……じゃ、俺はずらかるかね。山の方は……ちょっとだけ見てくるかな」


 そう言って姿を消したのだった。


 ◆◇◆◇◆


 墜落していくグラスを眺めていたルル。

 地上には落ちるグラスを眺める騎士・冒険者たちがいた。

 このまま放置しておくと彼らがグラスに止めを刺してしまうかもしれないと、ルルは高度を落としてグラスを捕獲することを騎士・冒険者たちに告げるために近づいた。

 しかし、ルルもグラスも地上に降りたにも関わらず、騎士たちも冒険者たちもその視線を空から外そうとはしない。


 何が……と思って振り返ってみると、戦場のちょうど中心辺りの空が不穏な色に染まっているのが見えた。

 徐々に色を変えていき、最後にはそこに巨大な魔法陣が現れる。


「……あれは……」


 ルルはその光景が何を意味するかを知っていた。

 それは、かつて人族ヒューマン、特に教会関係者が多用した魔術だ。

 犠牲魔術、と呼ばれるあまり褒められたものではないコストを払うことになるその魔術は好んで使う者は少なかったが、それだけに効果は絶大である。

 もっとも小さなコストは何らかの無機物の破壊……魔石や宝石、もしくは魔法具などを破壊することであるが、その程度では大した効果は見込めず、犠牲魔術の持つ本来の力を発揮できない。

 犠牲魔術がもっともその力を発揮するのは、命を・・捧げるときなのだから。


 それが今発動した、ということは誰かがそのコストを支払ったということになるだろうが、一体誰が。

 ルルは首を傾げた。

 あれほど巨大な魔法陣である。

 払われる命は一つや二つではないだろう。

 しかしここにはそれほどの命は……。


 そう思って辺りを観察してみると、地に落ちて気絶していたはずの青年が突然苦しみだしたことに気づいた。


「ぐ、ぐあぁぁぁぁぁぁ!」


 そんな風に叫びながら。

 見れば、彼の身につけている腕輪からにょろにょろと触手のようなものが伸びていて、彼の肌を突き破ってその体内に進入している。

 犠牲魔術はコストとして命を支払う場合、本人の同意を得るかその命を奪わない限りは使うことが出来ないものだ。

 つまり、青年が苦しみだしたということは、そういうことなのだろうとルルは直感する。

 犠牲魔術はコストによって、という制限はあるものの、基本的にはおよそありとあらゆる現象を可能とする万能の魔術である。

 したがって、ルルにもこの後何が起こるのかは予測することは出来なかった。

 青年の周りに集まっていた騎士・冒険者たちは突如苦しみだした青年に怪訝なものを感じつつも、何か起ころうとしているのならその命を奪った方がいいのではないかと思ったのだろう。

 武器を構えて近づいていく。


 しかし、ルルは、


「おい! そいつは危険だ! 近づくな!」


 そう叫んだ。

 しかし、時すでに遅し。


 青年の叫び声が一瞬、消えたと同時に、彼の体から無数の触手が伸びていく。

 その触手は騎士・冒険者たちの体を貫いて、その身から精気を奪っていくかのようにどくりどくりと脈打った。

 ルルは救える限りの者の体をつかんでその場から離したが、それでも何人もの命が奪われてしまう。


 干からびた戦士たちの亡骸を投げ捨てた青年から伸びた触手は、さらにその手を伸ばしていく。


 周りを改めて観察してみれば、同じことが戦場の至る所で起こっているのが見えた。

 シュゾンが走り回って騎士や冒険者たちを救っているが、それでも手が足りないのは仕方ないだろう。


「……これは、まずいな……」


 そうつぶやくが、時間は元には戻らない。

 とにかくさっさと倒してしまうべきだが、触手は他の触手に手を伸ばしていく。

 そして繋がり、合体していき、徐々に集まっていくのだ。

 その中心地を確認すると、どうやらゴライアスの辺りのようだった。

 ルルはそれを見て、走り出す。

 これ以上事態がまずくなる前に対応しなければと思ってのことだった。

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