第208話 初撃
事前の情報通り、向かって来ているのは数百に届こうかと言う数の魔物、それにその十分の一程度の数の人型である。
さらにその集団の背後にはログスエラ山脈のバルバラ配下と思しき魔物たちが、追い立てるようにして走っているのが見えた。
「数が少ねぇのは出し惜しみか、それとも元々数が少ない種族ってことなのか……?」
クロードが敵の構成を見てそんな風に呟く。
実際はどちらなのかは分からないが、今まで歴史上、確認されてこなかった存在達だ。
おそらく元々数が少ない、という方なのだろうと予測される。
「あいつらは結構強かったみたいだし、何にせよ数が少ないのは喜ばしいな」
イリスの記憶から、ゾエやイリスが苦戦するほどではないが、一般的な冒険者、それもベテランですら相手取るのが厳しい奴らだ。
それが何十どころか何百何千と押し寄せてきたらそれだけで戦線は崩壊するだろう。
ルルたちが本気を出して戦えば、押し返すことも倒すことも不可能ではないだろうが、そこまで派手にやらかすつもりは今回も例によってないのである。
することは、せいぜいが、一般的な冒険者に可能なレベルでの援護だ。
その“一般的に可能な”という形容を、ルルがどう捉えているかは別として。
「……そろそろだな。おい、クロード。それにシュゾン。合図だ」
ルルがそう言って目くばせをすると、クロードは陣を張っているグループ毎に一人はいる、こちらを見つめている冒険者や騎士たちに向かって手を振った。
シュゾンはその口を大きく開き、迫力のある遠吠えを披露してくれる。
ビリビリと、空気が揺らされ、その場の者たちは騎士・冒険者問わず震えるが、遠吠えの声の主である地獄犬が今回は味方であるとオロトスに説明されたことを思い出したのだろう。
すぐに震えを収めて向かってくる敵を見つめた。
そして、ざっ、と音を立てて騎士・冒険者たちが二手に分かれていく。
ルルを最後尾に、ルルに道を開けるように陣が右と左に離れたのだ。
ぽっかりと、ルルのために開かれた道の先には、魔物や人型の者たちが土煙を上げて突進してくるのが見える。
さらに、人型と魔物達の集団の背後のバルバラ配下の魔物達も、シュゾンの声を聴いた瞬間、その場から離れて横にずれていった。
それを確認し、ルルは構えた。
武器も何も持っていない両手の平を真っ直ぐに向け、魔物達を見つめているルル。
傍から見ればそれは静かで、まるでただ突っ立っているだけのように感じられた。
しかし、見る者が見れば、そこで起こっている異常な魔力の動きに目を瞠ることだろう。
ルルの周囲に膨大な魔力が集約しているのだ。
先ほどまでは無かったはずのそれ。
しかし今、ルルの周りに集まるそれは、自然の中で一点に集約した場合、魔力災害と呼ばれるに等しい大きさを持っているのである。
あまりに巨大な魔力が一点に集約したとき、何が起こるのかは誰にも予測が出来ず、したがってそのような現象が確認された場合には魔力を人工的に消費し、また散らすのが魔術師の義務なのだが、こと今回に限ってはこれは自然現象ではないらしいと言う事を、ルルの体から次々と漏れ出す魔力が教えていた。
あれは、たった一人の魔術師が自らの術式の構築の為に体外に放出した魔力の一部なのだ。
そのことを理解したその場の魔術師たちの驚愕と言ったら、なかった。
これほどの魔力を、一人でもっているということが果たしてありうるのだろうかと。
現実にその事実を目の前にしても思ってしまうほど、ルルの持つ魔力は巨大だったのだから。
そして、心配になった。
あんなに膨大で、かつ力強い魔力を、あのような年齢の少年が果たして扱うことが出来るのか、と。
まかり間違えばその制御に失敗し、周囲に甚大な被害を及ぼす魔力災害を発生させることになるのではないか、と。
そこまで考えた魔術師たちは、呆然としたのち、我に還ったとき、ルルの行動を止めるべく走り出そうとした。
けれど、時すでに遅し、というべきか。
彼らがそれを行動に移そうとしたとき、既にルルは全てを完成させてしまっていた。
彼らは、ルルの口が短い呪文を唱えるその瞬間を、恐怖と、そして願いと共に見送った。
「……力よ、放て――魔力集束砲」
そして、青き光の奔流が、ルルの両手の平から恐ろしい速度をもって吐き出された。
◆◇◆◇◆
「……う、うおぉぉぉぉ!!」
クロードはその全てを目に焼き付けようと、青い光の眩しい中、出来るだけ瞬きをしないように努力しながら見つめていた。
その結果、目に入ったこと。
それはたった一人の魔術師に可能なこととは思えないとてつもない光景だった。
まず、ルルの放った魔力集束砲。
それ自体は、いい。
存在は知っているし、見たこともある。
兄であるシュイに見せてもらったことがあるし、使い方も教えてもらった。
だから、使う事もまた、出来なくはない。
けれど、威力が明確に違う。
通常、魔力集束砲と言えば、せいぜいが直径にして五十センチ弱が精一杯であり、それが限界だ。
威力としては、人を一人、吹き飛ばすくらいが関の山で、金属製の鎧を身に着けた者で、よく鍛えられている者であれば耐えきられてしまうような代物である。
もちろん、一部の――シュイ=レリーヴのような規格外の魔術師の場合はこの限りでなく、厚い石壁をすら貫通することも不可能ではないらしい。
ただ、それでもそれくらいが限界で、しかも距離はかなり近くないと難しいようなことを言っていた。
だが、ルルの放ったそれは、そんなレベルではなかった。
まず、太さにして直径10メートル近いその集束砲の巨大さに驚かされる。
単純計算で、一般的な魔術師の20倍の直径の収束砲を放っていることになる。
しかも、体積あたりで魔力の消費量が増えていくことを考えれば、その使用された魔力の総量は考えるだけでも恐ろしい。
さらに、その持続距離だ。
ルルがそろそろ合図だ、と言ったから敵がまだそれほど近づいたとは言えない、大分距離のある位置にいる段階で、騎士・冒険者たちに道を開けるように指示を出したのだが、正直なところこんな距離で果たして魔力集束砲などが届くのかと疑問だった。
しかし現実はどうだ。
そんなクロードの心配など軽く笑うように、ルルの魔力集束砲は数百の魔物集団に直撃する。
そして、その破壊力が距離によっても全く減衰されていないことを示すように、ガガガガ、と地を削りたてる音と、そして魔物達に命中したことを教えるように爆発音と爆風が遠く離れているはずのクロードたちのところまで届いた。
さらに、恐ろしいことにそれだけでは済まなかった。
ルルの魔力集束砲は、魔物集団に命中した後の大爆発の後、分裂するように四方八方に散り始め、魔力集束砲の直撃から逃げることが出来たはずの魔物や人型たちに向かって襲い掛かったのだ。
大本の集束砲から分散したものである以上、威力は下がっているだろう、とクロードは考えたのだが、その予測はまたしても外される。
分散した集束砲は、それぞれの魔物に命中するとその殆どに致命傷に近いような重傷を与えていったのである。
逃げまどう魔物達に、襲い掛かる光の渦はそうして、しばらくの間、彼らを蹂躙し続けた。
◆◇◆◇◆
光の全てが収まった時、その場に残っていたのは始めにこちらに向かって来ていた魔物の数の半分にも満たない。
それでもまだ、数百体が残っているのだから決して楽な戦いとは言えないだろうが、魔物達の士気は不意を打たれた大打撃に大きく下がっているのが見て取れる。
――なるほど、これほどか。
シュゾンは、その光景を見て、ふとそんなことを思った。
少し前の風の噂に、と言うか、山にやってきた冒険者たちを捕えてたまに話を聞く趣味がシュゾンにはあるのだが、そんな中に、王都に出現した古代竜が討伐された、という話を仕入れたとき、シュゾンは驚いたものだ。
その古代竜が何者か、ということはその当時はまだ予測の段階を出なかったが、ある日突然ニーナが山から消えたことから、同じくらいの時期に突然出現したと言うその古代竜はニーナなのではないか、という推測はついた。
そして、そうであるならば、もうその話を聞いた時点で、ニーナは既にこの世のものではない、ということになる。
信じられなかった。
古代竜というのは、ログスエラ山脈の魔物にとって、特別な存在だ。
遥か昔より――本人たちの話によれば、九百年は前だと言うことだが――ログスエラ山脈を治め、魔物達を統率してきた存在である。
当初、古代竜が外部から飛来してきた時にはいざこざもあったということだが、シュゾンが生まれた頃には既に、山の主は古代竜だった。
今は無き、父母も古代竜を慕い、従属し、支えていて、自分もいつかはそう言う風になるのだと考えて生き、実際、いつの間にか父母と同じような立場になっていた。
もちろん、単純な強さで言えば、シュゾンは決して弱くは無かったが、古代竜と比べれば遠くかすむ程度のものに過ぎない。
必然、シュゾンの役割は頼りない主に代わり、山の細かい調停や、調和の維持、それから古代竜自身の世話が基本となった。
そんな中、仕えていた古代竜の母を名乗る者がある日、山にやってきて、一匹の小さな古代竜の赤ん坊を置いていった。
まるでただの小竜にしか見えない小さな存在。
その世話を、その古代竜はバルバラに任せていったのだが、当のバルバラはそう言ったことに疎く、慌てることが多かった。
そのため、必然的にシュゾンがその古代竜の赤ん坊の世話をすることが多くなった。
食べ物を与え、一緒に眠り、森の歩き方を教え、山の主としてどう振る舞うべきかを伝えた。
その古代竜は、ニーナはほとんどシュゾンの娘と言ってもいいくらいの存在になった。
そんなニーナが、どこの誰とも知れない人族に倒されたと言うのだ。
たまったものではない。
復讐に行こうとすら思ったくらいだった。
けれど、シュゾンが聞いた話をバルバラに伝えれば、彼女は言った。
ニーナはまだ生きている、と。
どういう方法なのかは分からないが、彼女達古代竜には、お互いの生死が感じられるらしい。
だから、非常に微弱な反応ながら、ニーナがまだ生きているのが分かると言うのだ。
それならば、構わない。
死んでいないのなら、いずれこの山の主である彼女は戻ってくるだろう。
バルバラがニーナの代わりに治めてくれていたが、それも彼女が帰ってくるまでのことだと安心して待っていた。
しかしだ。
待てど暮らせどニーナが帰ってくることは無かった。
それどころか、ある日、彼女が人族と仲良さげに歩いているところまで見かけてしまった。
かなり楽しそうに、である。
その瞬間感じた気持ちは色々あったが、最も強い気持ちは、やはり安心だった。
なぜ帰ってこないのか、という憤りも無いではなかった。
けれど、彼女は幸せそうだったのだ。
それで帰りたくなくなったのなら、それはそれで構わないのではないか、と思ってしまったのだ。
だからあえて冷たい態度をとった。
取りつづけた。
山と森に起こりつつある妙な事態に、彼女が巻き込まれないようにと願った。
けれど、ニーナは無責任ではなく、山の異変を知り、それを解決するために戻ってきた。
“皮”を失い、力を減衰させた彼女にどれほどのことが出来るのかは分からなかったが、今は彼女の姉もいる。
二匹の古代竜がいれば、いかなる問題があろうとも、簡単に解決できると、してくれると疑わなかった。
なのにである。
どこをどう間違ったのか、今、ログスエラ山脈の魔物は人間と盟約を結び、共に手を取りあってその事態に対抗しようとしている。
ニーナが恩義と親愛を感じている人間が間に入ってのことで、その経緯に問題があったわけではない。
ただ、魔物が、人の力を借りる必要が一体どこにあるのかと、思わなかったと言えば嘘になる。
自分達でもなんとかできたのではないか、とどこかでそう思っていたのだ。
さきほどまでは。
しかし、見せられた力は、そんな疑問など簡単に吹き飛ばした。
――これが人の持てる力なのか?
率直にそう思ってしまったくらいだ。
そして、これなら確かに、古代竜すらをも倒しきることが出来てしまうのだろうとも。
はっきり言って、危険な力である。
この力が魔物に向けて振るわれ続ければ、いつか全て狩り尽くされてしまうのではないかと思ってしまうほどだ。
けれど、横を見れば、魔力集束砲を放った後、へたり込むように地面に座り込むルルがこちらを見て笑っていた。
「……シュゾン。後は頼んだぞ」
掛け値なしの信頼があるかのような瞳で、こちらを見て、彼はそう言った。
たった一言の言葉であったが、シュゾンはそこに何かを感じた。
自然と従いたくなるような、不思議な力を。
この人物の言葉に従えば、気分良く戦える。
そんな気がした。
だからシュゾンは頷く。
複雑な思いを先ほどまで持っていた相手だが、それでも頷くことに嫌な気持ちは無かった。
「任せておくといい。あなたはそこで休んでいろ」
魔物姿で喋ることが出来るのは、シュゾンの特技である。
ルルはそれに驚いたように目を見開き、シュゾンはそんな風に彼を驚かせられたことに少し嬉しくなりながら、次の瞬間、風のようにかけていった。




