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第204話 強奪

 驚いたことにその赤い光は、人化したままとは言え、本気を出したバルバラよりも速かった。

 森の中で、出来る限り植物や動物に被害を及ぼさないように注意している部分もあったが、それでも古代竜エンシェント・ドラゴンたるバルバラから悠々と逃げ去っていくのは簡単に出来ることではない。


 しかし、そこはバルバラにも意地があった。

 古代竜エンシェント・ドラゴンの矜持にかけてもこの追いかけっこで敗北するわけにはいかない。

 なにより、あの赤い光はバルバラの欲する“幻の果実”を目の前で奪い去った憎き敵である。

 何が何でも捕まえて、果実を奪い取らなければ気が済まなかった。


 そうしてどれくらい追いかけただろう。

 赤い光を追って、バルバラが辿り着いた場所は、森の中にぽっかりと開いた竪穴であった。

 直径はかなり大きく、100メートル近い。

 しかも、その下を覗いてみれば、燃え盛る火炎と、ドロドロと流れる溶岩が見えた。


 しかし、赤い光はそんな炎を全く恐れることなく飛び込んでいくのだ。

 ぽちゃん、と溶岩の中に消えていった赤い光を見て、バルバラは呟く。


「……幻の、果実……が……」


 あれだけの高温の場所である。

 いくらなんでも燃やされて灰になってしまっているだろうことは、もはや間違いない。

 これで、バルバラが幻の果実を手に入れる方法は、他の木を探すしかなくなったわけだが、それにしてもこれだけ追いかけたのだ。

 あの光に、一矢報いてやらなければ気が済まないと言うのが正直なところだった。


 幸い、と言うべきか。

 人にとっては触れるどころか近づくだけで焼けてしまうような高温のマグマも、古代竜エンシェント・ドラゴンであるバルバラにとっては熱いプールのようなものに過ぎない。

 大きく開いた縦穴を眺めて、それからバルバラは迷わずに足を踏み切ってマグマの中に突っ込んでいく。


 すると、ぼちゃり、とマグマに入ることになったのだが……。


「……? マグマにしては、ぬるいですね……」


 触れている感覚は、どろどろに溶けた溶岩、と言うよりは、南国の川を流れている水の温度と似通ったもので、これならば人が入っても問題なく泳げそうな感じがした。

 実際、改めて自分の飛び込んだところを観察してみれば、上から眺めた時とは違って、非常に高い透明度を持つ水を称える湖に変わっている。

 上を見上げてみれば、先ほどまでバルバラが立っていた場所が見え、どこかに転移したとか、そういうことはないようであり、むしろ先ほどバルバラが見ていた光景こそが間違いだったという事が分かる。


「……なるほど、眩惑ですか……」


 納得して頷いたバルバラ。

 そしてその事実に、未だ“幻の果実”が健在であろうことに確信を抱き、微笑む。


「待っててください……私が、食べてあげますからね……!!」


 そう言いながら、バルバラはその湖――地底湖の中に潜った。

 周りを見る限り、どこかに岸のようなものは見えず、けれどその地底湖は奥の方に続いているのが見えたからだ。

 おそらく、ここは鍾乳洞なのだろうと思われた。

 地底湖の透明度の高さや、周りに槍のように生え、またぶら下がっている鍾乳石の数々でそれが察せられた。

 先ほどの赤い光が、なぜこんなところにやってきたのか、それは分からないが、奥に向かったのは間違いない。


 バルバラは改めて、追いかけっこを始めたのだった。


 ◆◇◆◇◆


「ここは……何でしょう?」


 ずぶ濡れになったバルバラが首を傾げて辺りを見回してみると、そこはいくつもの鍾乳石が生え、また長い年月を経て削られ、丸みを帯びた石灰岩の数々が不思議な光景を作り出していたのだが、驚いたのは何もそれに対してではない。

 バルバラが不思議に思ったのは、そう言った自然の作った造形美の数々ではなく、むしろそんな中に、不自然にでん、と存在している完全なる人工物の存在の方だった。


 地底湖を泳ぎ、進んでいった結果、バルバラは鍾乳洞の奥深くへとたどり着いたのだが、そこには大きく開けた空間が存在していて、広さ、高さ共にそれこそ、バルバラが本来の姿に戻ったとしてもまだ余裕がありそうなほど広い場所であった。

 けれど、そんな空間を先んじて占有している物体がそこにはあり、それこそがバルバラが見つめて首を傾げているものである。


 それは、奇妙な形状をした建物だった。

 几帳面なほど整った四角錐をしており、一部に入口と思しき穴が見える。

 表面はすべすべとした、金属とも木材ともつかない材質でできていて、ただ、非常に滑らかにまっすぐとしている。

 こんなものが自然に出来るはずがなく、明らかに何か目的があって建てられた人工物であろうことは一目瞭然であった。


 ただ、一体誰が、何の目的で建てたのかは、千年に近いバルバラの蓄積された知識からも導き出すことは全くできない。


「……入ってみれば、分かる事でしょうか……」


 そうぶつぶつ言いながら、バルバラはその建物に近づいた。

 近づいてみれば、まずその建物の大きさが分かる。

 かなり大きい。

 それこそ、バルバラの元の姿よりも大きいかもしれない、と思ってしまうくらいには。

 さらに、入口の穴なのだが、何か透明な膜で覆われていて、触れると少し痺れる感じがした。

 高度な耐久力を有するバルバラをもって、少し、痺れるのだ。

 普通の人間がそれに触れれば、昏倒は免れず、悪ければ死ぬ可能性すらある。


 おそらくは、何らかの警備装置の類なのだろうが、今回ばかりは相手が悪かった。

 古代竜エンシェント・ドラゴンに生半可な攻撃は効かないのである。

 幸い、空間自体が遮断されているという訳ではなく、痺れる衝撃に耐えれば内部に侵入することは可能のようだった。

 それくらいに体が丈夫な者以外は通さないと言う意思なのか、それともそれ以外の理由があるのかは分からなかったが、バルバラは進んでいく。


 ◆◇◆◇◆


 建物内部もまた、非常に変わっていたと言っていい。

 床も壁も、すべすべとした材質でできており、非常に歩きやすかった。

 ただ、そこかしこに金属製の部品や配線が覗くことから、ある意味で居心地は悪かった。

 入り口でのこともあるし、何らかの罠が張り巡らされているのではないか、という疑いがぬぐいきれないからだ。

 自分の実力にある程度の自信があるとは言え、それでも絶対はないことをバルバラは知っている。

 母に戦って勝て、と言われても無理だと言うことになるだろうし、同じような存在が世界に何人かいることも分かっているのだから。


 この建物を作ったのがそういう存在ではないと断言することが出来ない以上、注意してしかるべきだった。


 たまに、壁に絵がかけられていたりするので、それを眺めたりもした。

 題材は何なのかよく分からないものが多かったが、大体が何かと戦っている人の姿だった。

 人同士が争っているものもあったし、光り輝く女性と闇を纏った男性との戦いを描いているものもあった。

 それらに統一性を見出すなら、おそらくは過去の、古代魔族と人族ヒューマンとの争いが適切だろうが、それにしてはおかしい、と感じる絵画も複数あったのでバルバラは頭を悩ませる。

 ただ、少しだけ考えた後、バルバラは宙をぼうっと見るような目をして、


「……そんなことより幻の果実でした。あの赤い光はおそらくこの中に入ったはずですが……」


 と言って先を急ぎ始める。

 そのころには絵画の記憶など遠ざかっている。


 この建物があった空間であるが、見る限りそこが行き止まりのようで、さらに先ほどの赤い光の気配はどこにも感じられなかった。

 と、いう事は、あの赤い光はこの建物の内部に入った、と見るのが一番適切であろう。

 何もバルバラは不思議な建物に興味を引かれてここに入ったわけではないのである。

 何よりも大事なのは、幻の果実であり、その味を確かめることにこそあった。


 そうして、かつり、かつりと道を進んでいくと、大きな扉の前に辿り着く。

 巨大な両開きの扉だった。

 しかし、バルバラがそれに触れて開けようとしてもびくともしない。


 古代竜エンシェント・ドラゴンであるバルバラが力を込めても、開かないのだ。


「そんな……」


 目を見開くバルバラ。

 しかし、こんなところで諦めるほど、バルバラの食べ物に対する欲求は弱くないのである。

 巨大な扉を見つめながら、その琥珀色の瞳を爛々と輝かせ始めたバルバラは、その身体に宿る魔力を放出させ、拳へと集約させ始める。

 明らかに、暴力でもって扉を破壊する気だった。


 しかし、である。


『……魔……の波……力確認……検索…………二……と一致……権限……第10位……大……の錠ロックを解除……すか?』


 という声が突然その場に響いた。

 バルバラは慌てて上の方を見上げて叫ぶ。


「な、だだ誰ですか!? 誰かいるのですか!?」


 しかし、バルバラのそんな声に返事は無い。

 ただ、そのどうも抑揚に欠ける声は、


『……解除……か?』


 とだけ聞いてくる。

 流石のバルバラでも、それが何を聞いているか理解できないほど察しは悪くない。

 おそらくは扉を開けるかと尋ねているのだと分かった。


「……開けてもらえるのなら、開けてほしいのですが……」


 と遠慮がちに言ってみれば、


『……了解………』


 と言う言葉と共に、目の前の大扉に赤い光が走って、左右に開いていく。

 非常に重そうな扉だが、開くときは非常に静かであった。

 ゆっくりと開く扉。

 その向こうに何があるのか。


 それは分からない。

 ただ、ここまでの道はほとんど一直線であり、しかも途中あった分かれ道やら扉やらは全て開けて中を確かめてきたのだ。

 あの赤い光がいるとしたら、この先をおいて他にないと言い切れる。


「……幻の……果物……」


 重く唸るようにそう言って、バルバラは足を踏み出したのだった。


 ◆◇◆◇◆


 ――しゃくしゃくしゃく。


 バルバラが中に入ると同時に、そんな音が響いた。

 何かを誰かが咀嚼する音である。


 その部屋は広く、大まかに言うなら半球状の形をしていた。

 そして、その中心に何か台のようなものが二つ置いてあり、その一つは半透明のカプセルで覆われていたが、もう片方には行儀悪く腰掛ける男が一人いた。


 あれは、誰だ。

 何者だ。


 即座にそう思って警戒するバルバラであるが、そんなバルバラの目が捉えたのは驚くべきものだった。

 その、台の上に腰かける男。

 その周りを先ほど見た赤い光がくるくると機嫌よさそうな雰囲気で飛び回っており、また、その男は手に何かをもって、それをしきりに口に運んでいるのだ。

 そして、その部屋に広がる甘い香り……。


「わ、私の……私の果物が……っ!」


 頬を押さえながら、悲鳴のようにそう叫んだバルバラに、男は気づいて顔を向けた。

 その手には、幻の果物の最後の一片を掴んでおり、バルバラを観察しながら、男はその一片を口に放り投げた。


 しゃく、しゃく、しゃく。


 そんな音がし、最後に、ごくり、と喉が嚥下したところまで見て、バルバラは崩れ落ちた。

 その頬には一筋の涙が伝っている。


「う……ううっ……せっかく、せっかく追いかけてきましたのに……あんまりです……」


 もはや、立ち上がる気力も失せたのか、膝をついたまま下を見つめて泣き続けるバルバラ。

 そんなバルバラに、影がかかった。

 ふと顔をあげると、そこには台に腰かけていた男が立っている。


 赤髪の精悍な男だった。

 ただ、瞳に宿っている光は、その年齢には似合わない、深く老成した色である。

 ただの人ではない、と一目で分かるその輝きに、バルバラは首を傾げる。

 男は言った。


「……いや、なんだかよくわかんねぇけど、泣くなよ、姉ちゃん。何があったか知らねぇけど、生きてりゃいいこともあるってもんだぜ?」


 と。

 誰が原因だ、と叫びたくなったバルバラであったが、なぜか、そうはしなかった。

 妙にしみじみとした様子で語るその男の雰囲気に、バルバラは不思議と落ち着くものを感じたからだ。


「……いいこと……さきほど、貴方の食べていた果実を今すぐに手に入れられるなら、その言葉にも頷けますが……どこを探してもあれしか見つからなかったのです! それをあなたが!」


 とは言え、何も言わないと言うわけにはいかなかった。

 せっかく見つけたそれを、目の前でみすみす奪われたのである。

 恨み言の一つくらい言わずにはいられなかった。


 男は、バルバラの言葉に、なぜバルバラが泣いていたのかを察したようで、奇妙な顔をして言う。


「えぇ……? まさかそれだけで泣いてたのか? 果物食べれなかったから? おいおい、どんな奴だよ……」


 と呆れたように。

 しかし、男は続けた。


「はぁ。分かったよ。分かった。おい、ちょっとさっきの奴もう一個探してきてくれ。俺は寝起きだからな。どこにあるのかわかんねぇけど、お前は分かってるだろ?」


 赤い光に向かって男がそう告げると、くるくると回って建物の外に向かってそれは飛んでいく。

 それから男は、


「ちょっと待ってろよ、姉ちゃん。いま、採って来させるからな。それまでは……俺の話し相手にでもなってくれよ」


 そう言って笑いかけたのだった。

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