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第202話 見覚え

 夕闇が迫る中、バルバラたちを最後に案内したのは、教会だった。

 フィナルの教会。

 それはルルとイリスにとって、何とも言えない思い出のある場所である。


 石造りの頑丈そうな建物に、質素な什器が設えられている。

 ステンドグラスの色彩だけがその場で唯一といってもいい明るい色で……。


 いや、もう一つあったか。

 ステンドグラスの前に設置してある極彩色に色づけされた石像。

 何度見ても懐かしい友の姿だ。


「……バッカス」


 王都にも同じ宗教の教会があったはずなので、そこに行けば同じものがあっただろうが、ルルはそこに足を向けたことは無かった。

 なぜなのかと聞かれれば答えようがないのだが、強いて言うならどの都市の教会に行ってもこの像が飾られていることを実際に目にしてしまったら、吹き出してしまうかもしれないと言うのが理由だろうか。


「ここは人の宗教施設ですね。人は様々なものを祈り、信じると聞きますが……ここではこの方が信仰されているということでしょうか」


 バルバラがバッカスの像を見上げて言った。

 その言葉に、イリスが答える。


「以前、この教会の神官の方に聞いたところによると、聖者の一人、ということのようですから、信仰の対象の一人、ということでしょうね……」


 事実を淡々と語るようでいながら、その表情に宿っている感情は呆れともつかない諦めの感情のようである。

 自分の父が正確な理由も分からずこのように祭られているのを見れば、それはそんな表情にもなるだろうというものだ。


「なるほど……そうなのですね」


 バルバラは頷き、それから改めて像を見る。

 そして、ふと首を傾げて、


「……? 何か、見覚えがあるような方の気が……」


 などと言い始めるので、イリスが言った。


「そんな馬鹿な……この方は聞くところによれば、千年では利かないほど昔の方だということですよ。いかにバルバラさんが長生きされているとは言え、会ったことがあるはずはありませんわ」


「うーん……そうなのですね……しかし、どこかで見たような気がするのです……」


 首を傾げ続けるバルバラ。


 しかし、イリスの言葉は、まさにその時代に生きていた者の言葉なのである。

 実際は数千年昔の男なのだから、バルバラが古代竜エンシェント・ドラゴンであっても会えるはずがない。

 それが正しいはずなのだ。

 普通なら。


 けれど、例外と呼ぶべき事象を、ルルもイリスもゾエも、二つばかり知っていた。

 一つが、ルルの身に起こったこと。

 時を超えた転生である。

 そしてもう一つはイリスとゾエが自身の身をもって体験したこと。

 長期睡眠による時の超え方だ。


 ルルとイリス、それにゾエはそれを理解して、顔を見合わせる。

 もしかしたら、バッカスはこの時代にいるのではないか。

 そんな気がしてきたからだ。

 そして、仮にそうだとすれば、彼こそは何かを知っているのではないだろうか。

 少なくとも、この教会の神官であるモルガンが語っていたことに寄れば、バッカスは“世界を救った”ところまでは少なくとも生きていたらしいのだから。

 かつて魔王ルルスリア=ノルドが討伐されたことをもって、世界が救われたのだ、という話ではあったが、過去を知っているルルとイリスにとって、それは正しくはないことは分かっている。

 その時点では何も救われていなかったし、むしろ混乱が混乱を呼んで世界が二分され、荒廃を始めただけだったことをイリスとゾエが語ったからだ。

 それからしばらく続いただろう戦争、その終結、もしくは何らかの形で和解するなどしたことこそが、世界の救済、ということなのではないだろうか。

 ルルとイリス、それにゾエは過去の記憶の断片から、そんな予想をしていた。


 そして、バッカスが世界を救った者として祭られているというのなら、その瞬間までは生きていて、記憶も保っていたという事になる。

 転生でも長期睡眠でも構わないが、この時代にいるとすれば、彼は今ここにいる三人の魔族よりもずっと深く色々なことを知っていると考えても間違いではないはずだ。


 彼を、探す必要がある。

 この時代にいる可能性が、少しでもあるなら。

 

 そう思った三人は、バルバラから何か聞けないかと尋ねることにした。


「もしかしたら、似た人を見たという事はあるかもしれませんけれど。ちなみにですが、どこで見たか記憶は?」


 イリスがバルバラにそう尋ねれば、彼女は言った。


「そうですね……私が今は湖底都市の近くに根城があることはお話したと思いますが、そこからしばらく西に行くと魔導帝国クリサンセという人族ヒューマンの国があるのですが、ご存知ですか?」


 それは、過去存在しなかったが、現代になっていつの間にか出来上がっていた多くの国々のうちの一つである。

 魔法技術について非常に高いレベルで研究がなされており、特に魔法具に関してはほとんど魔導機械と言ってもいい程度に強力なものを多く製造していると言われる。

 実際にどうなのかはレナードからは距離があるし、また、クリサンセの魔法具はレナードにも入ってくるが、魔導機械とまで呼べるものは見たことがないこともあり、おそらくは見栄で流してる噂とかそういう類のものではないかとルルは考えている。

 “魔導”帝国、と言う国名自体にも自らの魔法技術について強い虚栄心が感じられるような気がしないでもないが、そこまで言い始めると流石に難癖になってくるかもしれない。


 とにかく、国名自体は知っているので、ルルたちは頷いた。


「理由があって、そのクリサンセに入り込んだことがありまして……そのときのことです」


 そう言ってバルバラは語り出した。


 ◆◇◆◇◆


 理由、とルルたちに言ったが、実際はそれほど大したことではないと言われるだろう。

 バルバラがクリサンセにわざわざ足を向けた理由は、その東に位置する森の中に非常に美味な果実があると聞いたからだった。

 バルバラが根城としているのは湖底都市自体、というよりかは湖底都市を囲うようにして存在している山々であり、湖底都市自体はまた別の魔物が主として君臨している。

 その魔物がバルバラの目から見ても非常に物知りであり、バルバラとは異なって各地の人々の実情について詳しいのである。

 そんな魔物とはたまにお茶を飲む間柄なのである。

 もちろん、茶を入れるのはバルバラではなく、その魔物だった。

 茶器の類もどこからか仕入れているようで、人がするように住処を整えてバルバラを歓待してくれるのだが、よく雑談する中でたまに議論になることもあった。

 たとえばそれは、歴史上起こった事件に対する解釈だったり、魔術の構成に関する考察だったりした。

 そんな中で、お互いの知らないことについて情報を交換することもあったのだが、バルバラがその魔物の話の中で最も気に入っている話は、主に各地の食べ物についての話だった。

 聞いていると分かることだが、その魔物は人と、自らが魔物であることを明かさずに交流している節があり、人の街にもよく行くようで、そう言った話に詳しいのだ。

 バルバラもそういう話を聞いていると、人の街に行ってみたいなぁと思わないでもなかったのだが、いきなり古代竜エンシェント・ドラゴンにやってこられては人も迷惑だろうと思って自重していた。

 人化すればもしかしたら問題ないのかもしれないが、身分証というものが人には必要らしいし、お互いの領分を出来るだけ侵さないと言うのはお互いがうまくやっていくための礼儀だろうとも思っていた。

 たまに冒険者がやってきて、それを倒し、魔力なりなんなりを食べる。

 それくらいの関わり合いでやっていくべきだろう、と。


 そんなバルバラに対し、その魔物は別にそんなに真面目に考えなくてもいい、人の街に一度行ってみろとしきりに勧めたのだが、どうにもふんぎりがつかずに行かずに長い時を過ごしてしまった。

 そんなバルバラを気の毒に思ってか、その魔物はバルバラを自らのねぐらに呼んで、お茶を出すと、よくお菓子も一緒に提供してくれた。

 人の領域で仕入れてきたものだ、とか自分が作った、とか色々説明してくれたが、どれもおいしかったのを覚えている。


 その魔物が、ある日ふと、言ったのだ。

 そのとき、テーブルの上にいくつもお皿が並べてあり、その上には様々な果物が並んでいた。

 しゃりしゃりとリンゴを口にして幸福そうな顔をしているバルバラに、その魔物は言う。


「……そんなにうまいなら自分で買って来ればよいだろうに……。人はそれほど怖くは無いぞ?」


 真黒なローブに包まれて暗いオーラを放っているその魔物は、眼光が光り輝いて見るからに恐ろしい様子である。

 ただ、バルバラはその魔物が見た目ほど恐ろしくも無く、また性質は穏やかである事を良く知っているので特に見た目で恐れる、ということはない。

 バルバラは言う。


「べべ、別に怖がってないですよ! ただ、私は……人を怖がらせたり、混乱に陥れたりするのは避けたいというだけで……」


「どもっているぞ、バルバラよ……まぁ、良い。ところで、今日の茶菓子は果物三昧にしてみたのだが、どうだ?」


「ええ、とても気に入りました。湖底都市周辺の森にはあまり果物はりませんから……。こうやって色々な果物を口に出来る機会は少ないので、新鮮です」


 その言葉は、掛け値なしの本気である。

 テーブルの上に並んでいる果物は、南から北まで、ありとあらゆるところにる果物を集めてきたと言っても過言ではないほどだからだ。

 これを集めるのは、いかに強力な魔物であると言っても難しいだろう。

 いや、むしろ魔物であるからこそ、人のように流通に頼れないため、自ら取りに行くことが必要になる。

 目の前の魔物は、その意味では少々例外で、人の流通に頼って集めてきたのだろうが、普通の魔物には出来ないことである。

 少なくとも、バルバラには逆立ちしても出来ないことで、だからこそありがたかった。

 バルバラの言葉に、その魔物は、


「おぉ、それならよかった。いや……しかし、本来ならここにもう一品、並んでいるはずだったのだが、結局集められたのはこれだけでな。少し口惜しい気もするよ」


 そんな風に答えた。

 これだけ集めて、まだ満足できなかったらしい。

 いや、言い方からして、もともとの目標が達成できなかった、という感じだろうか。

 その本来ならんでいるもの、と言うのがどういうものだったのか気になって、バルバラは尋ねた。


「もう一品と言いましたが、それも果物なのですか?」


「そうだ。西に……人族ヒューマンの国家、魔導帝国クリサンセがあるだろう。あの国の東部に熱病密林リハラトカ・ゾウンクラと呼ばれる人にとっては非常に居心地の悪い森があるのだが、その森の奥に、そこ以外では決して育たないと言われる幻の果実があるのだ。それを仕入れるつもりだったのだが、懇意にしている商人が期日ギリギリになって、無理だったと言ったものだから……ここにはないのだよ。まぁ、もともと、無理かもしれないと言われてはいたから仕方ないと言えば仕方ないのだが……」


 残念そうに言うその魔物。

 バルバラは気になって尋ねる。


「その幻の果実、とやらはやはり美味しいのでしょうか?」


 バルバラの質問に、その魔物は頷き、


「それはな。私も一度だけ食べたことがあるのだが、蕩けるような甘みと、かじった瞬間に鼻に広がっていくふわりとした香りが何とも言えない、確かにこれは幻と言われても求めたくなると頷かせるような逸品だったぞ。ただ……やはり熱病密林リハラトカ・ゾウンクラという場所が場所だけに、人族ヒューマンが採りに行くのは中々厳しいようでな。伝染病やら寄生虫やらが恐ろしいほど跋扈しているようで、入り込んで無事に帰ってくるのは難しいらしい。奴隷を行かせるとか、余程自信のある冒険者が気が向いた時にいくとか、せいぜいがそれくらいらしくてな。計画的に手に入れるのは不可能なようなのだ」


「だったら……私たちは魔物なのですから、直接行けば、手に入るのではありませんか?」


 ふと思いついたバルバラのこの台詞に、その魔物は言う。


「確かにそれはその通りなのだが……考えても見るがいい。私には湖底都市を守る役割がある。近くの街に出向いて少々遊んでくるくらいならともかくだ。西方の国まで出向くのは流石に遠出過ぎてな。心配で行けんのだ……ふむ。そう言えば、お前には翼があったな。丁度良く、お前の根城を代わりに守っててやる友人もここにいる。となると……行ってくるか? バルバラよ」


 魔物はそう言って、笑いかけてきた。

 前々から思っていたことだが、どうもこの魔物は、バルバラのことを見抜いている節がある。

 食べ物に目がない、ということは表に出さないように気をつけてきたのだが、いつの間にか気づかれてしまっていた。

 今回も、バルバラがその幻の果実を食べたい、ということはバレバレのようである。

 ここで首を横に振ることに見栄以外の意味はないだろうと考えたバルバラは、その魔物の気遣いをありがたく受け取ることにし、熱病森林リハラトカ・ゾウンクラに行くことにしたのだった。

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