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第2話 当面の課題

 赤ん坊に出来ることは少ない。

 母から食事をもらい、本能に従って眠り、排泄を行う。

 せいぜいそれくらいだ。

 ただ、ルルには赤ん坊には本来存在しない、高度な思考能力があった。


 だから、ものを考え、聞き耳を立てて情報を整理することくらいは出来るのだ。

 魔王としての記憶をはっきり認識してから、日々、家にいる人々の話に聞き耳を立てることで、色々な事実が明らかになっていった。


 一番詳しくなったのは、当たり前だが、ルル自身と、その家についてのことだった。


 母や使用人たちの話によれば、ルルの家の家名はカディスノーラ、というらしい。

 つまり、ルルの本名は、ルル=カディスノーラだということだ。

 母の名前は、メディア=カディスノーラ、父の名前は、パトリック=カディスノーラであるらしい。

 おそらくは、ルルが生まれた直後とか、落ち着いてしばらくした辺りですでに名乗ってくれてはいたのだろうが、残念ながらルルには生まれた直後の、そしてそれから魔王としての記憶を認識するまでの間の記憶はなかったから、最近、使用人と母の会話などから聞き取ってその答えにやっとたどり着いたのだった。

 もちろん、家名や両親の名前だけではルルの知識欲は満たせない。

 今のルルには知りたいことがたくさんあるのだ。

 だから、本当なら、もっと様々なことについて詳しく説明を聞きたいと思っていた。

 そのため、母なり使用人なりに直接話を聞く、というのも考えてみたのだが、今はまだ、ルルは言葉を話せるような時期ではないので、いきなり話し出すのもおかしいだろう。

 だから今のところは特に話しかけたりせず、お腹が減ったり、排泄したくなったりしたときに、泣いたり叫んだりするくらいで、明確な言葉を発してはいない。

 それでも母や使用人はたくさんルルに話しかけてくれるので、それほど不自由は感じていないし、急がなければならないような事情もないので問題もないのだが。


 ただ、赤ん坊の生活というのはルルにとって暇でしかなかった。

 食べて、寝て。

 ただそれだけの日々は、魔王として事務仕事に、戦いにと忙しく働いていた記憶と比べれば、今すぐにでも呆けかねないほどに、暇で暇でしょうがない生活だったのだ。


 だからルルは、意識が芽生えてから、ある程度の情報が集まって数日の後、暇つぶしが何か出来ないか、考え始めた。

 そしてそのために、これから自分がどうやって生きていくのかを考えなければならないとも思った。


 ルルは、ひょんなことから、人族ヒューマンに生まれ変わった。

 これから自分がどんな人生を送るのか、それは分からなかったが、何もしないで人生が終わっていく、というのはあまりにもつまらない。

 だから、何かしらの目標が欲しかった。

 それに、何か目標がなければ、結局何も出来ないまま、前世と同じように、何も生み出せずに死んでいくような、そんな気もしたのだ。

 そして、そんなのはいやだった。

 死んでも直らない馬鹿になるのは願い下げだった。


 ルルはかつて、魔王だった。

 今は、人間である。


 そんな自分が一体、これからどうやって生きていくのか、なにをしていくのか。

 それは深遠な問いであり、また喫緊の課題でもあった。

 だからこそ真剣に、数日にわたってルルは真剣にそのことについて思考を巡らせた。


 いったい何日間、そんなことを考えていたのか。

 赤ん坊の身で感じる微妙な時間感覚ではあまりはっきりと認識できなかったのだが、しかしルルはその何日かで、一応の答えへと達したのだった。


 それは、好きなように生きよう、というある意味で短絡的であり、ある意味で非常に自由な答えだった。


 それは目標と言えるのか。

 ただの行き当たりばったりではないか。


 そういう者もいるだろう。

 しかし、よく考えてみれば、決してそんなことはないのだということが分かろうというものである。


 前世、ルルは魔王だった。

 幼少の頃から、なまじ強大な魔力と身体能力に恵まれていたため、小さな頃から期待され、その人生はほとんど決まっていたようなものだった。

 当然、自分の望むように、自由に生きる、というわけにはいかなかったのをルルは覚えている。

 そして、そのことに少しばかりの窮屈さと、期待に応えなければならないと言う責任感を感じていた記憶がある。


 魔族で誰よりも強かったから、種族を率いることは義務であり、責任でもあった。

 だから魔王という立場が殊更にいやだったというわけではない。

 けれど、責任ある立場だったからこそ、できない選択があったことも事実だった。


 人族ヒューマンと手を取り合おうと努力することは、その出来ない選択肢のうちの一つだった。

 だからルルは、心を塗りつぶして、復讐と戦争の化身として、戦った。

 あのころのルルには、それしか許されていなかったから。

 それしか、出来なかったからだ。


 けれど、今は違うのだ。

 ルルは今回、人族ヒューマンの下級貴族の家の子供であり、しかもその両親はどうやら自分に跡を継いでほしいとかそんなことは全く考えていないらしいことが発言の端々に感じられた。

 つまりそれは、好きに生きてかまわないということだ。


 だったら、前世出来なかった自由気ままな生活、というものをしてみたいと、ふと思った。

 そして思いついてみれば、それは非常に面白く、すばらしい思いつきのように感じられた。


 確かに、目標と言うには、漠然としすぎている。

 そう感じられる。

 けれどそれでも。


 好きに生きる。

 

 それはなんて面白そうな響きなのだろうと、そう思ったのだ。

 そして、ルルはその思いつきを思いつきのままにはしておかずに、本気で検討しはじめた。


 この世界で、自由に、好きに生きる。


 必ず、絶対に、そうしようと。


 そして、そのため必要なものは、おそらくは実力であろうとルルは考えた。


 ルルは前世の中で、世界は何の力も持たずに生きていけるほど優しくないと言うことを、いやと言うほどに知った。

 なにも力を持たない者は、傷つけられ、踏みにじられ、そして殺されるしかないのだ。


 魔族は、強大な力を持っていた。

 けれど、そんな強い力を持つ魔族であっても、数の暴力で人族ヒューマンに蹂躙されたことも少なくない。

 魔王とて、勇者と、その仲間たちの総勢四人に滅ぼされた。

 全て、力がなかったからだ。

 だからそんなことになった。

 

 だから今度こそ、自らの力の足りないことに、泣きたくはない。

 降りかかってくる火の粉を遮るくらいの力は、どうしても手にしておきたかった。


 しかしながら、ルルは今、赤ん坊の身である。

 そう簡単に体を鍛える、という訳にはいかなかった。

 出来るとしても、それはもう少し体が成長してからのことだろう。


 ではどうするか、ということでまず始めに考えたのが、魔力や魔法の習熟、というものであった。


 魔力、魔法、魔術。

 そう言われるものを扱う者を、前世においては、魔法使いや魔術師、魔導師と呼んでいた。

 その区別は、魔法使いが個人で魔法を発動させることの出来る者のことであり、魔術師が、魔法理論について一定以上の教養を持ち、実戦に活用可能な魔術を使用することの出来る者のことであり、魔導師が魔術師を超える、魔法のスペシャリストのことであった。


 ルルはかつて、世界最高の魔族であり、そして世界最高の魔導師でもある存在だった。

 個人で放つ魔法は強力無比であり、魔法的現象に対する理解は他の追随を許さないほど深かった。

 勇者と共にいた大魔導師もまた、強力な魔法使いであり、深い知恵を持つ魔術師でもあったから、その意味では魔王とよく似ている存在ではあったが、実力にはかなりの差があった。

 魔王が一人で勇者たち四人を相手できるほどの力を持っていたのに対して、大魔導師が一人で出来ることは、高位魔族一人を相手にするのが限界だった。

 勇者であれば、魔王とある程度の時間、互角に打ち合うことくらいは出来ただろうが、それもせいぜい数分、数十分が限界だった。

 勇者をしてすら、短期決戦を狙わなければ魔王に勝つことは出来なかったのだ。


 その理由は、魔王の持つ魔力が余りにも強大だったからだ。

 素での身体能力もさることながら、無限とも思える魔力量は、身体強化魔術の使用時間に限界を与えなかったのだ。

 勇者が魂を削り、神や精霊の加護を得て、多くの魔道具を使用し、やっとたどり着ける領域に、魔王は個人的才能のみで到達していたのだ。


 今回も、同じところまで到達することができるだろうか。

 そう考えたルルは、自分の部屋に母や他の使用人が誰もいない時間を狙って、自らの体に宿る魔力の把握につとめることから始めた。


 今回、ルルは人族ヒューマンに生まれた。

 つまりその体は人族ヒューマンのものであり、そうである以上、その生まれ持つ魔力量には限界がある。

 魔族が強力だったのは、魔族に生まれついた時点で、すでに他の種族の追随を許さない、強大な魔力量を持つからで、ルルが現在、人族ヒューマンである以上は、そこまで期待することは出来ないと考えるべきだった。


 けれど。


「……?」


 ルルは自分に宿る魔力を動かしてみて、初めて気づく。

 それがあまりにも不自然な魔力量であるということに。

 ある意味では極めて自然なのだが、人族ヒューマンとしてはそれは明らかにおかしかった。


 つまり、人族ヒューマンであるはずのルルの体には、魔王だった頃と同じだけの魔力が宿っていたのだ。

 無限とも思えるような魔力の泉が、自分の体にあることをルルは感じていた。

 くみ出してもくみ出しても、一向に尽きることのない魔力。

 それはルルにとって極めて都合のいい事態ではあったが、同時においそれと魔法を放つことが出来ないことを意味する。

 気軽に使った魔法の制御に失敗すれば、一帯を焦土にすることもたやすいほどの魔力量だからだ。


 そして他にも問題があることに気づく。

 確かに、その魔力量には馴染みがあった。

 魔王であったときと同じだけの魔力量。

 だから、使い心地も一緒だろうと、そう思った。

 けれど、体に魔力を流す感覚には、かつて魔王であった頃とは大きな隔たりがあった。


 体に極めて魔力が流れにくいのだ。

 ただ大きな魔力の泉が自分の体の奥底で脈打っていることだけがわかり、それを身体強化に使用するため、体に流そうとすると、まるで限界いっぱいまで詰め込んだ容器にさらにものを詰め込んでいるような感覚がするのだ。


 たぶんだが、この体の容量を超える魔力を流そうとしているからなのだろう、とルルは思った。

 魔族の体と、人族ヒューマンの体の違いと言うべきか。


 ただ、人族ヒューマンとは言え、勇者のように大量の魔力を体に流せる者もいるのだから、それがこの体では出来ないと言うわけではないだろう。

 やり方が違うか、体が出来上がっていないからかもしれない。

 そのあたりは、これから要研究である。


 これからはそういった推測に従って、努力していかなければならない、とルルは思った。


 体にまんべんなく魔力を行き渡らせること、つまり魔力による身体強化が無理なら、放出系はどうだろうか。

 体に多く魔力を流せなくとも、外に魔力を放つことは出来なくはない。

 魔力の源泉が自分の腹辺りにあると感じるところから、そこから体表までは少なくとも魔力を流す必要があるだろうが、体全体にまんべんなく流すこととは異なり、それくらいなら今の体でもやろうと思えば可能である。


 ただ、大きな問題として、これについては、試すことが難しいということがある。

 下手な魔法を選ぶと大きな被害が生じる可能性がある。

 前世、悪の権化とまで言われる魔王だったとは言え、ルルは決して快楽殺人者などではない。

 加えて、自分を生んでくれた母や、世話をしてくれている使用人たちを消滅させたいなどと思うはずがない。


 だから、小規模な魔法から、徐々に慣らしていくしかないだろう。

 成長して行動領域が広がったら、魔王時代に使っていたような大規模魔術も試していきたいが、今は諦めるしかあるまい。


 そう結論して、ルルは自分の魔力をとりあえず体の外に放出する訓練から始めることにする。


 方法や技術については、魔王だった頃にさんざん努力して身につけたものだから、誰に教わらずとも正しい訓練をすることが出来る。

 細かなコツも、感覚的にも理論的にもしっかり把握しているし、魔力の性質それ自体は、魔族であろうが人族ヒューマンであろうが、変わりはない。

 だから、この年齢から訓練が始められるのであれば、かなり効率的に魔力の扱いを身につけることが出来るはずだった。


 試しに魔力を体の外に放出してみようと、静かに目を瞑り、ゆっくりと魔力を腹からくみ出してみた。

 そして外へ、外へと流していく。


 その結果、どうやら問題はなさそうだということが分かった。

 確かにこの体には、かなり魔力が通りにくいがそれでも全く通らないというわけではないようである。

 これから先、もっと魔力が通りやすくなるのかどうかは分からなかったが、それこそ要研究という奴だろう。


 とりあえずは何とかなりそうだ。

 それが分かったことにに安心しながら、ルルは訓練を続けたのだった。

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