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第184話 呆れ

「元凶? 一体何の話だ」


 良く理解できないが、唐突に何かの元凶扱いされたことに首を傾げるルル。

 近くにいた少女も、そのことに納得が行かないのか、女性の方を向いて叫んだ。


「元凶なんかじゃないもん! 攻撃しちゃだめなの!」


 どうやらルルのことを庇ってくれる気らしく、ルルをぎゅっと抱きしめて、女性を睨んでいる。

 しかし、そんな少女の様子がさらに女性は気に入らないらしい。


「……いいえ! 元凶です! 私には分かっていますよ……その少年がいなければ、あなたは……」


 しかし、その言葉に、少女は言った。


「……きっと死んでたの。ううん、そうじゃなくて、もっとずっと酷いことになってたの……」


 と沈鬱な声で言った。

 何の話をしているのかルルにはまったく分からないが、それを聞いた女性は目を見開いて驚く。


「……それは、一体どういうことです!」


 どうやら初耳らしく、詳しく説明するように女性は求めた。

 少女はそれに対して、


「……説明したら、攻撃しないの?」


 と、ルルの方を見てから女性に尋ねた。

 女性はそんな少女の言葉に、眉を顰めて少し考える。

 しばらく悩んでいたようだが、しかし背に腹は代えられない、という様子でため息を吐き、


「分かりました……。その少年にはもう攻撃しないと誓いましょう」


 はっきりとした宣誓であったが、少女にはまだ不満足らしい。

 少女は畳み掛けるように言った。


「……一生?」


 その言葉に、女性はぴくり、と眉を動かす。

 女性としては、“この場では”攻撃しない、というつもりだったようである。

 しかしこうやって念押しされてはどうしようもないらしい。

 先ほどよりさらに深くため息を吐いて、


「……分かりました。一生攻撃しません。ええ、しませんとも。たとえ我が家への不法侵入者であろうとも、あなたがそこまで頼むならば」


 と気になることを言った。

 不法侵入者とはどういうことか。

 ルルの事をそう言っているらしいということは分かるが……。


 しかし女性は説明する気はないらしい。

 すぐに少女に先を促した。


「さぁ、早くお話しなさい。何があったのです? ここから出ていって・・・・・・・・・から」


 そうして、少女は話し出した。


 ◆◇◆◇◆


「あの日、私はいつものみたいに、ここでのんびりしてたの。たまに森の方に行って、みんなと話したりして……何もなく一日が終わるんだって疑ってなかったの。でも……」


「何かあったのですね?」


 女性が少女にそう言った。

 少女は頷いて、


「……黒い服を着た男の子がここに来たの。なんだかすごくギラギラした目をしてて……あぁ、やだなって思ったの。だから……ここから排除しないとって、そう思ったんだけど……」


「まさか、出来なかったと? あなたが?」


 そのことについて、女性は心底驚いた様子で、まるでそんなことはありえない、と言いたげだった。

 年端もいかない少女である。

 たとえ“男の子”と呼ばれるような年齢の者に戦って負けたからと言っておかしいことはないはずだ。

 けれど、ルルは違和感を感じていた。

 一体何の話をしているのか、はっきりとは分からなかったが、どことなく予想が出来始めている。


 少女は話を続けた。


「……確かに、仕留めたと思ったの。でも、口の中でもぞもぞ動いて……気づいたら、何か嫌なものが体の中にあったの。それから、だんだんとものを考えられなくなって……気づいたら、王都の闘技場にいたの」


「嫌なモノ……それは一体?」


「何か……メダルみたいな形の魔法具なの。持っていると、体にくっついて離れなくなって、おかしくなるの。周りのもの全部壊したくなるの」


「そんなものが……我々にまで効果があるとなると、余程高度な技術によって作られたものということになりますが……」


「誰が作ったのかとかはいいの。それよりも、そんな状態になった私を助けてくれたのが、この人なの」


 少女はそう言って、ルルを示した。

 琥珀色の目がルルを見つめている。

 ルルには、こんな少女を助けた記憶など全くないのだが、しかし話の内容からしてどういう意味なのか、もはや明らかである。


 女性は少女の言葉に驚き、


「……どうやって助けたと言うのです? 人族ヒューマンが、暴走した我々を止められるはずが……」


 怪訝そうな女性に、少女はにこやかにほほ笑んで反論した。


「そんなことないの! ルルパパはすっごく強いの! 私、一撃でほとんど気絶しかけちゃったの!」


 と。

 何だルルパパって。

 とか、

 こんな年端もいかない少女を気絶させたとか外聞が悪くないか。

 とか、色々と突っ込みどころがあったが、もはやそんな心当たりは一つしかなく、ルルがいかに勇敢に戦ったのかを女性に語り続けるその少女の仕草や表情に既視感を覚えて、ルルはぼそりと呟いた。


「……まさかとは思ったが……君は、リガドラ、か……?」


 ルルの口から、リガドラ、の言葉が出ると同時に、ぱああと満面の笑みを浮かべた少女は、そのままジャンプしてルルの胸の中に飛び込んでくる。

 それから、胸の中からルルを見上げながら、


「そうなの! 私、リガドラなの!」


 と叫んだ。

 そんな少女の声を聴きながら、ルルはあまりにも適当に名付けたことを悔やんだ。


 ◆◇◆◇◆


「……それで、人間。あなたがその子を助けたというのは事実なのですか?」


 女性が、ルルを見てそう尋ねたので、少し考えてから答える。


「まぁ……成り行き上、そうなったのは間違いないな」


「それが事実だとするなら、あなたは人間ではないですね……我々は人がまともに戦えるような存在ではありません。あなたは一体……」


 と首を傾げている。

 人間ではない、は当たっていると言えば当たっているだろう。

 元魔王だから勝てたのだから。

 しかし、そんな話をしてもこの女性が信じるとは考えにくい。

 ルルに対してかなり悪い印象を持っているようだからだ。

 それがなぜなのかは分からないが。


 そもそも、この女性は一体何者なのだろう。

 ルルを座椅子のようにして膝の上に座っている少女がリガドラなら、この女性もまた、古代竜エンシェント・ドラゴンということになるだろうが……。


 そんなルルの疑問が理解できたのだろう。

 女性が気が進まなそうにではあるが、教えてくれた。


「……私は、バルバラ。そこにいる――ニーナの姉です」


 などと。

 その一言には色々と尋ねたくなる内容が籠められていて、どれを聞けばいいのかルルは一瞬迷う。

 そんな中、リガドラが、バルバラに向かって言った。


「私は今はリガドラなの! ニーナじゃないの!」


 と少し怒り気味に。

 その言葉に対して、バルバラは、


「……何を言っているのです! リガドラ……そんな安易な名前、誇り高き古代竜エンシェント・ドラゴンであるあなたに相応しくありません! 一体誰がつけたのですか!」


 と物凄い剣幕で怒鳴った。

 その声の響き具合は流石に古代竜エンシェント・ドラゴンというべきか。

 人の言葉なのに竜の唸り声に感じるような独特の威圧感が感じられた。


 誰が名付けたって、それは自分が名付けたのだが……まずい、これは知られたらあまりよろしくない事態に陥る感じではないか。


 そう思ったルルが目を泳がせながら黙っていると、リガドラが、


「ルルパパが付けてくれたの! 大事な名前なの! 文句を言うのはいくらおねいちゃんでもゆるさないの!」


 とはっきりと責任者の名前を告げてしまう。

 直後、バルバラの視線が、きっ、とルルに向けられるのを感じたが、気づかないふりをして目を逸らす。

 しかしそれをバルバラは認める気がないらしい。


 つかつかと近づいてきて、頭をがっと掴むと、


「……本当ですか?」


 と聞いてきた。

 ルルは、


「……ええと……何がだ?」


 と一応とぼけてみるが、ダメらしい。

 はっきりとした声で尋ねられる。


「この子に、リガドラ、などというポチだかタマだかと変わらない名前を付けたという事が、です」


 その瞳は縦に線が入っていて、爬虫類感が物凄く出ており、無感情に見えて恐ろしくなったルルは、嘘を言おうと言う気がすっかりと失せて、正直に言った。


「……はい。そうです……」


「なんてこと! そもそも、この子にはニーナと言う名前があるのですよ! それなのになぜ……」


 畳み掛けるように尋ねてくるので、どう答えたものか考えるが、リガドラ――改めニーナがルルを弁護してくれた。


「私が付けてほしかったんだもん! それに喋れなかったから……」


 そこで、そう言えばなぜ彼女たちが人の姿をしているのか不思議に思った。

 古代竜エンシェント・ドラゴンにこんなことが可能だとは、魔王だった時代を含めて聞いたことが無い。

 賢い、とは言っても人の言葉を解する、というくらいで、自ら言葉を話したり、人の姿をとったりするなどということはなかったのだから。


 女性は、ニーナの言葉にそういえば、という様子で頷いた。


「あぁ……あなたは“皮”を無くしてしまったのでしたね。その割には魔力が充実していますが……?」


 皮、というのは元々の古代竜エンシェント・ドラゴンとしての体の事だろう。

 そのような認識だったとは思わなかったのでルルは驚く。

 それにそれほどそれを無くしたことに問題を感じている様子ではない。

 無くしたなら仕方ない、という雰囲気なのだ。

 そのうち取り戻せるものなのかどうか。


 ニーナは言う。


「それは、ルルパパが毎日魔力をくれたからなの。美味しいの。絶品なの! 一生ついていくの~」


 などと。

 見た目が大幅に変わったリガドラ。

 しかし、その性格にはまるで変わりがないのだと言うことがそれで理解できる。

 リガドラとニーナがイメージの中でつながった気がした。

 結局お前は食い気かと。


 ニーナのそんな言葉に、バルバラは、


「……それほどですか」


 と真剣に尋ねた。

 それから、ニーナが、


「かつて味わったことのない味なの~。お母様の魔力より美味しいの~」


 と言ったところで目を見開き


「なっ……お母様のより……こ、これは……ごくり」


 と微妙に涎を垂らし始めてルルを見つめ始める。

 見た目は絶世の美女だが、彼女の本性は古代竜エンシェント・ドラゴンである。

 古代竜エンシェント・ドラゴンに涎を垂らされながら見つめられる、というのは冷静に考えてみれば酷く恐ろしい話だ。

 次の瞬間食われるのが確定しているような状況だろう。


 しかし、この場においては別にルルの肉に興味があるわけではなく、魔力が気になるらしい。

 ちらっ、ちらっ、と見ながら、諦めたようにため息をつくバルバラ。

 ルルに対してそのようなことを頼めるような感じではない、ということを、自分の態度のよろしくなかったということも含めて理解しているからだろう。


 魔力を食べる、ということが出来ないルルには魔力の味と言うものがどういうものなのかさっぱり分からないが、美味しい食べ物が目の前にあり、それがかつてないほど美味しいという事が分かっていて、しかしなおお預けをしなければならないという状況が相当に辛く無念であろうことは分かる。

 

 確かに、バルバラのルルに対する態度はあまり良くない。

 一番初めなど何の誰何も無く石つぶてを食らわされたわけだが、彼女の正体がこの山を根城にする古代竜エンシェント・ドラゴンであることを考えれば、まぁその態度もぎりぎり理解できないでもない。


 彼女にとって、ルルは勝手に家に入ってきて姉妹の会話を覗き見している不法侵入者だった、ということだ。


 そんなものに対してとる態度として、さっさと出て来い、と言い、少し待っても出てこないから、その次の瞬間に無力化を試みると言うのは分からないでもない。


 聞けばルルについてニーナより詳しい説明も受ける前だったようだし、単純に侵入者を攻撃したというところだったのだろう。


 今のバルバラの態度は、始めの頃と比べて大分緩和されているし、あまり良くない態度をとったと理解しているためか、あまり距離を詰める感じではないが、気まずさを考えれば仕方ないだろう。


 そこまで考えたルルは、仕方がないと譲歩することにした。


「……そんなに食いたいなら、ほれ」


 そう言って、魔力を掌から出す。

 それを見たバルバラは、


「はっ……いい匂いがします……」


 と言っているが、出した矢先に膝の上のニーナがばくついている。


「もぐもぐもぐもぐ……」


「に、ニーナ……私にも、私にも……!」


 とバルバラが言うが、ニーナは無言で魔力を食べ続ける。

 ルルが、


「……おい」


 と突っ込むが、ニーナはバルバラの方を向いて言った。


「じゃあ、ルルパパに謝って」


「ごめんなさい!」


 即座に謝ったバルバラに、ルルはつい、


「はやっ!」


 と言ってしまった。

 しかもそう言ったそのときには、ルルの眼前にまでバルバラの顔が迫っていて、掌から漏れ出す魔力を犬のように見つめている。

 目が輝いていて、やはり涎が垂れてルルを見た。


 その姿に、ルルは餌を前に待てをさせられている犬を幻視し、呆れたようにため息をついて、


「……いい、分かった。好きなだけ食え……」


 そう言って、ニーナが食べている方とは逆の手からも魔力をだし、バルバラの方に向けたのだった。

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