第183話 元凶
「……凄いね、あれ」
「凄いなんてもんじゃないわ……人間業じゃ、ない……」
ゾエとイリスとパーティを組んだ重戦士の青年、ブラスコ、それに魔術師の少女、サラは、目の前で繰り広げられるその光景に開いた口が塞がらなかった。
あれから、冒険者組合にいた冒険者たちがそれぞれパーティを組み終わると、早速森に向かうことになった。
移動手段は途中までは馬車で、馬車が入れないような地点からは徒歩で、ということになり、実際にそのように移動してきて、今、冒険者たちは、森の中にいる。
位置は大体等間隔に広がって、面でもって森を探索しているところであり、それぞれがジェスチャーや声でもって連絡を密に取り合いつつ進んでいた。
そんな中、魔物達が襲い掛かってくることも少なくなく、冒険者たちは皆、協力しつつ排除することになったのだが、基本的には襲い掛かられたパーティが対応することと決まっていて、助けに入る場合は余程数が多いか、強力な魔物であるか、もしくは危険な状態に陥った時、と決められていた。
だから、この依頼を完遂するためには班ごとの連携なり個々人の技量なりが重要になる。
そのため、森に向かう途中の馬車の中でそれぞれがどういった戦い方をするのか、連携はどのように組むのか、ということについてある程度相談をするのが普通なのだが、ゾエとイリスは少し違った。
ブラスコとサラが自分達の切り札を明かさない程度に詳しく自己紹介をする中で、ゾエ達は大まかにしか自分たちの戦い方の説明をしなかったのだ。
これだけなら、自分たちの情報を出来るだけ出したくないのだ、と考えられ、また今回のような依頼でそのような態度に出ることに不信を感じないでもなかったのだが、話を聞いていくとそう言う訳でもなさそうだった。
二人は詳しく戦い方を教えてほしい、というブラスコとサラに、
「槍で頑張るわ」
とか、
「魔術を使ったり拳を使ったりします」
といったことしか言わず、また連携について聞くと、
「大体で合わせるわ」
とか、
「お二人が戦いやすいようにしてくだされば、補助いたします」
などと言って具体的なことを何も言わないのだ。
しかし、それは自分たちの戦い方を隠そうとしている、と言うよりは、何をしようとも対応できる、という自信の表れのように感じられた。
実際、ゾエのランクを聞けば、特級だと言うし、イリスについては初級だが、それでも闘技大会で準優勝しているのだという。
なるほど、確かにそれだけの実力者なら、口だけではないだろうとその場では一応納得した。
ただ、それでも、自分たちの目で見るまでは、その実力について過小評価していたことは否めない。
なぜと言って、今、目の前で戦っているゾエとイリスは、とてつもない力を発揮しているのだから。
ゾエはその槍を振り回し、イリスは魔術と拳を駆使して戦っている。
事前に申告した通りの様子で、それについてはいい。
ただ、規模が違うと言うか、規格外と言うか、そんな風にしか表現できないレベルの違う立ち振る舞いなのである。
とてつもなく強大な魔力が、とかそういうわけではないのだ。
けれど、技術が尋常ではないくらいにこなれていて、一つ一つの技が芸術のようにすら思えてくるのだ。
実際、今二人に向かってきている石像魔と女頭鳥は彼女達たった二人に翻弄されている。
二体の魔物は今まで見たこともないくらいに巨大で、倒すには中級冒険者なら数人、上級でも一人では厳しいだろう、という風な威圧感を放っているのに、二人はそれぞれ一人で相手しているのだ。
ゾエは石像魔の腕の振り降ろしを槍一本で流し、避け、さらに傷を入れて徐々に体力を削っていっている。
イリスは宙を縦横無尽に飛び回る女頭鳥に小さくはあるが、確実に魔術を叩き込み、高度が下がってきたところで拳を叩き込んで少しずつ弱らせていく。
実にうまく、危なげない戦いの運び方だった。
さらに、先ほどまで、ブラスコとサラも一緒に戦っていたのだが、あまりにも巨大な魔物二匹を相手に体力と魔力が尽きかけたので下がろうとしたら、そのときまで後ろの方で援護をしていたゾエとイリスが、ブラスコ達の体力と魔力が回復するまで支えると言って前に出たのだ。
そのときは止めたのだが、しかしこうやって実際に戦っているところを見ればその必要は全くなく、むしろ二人だけで倒しきれてしまいそうな気さえしてくる。
「特級の人達はみんなこれくらい強いのかな」
ブラスコが憧れるような声色でそう言ったので、サラは答えた。
「どうかしら。この二人が特別なのかもって思ってしまうくらいだけど……でも、強いんでしょうね。道のりは、遠いわ」
いつか特級に、というのは冒険者になった者にとって当たり前の夢である。
その夢の終着点を見せられた二人は、驚きと共に強い憧れの炎が胸に灯ったのを感じた。
「確かに強いけど、でも無茶な力とか魔力が必要ってわけでもなさそうだし……頑張れば、辿り着けるかもね」
ブラスコの言った言葉に、その理由があった。
ゾエとイリスは確かに強い。
非常に技量が優れている。
しかし、はっきりと言えばそれだけのようにも見えるのだ。
けれど、それだけなのに、明らかに一線を画すレベルで強い。
これは二人にとって、重大な発見だった。
特級と言うのは、特別な才能がある者――大きな魔力とか、選ばれたセンスとかを持っている者でなければなれないと心のどこかで思っていたからだ。
ゾエ達を見て、必ずしもそういうわけではないのかもしれない、と思えた。
だから、消えかけていた希望の炎が灯るのを感じたのだ。
「……そうね。そのためには……そろそろ体力と魔力も回復してきたでしょう? 一緒に戦う事だわ」
サラがそう言ったのにブラスコは頷いて、戦っている二人――ゾエとイリスに声をかける。
「そろそろ行けます!」
その声を聴いたゾエたちは再度、前線から下がって、攻め手を交代した。
二人は援護者としても一流で、ブラスコとサラが戦いやすいようにサポートをしてくれていたのが、今ならよく分かる。
二人の援護があれば、ブラスコ達でもあの巨大な魔物に勝てることに、今や疑いはなかった。
◆◇◆◇◆
二人の連れが頑張り始めたのを見て、ゾエをイリスは顔を見合わせて援護に回った。
とは言っても、ブラスコは前線を支える重戦士、サラはむしろ後方から魔術を飛ばして戦う魔術師なのであるから、支え方も異なるが。
ブラスコについてはイリスが後ろから援護し、サラについてはゾエがその周囲で彼女を魔物の攻撃から守りつつ、魔術を飛ばしてもらうような形だ。
それぞれの標的はブラスコが石像魔、サラが女頭鳥がちょうどいいだろう。
そう考えて戦い始めてから数分後、しっかりと二体の魔物を倒した二人は、ぜーぜーと息が荒れているが随分と満足そうだった。
まさか自分たちに倒せるとは思わなかった、とでも言いたげな表情だが、ゾエとイリスがある程度削った後だ。
二人の実力は決して低くなく、十分に中級程度はあるのだから、この結果はむしろ当然だろう。
とは言え、あの二体の魔物はそれでも手ごわい部類に入る魔物だった。
それに対して怯まずに戦った二人には労いの言葉が必要だろう。
そう思ったゾエが、お疲れさまと声をかけようとしたそのとき、
「ぐわぁぁぁ……!!」
と、遠くの方から悲鳴が聞こえた。
野太い男の声である。
間違いなくここに来た冒険者たちのうちの誰かのものだろうが、何が起こったのか。
そう思って悲鳴の聞こえた方角に目を向けると、轟音が鳴り響く。
木が倒されている音だ。
余程強力な魔物が出現したものと思われ、それを証明するように叫び声が聞こえる。
「援護! 援護を!!」
それは冒険者たちが事前に決めていた、一つのパーティだけでは対応しきれないような強力な魔物が出現した場合に、他のパーティに助けを求める言葉であった。
そしてその声はずっと続いて止むことは無い。
離れてはいるが、ゾエ達も向かうべきだろう。
だから、ゾエは言った。
「行くわよ!」
その言葉に、イリス、ブラスコ、サラは頷き、四人で走り出したのだった。
◆◇◆◇◆
「……森はこの辺で終わりだな」
ログスエラ山脈麓から徐々に山の方へと上がって来たルルである。
その足は、ついに森を抜けて、荒い山肌の覗く山頂付近に踏み入れることになった。
巨大な岩がそこここにあり、火山活動か何かで吹き飛んだ火山岩がこうしてまばらに置かれているのだろうか、とどうでもいいことを考えていると、ふと気配を感じ、ルルはその辺に見える岩の中でも一際大きなものの陰に隠れてその気配の場所を探る。
すると、それほど遠くない位置に、何かがいるのが見えた。
驚くべきことに、そこにいたのは二人の女性であり、二人とも空のような青い髪色と琥珀色の瞳を持っている、目立つ容姿の女性である。
年齢は片方がかなり幼く、七歳前後、と言った風であるのに対して、もう片方は二十歳半ばに至っているだろう。
雰囲気は少女の方がほんわりとした感じであり、女性の方は上品そうで、物静かな女性、と言った印象が感じられる。
街中で見れば結構な男性が目を止めるであろう、それぞれに独特の美しさの感じられる女性たちであるが、いる場所がいささか奇妙であることは否めない。
なぜと言って、ここはログスエラ山脈。
数えきれないほどの魔物と、厳しい環境が弱い生き物を淘汰する、人にとっては悪夢のような場所であるからだ。
しかも、その頂上近くと言うのは魔物達の頂点、古代竜の住処であり、そこに近づくのは死を意味する。
そんな場所に普通の女性が近づこうなどとするのか?
その疑問に対する答えは明らかに否である。
しかし、実際にここには女性が二人いるのは確かなのだ。
なぜ、ここに彼女たちが存在しているのか。
その疑問に対する答えは、いくら考えても浮かんでこなかった。
「……いっそ直接聞いてみるか……?」
そう思ったルルが岩陰から出ようとしたそのとき、
「……誰か、いますね? 出てきなさい。命が惜しいのなら」
と、二人いる女性のうち、物静かな雰囲気を帯びた成人女性の方がルルのいる岩の方を正確に見つめて落ち着いた様子でそう尋ねた。
そんなに気配をあからさまにしていたつもりはないので、ルルは驚く。
少なくとも普通の女性には出来ないことであるのは間違いない。
それなりに実力のある者であることはこれで明らかなのだが、しかしそれでも正体は分かりようがない。
さて、どうしようか。
そう思うも、彼女に呼ばれるまでもなく、その前に姿を見せようとしていたのである。
ちょうどいいことであるし、姿を見せて、直接尋ねよう……。
そう思ったルルは、岩陰から姿を現した。
すると、二人の女性は驚いたように目を見開いた。
それから、成人女性の方が首を傾げてルルに言う。
「……不思議ですね? 人族がこんなところに……」
その声は随分と穏やかで、会話できそうな気がしたから、ルルは口を開こうとした。
しかし、その瞬間、物凄い勢いで何かがルルの方へ飛んできて、その胸元に命中する。
それを受けて、ぐらりと倒れ込むルル。
そんなルルの姿を冷たく見つめる女性に、
「……大した実力も無いのに、このようなところに来るからそんな目に遭うのですよ。次からは、気をつけることです。とは言っても……次は、ないでしょうけれど」
などと強烈な皮肉を飛ばされる。
どうやら敵とみなされたらしいことは分かったが、一体なぜなのかがよく分からない。
しかも、その後、不思議なことが起こった。
「だ、だいじょうぶ!? だいじょうぶなの!?」
と言う叫び声とともに、二人いた女性のうちの片方、少女の方がルルの方にかけてきてルルの体を揺らしたのだ。
近くで見ても観賞に耐える、十年後に期待したくなる整った顔立ちをしているが、その顔は余り似合わない悲しげな表情に塗りたくられている。
彼女とは面識がないはずなのに、なぜかルルの身を案じているらしいことがそれで分かった。
一体、誰だったろうか。
そんなことを考えつつ、心配されているのだから安心させようかとルルはむくりと起き上がってその健在をアピールすることにした。
「いや、全く問題ないな……と言うか、そこのあんた。いきなり石をぶん投げるとはどういう了見だ。話くらい聞いてくれてもいいだろう?」
と、受け止めた石を見せ、握りつぶしながら笑いかけたルル。
そんなルルを見て、女性は表情を険しくし、それから言った。
「……なるほど、貴方が……貴方が、全ての元凶、というわけですね?」