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第180話 絵

 夜、フィナルの街人が皆、眠りに落ちている時間帯。


 ルルたちの宿泊している宿の厩舎で、リガドラと双頭竜がじゃれていた。

 と言っても、双頭竜は厩舎の干し草の上に座って大人しくしていて、リガドラがそんな双頭竜に甘えているような雰囲気である。


「きゅっ。きゅきゅー」


 アルベルティーヌにもらったお菓子袋から色々取り出しては、自慢するように双頭竜に見せるリガドラ。

 たまに包みを解いて食べたりしている。

 双頭竜がくんくんと匂いを嗅いで近寄ると、あげないっ、とでも言いたげな様子でお菓子をひっこめるのだ。


 双頭竜はそんなリガドラに呆れたような表情で、しかし無視するわけにもいかないからと仕方なく付き合っているかのような様子だった。


 大きさは明らかに双頭竜の方が大きく、大人と子供と言っていいくらいだが、偉そう、というか重く扱われているのはリガドラの方である。


 ぺしぺしと鼻先を叩かれたり、背中によじ登られたりしても、双頭竜は決して暴れたり振り払ったりはせずに、仕方ないと言った諦め顔でされるがままであった。


 そしてそんなリガドラがふと、楽しそうな様子を一瞬引っ込めて、


「……きゅ」


 と寂しげに鳴いて双頭竜の首筋に抱き着いた。

 双頭竜は、


「……ぎゃお」


 と、面倒臭そうにではなく、慰めるような雰囲気でリガドラに声をかける。

 何か会話が成立しているように感じられるが、竜同士のコミュニケーションである。

 何を言っているかはたとえ飼い主――のようなものであるルルたちにも分からないだろう。


 そして、リガドラは、また表情をくるりと明るいものに変えて、


「きゅ!」


 と鳴きがなら双頭竜の背中からぱたぱたと宙に浮かび、くるくると回って、双頭竜の前の干し草の上にぽふりと降りた。

 そして、そこに置いてあるお菓子袋をごそごそとして、そこから一つ、お菓子を取り出す。

 それは先ほど双頭竜が興味深げに匂いを嗅いでいたお菓子だった。


「きゅ」


 と、双頭竜を見つめながら、お菓子を差し出すリガドラ。

 双頭竜はそんなリガドラを見つめて首を傾げるが、リガドラがさらにお菓子を前に差し出すと、


「……がお……」


 と頷いたように首を動かしてお菓子を受け取った。

 それから、リガドラはがさごそとお菓子袋の口をしっかりと締めて、胸に抱く。

 少し重いのか、持ち上げると同時にふらつくが、その背中を双頭竜が支えた。


「きゅきゅ」


 そんな双頭竜にお礼を言うように鳴くと、リガドラはぱたぱたとその場を後にして飛んでいく。

 厩舎から去ったリガドラに、双頭竜は、


「ぎゃお……」


 寂しげに鳴くと、静かに目を瞑った。


 ◆◇◆◇◆


 きぃ、と静かな音を立ててその部屋の窓が開いた。

 中にはルル、イリス、それにゾエが別々のベッドで寝息を立てて眠っている。


 ぱたぱたと羽ばたきながらゆっくりとそれぞれのベッドに近づいていくのは、ずんぐりとした竜――リガドラである。

 気配を完全に絶っているのは、流石に古代竜エンシェント・ドラゴンというべきだろう。


 それから、自分の抱えている袋を一旦、床に置くと、そこから出来るだけ音を立てないように注意しつつ、中身を取り出して並べた。


 十個ほどのお菓子が横一列に並び、その前で腕を組みながらしばらく悩むリガドラ。


 しかし、なにかピンと来たようで、その中から三つを選び、とると、そのままぱたぱたと飛んでルル、イリス、ゾエの枕もとに置いていく。


 そして、出したお菓子を袋にしまうと、再度胸に抱えて入ってきた扉から出ようとするが、ふと、部屋に備え付けの机がリガドラの目に留まった。


「……きゅ」


 そこには紙と羽ペンが広げらていて、何かを書いている途中のようだった。

 おそらくは、ルルのものだろう。

 ルルはいつも何か新たな魔法具を作るべく設計図を引いているのをリガドラは知っていた。


 紙は荒いものだが、何枚も重ねられていた。

 リガドラはその中からまだ何も書かれていない一枚を引き出して、羽ペンをとり、不器用にインク壺に浸す。


「……きゅっ……きゅきゅきゅ。きゅ」


 紙に何か書いているのは明らかで、これをルルが見ればそんなことが出来るなら初めからそうすればよかった、と叫ぶかもしれない。

 リガドラのその行動はしばらく続いたが、最後には満足したような表情で紙を広げて頷き、羽ペンを置いて、机から降りる。

 それから袋を改めて抱いて、ぱたぱたと飛び、入ってきた窓に向かった。


 窓の縁に立って、一瞬、少し欠けた月を見上げてから、ふとルルたちを振り返り、


「きゅきゅ」


 と鳴くと、リガドラはぱたぱたと外に向かって飛んでいく。

 行儀よく窓をしっかりと締めるが、音はならなかった。


 リガドラはそのまま厩舎に戻らずに、遥か高空へと舞い上がっていく。

 それはまるで、フィナルの高い外壁を超えるために必要な高度まで上がろうとしているかのようだった。


 ◆◇◆◇◆


「……で、どこ行ったと思う?」


 リガドラが遠ざかってから、ルルがぱちりと目を開いてそう呟いた。

 眠ってなどいなかった。

 いや、リガドラが入ってきた時点で気付いて、目が覚めたのだ。


 そして、その言葉は決して寂しい独り言ではなかった


「やはり、ログスエラ山脈では? あの魔物達に会ってから、やっぱり少しおかしかったですから……。カラ元気だったのですね」


 イリスがむくりと起き上がり、ルルの方のベッドを見てそう呟く。


「なんだか健気よねぇ……見てよ。お菓子置いてってくれたわよ。あんなに執着してたのに」


 三人が枕もとを見れば、そこにはアルベルティーヌがリガドラに送ったお菓子が置いてあった。

 あのあと、少しだけ分けてくれないか、と言ってみたのだが完全に拒否していたリガドラ。

 それなのに、置いていったのだ。

 しかもどれも、リガドラが気に入っていたものである。

 一番気に入っていたものがルルに、二番目がイリスに、三番目をゾエに置いていっているあたり、意外にも序列には厳しく、良く見ていたらしいことが分かる。


「これがどれだけあいつの心を示しているのか難しいところだが……まぁ、気を遣ってくれたってことは分かるな。……そう言えば、何か書いていたな。文字とか書けたのか? あいつは」


 ルルがそう言いながら、リガドラが紙を置いてった机を見てみれば、そこには確かに何か書いてある紙があった。


「何が書いてありますの?」


 イリスがそう言いながら近づいてくる。

 ゾエも同じく気になったようで、二人して机に寄ってきた。

 ルルは紙を開いて、二人に見せる。


「……申し訳なく存じます。お義兄にいさま。これは――私には解読の難しい内容です」


 イリスがそう言った。

 それもそのはずで、そこに書いてあるのは主に絵だった。

 謎の生き物が槍のようなものを見ているような、そんな妙な図である。

 イリスは少し考えたのだが、分からなかった、ということらしい。


 しかしゾエは違った。


「え? そうかしら。割とはっきりしてると思うけど」


 そう言ったからだ。

 ルルとイリスは彼女に首を傾げ、尋ねる。


「どういう意味なんだ、これ」


「簡単じゃない。これがリガドラ」


 そう言って、謎の生き物を指さすゾエ。


 ――確かに、四本足のその謎の生き物が何かを示そうとしているのなら、リガドラ、と捉えるのは正しいような気がする。


 しかし、それでも問題はあった。


「この槍は何でしょう?」


 イリスが尋ねる。


「槍? あっはっは。確かに槍っぽいけど……槍じゃなくて、この部分が山よ」


 そう言ってゾエは槍頭の部分を指さした。

 なるほど、そこは三角の形をしており、山と言えば山、と言う気もする。

 となると、この槍の取っ手の部分の棒線は取っ手などではなく……。


「道なんじゃないの? リガドラちゃんはログスエラ山脈まで行ってきます。ってことよね。たぶん」


 その他にもいたるところに謎の物体が書かれているが、そのゾエの解釈をもとにすれば理解できる気がした。

 山の周りにわらわらといる黒い蜘蛛みたいなのと、四本足の謎の生き物が向かい合っているのは、森で出会ったあの巨大な魔物達と、リガドラの知り合いの魔物達を示しているのだろう。

 山から遠い位置に謎の丸が描かれていて、そこに針人間のようなものがあって、矢印に×が書かれているのも分かる気がした。

 これは、ルルたちで、ルルたちに山に来るな、と言いたいのではなかろうか、と。


 そう言った諸々の事柄から推測するに、リガドラはログスエラ山脈の問題を解決するために一匹で向かう事にした、ということなのだろう。

 まぁ、もともとあの山の主なのだろうから、責任を果たしに行ったと言うのは正しいのだろうが、しかし……。


「……意外と水臭い奴だな」


 とルルが呟く。

 あの魔物達をどうにかしたいなら、ルルたちにも言えばいいのに、と思ったからだ。

 こんな絵が描けるならなおさらである。

 頑張って解読すれば解読できないことも無いのだ。


「リガドラちゃんなりに気を遣ったんでしょう。賢い子だもの。それに、主としてのプライドとかもあるのかもしれないわ。人の手を借りて解決すると、立場が悪くなるとか……」


「立場か。分からないでもないが……」


 かつて魔王として君臨するためには、確かに、自分の力を示す、という事が必要だったことを思えば、リガドラも似たような状況なのかもしれないと考えれば、その行動も理解できないではない。


「それで、どうしましょうか。リガドラちゃんを追いかけますか? 明日には討伐隊への打診が来る、という話でしたので、今追いかけますと問題があるかもしれませんが……」


「しかしだからと言って放っておくわけにもいかないしな。そうだな……ここは二手に別れようか。俺がリガドラを追いかける。イリスとゾエは討伐隊に参加してくれ。俺については……急な用事が出来たとか適当に言っておいてくれるとありがたい。あと、クロードには、今回の騒動の解決の為に必要なことをしているって遠回しに伝えておいてくれ」


 フィナルにおける最高権力者に内々に打診されているとは言え、正式に依頼を受けた訳ではない。

 断っても問題ないだろう、とまでは言わないが、イリスとゾエが参加するのだから大丈夫だろう。

 それに、クロードはある程度、そう言ったことについて融通が利きそうな感じだった。

 遠回しにでも必要なことをやっていると伝えればそれで納得するはずだ。

 そう思っての言葉だった。


 イリスとゾエはそんなルルの言いたいことがすぐに理解できたらしく、頷いて、


「畏まりました。何かありましたら、すぐにご連絡します」


 そう言ったイリスの手には小さなイヤリングが揺れている。

 それはルルが作った魔法具で、ある程度の遠距離でも会話が出来る優れものである。

 魔力消費は大きいが、イリスには問題がないだろう。

 ゾエもデザインは異なるが同じものを持っている。

 ルルのそれは、イヤリング――ではなく、腕輪である。


「あぁ。頼んだ。俺も何かあったら連絡する……じゃあ、行ってくる」


 そう言って、ルルは荷物をまとめて宿から出て行った。

 流石にリガドラのように窓から、というわけにはいかない。

 きっちりと正面玄関まで行き、番をしている宿の女将に告げてから出ていった。


 ◆◇◆◇◆


 次の日の朝、案の定、冒険者組合ギルドからの使者数人が宿にやってきて、ルルたち三人に指名依頼があると告げてきた。

 イリスとゾエは、ルルが急な用事でフィナルから外に出たことを説明する。

 使者のうちの一人が門に走って確認すれば、確かにルルは昨夜、フィナルの外に出ていることが確認され、それならば二人だけでも構わない、と言われたので、二人は冒険者組合ギルドに行った。


 そこには既に大勢の冒険者たちが集まっていて、中々ににぎやかであった。

 実力もかなり高い者が多い。

 特級は流石にいないようだが、上級は五、六人いるようであるから、冒険者組合ギルド、もしくはフィナルの街の今回の事に対する腰の入れようが分かろうと言うものである。


「……これなら、森に入っても何とかなりそうね」


 ゾエがそう言うと、イリスが頷いた。


「けが人は出そうですが……死者は出ないでしょうね。まぁ、昨日さくじつ出会ったような魔物が大挙して来たらそれも分かりませんが……」


 その場にいる冒険者たちは大半が男性であることから、珍しい女性二人組であるイリスとゾエには注目が集まっていた。

 けれど、流石にある程度のベテランたちばかりが呼ばれているだけはあって、二人に絡んでくるような者は皆無だった。

 たまに話しかけてくる者もいたが、随分細い体だが、どういう戦い方をするのか、とかそういう実務的なレベルでの会話だけである。


 それからしばらくして、冒険者組合ギルドの奥から、ぞろぞろと偉そうな人々が入ってきた。

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