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第179話 フィナル会議

 フィナル冒険者組合ギルド三階、大会議室。

 窓の外は暗闇に覆われている時間帯に、そこには錚々たる面々が集合していた。


 フィナルにおける現在最高位の権力者と言っていいフロワサール家の主、クロード=フロワサールを始めに、なぜかこんな地方都市の冒険者組合ギルドの会議に出席するはずもない北方組合長ノース・マスターモイツ=ディビク、それにフィナルの街を代表する団体の長たちが一堂に会しており、フィナルの街の者がこの状況を見れば、一体これから何が行われるのかと目を見開く様な光景だった。


「さて、全員揃ったようですし……そろそろ始めてもよろしいですかな」


 会議室の扉を閉めて、部屋に設えられている大きなテーブルの正面に立ち、全員に向かってそう告げたのは、フィナル冒険者組合ギルド組合長ギルドマスターであるオロトス=メスマだった。

 大体五十前後の物馴れた雰囲気の中年男で、傑物、という感じはしないがその立場に必要とされるだけの適度の威厳と品を持っている、中々の人物に見える。

 冒険者組合ギルド組合長ギルドマスターという立場だろうか。

 体型もその年の男にしては引き締まっており、鍛えていることがよく分かる。


 オロトスは特に反論の声が聞こえてこないことを確認してから続ける。


「普段の冒険者組合ギルドの会議でしたら、私がふんぞり返って偉そうに場をまとめ上げるところですが、今日に限ってはそうも参りません。私よりもずっと偉い方がこの場には沢山おりますのでな……もし、私がこの場を取り仕切ることが許せない、という方がいらっしゃったら、出来るだけ早く言って頂けると嬉しいところです。もろ手を上げてお譲りしましょう」


 その言葉は、事実であり、また冗談でもあった。

 会議の出席者もそれを理解して、和やかな笑いが漏れる。

 実際のところ、オロトスが言う通り、この場にいる人間はいずれも一つの団体を取り仕切る人物たちであり、フィナルの街において、冒険者組合長ギルドマスターと肩を並べる、もしくはそれ以上の立場にある者たちである。

 気に食わないから、と言って会議の進行役を変えることもその声一つで出来るような者も少なくないのだが、少なくともこの場でそんなことをするほど愚かな人間はここにはいなかったようだ。

 誰一人としてオロトスの提案に乗ろうとする者はおらず、話を進めろ、という顔をしている。

 オロトスはそれを確認して続けた。


「では、私が会議の進行役、ということでよろしくお願いいたします。おぉ、拍手をありがとうございます」


 ぱらぱらと気の無い拍手が彼に送られる。

 それから、


「まぁ、進行役と言っても、大してすることなどないのですがな。今日は一つの議題について話すだけですから。すでに皆さんのお手元にございます書類はご覧になりましたな? そこには今回の魔物の襲撃についての状況や、以前との比較検討についてなど、様々なデータが記載されていたことと思いますが、かいつまんで言ってしまうと、重要なことは一つです。おそらく、今、対処せねばまずい、ということ。それだけに尽きます」


 この台詞に対して質問を述べたのは、フロワサール家のクロードである。


「それはなぜだ? 魔物が増えていると言うのは事実だろうが、"今"に限定する必要はないだろう」


 実際、今までも歴史の中で幾度となく魔物の襲撃に晒されてきたのがフィナルと言う街である。

 多少、魔物が増えたからと言って、危険であるとは言いにくい。

 防備もしっかりとしており、今回の魔物の活性化くらいなら、耐えきれる体力があると見ることも十分に可能なのである。


 しかし、オロトスは首を振り、さらに出席者全員の顔を見つめながら言った。


「いえそれがそうも言っていられないようなのです。皆さんの中にもおそらく、クロード様のようにお考えの方も何人かいらっしゃるでしょうからご説明しますが、今回の魔物の襲撃はいつものそれとは若干異なっているように思えるのです。このことについては、実際に今回、街に襲ってきた魔物を倒し、また魔物が活性化した後にログスエラ山脈周辺の森に入った冒険者からの報告から分かったことです」


 この言葉に、出席者からは様々な質問が飛んだ。

 その冒険者は信用できるのか、とか、どんな根拠があってその冒険者はそういう印象を抱いたのか、とか。

 さらにその冒険者がフィナル出身のものでないことがはっきりすると、普段の森の様子を知らない者の印象に頼って判断するのは危険ではないかと言う意見も飛び出した。


 しかし、そんな出席者たちの中、しばらく黙考していた一人の海人族アクアリスがおもむろに手を上げたので、オロトスは指名する。


「……モイツ様、どうぞ」


 オロトスより遥かに上位の立場の人間である。

 この場においても、クロードと同格か、それ以上であると言えるだろう。

 ただ、フィナル内においてはクロードより下と扱われるので、二番目ということになるが、しかしそれでも発言力は大きい。

 そんな人物の言葉だ。

 全員が固唾を呑んで耳を澄ませた。

 モイツは言う。


「部外者の私が口を挟むのもどうかと思いましたが、オロトス殿のお話にありました冒険者の信頼性について皆さんが不安をお持ちのようなので、一言申し上げさせていただきます。その冒険者は、ルル、イリス、それにゾエ、という三人組ですね?」


 オロトスはその冒険者について、特に名前は告げていなかったし、報告書にも書いていなかったはずなのだが、既にそれを知っていたことに驚いて尋ねた。


「ええ、その通りですが……なぜご存じなのですかな?」


「それは、私が彼らと個人的に親しくしているからです」


 はっきりと言い切ったその言葉に、その場の面々は驚く。

 しかも話はそれだけでは終わらなかった。


「こう言うと、私が身内だからと甘く評価を下している、ととられる方もいらっしゃると思いますので、なぜ私が彼らを信頼しているか申し上げますと……まず、彼らのうちの一人、ゾエ殿は数少ない特級上位冒険者の一人です」


 その言葉にざわつく。

 ただの特級でも凄いことだが、さらに特級上位などレナード王国には今、数えるほどしかいないはずである。

 そのほとんどが常に忙しく動いており、地方都市など尋ねてくることなど滅多にない。

 それなのに、と誰もが思ったのだ。

 さらに、モイツの話は続く。


「それだけではありません。つい先日、王都デシエルトにおいて闘技大会が開かれたことを皆さん、ご存知と思いますが、その冒険者のうちの二人、ルル殿とイリス殿はその闘技大会に出場し、見事、優勝と準優勝を飾られておられるほどの方です。しかも彼らは、それぞれ特級冒険者を下しております。その実力に間違いがないことはこれ以上ないくらいに証明されているものと言えるでしょう」


 そんなモイツを援護するようにクロードが横から言った。


「俺もその三人は知ってるぜ。悪くない奴らだ。それにその中の一人、ルルは俺の兄貴――シュイ=レリーヴを圧倒した男だ。年はかなり若いんだが……見かけに似合わない実力を持ってる。個人的にはその性格にも興味があるんだが……まぁ、それはこの場では関係ないだろ。あぁ、善人か悪人かで言ったら、善人だろうな。あれは、人を騙すようなタイプの奴じゃなさそうだったぞ」


 などと。

 最後にぼそりと「――まぁ、必要とあらば何でもやりそうでもあったけどな」と付け加えたのを聞いたのは近くに座っていたモイツだけだった。


 現在のフィナルにおいて、最も立場のあるだろう二人がここまで評価している人物たちである。

 その言葉を否定出来る者はこの場にはおらず、先ほどまで上がっていた疑問の声も途端に弱くなる。


 始めから織り込み済みだったのか、それとも思いもよらぬ援護だったのか、それは分からない。

 ただ、オロトスは特に驚きを見せずに、二人に微笑みかけ、話を元に戻す。


「ありがとうございます。冒険者組合ギルドの冒険者をそのように評価していただけると喜ばしく感じます……それで、その者たちの報告によれば、魔物達は二通りいた、と言うのですな。そのことについては報告書に記載しておりますので詳しい説明はそれをお読みになっていただくとして……一言で言って、これを冒険者組合ギルドは大変危険な事態だと解釈いたしました。ついては、早急に森、そしてログスエラ山脈への調査隊及び魔物討伐隊を結成し、明日にも派遣すべきだと考えております。装備や人員など、準備に必要なものは多くございますので、そのためには、この場にいる皆さまの協力が不可欠となります。急なこととは思いますが、皆さま、どうか良く考えてご決断されますよう……」


 そう言ったオロトスではあったが、実際に既に報告書には目を通している出席者からすれば、それは殆ど決定事項に近いことは明らかだった。

 あくまで、その決断の元になった冒険者の印象の正しさが問題だっただけで、そこが問題でない以上、報告書を事実だと扱うことになる。

 そうなれば、何をすべきかははっきりとしていたのだ。


 それからの会議は先ほどまでの紛糾が嘘だったかのようにひどく素早く、事務的に進んでいった

 調査隊・討伐隊の派遣はすんなりと決まり、人選や装備などをどうするかという話だけが問題になったからだ。


 しかし、そう言ったことについてはこの場にいる者は皆、慣れており、目を合わせれば誰が何をすべきか伝わってしまうようなところがあった。


 また、一応、魔物をどのように討伐するか、ということが報告書にあった、魔物の群れが二つに分かれていると言う点に関して問題になったが、これについてはクロードが、以前と同じ環境に戻すべきだと主張したため、後から来た群れの方を優先して倒す方向になった。

 その際、古代竜エンシェント・ドラゴンの不在も問題になったが、これについてはどのように考えるべきか答えを持っている者がいなかった。

 かつて、古代竜エンシェント・ドラゴンがいなかったとき、ログスエラ山脈の魔物はまとまりがなく、よく南にやってきた、という資料が存在していたが、しかし、それなら今の状況でも多くの魔物がフィナルに来ているはずである。

 しかし、今のところ、多少増えた程度であり、街の被害についてはそれほど問題ではないのだ。

 それが、新たにやってきた魔物の群れと戦っているせいだ、と捉えることも出来るが、そうではない可能性もある。

 そのため、そう言った点については、心に留め、基本的にはクロードの提案した方針でいくことにし、何か異常が見つかった場合には、そのときに対応する、ということになった。


 そうして、調査隊・討伐隊の結成が決まり、その中に調査隊結成の端緒となったルルたちが含まれていたのは言うまでも無いことだった。


 ◆◇◆◇◆


 宿に帰る道すがら、リガドラは機嫌よさそうにしている。

 胸に抱いているお菓子入りの袋を大事そうに持って、たまに隙間から中身を覗いて幸せそうな表情を浮かべるリガドラ。

 ただの子どもにしか見えない。


「微笑ましいではありませんか」


 イリスがそう言うが、どうだろう。

 確かに微笑ましいとは思うのだが、古代竜エンシェント・ドラゴンなのだから威厳と言うものがあってもいいのではないかという気が物凄くする。


「そんなこと言い始めたらきりがないんじゃないの?」


 とゾエが言うので、ルルが、


「どういう意味だ?」


 と尋ねると、ゾエは突然うやうやしい仕草になり、ルルに向かって言った。


「それは勿論、過去、世界にその名を轟かせ、人族ヒューマン共を恐れさせた希代の魔王陛下こそ、威厳を発揮していただきたいと――」


 それは明らかに臣下としての態度であった。

 それは勘弁してくれと言ったのに、この場でやるということは冗談のつもりなのだろう。

 顔が少し笑っている。

 とは言え、正直、聞くに堪えない。

 昔なら玉座にふんぞり返って平然とした表情で聞いていられた類の台詞なのは間違いないのだが、すっかり感覚が庶民的になったのか、それはやめてほしいと自然に思った。

 なのでルルはゾエに言う。


「俺が悪かったよ……。あれだな。威厳とかそういうものは、無理して出すものでも人に強要されて出すものでもないな」


 と。

 ある意味、リガドラとルルは立場が似ているらしい、と再認識したところで宿に着く。

 今日やることはもう何もない。

 クロードに詳しいことが決まったら連絡をしてくれ、と言った手前、それまでは街にいる必要があるし、今日はもう夕食をとって、眠るくらいしかないだろう。


 三人はそのままベッドに入り込み、眠ることにした。

 ちなみに、リガドラは厩舎に行った。

 その際、お菓子袋はしっかりと持って行ったので、そこで食べる気なのだろう。

 もしかしたら、双頭竜と一緒に食べる気なのかもしれないが……そもそも竜がお菓子を食べるのか、という疑問に答えられる者はいなかった。

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