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第174話 遭遇

「きゅっきゅー」


 音符が付きそうなほどご機嫌な声で鳴きながら飛んでいるのはリガドラである。

 その胸にはその体型と同じくらい丸くぱんぱんに膨らんだ布袋が抱えられており、その中身は全て菓子類であった。

 アルベルティーヌがいつの間にか用意させたものらしく、クロードとの会話が終わり、帰る段になって手渡してくれたのである。

 リガドラはそれを満足げな顔で受取り、それからずっと嬉しそう、というわけだ。


 ちなみに、ルルたちがクロードと話している最中、リガドラはずっとお菓子を食べていた。

 会話に夢中で気付かなかったが、アルベルティーヌが執事やメイドたちに運ばせて与えていたらしい。

 結構な量を消費しただろうに、不思議なことにその体型はあまり変わっていないが、もともと小太りのような体型なので、少しくらい変わっても認識できないだけかもしれなかった。


「……森でのことはもう忘れてるのか?」


 ぼそりとルルが呟くも、イリスが首を振った。


「忘れようと努力しているのでは……。健気ではありませんか?」


 しかし、ゾエが疑わしそうに眼を細めて、


「……あれはただ鳥頭ならぬ竜頭で忘れてるだけじゃないかと思うわ。まぁ……元気ならそれはそれでいいんだけど」


 とイリスの感動的な予想を打ち砕く。


 現実は、ゾエの意見が正解だろうと思われるが、あえてリガドラに尋ねようとは思わない。

 九割くらいは鳥頭でも、残り一割に努力があるのかもしれないからだ。


「まぁ、もともと仲間だったっぽい奴にあんな態度じゃ辛いよな」


 あのとき対峙した地獄犬ヘルハウンドたちの様子を思い出しながらルルが言う。


「やはり、仲間だったのでしょうか? よく分かりませんが……」


 イリスが少し考えて、首を傾げながらそう言った。


「もともと山に住んでたんだろうからな。仲間だったことは間違いないんじゃないか? もしくは顔見知りでもいいかもしれないが……あの何とも言えない雰囲気はその程度の仲って感じじゃなさそうだろう?」


 ルルのそんな言葉に、ゾエが言う。


「なんかふかーい事情がありそうな感じではあったわね。本人……というか、本竜? に聞けたらいいんだけど、言葉の問題がね……」


「まぁ……そのうち分かるんじゃないか? 討伐隊にしろ調査にしろ、森と山にもう一度行くのは決まってるしな。またあの魔物達に会うこともあるだろう……よそ者は見逃さないって感じだったからな」


「それで戦うことになるわけね? リガドラちゃんの友達なら倒すわけにもいかないし……頑張って手加減しないとね」


 ゾエは勝てない、とは言わなかった。

 ルルにしてもイリスにしても負けるつもりはさらさらない。

 確かに強力な魔物だったが、どうにか出来ないレベルではなかった。

 問題は出来るだけ傷つけずに生け捕りにする、という方向で行動しなければならないことだが、それもやり方次第で何とかなるだろう。


「きゅ?」


 何やら話し込んでいるルルたちにふと振り返ったリガドラはそう鳴いて首を傾げるも、三人とも首を振ってなんでもないと示す。


「……仲間なら、出来るだけ仲良くしてもらいたいもんだ」


 ふとルルの口から出たその言葉は、長い時間を越えて出会った自分の二人の仲間を思って出た言葉に他ならなかった。


 ◆◇◆◇◆


「……北方組合長ノース・マスターモイツ殿!? なぜレナード王国冒険者組合ギルドを束ねる四方組合長クヴァル・マスターの一人であらせられる方がフィナルへ……?」


 フィナルに出入りする者の通行証や身分をチェックしていたフィナルの西門の一人の兵士が、渡された身分証を見て、小声ではあるが驚きの声を御者に告げたのは仕方のないことだった。

 冒険者組合ギルドを束ねる最上位の五人、大組合長グランドマスター、それに四方組合長クヴァル・マスター

 そのうちの一人である、北方組合長ノース・マスターモイツの名は、それだけの重みがあるからだ。

 基本的には冒険者組合ギルドの北方本部である地底都市テラム・ナディアを離れることはなく、そこから各地に指示を送っているはずなのだが、そんな人物が先触れもなく訪れてきたのだ。

 驚くなと言うのが無理な話だった。


 しかも、御者の男――彼すらも冒険者組合ギルドにおいてはかなり責任のある立場におり、その身分証に書かれた内容が事実なら、フィナルの冒険者組合長ギルドマスターよりも上位に位置するらしく、そんな二人が連れだってフィナルに来たからには、フィナル冒険者組合ギルドに何かあったのだと考えずにはいられない。

 時期が時期である。

 ログスエラ山脈関連で冒険者組合ギルドには相当頼るところがあるフィナルという街に住む者として、それにフィナルに常駐する国軍の兵士の一人として、今の時期に冒険者組合ギルドに何かごたごたが起こってもらっては困る。

 そういう思いもあって、その兵士は余計に驚き、息も止まりそうな緊張を覚えた。

 しかし、ふと馬車の幌から顔を出した巨大な鯨系レヴィタヤン海人族アクアリスの男性が穏やかな声で兵士に告げた。


「いえ、お騒がせして申し訳なく存じます。今回の訪問は特に冒険者組合ギルド関連で何かがあった、というわけではなく、個人的な事情なのですよ。折角来たのですから、多少はフィナルの冒険者組合ギルドの視察なども考えておりますし――今はログスエラ山脈についての問題でフィナルが荒れていることは存じておりますから、何かご協力できることがあればお力になるつもりではありますが、ご迷惑になるようなことは決して致しません。ですから、通行を認めて頂けるとありがたいのですが……」


 その話の内容、それに容姿から、兵士はこの人物こそが北方組合長モイツ=ディビクであると理解する。

 しかも、どうやら彼は何かしら問題があってここに来た、というわけではないらしいとも分かった。

 なにやら私事があって来たらしいが、彼がフィナルに親しい知人を持つと言う話はついぞ聞いたことがない。

 しかし、彼はかなり有名な公人である。

 そう言った友人がいても、身の安全の為に隠すことはおかしくないだろう。

 今まで彼がここに来たのを見たことがなかったのは、単純にこの門を通らなかったか、他の便宜があったからだと考えれば納得は行く。


 そもそも、一兵士に彼を通さないと決める権限などあるはずもない。

 即座に別の門番兵士が領主様のところに報告に走っているし、これ以上引き留めるのも問題になりかねない。


 そこまで考えた兵士は、身分証を丁重に返却し、


「いえ、特に通行を認めない、というつもりではなく、少々驚いてしまいまして。問題はございません。どうぞ、お通り下さい」


 出来るだけ毅然とした態度に見えるようにそう言って、フィナルの中にその馬車を通したのだった。

 モイツはその巨体に似合わずに、非常に腰が低い性格の温かい人のようで、兵士に、


「お仕事、お疲れ様です。フィナルの門番は立派な方が多いのですね」


 とお世辞には聞こえない声色で告げて言った。

 兵士はこの言葉に自尊心をひどく擽られたが、それと同時にこういう大きな人物だから、北方組合長などという大任を務められるのだなと改めて偉い人、というものの器を知った気がしたのだった。


 ◆◇◆◇◆


「あの門番の兵士、恐ろしく緊張していたではありませんか……モイツ様。やはり、先触れを出してからにした方が良かったのでは……」


 御者の男は、幌の中にいるモイツに向かってそう呟いた。

 言葉自体は文句のようだが、しかしそれ以上にモイツに対する尊敬の情が感じられる声だ。

 それは突然の我儘を言ったモイツのために馬車を手配し、またモイツが片づけなければならなかったはずの様々な仕事を他の職員に振り分け、どうしてもモイツ自身がこなさなければならないものだけを馬車に積み込み、その上で必需品なども含めてすべての雑務をこなしきったことからも理解できる。

 モイツは全ての仕事を旅の空で、またはフィナルの冒険者組合ギルドでこなそうと思っていたのだが、御者の彼はモイツに、いい機会だから休暇を取ってくれと言って自主的にそういう作業をしてくれたのだ。

 思い返せば、休暇など何年もとっていなかった。

 私事でこうやってどこかの街を訪ねることも、またなかった。


 それが思いもよらない――心待ちにしていた人の生存報告によって、訪れたことに、モイツ自身ひどく驚いていた。


 長く生きたが、人生というものは分からないものだ、と深く思いつつ、モイツは御者の男に返答する。


「たまにはこうやって人を驚かせるのも楽しいものです……少し、今のフィナルでは時期が悪かったようですが、最後には理解して頂けたようですし……」


「ログスエラ山脈の魔物ですか。古代竜エンシェント・ドラゴンが何らかの理由で闘技大会を開催していた王都に転移した、という話でしたね。それ自体、信じられないような報告でしたが、フィナルから送られてきたいくつもの報告書を見れば、ログスエラ山脈から古代竜エンシェント・ドラゴンが転移した、という話も真実と捉えるほかなさそうですね」


「ええ……魔物の活性化は日に日にひどくなっているようですし……出来る協力はしたいところです。北方組合長の権限があれば、他の地域より冒険者も呼びやすいですし、拠出できる資金の額も変わってきます。出来る協力は、少なくないでしょう」


 ログスエラ山脈から魔物が押し寄せてくるような事態になったら、それこそ北方冒険者組合ギルドは一丸となって対応しなければ危険である。

 そのための視察と考えれば、モイツが今この街にいるのも、あながち私事だけのためであるとは言えないかもしれない。

 とは言え、


「……何も起こらなければそれに越したことはないのですが……」


 ふとそんな言葉が口からでてしまう。

 そして、はっとした。

 モイツは、自分がそう口に出したとき、何も起こらなかったことなどないと言うことを良く知っていた。


 それを自覚すると、外の景色もどんよりとしたものに思えてくるから不思議だった。

 フィナルの街並みは美しい。

 様々な人が普段なら歩き回っているはずだが、いまはその影も無い。

 人はまばらで、閑散としていた。

 門番の兵士が少し話してくれたのを聞いたが、今日、ここに魔物の群れが襲い掛かってきたのだと言う話だった。

 幸い、街の兵士、それに冒険者の尽力により門の外で処理し切れたらしく、街自体に一切の被害はなかったようだが、それでも今日一日は外に出るまいと街の人々は考えているのだろう。


 街の中を歩く人々の大半は帯剣している兵士や冒険者で、一般人はほとんどいない。

 モイツがぼんやりとそんな人々の姿を見つめていると、ふと、自分の目線が無意識に止まったのに気付いた。


 その瞬間は、なぜ自分の目線が止まったのか、モイツは分からなかった。

 なぜか、かちり、と止めてしまった。

 その事実だけがあった。


 しかし、自分の目線が止まった方向をよく見てみれば、その理由は明らかだった。

 そこには三人の若い冒険者と、小竜リガ・ドラゴンが歩いていたのだが、そのうちの一人に、自分の深いところにある遥か昔の記憶が強烈に刺激されたのだ。


「……!? あれは……いや、御年が……そうか!」


 少し考えたモイツは、ぴんと来て御者の男に言う。


「イヴァン!! 馬車を止めてください!」


「え!?」


「早く! お願いします!」


「は、はいっ!」


 突然言われたにも関わらず、イヴァン、と呼ばれたその御者の男はしっかりと手綱を引っ張り、馬車を道の端に寄せて止める。

 馬車が止まった瞬間、モイツは幌を開いて外に出ていき、三人と一匹のグループのところまで早足で近づいた。

 モイツの巨体は、通常の人族ヒューマンの数倍である。

 鯨系レヴィタヤン海人族アクアリスは、ある年齢まではさして大きくも無いのだが、一定の年齢を超えると急激に大きくなっていき、すぐに人族ヒューマンの体のサイズを追い抜いてしまうという特徴があった。

 その中でも、モイツは長く生きている方で、鯨系レヴィタヤン海人族アクアリスでも上から数えた方が早いくらいの巨体だ。

 そんなものが走って近づいて来たら恐ろしいに決まっている、ということをモイツは自覚していたからこそ、走りはせず、早足で抑えた。

 実際のところは急いで近づきたかったのだが、我慢した。


 しかし、たとえ早足でも、普通の人族ヒューマンなら怯えるところだ。

 それだけの威容を鯨系レヴィタヤン海人族アクアリスは持っている。


 しかしその三人と一匹は、そう言った普通の反応をしないで、堂々とした態度でモイツを見つめている。

 その反応に新鮮なものを感じつつ、モイツはその三人組の中でもっとも年齢が上であろう銀髪の美しい女性に言った。


「……突然こんな質問をして申し訳なく存じますが……もしや、貴方のお祖母さまは、ゾエどの、とおっしゃられるのはでございませんか?」


 モイツにしてみれば、一世一代の決意を込めた質問であったのだが、女性にとっては少し違ったらしい。

 その女性はモイツの質問に大きな目をさらに見開き、それから唐突に笑い出した。

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