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第173話 館の中で

「ババア! 無事か!」


 アルベルティーヌの孫の館に入ろうと、彼女が館の扉に手をかけたところ、彼女が開くよりも先に、バンッ、と音を立てて扉が開け放たれた。

 それとともに青年のものと思しき声が鳴り響き、それが誰のものか理解したらしいアルベルティーヌは眉を寄せて言った。


「なんだいなんだい、藪から棒に。私は無事だから心配しなさんな……」


 彼女が声をかけた先には、長身の青年が立っていて、アルベルティーヌを見つめている。

 体形は細身だが、あれは鍛えて絞ったがゆえの体つきだろう。

 顔はかなり整っているが、どこか皮肉げな表情を浮かべていて、この男を見た者がまず感じる印象は"曲者"であろう。

 髪は金髪で、灰色がかったその瞳には知性が感じられるが、どちらかと言えば狡猾さの方に使われているような気がしてしまう。


 しかし、そんな彼が今、アルベルティーヌに向けている表情は、そう言った外見から感じる印象からはかけ離れたものだった。

 安心と解放、と言った感じだろうか。

 それは、彼が初めに口にした言葉からも明らかだ。


 彼はアルベルティーヌに続ける。


「無事だからってなぁ……確かに怪我は無さそうだが。外出するときは誰か付けてけっつっただろうが!」


 その剣幕は激怒と言っていいものだが、アルベルティーヌはどこ吹く風。

 飄々とした口調で言い返す。


「そう言われてもねぇ……昔ならともかく、今の私はただの田舎の隠居婆だよ。誰かに遜られてありがたいものみたいに敬われるのはガラじゃないのさ」


 しかし、男の方も負けてはいない。

 矛を収めずに大声で叫んだ。


「身分を考えろ! 身分を!」


 ただ、この言葉の選び方は男にとってあまりいい方向に働かなかった。

 アルベルティーヌの瞳が爛々と光だし、男を責め立てはじめたのだ。


「身分じゃと? ほほう、ならばお前こそ考えるがいい。クロード。その身分には相応しくない悪所に出向くのは止せ」


 この言葉に、男は一点、形勢が悪くなったことを悟ったようで、しどろもどろに冷や汗をかき始めた。


「いや、それとこれとは……」


 そんな孫の様子を見て、呆れたらしいアルベルティーヌ。

 ため息をついて表情を穏やかに変えて言った。


「お前も往生際が悪いのう……。フロワサールの家に生まれたものは大体がそんなものじゃぞ。まともだったものなど、お前の父親くらいで、他は大体どこかネジがはずれてるもんじゃ。今さら注意されたところで治るものではないわ」


 その言葉には納得のいくものがあるらしく、クロードはしぶしぶとではあるが受け入れ、しかし最後に文句を一言付け加えるのを忘れなかった。


「……確かにそうだが、自分で言うかよ……」


 けれど、クロードにはたった一言の反論も許さないのがアルベルティーヌの流儀らしい。


「お前が自分で言わねば納得せんからじゃ。まぁ、そんなことはどうでもいい。それよりも、客じゃ。丁重に扱ってくれ。私のような年寄に手を貸して、ここまで親切に送って下さった方々じゃ」


 そう言って、アルベルティーヌはルルたちを示した。

 そこで初めてクロード、と呼ばれた男はルルたちに気づいたようである。


「……お? お前ら冒険者組合ギルドの……」


 どうやらクロードはルルたちを見たことがあるらしい。

 ルルたちは彼の顔に見覚えが無かったので、挨拶をする。


「初めまして、クロード様。私は初級冒険者のルル=カディスノーラ。こちらが……」


 ルルが隣の二人に促すと、


「私は同じく初級冒険者のイリス=カディスノーラでございます」


「そして、私が特級冒険者のゾエ=メルフォールでございます」


 必要最低限のことしか言わないのは、ルルにこの場での発言の全てを任せるという意図だろう。

 そういうところで、この二人は未だに、と言うべきか。

 ルルを主君として仰いでいるのである。


「あぁ、そうか。お前らが……俺はこのフィナルの代表のフロワサール家当主、クロード=フロワサールだ。しかし……腕利きってそう言う意味かよ」


 さらりと語られたが、彼はこの街で一番偉い人間らしい。

 ゾエの話に出てきた、切れ者の当主。

 そんな彼が、何か知っているような口調でそんなことを言うものだから、少し気になってルルが首を傾げると、クロードはそれに気づいて言った。


「いや、冒険者組合ギルドでお前らが腕利きだって聞いたんだがな。素性は聞いてなかったんだ。ただ、フィナルに闘技大会の優勝者と準優勝者、それに聞きなれない名前の特級冒険者が連れだってやって来たとは聞いてたからな。なるほど、そういうことかと思ったんだよ」


 お互いに事情が理解できたところで、アルベルティーヌが横から言う。


「あんたら、立ち話もなんだ。この家はデカさだけはあるんだ。どうせ話をするなら座ってするんだよ。そっちの竜の子もお腹が減ってるみたいだしね」


 言われてリガドラの方を振り返って見れば、確かにお腹を押さえながらぱたぱた飛んでいる。

 その表情は、まるで、いつまでもお菓子が出てこないので困惑しているような感じだった。

 お前は食い気しかないのか、と突っ込みたくなる有様であったが、まぁ、今はいいだろう。


「おっと、それもそうだな。エドガー! お客様だ。茶と菓子を応接室に用意してくれ!」


 そうクロードが言うと同時に、どこからともなく年老いた家令がやってきて、深々とお辞儀し、「承知いたしました」と静かに言って去っていく。

 それから、クロードがこっちだ、と言って館の中を案内してくれ、応接室に辿り着く。

 そこで応接室に入る前に、扉に手をかけながらクロードが言った。


「あぁ、そうだ。これは出来ればでいいんだが……俺には敬語はいらねぇぜ? 周りに人がいるときは面倒なことになるから気を付けてくれればな。うちの奴らだけしかいないときは問題ねぇ」


「……本当ですか?」


「嘘なんか言わねぇぜ。俺は堅苦しいのは苦手でよ……それに――ルル、あんたは兄貴が負けた相手だ。腹を割って話したい」


「兄貴……?」


 首を傾げたルルに、クロードはふっと思いついたかのように言う。


「そういやぁ、言ってなかったか? そうだな。大々的に広めてるわけでもねぇしな……氏族クラン"道化師の図書館フォッソル・ビブリオテーカ"のシュイ=レリーヴは、俺の兄貴だぜ?」


 何でもないことのように語られたその言葉に、ルルもイリスも驚いたのは言うまでも無い。

 ゾエだけはあまり驚いていない様子だったので尋ねてみれば、


「あぁ……私は知ってたから。ソランジュがそのシュイ=レリーヴって人の師匠をやってたらしいわよ?」


 と答えたので、さらに驚いた二人であった。


 ◆◇◆◇◆


「さて、と。それじゃあ、色々聞いてもいいか?」


 応接室のソファに全員が腰かけ、執事たちがお茶やお菓子を配膳し終わると、クロードはそう話し始めた。


「色々とは……何についてだ?」


 大体の予想はついていたが、一応ルルは尋ねる。

 敬語は使わずに。

 本人がいらないというのだから、問題は無いだろう。

 もちろん、時と場合は選ぶつもりだが。


「そりゃあ勿論、今日、壁の外で起こったことについてだ。お前らが手を貸してくれたんだろう? 聞いたぞ」


「耳が早いな。と言っても、大した話は出来ないんだが。もう聞いてるんだろう? 魔物の群れが……」


「あぁ。敵対してたんだってな」


 クロードは頷いてそう言った。

 ルルはその言葉に手を開いて答える。


「それを知ってるならもう話せることは無いぞ。あとはぜいぜい、森の様子くらいだが……そっちも報告は受けてるんだろう?」


 冒険者組合ギルドの情報とは言え、ことはフィナルの存亡にかかわる。

 フィナルを治めるフロワサール家に伝わっていないということはないだろうと思っての台詞だった。

 しかし以外にもクロードは首を振った。


「いや、まだだ。それは今日これから、ということになってる。この後、実は街の有力者やら団体の長やらを集めて集会をする予定だからな。冒険者組合ギルドとしては、その中でまとめて報告してくれるつもりらしい。森の様子と言っても、お前らが見てきたことだけじゃなく、以前の森の状況や近くを通った旅人なんかの話もまとめて分析されたものとしてな。もちろん、大まかな話なら既に聞いているんだが……その程度だ」


 冒険者組合ギルド職員が言っていた、「今日中に結論が出る」という言葉の意味は、これだろう。

 今日、ルルたちが報告したことに加え、冒険者組合ギルドが得てきた様々な情報を解析したものをたたき台に、クロードを始めとした街の有力者を集めた集会が行われ、そこで今後の計画が練られ、決定される、というわけだ。

 少しばかり悠長な気もしないではないが、魔物がフィナルに襲ってきたのは今日昨日の話ではない。

 一日、じっくり話す時間を取るのも選択の一つであろう。

 今日、街に来た魔物達も、ある意味ではイレギュラーなのだ。

 街を襲おうとしてやってきた、と言うよりは、あの地獄犬ヘルハウンドたちに追い立てられてきてしまった、と言うのが事実に近いのだろうから。

 それを考えれば、むしろ今日そういった会議を開こうとしているだけ、腰が軽い、と言うべきかもしれなかった。


「と言っても……そうなると、俺達に話せることなんて余計に何もないぞ? せいぜい、出てきた魔物の特徴くらいしか言えないしな。他には、森が妙に騒がしかったとか……」


 いくら実際に探索してきた、とは言っても一日二日見て回っただけなのだ。

 以前の森の様子を知らないため、そうそう比較も出来ない。

 だから見たままを語るくらいしかできないのだが、クロードはそれでもいいらしい。


「それで構わねぇよ。ただ、出来るだけ詳しく見たままを話してくれ。そっちの二人の姉さん方も頼む」


 そうイリスとゾエにも言った。


 促され、ルルたちは森で見てきたものを事細かに話した。

 クロードはそれを聞き、頷き、また気になったところは突っ込み、たまにルルたちに推測を尋ねるなどした。

 その様子から、クロードは自分の頭の中にある普段の森の様子と、ルルたちの見てきた今の森の様子とを比較しているのだという事が分かった。

 なるほど、これならクロードには森の異変がルルたちよりも深く理解できるだろう。


 そして粗方の事を語りきると、クロードはルルたちにお礼と労いの言葉をかけた。


「――よし、大体のことは分かった。やっぱり森の様子がおかしいな。まぁそれは始めから分かっていたことだが、今の森に、以前は見られなかった魔物が増えてきていることが確認できたのも大きい」


石像魔ガーゴイル独眼牛カトブレパスなんかか?」


 リガドラを知らない方の魔物達だ。

 こちらが、後から来た魔物だ、と考えるのは間違いではないだろう。

 クロードは頷いて答える。


「おぉ、そうだ。しかも五メートル越えと来たらな。そうそう見るもんじゃねぇ。となると問題はどこから来たかだが……この辺に、石像魔ガーゴイル独眼牛カトブレパスの住処なんかないんだがなぁ……」


 と首を傾げつつ。


「しかし、実際にいるのですから、どこかからやってきたのだとしか考えられませんわ」


 イリスがそう言ったので、クロードは頷く。


「全くもってその通りだ。しかし、それが分からない。分からないものはどうしようもない。だから、そこを考えるのは後回しにする。それよりも、問題はこれからどうするか、だ。とは言っても、問題は魔物が増えて、フィナルに襲い掛かってきているって事だからな。そうなると、これからの会議で、おそらくは森へ魔物討伐隊が組まれることになると思うが……単純に魔物の数を減らせばいいってもんでもなさそうな気がするんだよな」


 普通なら、魔物が増えたなら間引けばいい、と考える。

 しかしクロードはそうではないようだった。


「と言うと?」


 ルルが促すと、クロードは答えた。


「二つの魔物の群れが敵対している、となると、両方の群れの魔物を同じくらい間引けばいいってことになるだろうが……ルルたちの話を聞くとな。片方の群れは街の近くまで来ておきながら森に帰って行ったんだろう?」


「そうだな。襲い掛かってくるそぶりも見せずに」


 それはおそらくリガドラがいたからで、いなかったらどうなったかは分からないが、その辺の説明はしがたいのでとりあえず黙っておくことにする。


「となると、だ。むしろ、そちらの群れは放っておいて、新たに来た魔物の群れの方を減らせば、今まで通りの森や山に戻るんじゃねぇか?」


「まぁ……そうかもしれないな」


 古代竜エンシェント・ドラゴンがいない山が元に戻るのかは分からないが、何とも答えようがない。


「だから、俺は、これからの集会で、後から来た方の群れを重点的に討伐するように提案しようと思うんだが……その討伐隊に、お前らは参加してくれるか?」


 突然話が変わったように思えるが、クロードはルルたちを認識した時点で、そうするつもりだったのだろう。

 ルルはイリスとゾエに、目線でどうするべきか、尋ねるが、二人とも、ご随意に、と語っている。

 なので考えてみたが、クロードが立てているらしい計画を考えれば、参加せざるを得ないだろう。

 彼は、森と山を元に戻したいらしい。

 今までフィナルはログスエラ山脈の麓で、十分に魔物達と共存してきたのだから、出来る限りその生活形態を崩したくないということだろう。

 しかし、今、山には古代竜エンシェント・ドラゴンがいないはずだ。

 その状態で、新たに来たらしい魔物の群れを潰しても、もともといた魔物達に、フィナルに襲い掛かる余裕を与えるだけではないか、という気がする。

 その辺りを解決しないとどうにもならないのだが、そのためには、リガドラの協力が必要だろう。

 何が起こっているのか分からないが、リガドラはあの森と山の魔物に親愛の情を持っているようだったし、どうも今回のことには色々な事情が絡みあっている気がしてならないのである。


 だから、ルルは頷いて答えた。


「参加させてもらうよ。詳しいことが決まったら、連絡してくれ」

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