第172話 報告と家
フィナルの街に戻り、冒険者組合に行くと、何とも言い難い表情で冒険者組合職員がルルたちを見つめていた。
それもそうだろう。
依頼の受注、もしくは達成で何度もここを訪れるならともかく、ルルたちは何かしら問題が起こったがゆえに何度も訪れる羽目になっている。
しかも、依頼を受けてからさほど時間が立っていないのに、これで二度目である。
外で魔物警戒令を伝える鐘の音が聞こえたことが分かっていても、そんな表情になるのは仕方がないと言えた。
冒険者組合建物内を見ると、先ほど、フィナルの通りで転んでいた老女が端の方にあるテーブルに腰かけているのが見え、その隣にはゾエがいてこちらに手を振っていた。
二人のかけているテーブルの前には飲み物が置いてあり、あれから二人は一緒にいたのだという事が分かる。
妙にゾエと老女が一緒にいるのがしっくりくるのは、ゾエがソランジュと言う老婆に慣れているからだろうか。
話も弾んでいたようで、随分と仲よさげであった。
すぐにそちらに近づこうかと思ったが、今は魔物達のことについて冒険者組合に伝える方が先決だろう。
そう思ったルルはイリスに言う。
「俺が話してくるから、イリスはゾエと一緒に座っててくれていいぞ」
結局、先ほど小隊長にしたのと同じ話の繰り返しになる。
それならば二人でするのも無駄だし、イリスにはゾエにそれについて話しておいてほしいと思っての事だった。
以心伝心と言うべきか、イリスはそんなルルの意図するところを即座に理解したようで、頷いて、
「承知いたしましたわ、お義兄さま」
と頭を下げてゾエの方に向かっていく。
その後ろには未だに肩を落としているリガドラもいた。
ルルはそれを見届けると、自分もすぐに冒険者組合受付に向かったのだった。
◆◇◆◇◆
「なんだかまるであなた方が問題を運んできているように思えてしまいますね」
受付に近づくと同時に、そんな風に言われて出迎えられた。
とは言っても、皮肉、というわけではなくちょっとした冗談のようである。
その男性職員の顔には微笑みが浮かんでいたが、それは苦笑であり、お互いに面倒な事態に巻き込まれたものとしての軽い話題振りのようなもののように感じられたからだ。
「フィナルに問題がありすぎるんじゃないか? 俺達はたまたまやってきただけだからな。俺達のせいにされても困る」
「そうでしょうとも。我々としても頭が痛いところです……ところで、今回いらっしゃったのは……先ほどの件で?」
そう言って職員は真面目な表情に戻った。
仕事になるとしっかりとやるタイプのようで、ルルもまた同じように真剣な口調で話す。
「あぁ。魔物警戒令が鳴っていたろう?」
「ええ、北門の方からでしたね。もしや対応されたのですか?」
「あぁ。ログスエラ山脈の方から来た魔物だったようだからな。いつもならともかく、今は俺たちが一番、よく分かっている相手だ。何かの役に立てるんじゃないかと思った」
「なるほど……ログスエラ山脈にも麓の森にも、フィナルの騎士、冒険者は入れていないですからね。それで、どうなったのですか?」
「フィナルの国軍兵士たちが既に出ていたんだが、事情を話して俺達に倒させてもらった。やはり、魔物はログスエラ山脈のものだったが……何だか奇妙なことが起こっていてな」
そう切り出したルルは、そして魔物同士が敵対していたことを話した。
小隊長の言っていた推測も付け足して。
職員はその話一つ一つに頷き、それから全て聞いてから言った。
「お話は分かりました。ログスエラ山脈、それに森で何かが起こっているのは間違いないようですね。問題はその対応ですが……フィナルとしては、まずこれを領主様にお伝えしてから、ということになると思います。今日中には結論が出ることと思いますが、ルル様たちはどうなさいますか?」
「どう、とは?」
「これは私個人の推測になりますが、おそらく冒険者組合に対し、領主様の方から依頼が入ることになると思います。森、そして山脈に兵や冒険者を厳選して派遣することが必要になると思われますので……。今までのような中級程度の実力の者ではなく、上級以上が選ばれることになるでしょう。その際、ルル様たちがこの街にお入りになられたことは、領主様もご存知かと思いますので、指名依頼が入る可能性もございます。その際に、街の外にいらっしゃいますと、問題が……」
「しかし俺達はまだ依頼の途中だ。他の依頼を受けるわけにはいかないぞ」
ウヴェズド、それに国王からの依頼はまだ達成できてはいないのだ。
それを放り出すのは問題である筈である。
しかし職員は言った。
「今回は緊急事態に該当しますので、領主様が指名依頼を出された場合、そちらが優先されることになります。もちろん、その場合には本来でしたら、違約金が発生し、領主様がウヴェズド様、それに国王陛下に支払いの義務を負うことになりますが……陛下からはもしものことがあればルル様に対する自らの依頼は後回しでもよい、という旨のご連絡を事前に頂いております。もともと、ログスエラ山脈に何かしらの異変があるかどうかを調査するための依頼でしたので、実際に異変があった場合には、そちらの解決を優先せよとのことです」
慧眼、というほどでもないだろう。
古代竜がログスエラ山脈からいなくなり、魔物が活性化しているため、状況を調査して来いというのが依頼の内容だったのだから。
あまりにも魔物が活性化しすぎて、フィナルが危険な場合にはそちらに手を貸していいというのは、国王として当然の選択と言える。
ウヴェズドは国王と共に依頼をした時点で、依頼の取り扱いについては国王に任せたのだろう。
ルルは職員の言葉に頷き、それから言った。
「問題がないのならそれでいいが……つまり、俺達はどうしていればいいんだ?」
街にいろ、ということなのか。
遠出はするな、ということなのか。
その辺を聞いておきたいところだった。
職員は頷き、言う。
「今日のところはフィナルに待機していて頂けるとありがたく思います。その際、宿については宿泊される場所を冒険者組合に申告していただけると尚の事ありがたいです。もしよろしければ、冒険者組合の方でご紹介しますが……?」
しかしルルは首を振る。
「いや、それには及ばない。すでに宿は確保してあるからな」
双頭竜の世話をしてもらっているところだ。
宿を移すのも大変だし、このままの方がいいと思っての事だった。
ルルがその宿の場所を教えると職員は頷く。
「では、よろしくお願いいたします」
ルルはその言葉に頷いて、ゾエ達の方へと向かったのだった。
◆◇◆◇◆
ルルがゾエ達のかけているテーブルに近づくと、随分と和気藹々とした様子が伝わってきた。
イリスとゾエ、それに老婆が仲良さそうに語り合っているのはもちろんだが、リガドラもなんだかさっきよりはマシな雰囲気になっている。
なぜだろうか……と思って見てみれば、何か口元がぼろぼろとした何かで汚れている。
「……元気になったのか?」
そう尋ねてみれば、
「……きゅい」
と微妙な返事が返ってきたが、それでも落ち込みっきり、というわけではなさそうである。
まぁ、人でも落ち込んでから立ち直るのにはしばらく時間がかかるものである。
リガドラも竜とは言え、似たようなものだろうと思いそれ以上は突っ込むのをやめた。
それから、イリスがなぜリガドラが少しはましになっているのか説明する。
「この方が、お菓子をお出しになられたからですわ」
と掌でイリスが指し示したのは通りで転んでいた老婆だ。
怪我もなさそうで、元気そうであるのでそちらでも安心する。
「お菓子?」
「ええ……クッキーをお持ちになっていたようで、リガドラさんが余りにも元気がないので、食べるか、と下さって……」
「それは、何と言うか迷惑をかけたな、婆さん」
聞きながら老女にルルが頭を下げると、老女は首をゆっくりと振る。
「いや、いいんだよ……。困ったときは、助け合い、だろう?」
それはルルたちが老婆を助け起こしたときに言った台詞で、何だか気恥ずかしいような、嬉しいような気持ちになる。
「そう言ってくれるとありがたいんだが……そうそう、魔物警戒令はもう解かれたから、帰れるようなら帰宅しても大丈夫だぞ。良ければ送っていくが」
ルルがそう言うと、老女は、
「本当かい? ありがたいねぇ。年をとると一人で歩くのも不安だからね。そうしてもらえると助かるよ」
そう言って微笑んだのだった。
イリスもゾエも、それにリガドラもそれに問題は無いようで、それから四人と一匹は冒険者組合を出て、老女を家に送っていくことになった。
◆◇◆◇◆
「……家?」
ルルが首を傾げて目の前に聳え立つ巨大な建造物を見上げた。
「……これは家と言うよりは――館、と言った方が正確では?」
イリスも同じような顔で目の前の建物を見つめている。
「きゅっ! きゅっ!」
かつての自分の巨体を思い出すのか、大きいものが好きなのか、リガドラは少し興奮して左右に飛び回っている。
「妙に腹の座ったお婆ちゃんだと思ってたけど……なるほどね。立場ある人だったってわけか……」
ゾエが納得したように頷いて、隣で微笑んでいる老女の顔を見た。
「いやいや……大した家じゃないよ。ここは私の家、というわけじゃなくて、孫の家だからね。私の家はフィナルから離れたところにあるんだが……最近、ログスエラ山脈のことで危ないからって、息子と孫に呼ばれたのさ」
老婆は何でもないことのようにそう言った。
その家、と呼ばれる建物の門には、鎧を纏い槍を構えた門番が二人立っており、不審げに近づくルルたちを見ていたが、そのあとに老女の顔を見てその表情を変えて話しかけた。
「おぉ! アルベルティーヌ様! 一体どこに行ってらっしゃったのかと家の者が心配しておられます! どうぞ、早く中へ……!」
片方の門番がそう言っている間に、もう片方の門番は走って館の中に消えていく。
おそらくは老女――アルベルティーヌというらしい――の帰宅を伝えに行ったのだろう。
魔物警戒令が発令されている中、街にいたのだ。
それは心配しただろう。
しかし、家についたのだ。
これでもう安心だ、と思ったルルたちはその場を後にすべくアルベルティーヌに話しかけた。
「じゃあ、婆さん。俺達は行くよ」
しかし、アルベルティーヌは踵を返そうとするルルの腕を掴み、
「お待ち。少しくらいは時間があるんだろう? 寄っていくといい。お茶やお菓子くらいは出せるんだ……」
そう言って。
その言葉に、イリスが、
「けれど、私たちはこの後、ログスエラ山脈の調査に参らねばなりませんので、時間は……」
と言いかけたところで、ルルがそう言えばまだ伝えてなかったかと首を振って言った。
「あぁ、それなんだが、今日は出ないでくれと冒険者組合に言われてな。暇と言えば暇なんだよ」
「えっ、そうなのですか?」
驚いていたが、事情を説明すると納得したようである。
「なるほど、暇ね」
と全てを聞いたゾエが深く頷いてそうまとめた。
アルベルティーヌはそんな話の流れに乗り、
「だったらぜひうちに寄ってってくれ。それに、老い先短い私のような者の願いも聞いてくれてもバチは当たらないさ。いくら助け合いと言っても、お礼くらいはさせておくれよ……」
そこまで言われて、いいえ、と言えるほどルルたちは鬼ではない。
そもそも、ここで帰っても宿でごろごろするか、街に買い物に出るくらいしかやることがないのだが、魔物警戒令があった影響で、フィナルの店は早々と閉じてしまっているものが多かったのをここまでの道のりで見ていた。
ならば、アルベルティーヌの誘いに乗るのも決して悪くは無いだろう。
お茶を飲んで、雑談をするくらいの事だ。
とくに負担でもない。
それにリガドラが、アルベルティーヌが“お菓子”と言った辺りで目を輝かせている。
魔力を主食とし、他のものは補助、もしくは趣味で食べる生き物であるリガドラだが、好みと言うものがあるようで、アルベルティーヌの与えてくれたお菓子はその好みにどんぴしゃのようだった。
落ち込んだリガドラをこんな風に持ち直させてくれた恩もある。
そう言ったことを考えて、ルルはアルベルティーヌに言った。
「分かったよ、婆さん……おっと、こんな館に住んでいる人にこの言葉遣いは良くないか」
しかしアルベルティーヌは、
「何。うちの孫も口の悪さじゃあんたとどっこいどっこいだ。気にすることじゃない。さぁ、入るといい……」
こんな館に住んでいる者なら、間違いなく貴族のはずなのだが、それで口が悪いとはどういう者なのかと三人とも思ったが、かくしゃくと前に進むアルベルティーヌを見ていると、この婆さんを祖母とするならなるほど、そうなるのも分かる気がするなと思い、特に何も尋ねずについていったのだった。