第170話 一蹴
北門まで来ると、そこには兵士たちの警戒線が張られていた。
一般人は近づくことが出来ないようにされており、ルルたちも当然、止められる。
「ただ今、魔物警戒令が出ております! 一般の方は近づかないように!」
などと。
しかし、ルルもイリスも冒険者だ。
国家に仕えている訳ではないから一般人と言えば一般人なのだが、この場合に兵士が言った一般人とはつまり戦えない者と言う意味である。
だから二人とも冒険者証を出し、
「俺達は冒険者です!」
と言った。
赤銅色の冒険者証を見て怪訝な顔を一瞬浮かべた兵士だったが、しかし名前を読んではっとしたような顔になる。
「ルル=カディスノーラとイリス=カディスノーラって……闘技大会優勝と準優勝の!?」
顔は知られていないようだが、フルネームで聞けば分かるらしい。
二人が頷くと、兵士は警戒線の向こう側へと案内してくれる気になったようだ。
「こ、こちらです! お二人に力を貸していただけるなら、随分楽になります!」
フィナルは土地柄良く、魔物に襲われる。
その際に冒険者と力を合わせることは当然の理として飲み込んでいるようである。
他の兵士たちもルルたちが警戒線を越えてくるのを特に不思議そうには見ていなかった。
ちなみに随分楽になる、と発言した兵士だが、ルルたちの戦いぶりを見たことがあるわけでもないだろうにそう言ったのは、特級に準ずる実力を持っていると考えたからだろう。
実際、特級に勝利している二人である。
その考え方は間違いではない。
そうして北門を越え、街を覆う外壁の外に出ると、そこには陣を作って北門を守護すべく武具を構えている国軍兵士たちがいた。
まだ魔物は来ていないようだが、目を凝らせば見える距離までやってきているのが分かった。
「小隊長!」
ルルたちを案内してきてくれた兵士が、陣を構える兵士のうちで一番立派な武具を纏っている人物にそう話しかけた。
小隊長、と呼ばれたその男は前方に対する警戒を緩めず、そのままの状態で声だけを兵士に向ける。
「なんだ? そろそろ魔物がやってくる。お前は門内の市民の避難誘導に充てたはずだが……おや?」
そこまで言って、ルルたちの気配に気づいたらしい。
「そちらの少年たちは? 連れて来たからにはおそらく冒険者なのだろうが……」
その言葉に兵士は答える。
「こちら、ルル=カディスノーラ殿と、その妹君のイリス=カディスノーラ殿でいらっしゃいます! 闘技大会の優勝者、準優勝者の……!」
そこまで言われて、小隊長は理解したらしい。
驚きの籠った声で言った。
「なんと!? フィナルに入ったらしい、とは聞いていたが……事実だとは。お二人とも、もしや助力頂けるのですか?」
そこで初めてルルたちに話が向けられたので、ルルは言った。
「そのつもりです。ログスエラ山脈麓で、いくつかの魔物とも既に戦っています。おそらく、お役に立てると」
「あの森に入られたのですか……国軍ですら手こずっていると言うのに、流石ですな。では……陣のどこかに……」
ここで一緒に街を守れ、ということだろう。
けれど、ルルは首を振った。
「いえ、あまり街の近くで戦いますと、被害が出る可能性もありますので……もし、お許しいただけたら私と妹で片付けて参ります。いかがでしょう?」
たった二人の冒険者風情が、街を守る国軍兵士にこんなことを言うのは何事かと言われかねない台詞だった。
しかし、それはただの冒険者が言った場合である。
ルルとイリスは、特級にすら勝利した冒険者であるところ、そのことを認識している小隊長は少し考えてから言った。
「そうしていただけると我々としても助かりますが……魔物の数もここからではあまり分かりません。数が多く、撃ち漏らしなどが多くなり、広く散らされてしまいますと問題ですので……」
と、そこまで言ったところでイリスが無言で結界を二枚張った。
それはひどく長い結界だった。
ちょうど、フィナル北門から伸びるように扇状に張られたそれは、遠くに見えている魔物の影まで続いているようだ。
つまり、イリスは道を作ったのだ。
魔物がどれだけ広がろうとも、最後には北門に陣をとる、この部隊のところに辿り着くように、と。
「なんと……これは……!?」
巨大であり、長大なその結界は、一般的な魔術師に張れるような代物ではない。
それこそ一流を越えたところにいるようなものでなければ不可能だ。
闘技大会で勝った、とは言っても、実際に目にしてみれば年端もいかない子供にしか見えないルルとイリスである。
強いと言われても俄かには信じがたい部分が小隊長にはあったが、これほどの力を見せられてそんな感覚でいられるわけも無かった。
「これで、魔物が散らされる可能性はなくなった、と思います。問題はないと思うのですが、行ってきても?」
実際は結界の外側に魔物がいたらそういうわけにもいかなかっただろうが、ルルもイリスも、この程度の距離の気配察知なら間違えようがない。
結界の外側には、魔物はいない。
全て包んだと理解できている。
小隊長はそれから少し考えて頷くと、
「では、御頼み申します。御武運を!」
その言葉を聞いた直後、ルルとイリスは疾風の如く走り出した。
リガドラがルルの頭の上に載っていて、少し格好がつかない気がしないでもなかったが、飛んでも二人の速度についてこれないのだから仕方のないことだった。
◆◇◆◇◆
徐々に距離を詰めていくと、その姿も見えてくる。
小さく豆粒のようだった魔物の影は、今や巨大な身の丈を誇るおそろしい質量の化物たちに形を変えていた。
数は少なくはないが、決して多くもない。
魔物の群れ、と呼べるような数ではない。
全部で七体ほどであり、ルルたちにすれば大した脅威ではなかった。
森で見た石像魔が二体、独眼牛が三体に、女頭鳥が二体である。
それぞれ、あまり見ないくらいの大物であり、これが襲い掛かってきたら恐ろしいと考えるのが一般的だろう。
しかし、
「イリスは三匹な。俺は四匹やる!」
「承りましたわ!」
そんなやり取りだけで戦いに入ってしまう二人。
抜いた剣と短剣が閃く。
魔物達は数体とは言え、こうやって群れて人の街を襲いに来るだけあって、他のものよりも知能が高いようだ。
それぞれ種族の異なる魔物同士であるのに連携して襲い掛かってくる。
石像魔と女頭鳥は空を飛ぶことが出来るため、素早い動きでルルたちを翻弄しようと縦横無尽に空を駆け、そちらに対応しようとすると独眼牛が足元をすくいに突進してくる、という寸法だ。
ばさばさと風のような速度で頭上をかける女頭鳥はその鋭い脚の爪でもってルルたちの頭部を狙ってくる。
石像魔は全身が石の如くであり、その重量も相当なもののようで、女頭鳥のような斬撃に近い攻撃を、というよりかは重量をそのまま攻撃力に変えるべく、押しつぶそうと空から落下してくるような攻撃をしてくる。
そのどちらも、五メートル近い巨体で行われるのだから一撃でも食らえば人は一瞬で肉塊になるだろうことは想像に難くない。
一般的な石像魔や女頭鳥の大きさは二メートル弱で、人よりやや大きいか、同じくらいなのだが、それでも恐ろしいとされる攻撃だ。
二倍以上の体躯でもってそんなことをされれば、実力のない者はひとたまりもないだろう。
けれど、ルルもイリスも、特級が口をそろえて認める実力者である。
ただ大きいだけの獣に仕留められるような的ではない。
ルルは素早く滑空して頭部を狙う女頭鳥の羽をすれ違いざまに切り落とし、地上に落とすと、空に戻れずに痛みに苦しみ喘ぐ女頭鳥の頭部も落としてしまった。
石像魔については、剣で切り落とすと刃が欠けるかもしれない、と考えたのか拳に魔力を籠めてそのまま直接ぶん殴り、砕いてしまった。
イリスも似たようなもので、空から二手に分かれて襲い掛かろうとする女頭鳥と石像魔の足をすれ違いざまに引っ掴み、そのまま地面にびたん、と叩きつけてしまった。
魔力で強化したからと言って、とても人の力で出来るようなことではないのだが、イリスは涼しげな顔である。
しかも、その後突っ込んできた独眼牛の突進も身一つで受け止め、裏返しにした上で頭部を叩き、絶命させてしまった。
そのあと、あまった魔物――独眼牛二体をどうすべきかとイリスが振り返って見ると、ルルが腰だめに剣を構えている姿が見えたので問題ないだろうと手出しは控えた。
二体の独眼牛はルルに向かって一列に並び、一直線に突進している。
前方の一体が外しても後ろのもう一体が確実に致命傷を与えようと言う算段だったのかもしれない。
けれど、そんな狡い戦法が効く様な相手ではないことを。独眼牛はよく理解しておくべきだった。
二体の巨大な一つ目の牛のうち、前方の一体がルルに衝突する直前、ふっと一陣の風が行き過ぎたように辺りが静かになった。
そして、気づいた時には、ルルは二体の独眼牛の遥か後方に、剣を鞘に納めながら立っていたのである。
何が起こったのか、独眼牛にはとてもではないが理解できなかっただろう。
しかし、現象は明確に起こった。
ほんの刹那の後、ずず、と二体の独眼牛の体の中心に赤い線が入ったのだ。
まだ、独眼牛たちは自分の状況を理解しておらず、動いている。
しかし、時は無情にも過ぎていき、彼らの命を奪っていくのだ。
彼らの中心に入った線は、そのまま分かれ目となり、二体の巨大な牛は左右に自らの体を分かたれて倒れたのだった。
どくどくと血液が地面を赤く染めていく。
一瞬の早業というしかないルルの所業。
けれど、イリスはさして驚くことは無かった。
なぜなら、これはルルの実力の一端に過ぎないということをよく知っているからだ。
「さて、これでフィナルが襲われる危険は去ったな……」
ルルが振り返ってそう呟くと、イリスは、
「そうですわね……お疲れ様でした。お義兄さま」
と言う。
「お前もな、イリス」
とお互いに労をねぎらっている中で、リガドラは倒れた魔物達をちょんちょんと突いては、動きそうな気配を感じてびくりと驚いている。
「……何をやってるんだ」
ルルが尋ねれば、
「きゅいー……」
と落ち込んだ様子でとぼとぼとルルの方に舞い降りてくる。
どうやら、全然戦いの役に立てなかったことに落ち込んでいるらしい。
「別に期待してないからいいって……」
「リガドラさんは癒し枠ですから。ぱたぱたしてくださればそれでいいのですわ……はて?」
二人がそんな風にリガドラを慰めていると、ふと、気配を感じた。
フィナルの方ではなく、森の方からだ。
「どうやらまた魔物が来たようだが……」
「それにしては、様子がおかしいですわ?」
イリスが首を傾げる。
そのイリスの反応はルルにも理解できた。
なぜなら、こちらに向かってきているらしい魔物の群れは二グル―プの様であることがその気配から理解できるのだが、片方が片方を追いかけているような、そんな様子なのである。
「行ってみるか?」
ルルがイリスにそう尋ねると、
「ええ。もちろん!」
と頷いたので、二人でその魔物達の方に向かって走り出した。
◆◇◆◇◆
「凄まじいな……」
そんな言葉を放ったのは、フィナルを守護する国軍兵の小隊長である。
その言葉に陣を固めていた他の兵士や、ルルたちをここまで連れてきた手前、そこを離れずにいた案内役の兵士も頷く。
「やはり闘技大会優勝者となりますと……あれくらいの実力がなければ話にならない、ということでしょうか……」
「だとすれば、闘技大会など何があっても出場したくはないな。あんなものと戦うのでは命がいくつあっても足りん」
小隊長は肩を竦めながらそう言う。
さらに、
「しかし、味方となればあれほど心強い者はいないだろう……すべての魔物を無傷で倒してしまったのだからな……さて、我々も彼らをここで出迎えて、通常業務に戻ると言うことになろうが……」
と言おうとしたのだが、なぜか遠くに見えているルルたちの様子がおかしいことに小隊長は気づいた。
いつまでもこちらに戻ってこないのだ。
しかも、少しずつフィナルを遠ざかっている。
「……? まさか!」
その行動の意味に気づいた時、小隊長は部下たちに指示を出した。
「まだ魔物がいるのかもしれん! まだ陣は解くな!」
そんな風に。
気が抜けかけた兵士たちはその言葉に再度、気を張り、次なる脅威が訪れないことを祈った。