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第166話 伝わる話

「これ、使えるかしら?」


 ゾエが職員の男性にそう尋ねると、男性は答える。


「ええ……問題ありませんよ。冒険者証は、国を跨いでも問題なく使えるものですから冒険者組合ギルドがある国なら、どこでも。ただ、冒険者組合ギルドを受け入れていない国とか、色々制限を付けている地域とかはありますから、そういう場所であれば使えないこともありますが……そう言った事情がお有りですか?」


 ゾエとしては、五十年前の冒険者証と言う年代物でも問題なく使えるのか、という意味で聞いたのだが男性はレナード国外で作った冒険者証をレナード国内で使うことが出来るのか、という意味だと勘違いしたらしい。

 訂正しようと思ったが、男性はゾエの冒険者証を執務机の上にある魔法具らしきものに通しながら話しており、問題なく使えているようなのであえて遥か昔に作ったものである、という話をせずともいいかと何も言わないことにした。

 問題があれば、そのときに何か言う事だろうというのもあった。


 職員の男性は冒険者証を通したあと、空中に薄い結界が張られているかのように浮いている板のような場所に表示される文字列を見ながら色々と作業している。

 そこに書いてある内容をゾエが横合いから覗きこむと、ゾエに関する情報が表示されているようである。

 その中には登録した年月などの表示もあるはずなのだが、文字列を見ている職員は不思議そうに口を開いた。


「ははぁ……特級の方のカードを処理するのは初めてではないのですが、特級上位の方ともなると、そのカードは、やっぱり特別製なのですね。職員でも非開示の情報がたくさんあります……」


「そうなの? 私はよく分からないのだけど……どういう情報なら見れるのかしら?」


 ゾエは職員の言葉にどれくらいのことが見れるのかを尋ねる。

 すると職員は、


「お名前とランク、それに現在受注中のご依頼だけですね。本来なら登録年月日やご年齢、種族や過去の受注依頼や依頼達成率なども確認することが出来るのですが……ゾエ様についてはその全てが非開示情報となっております。内容を確認できるのは、ゾエ様ご本人と、それに、指定の冒険者組合長ギルドマスターのみ、ということになっていますね。やはり、特級上位の方ともなると、冒険者組合ギルドとしても機密性が高いということでしょう」


 と語った。

 それだけの内容を一職員に見られるとゾエとしても困るのは間違いない。

 悪いことをしている訳ではないので、見られたところで捕まるということにはならないだろうが、根掘り葉掘り聞かれる可能性はあるだろう。

 それが何かの問題の種になるのは避けたいところで、見れないと言うならありがたいことこの上ない。

 適当に頷いて、


「へぇ、そうなのね……」


 と言って当たり障りのない受け答えをし、冒険者証が使えることを確かめてすぐにその場を離れることにした。

 他の受付ではルルたちが自分たちの依頼について確認しているようだったので、ゾエはそちらに近づく。

 


 ゾエが離れたあと、ゾエの冒険者証を魔法具に通した職員が不思議そうな顔で、


「……なんだ、この画面は?」


 と首を傾げて文字列を眺めていた。

 そこには先ほどまでなかった真っ赤な文字で、


「至急! レナード王国北部冒険者組合長ノース・マスターに連絡!」


 と記載され、点滅している。

 職員はそういう表示が魔法具になされたときは、即座に連絡しなければならないと口を酸っぱくして先輩たちから教えられていたことを思い出し、焦り出す。


「な、なんだ、何が……!?」


 言いながらその魔法具を閉じ、その場から立ち上がってフィナル冒険者組合ギルドの三階まで走り出した。

 そこには他の冒険者組合ギルドに連絡をつけるための高価で貴重な魔法具が設置してあり、このような場合に使用することが許されている。

 使用には大量の魔力が必要なため、一度使うと再度使用するまでに一月はかかるため、おいそれと使用するわけにはいかないものだが、今回はそれを使わざるを得ない。


 職員の男はそういった魔法具が設置してある三階の部屋に飛び込み、大急ぎで報告内容を打ち始めた。


 ◆◇◆◇◆


「何か面白い話でも聞けた?」


 ゾエは、職員と会話しているルルとイリスにそう尋ねる。

 職員は突然やってきたゾエに何か注意しようとしたが、ルルとイリスが特に不快そうではなく、またゾエの言葉に返答を始めたから知り合いかと理解したようだ。


「いや、これといって特別な話はないな。ただ、やっぱり魔物が荒れているっていうのは事実みたいだ」


 ルルの言葉に、職員の女性が注釈を入れる。


「フィナルまでやってくる魔物の数も例年と比べると三倍から四倍ほどに増えていて、非常に危険な状態にあります。王都の方からいくらかの人的・物的援助も送られていますので何とかやっていけてはいるのですが……このままですと、いずれ限界が来るものと思われます」


 意外にかなり危険な状態にあるらしく、ことは一刻を争うようである。


「まぁ、そういう訳だから、俺たちが見に行ったところでどうなるという訳でもないだろうが、ログスエラ山脈の現状についての情報は喉から手が出るほど欲しいらしくてな。出来るだけ早く行って来てほしいとのことだ」


「ええ、我々冒険者組合ギルドとしましても、何度か冒険者をログスエラ山脈まで派遣したのですが、戻って来ませんので……。派遣した冒険者のランクは中級下位から上級下位までの間です。これ以上となると、フィナルの防衛の面からも中々派遣が難しく、困っておりました。それで……」


 そこで職員の女性は少し声を潜めて続ける。


「ルル様とイリス様は闘技大会の優勝者・準優勝者であらせられ、またウヴェズド様からの推薦もされているとお聞きしました。ゾエ様も特級上位であると……。そんな方々に調査に行って頂けるのでしたら、こちらとしても渡りに船です。陛下の方から、国に対する報告は冒険者組合ギルド経由で、と命じられておりまして、情報の共有についても裁可を頂いておりますので、行って頂けると非常に助かります。報酬に関しましては、ウヴェズド様、レナード王国、それにフィナル冒険者組合ギルドから別々に出されることとなっておりますので、その点につきましても決して不利な取り扱いは致しません。どうか、よろしくお願いいたします……」


 と深々と頭を下げて言われた。

 ゾエは直接依頼を受けていた訳ではなかったのだが、冒険者組合ギルドからの計らいでその分も依頼料を上乗せしてくれるということらしい。

 それだけ困っている、ということなのだろう。

 三人は頷いて、出来るだけ早い出発をすることを約束し、冒険者組合ギルドを出たのだった。


 ◆◇◆◇◆


 フィナルより伸びる街道を南に進むと王都に辿り着くが、街道は西にも伸びていた。

 そちらを進めばいずれ深い森を抜けた先に、いくつもの洞窟が口を開いている奇妙な場所に辿り着くことになる。

 そしてさらに奇妙なことに、その洞窟を行き来する多くの人がいることに気づくことだろう。

 そこは、実のところただの洞窟の集合体ではなく、街であった。

 地上にではなく、洞窟の中、地の底に多くの階層が設けられ、そこに都市が築かれていると言う、そういう街なのだ。


 だから、洞窟に入って行く人々は絶えず、また洞窟の大きさもまちまちだが、大きなものは大型の馬車が問題なく入ることの出来る大きさをしている。


 この街の名は、地底都市テラム・ナディア。


 かつて、巨大な地下帝国を持っていたと言うドワーフ達の住んでいたとされる、打ち捨てられた地底都市を、亡国の流民が自分たちの住処として使い始めたことがその始まりと言われる特殊な成り立ちの都市だった。

 その歴史は長く、フィナルと同様、王国の建国に張り合えるほどである。

 そんな都市の中、地下三階に当たる部分は冒険者組合ギルドのレナード王国北部地域の本部として活用されており、数多くの冒険者組合ギルド職員と、重鎮たちが忙しく歩き回っていた。

 その中でも中心に位置する場所に設けられた岩と土で築かれた大きく立派な建物、その最上階に位置する五階の執務室の中で、一人の男が小さな眼鏡をかけつつ、唸りながら報告書を呼んでいた。

 

 その容貌は巨大であり、明らかに人族ヒューマンではない。

 真っ白で大きな頭に、その巨体のために設えられえたであろう、頑丈そうな椅子の後ろを見ればそこから伸びる長い尻尾が見える。

 海人族アクアリス――その中でも最も巨大で長命とされる鯨の相の強く出たものであることは明らかだ。

 地上においては、人と鯨の混じりあった、ともすれば不格好とも感じさせるその容姿。

 しかし、その瞳には確かな知性と落ち着きが宿っており、彼が獣とは異なる存在であることがはっきりと理解できた。


 そんな彼の正面には汗だくの冒険者組合ギルド職員が、目の前の海人族アクアリス)が報告書を読み終わるのを直立不動で待っている。


 そして――


「ふむ……承知しました。まさか、今になって現れるとは思いませんでしたが……いやはや、懐かしい名です」


 と、その容姿からは想像しにくい大らかで柔らかい声が部屋に響いた。

 彼の瞳にはその言葉通り、懐かしそうな光が宿っており、温厚で優しげなその性格がうかがい知れる。


「お知り合い、なのですか?」


 職員が海人族アクアリスの男性にそう尋ねると、男性はゆっくりと頷いて答えた。


「ええ、ええ……私の若いころ……と言っても、今の貴方よりは年を取っていましたが、それくらいの時に、お世話になった方なのです。ある日突然、そのお名前も、消息も聞かなくなってしまい、心配して探していたのですが、見つからずに五十年の月日が過ぎてしまいました。ですから、またこうやってその名を聞けることが嬉しくてなりません……」


 その心からの嬉しそうな声に、職員の男は驚く。

 彼は、目の前にいるその海人族アクアリスの男性がこれほどまでに感情を露わにしているところを見たことがなかったからだ。

 しかも、海人族アクアリスの男性は眼鏡を外してケースにしまい、立ち上がりながら言うのだ。


「こうなっては、御挨拶しにいかないわけには参りません。積もる話も――向こうにはなくとも、私には沢山あることですし……馬車は出せますでしょうか?」


 北部冒険者組合ギルドを治める立場にある海人族アクアリスモイツ=ディビクは、そんな風に職員の男性に尋ねた。

 レナード王国冒険者組合ギルドにおいて、大組合長グランドマスターを除けば最も上位に位置する四方組合長クヴァル・マスターの一人、北方冒険者組合長ノース・マスターモイツ。

 彼がこうやって自らの希望に従って行き先を決めることなど、ほとんどない。

 あっても、それは余程の重大事の時だけで、他の時間は執務に費やし、忙しくしている。

 なのに、彼は特級冒険者とは言え、一人の冒険者のところに行かなければならないと即座に決断してしまったのである。

 一体それは何者なのだろうかと職員の男性が思うのも無理のないことだった。


 個人的に世話になったということだろうか。

 いや、先ほどの言い方からすると、そういう感じではない。

 そもそも、冒険者組合ギルドに登録しているのであり、フィナルの冒険者組合ギルドから連絡が来たのだから、その関係での知り合いなのであろう。

 しかも、五十年前の知り合い、ということはかなりの高齢である筈である。

 よく生きていたものだ、と思う反面、モイツ自身が生存していることからすれば特におかしなことではないとも感じる。

 モイツは海人族アクアリスの中でも長命な鯨の因子をその身に宿しているから、優に五百年、場合によっては六百年ほど生きることもあるらしいと聞いたことがある。

 その知り合いも、そのような存在なのかもしれない、と考えるが、しかし先ほどの報告書をちらりと見た限り、種族は人族ヒューマンと記載してあったことを思い出す。

 やはり、かなりのお年寄り、ということなのかもしれない。

 だから、向こうをこちらに呼びつけると言うのは体力的に難しいために、モイツ自身が行くという事だろうか。


 一瞬でそこまで考えるが、結局見た目に関する情報は送られてこなかったので、なんとも言いようがない。

 連絡してきた者も相当慌てていたらしく、仕方のないことだろう。

 緊急連絡が魔法具を通じて求められるのは、滅多にないことであり、しかもカードを通しただけでそんなことになることはほぼあり得ないからだ。


 考えても仕方ないか、と職員の男性はそこで思考をやめ、モイツの言葉に返答する。


「では、すぐに手配いたします。東の第二大洞窟門にてお待ちしておりますので、ご用意が整い次第、出発させていただきます。それでは、失礼いたします」


 男性はそう言って色代し、部屋を出て行った。

 彼を見送ったモイツは部屋の隅にかけてあった外套を纏い、幅広の帽子を被りながら微笑みつつ呟く。


「――変わっておられないのでしょうね、あの方は、昔から本当に不思議な方だった……かなり、お年を召されたかもしれませんが……それでも会うのが、楽しみです」


 そうして、モイツは飴色のトランクに様々なものと詰めると、楽しそうな足取りで部屋を後にしたのだった。

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