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第164話 出発

「……こんなものかな?」


 補充が必要なものをいくつか村で買って馬車に積み直し、またしっかりと馬具を双頭竜に繋いで引き出してから、ルルはそう言った。

 イリスもそれを見て頷き、


「忘れ物はありません。いつでも出発できますわ」


 と言った。

 村の入り口には村人たちが幾人か見送りに来てくれている。

 仕事でどうしても手を離せない者以外は大体いて、それはルルが橋のかけ直しに協力したこと、子供たちを探して魔物から助けたこと、それにイリスが子供たちに稽古を付けたり、村の女性たちと共に料理をしたことなどによって築かれた仲があるからだ。


「また来てね、お姉ちゃんも、お兄ちゃんも!」


 冒険者志望の娘、ステファニーがそう言った。


「あと何年かしたら、俺達も王都に会いに行くから、頼むぜ!」


「僕も!」


 同じく、イリスに冒険者講義を受けた二人、ユルクとティメオもそう叫ぶ。

 三人とも、その技はソランジュに学んだものだという事が明らかになった今、彼らの言っていることが真実になるのはまず間違いないと思っていいだろう。

 木刀を合わせたとき、妙に洗練されていると思ったが、今にして思えば納得である。

 古代魔族であるゾエに学んだソランジュ、そしてその弟子である彼ら。

 言うなれば、古代魔族の孫弟子に当たるわけで、改めて考えてみると凄いことだが、ユルクたちはそれを知らないのである。

 いずれ、話すこともあるかもしれない、と思いつつも、それはだいぶ先の事になるだろう。

 当たり障りのない返答を彼らに送る。


「そのときは氏族クラン"時代の探究者エラム・クピードル"を訪ねるといい。俺か、イリスの名前を出せばいいからな」


 ルルのその言葉に三人は頷いた。

 グランたちの名前を知っていただけあり、氏族クランの名前もある程度知っているようである。

 氏族クランの名を聞き、三人とも一瞬目を見開いたが、すぐに納得したような顔をしていた。


 村人たちも、


「お前たちが来てくれたお陰で色々はかどったぜ。また来てくれよ!」


「イリスちゃんにまだ教えていないレシピもたくさんあるから、時間があったら寄ってくれると嬉しいわ。私たちも王都の料理を教えてもらえてうれしかったし」


 と再度の訪問を望んでくれているようで、ありがたかった。

 いつになるかは分からないが、また来ようと思った。


 それから、あらかたの村人と挨拶して、ルルとイリスはふっと森の方角を見た。


「……来るかと思ったんだがな」


 ルルがそう言う。


「どちらにしろ、私たちの同族であるという事は変わりませんわ。いつになるか分かりませんが、また会いに参りましょう」


 そう言って頷く。

 馬車に乗り、双頭竜の背中に乗るリガドラにルルが、


「出してくれ」


 と言うと、


「きゅい!」


 と返事をして、双頭竜に話しかける。

 双頭竜は頷くと、


「ぎゃお、ぎゃお……」


 と鳴きながら、ゆっくりと進み始めた。

 本来ならもっとスピードが出るのだが、村の周辺でそんな速度を出しても騒音やら砂埃やらが舞って迷惑だろう、という配慮だ。

 スピードを出すのは街道に出てからでいい。

 そう思って、ルルとイリスはだんだんと遠ざかっていく村人たちに、馬車の幌から顔を出して手を振り続けた。


 ◆◇◆◇◆


 そうして、村が見えなくなった頃のことだ。

 人との別れのあとの、少し湿った空気の中で、ルルもイリスもどことなく言葉を出しにくかったそのとき。


 どこかから、音が聞こえてきた。

 軽やかな、何かの駆けてくるような音だ。

 一体何が――。


 そう思って、ルルとイリスが幌から顔を出し、その音の方向――馬車の背後を見てみると、そこには、


「陛下! イリスちゃん! 待ってぇぇぇ! 私も行くわぁぁぁ!」


 そんな風に叫んで、アウルベアの背中に乗っかって追いかけてくるゾエがいた。

 アウルベアの体、胸や腰の辺りには、子供のアウルベアもくっついているが、その重みをものともしないで走っている。


「ゾエ!? お前、ソランジュと一緒に暮らすんじゃなかったのか!?」


 とうとう、馬車の横まで付けてきたゾエに、ルルが尋ねれば、


「色々話し合ったんだけど、やっぱり二人についていこうかなって……だめかしら?」


 その言葉にイリスは、


「何も、問題はありませんわ! どうぞ、こちらに!」


 と答えてアウルベアの背中に向かって手を差し伸べた。

 それを見て、ルルも同じように伸ばし、ゾエが二人の手に捕まったのを確認し、二人はゾエを馬車の方に引き上げる。

 それから、ゾエはアウルベアに向かって言う。


「送ってくれてありがとう! 元気でね! あとこれあげる!」


 と言って、そこそこの大きさの肉の塊をぶん投げると、アウルベアはそれを口で受け取って停止した。

 どうやら、食べ物で釣ってここまで乗せてきてもらったらしい。

 しかし魔物相手にそんな方法が使えるのかとルルもイリスも驚く。


「魔物も高位になってくると、意外に話が通じたりもするのよ? ま、あのアウルベアはリガドラちゃんが話を通しておいてくれたお陰で、私の話も聞いてくれたみたいだけど」


 とゾエは事もなげに言う。

 やはり、かつて竜騎士だった、という経験があるからだろうか。

 魔物の性質について、彼女はルルやイリスよりも詳しいらしい。

 そんな彼女に、ルルは言う。


「てっきり、もうずっと村で暮らすものかと思っていたが……なぜ心変わりしたんだ?」


「ソランジュが言ったのよ。素直になれって」


「素直になると、俺達についてくることになるのか? もしそれが、“魔王”に対する忠誠心からだって言うなら……」


 遠慮する、と言いかけたルルに、ゾエは首を振って言う。


「違うわよ。まぁ、そういう部分も全くない、とは言わないけれど……単純に思ったのよね。あなたたちと旅するのは、きっと面白いんじゃないかしらって。それに、貴方たちには常識的な思考の出来る者が一人はついていかないと危なっかしいとも思ったし」


「常識って……おい。俺達はそこまで酷くないぞ」


 微妙に心外だ、という風にルルは言ったが、イリスは少し考えてから言った。


「……いえ、お義兄にいさま。私もここまで感じなかったわけではないのです。私も、お義兄にいさまも、少し……ずれているのではないかと」


「な、なにっ!? バカな……俺はこの時代で生まれ育った筋金入りの現代っ子なんだぞ! 古代魔族そのままの二人よりは常識が……」


 余程意外な台詞だったのか、ルルは少し焦りながらそう言った。

 しかし、イリスもゾエも首を振った。

 無言ではあったが、その意味するところを理解できないルルではない。

 深刻そうな表情で、


「……そこまでか?」


 と改めて尋ね、二人が頷いたのでがっくりと来た。


「どこが、と聞きたいところだが……」


 その質問には、ゾエが答える。


「何か一つを指してこれ、ってわけでもないんだけどね。雰囲気とか受け答えとか? どことなく浮世離れしてるのよね……田舎者っていうのも感じるし」


「田舎者……なるほど、カディス村は辺境でしたから、そう言われるとそうですわね」


 とイリスが納得したように頷く。

 つまり、ルルとイリスは都会の常識を分かっていないおのぼりさんだ、と言いたいのだろう。

 そしてその部分は否定できない。

 その上、古代魔族として生き、形成してきた感覚が現代の感覚と少しずれているため、余計に当たり前の常識を分かっていないように見える、というわけだ。

 それもまた、否定できない。


 ルルはなるほど、と頷き、


「確かに……俺達にはお前が必要なようだな、ゾエ」


「そう言って頂けると嬉しいわ」


「だがな……ソランジュのことはいいのか? 何と言えばいいのか分からないが……現代にいるたった一人の家族だろう?」


「それもそうなんだけど……何十年と経ってしまったから。私も、あの娘も、もう良くも悪くも子供じゃないのよ。ずっと一緒にいるより、たまに会う、くらいが自然なのかもしれないわ……」


 と少しさびしそうに言った。

 ゾエは続ける。


「それに、あの娘には弟子もいるみたいだし、充実して人生過ごしているって話よ。私がずっと一緒にいなくたって、立派に過ごしていけるのよ」


「ソランジュがそう言ったのか?」


「ええ、昨日から、朝まで話してね。私があの娘といられなかった数十年の話をしてくれたわ。それに、今の世の中のこともね。それを聞いて、尚のこと思ったの。娘が、自分の人生を楽しく過ごしているんだから、私もそうすべきなんじゃないかって。ソランジュもそう言うのよ。私は楽しいのですから、母さまにも生きていて楽しいと思って頂きたいって」


「確かに、ソランジュは会ってからずっと、楽しそうだったな。ゾエのことを話しているときは辛そうにしていたが……起きてからはやっぱり楽しそうだったし。人生を楽しむ達人って奴なのかもしれない」


「ええ、きっとそうよ。いい年のとり方したわよね、我が娘ながら。私も、いつかはああいう風になりたいわ」


 と、ゾエはすっきりした様子で言った。

 きっと語らなかった色々な話が他にもゾエとソランジュの間でされたのだろうが、そこまで突っ込んで聞くことでもないだろう。

 とにかく、ゾエはルルたちについてくることを選んだのだ。

 その決断を受け入れこそすれ、否定すべきではない。

 そもそも、現代で数少ない仲間がこうやって旅に加わってくれて、うれしいのは間違いないのだ。

 ソランジュとだって会おうと思えばいつでも会えるのである。

 暗い空気を作ることではないだろう。


 そう思って、ルルとイリスはゾエを歓迎することにしたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 一段落したところで、三人はこれからの話に入った。

 馬車の御者はリガドラに丸投げだが、問題なく操れているようなので構わない。

 人やその他の障害物にぶつかりそうなときは、ルルが周囲に気を配っているので事故の心配もない。


「それで、これから向かうのは……」


 ゾエが言葉を切ったので、イリスが継いだ。


「城塞都市フィナルに参る予定です。目的地はログスエラ山脈なのですが、馬車のまま行くわけにも参りませんし、依頼ですから、フィナルの冒険者組合ギルドに断ってから行く必要があるので」


「あぁ……何か情報が聞けるかもしれないものね。ログスエラ山脈に行く目的は?」


 これにはルルが答える。


「表向き、というか依頼はログスエラ山脈の異変の調査、ということになっているな。あの辺りは今、魔物達が荒れているらしい。それもこれもあの山の主と言われる古代竜エンシェント・ドラゴンに何かあったからじゃないか、と予想されていたらしいんだが……」


 そうしてちらり、とリガドラの方を見る。


「あの子が……そうなのね」


 呆れたようにゾエが言う。


「ま、そう言う事だな……。だから、あいつ――リガドラを山に帰せば異変も鎮まるんじゃないかと俺達は考えている。それが俺達の本当の目的だ。あと、ついでなんだが、ログスエラ山脈で素材採集だな。魔物もそうだが、植物関係にも結構貴重なものがあの山では取れるらしい」


 そう言ってルルがログスエラ山脈で採取出来るらしい素材の名前をいくつか挙げると、ゾエも古代魔族らしくそれが貴重な品であることが分かったようで、納得したように頷いた。


「前に起きてたときもそういうものを仕入れたことはあるけど、確かにログスエラ山脈で採れるものが多かったわね……ソランジュを育てる方に心血注いでたから、素材集めはあんまりだったけど」


「そう言えば、詳しく聞いてなかったが、ゾエはソランジュと一緒にいた十年間、どこで何をしてたんだ?」


 村にいたことが多かっただろうが、それにしては村の外のことにゾエは詳しいと思っての質問だった。

 ゾエは答える。


「基本的には、村にいたわよ。ただ、やっぱりある程度稼がないといけなかったからね。冒険者としても働いたことがあるわ。まぁ、お金になりそうな依頼を沢山受けて、まとめて処理してたって感じだったけどね」


「それは……まぁ、効率的だろうが……」


 相当目立ったのではないだろうか、とルルもイリスも思った。

 しかしゾエは言う。


「目立たないように色々努力はしたからね。組合長ギルドマスターとかと知己を得て、出来るだけ名前が広まらないように依頼を受けたりとか……。あの頃知り合ったみんな、今も生きてるのかしら? 五十年以上前なのよね、確か今って……流石に人族ヒューマンは厳しそうだわ……」


 と独り言のように。

 十代二十代の若者だったのであればまだ十分に可能性はありそうだが、今のゾエを見て、当時のゾエであると確信できるような者は殆どいないだろう。

 古族エルフには見えないし、そうであれば他人の空似だと思う可能性が高いからだ。

 そういう意味でも、今のゾエに知り合い、と呼べるものはルルとイリス、それにソランジュしかいないわけだ。


「ま、色々あるだろうけど……これからよろしくね、二人とも」


 ゾエはそう言って笑い、改めて二人に握手を求めた。

 二人はその手を掴み、こちらこそと言ったのだった。

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