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第161話 すれ違い

 リーヴに魔術を教え始めてから二週間が経過したころのことだ。

 そのときにはリーヴは殆ど基本を身に着けていて、これ以上、ソランジュが教えることはなさそうだった。

 あえて言うなら、実戦を行う事だろうが、そこまではソランジュには求められていない。

 期日ももう少しで終わりで、ソランジュはそのことについて、ガスパールに相談しに彼の執務室に行った。


 こんこん、と扉を叩くと、


「……誰だ?」


 と声が返ってきたのでソランジュは名乗る。


「ソランジュです。依頼についてお話が……」


「おぉ、ソランジュ殿でしたか。扉は開いております。どうぞお入りください」


 ガスパールがそう言ったので、その言葉に従い、ソランジュは扉を開く。

 ガスパールの執務室の中はかなり機能的な作りをしていて、一般的な貴族にみられるようなごてごてした装飾趣味は見られない。

 館の中自体には、そう言ったものが見えなくもないのだが、あれは見せるためのものであって、もともとガスパールの趣味ではないのだろう。

 執務室については応接室が存在することから、基本的には家の者以外を通すことが想定されていないため、彼自身の趣味が反映されている、というわけだ。


 ソランジュはガスパールの前に行き、言う。


「執務の最中に、お時間を割かせてしまい、申し訳なく存じます」


「いえ、全く問題ありませんぞ。ほかならぬ息子のためですからな……」


 彼の言葉には、リーヴに対する愛情が感じられ、今彼とリーヴが険悪なのはボタンの掛け違いのようなものなのだとそれだけで分かる。

 ガスパールはそれから尋ねた。


「それで、依頼についてのお話という事ですが……」


「ええ。リーヴ様には粗方の基本は教え込みましたので、もう私の役目は終わったものと。ついては数日、技量の最終確認を経て、依頼を完遂と言うことにさせていただきたいのですが……」


 そう言うと、ガスパールは頷いて、


「さようでございましたか。幾度か訓練を見せて頂きましたが、リーヴの成長ぶりを見るとやはり、ソランジュ殿は良い教師のようです。たった二週間であれほどの技量を身に付けさせられる魔術師など、私は知りません」


「いえ……それは私の力、というよりも、リーヴ様の才能のゆえだと。私もそれなりに長く冒険者を務めておりますが、あれほどの才能を秘めた者はほとんど見たことがありません」


「ほう……それほどですか。しかし、いくら才能があっても、教師が悪ければその花は咲かないものです。実のところ、私も昔、数年ほど冒険者をやっていたことがありましてな。ソランジュ殿ほどの魔術師には中々お目にかかることが出来ませんでしたよ」


 ソランジュはその話に驚いた

 貴族が冒険者になどなることはほとんどないからである。

 しかもこんな屋敷を建てられるほどの身代を持っているのに、わざわざ危険な冒険者などやっていたとは。

 ガスパールは続ける。


「私は結局、中級中位までしかランクを上げられませんでしたからな……。魔術師として、それなりの技術は持っていたつもりだったのですが、やはり数年程度ではどうにもなりません。それに、これから、と言う時に父が亡くなりまして……冒険者はどうしてもやめなければならなくなり、こうして男爵などをやっております」


 それで、ソランジュは納得した。

 なぜ、貴族であるガスパールがこれほどにソランジュに対して丁寧に接するのかと不思議だったが、それは彼も冒険者であったことがあり、そしてその時自分が辿り着いたランクよりも高いランクに辿り着いた者であるからだったのだろう。

 冒険者は、誰しも漠然と憧れるものだ。

 自分よりも高いランクの冒険者たちに。

 彼らがどれだけの力を持っているか、どれだけの経験を積んでいるか、それが分かるから。


 そしてふと思った。

 そうであるならば、どうして、リーヴが冒険者になることを否定したのだろうか、と。


 本来なら、貴族の教育方針なりなんなりに冒険者風情が口を挟むこと等言語道断である。

 しかし、どうせもうすぐ依頼は終わりだ。

 それにガスパールは答えてくれそうな気がした。

 だから、ソランジュは尋ねてみる。


「……ガスパール様が冒険者になりたかったように、リーヴ様も冒険者になりたいと考えているようですが……認められなかったと聞きました。なぜですか?」


 唐突な質問に、ガスパールは一瞬、虚を突かれたような顔をした。

 けれど、すぐに答えてくれる。


「……リーヴに聞いたのですな? いやはや……お恥ずかしい話です」


「……お聞きしない方が良かったでしょうか」


「いえ、いえ。構いません。と、申しますか、そもそも、そんなに深刻にリーヴが受け止めているとは思っていませんでした」


「と、おっしゃいますと?」


「まぁ、何と申しますか……ついうっかり、という事ですな。食事の席でリーヴが突然、冒険者になりたいと言い出したものですから、私はかつての事を思い出しながら言ってしまったわけです。冒険者と言う職業は子供が考えるほど簡単なものではない、命を失うことも少なくない仕事だ、それにお前には私の跡を継いでもらう責任があるんだぞ、とそんなようなことをくどくどと……。私が過去、一番言われたくなかった台詞だったと気づいた時には後の祭りでして。ほとんど口をきいてくれなくなってしまいました」


 つまりそれは親子の単純なすれ違いの話だった。

 人にはそういう間違いがよくある。

 本心とは別の、どうでもいいことをつい言ってしまう。

 そんなことが。


 ガスパールは続ける


「まぁ、しかし面と向かって謝ろうにも、出来るだけ顔を合わせないように逃げるものですから……どうしようかと思いまして。では、冒険者になりたいと言っていたのだから、訓練と言う名目で冒険者を呼んでみようかと。ソランジュ殿が来たとき、口では呼んでほしいなどとは言っていないと言っておりましたが、気になっていたことはあの場に自らやってきたことから明らかでしたからな。ここを突破点にして、仲直りを……などと情けないことを考えておった、といわけです」


「また迂遠な方法をお採りなられましたね……」


「そろそろ、私とリーヴがあまり口を利かなくなって一月になりますからなぁ。普通の方法ではお互いに難しかろうと。しかし、そうも言っていられませんな。ソランジュ殿に語って自覚したところですが、どうやら私は色々言い訳を付けて逃げていたようです。直接、リーヴに謝ることにいたしましょう」


「それが、よろしいでしょうね」


 ガスパールの言葉に、ソランジュは頷いた。


「しかし、私はこれから3日ほど留守にしますのでな。話すのはそれから、という事にしましょう。出来ればソランジュ殿にもその場にはいてほしいのですが……如何ですか?」


「私は問題ありません。ご公務ですか?」


「ええ。領地の視察に。でしたら……私が帰ってくるまで、どうか息子をよろしくお願いします」


 そう言って、ガスパールはソランジュに頭を下げた。

 貴族が、上級冒険者とは言え、平民にそんなことをするなどありえない。

 それだけ、リーヴを大事にしているのだと分かり、ソランジュはしっかりと頷いたのだった。


 そうして、ガスパールは出かけて行った。


 ◆◇◆◇◆


 ガスパールが館に帰ってくる予定のその日、ソランジュとリーヴはいつも通り、訓練をしていた。


 庭で二人は向かい合い、リーヴがソランジュを見つめて、構えた杖を振り、呪文を唱えると、火球がソランジュを襲った。

 初めて彼の魔術を見たときの、あの火球と大きさは変わっていないが、リーヴはその制御の方法を身に着けている。

 縦横無尽に火球を操り、ソランジュを狙う。


 しかし、ソランジュは腕利きの魔術師である。

 バカ正直に狙っても当たるわけだがなく、即座に障壁を築いてその直撃に備えることくらいは朝飯前だった。

 事実、リーヴの火球がソランジュの障壁にぶつかりそうになる。


 けれどその瞬間、リーヴの火球は分裂し、八方に散った。

 大きさは八分割されたが、しかしそれでも火の玉である。

 当たれば大きなダメージを受けるのは間違いない。

 それがいくつもの方向から飛んでくるのだから、これを避けるのは結構な手間だ。


 ――それが普通の魔術師なら。


 ソランジュは違った。

 リーヴが火球を分裂させると同時に、リーヴの方へと突っ込んでいったのだ。

 魔術など関係なく無視して、まっすぐに。

 その結果、リーヴはその首筋に短剣を突き付けられることになり、


「……降参だ」


 そう言う羽目になった。

 しかも、降参を宣言した割に、その顔には不服そうな表情がありありと浮かんでおり、卑怯だと言いたげである。

 そんなリーヴにソランジュは言った。


「模擬戦だから、どんな手段を使ってもいいと言ったじゃないか。私だってそうすると、どうして思わないんだい?」


「だって、あんたは魔術師だろ? 魔術師がそんな……」


 剣など使うはずがない、と言いたいのだろう。

 しかしそれは間違いだ。


「魔術師だって、武術を修めている奴は大勢いるさ。冒険者になりたいなら、それは分かっておかなきゃすぐに死ぬよ」


 冒険者になりたいなら、と言われたらリーヴも受け入れるしかないらしい。

 仕方なさそうにその表情を収めて、納得したように頷いたのだった。


 それから、ソランジュは今の模擬戦におけるリーヴの戦い方についていくつか助言を与えると、話を変えた。


「……そう言えば、今日、あんたの親父さんが帰ってくるね」


 するとリーヴは一瞬嬉しそうな表情を浮かべるが、直後にあからさまに口を尖らせて、


「父上なんて、もう帰ってこなきゃいいんだ。そうすれば、俺は冒険者に……」


「馬鹿をお言いでないよ。そんなことはどんなに腹が立っても言うもんじゃない。それに良く考えてみると言い。あんたの父親が帰ってこなかったら、あんたはもう貴族としてやっていくしかないんだ。そうだろう?」


 現実を突き付けられたリーヴは、それから黙り込んでしまう。

 本当なら頬を張ろうかと思ったくらいだが、さすがに貴族相手にそこまで出来るほどソランジュに度胸は無かった。

 ただ、言葉だけでも十分に痛手になったようで、それからリーヴはしばらくの間、そこで考え込んでいた。


 そして、考えがまとまったのか、リーヴはソランジュの元に来ると、


「……悪かった。俺が言ったことは……間違ってた」


 とソランジュに謝ったので、


「それは私に言う事じゃないよ。あんたの父親にいう事だ。そうだろう?」


 と言った。

 リーヴはそれに不服を唱えずに頷いたので、ソランジュも頷き、ガスパールの帰りを二人で待つことにした。


 ◆◇◆◇◆


 屋敷の中で、使用人たちが慌ただしく走りまわっていた。

 何が起こったのかとソランジュが不思議に思って尋ねると、


「お館様が事故に!」


 と家令が言った。

 大変なことが起きたと家令に詳しく聞けば、大したことではない。

 道中、崖が崩れてしばらくの間、道が塞がってしまったから、帰りが遅くなる、という話だった。

 しかし、突然、

 ばたん!

 と音がしたので振り返って見ると、しまった扉を見つめる使用人たちが目に入った。

 どうしたのかと尋ねれば、


「……リーヴぼっちゃまが飛び出していってしまわれました!」


 と言うのである。

 ソランジュと家令との間の話を聞いていたのだろう。

 そしてそのまま最後まで聞かずに飛び出した、と。

 明らかに早とちりだが、笑っている暇はない。

 聞けば、館には馬がいるから、それに乗っていく可能性が高いという。

 それを聞いてソランジュがすぐに館を飛び出すと、道の向こうに遠ざかる旅兎ヴィアジャル・コエッリオの後ろ姿が見えた。

 どうやらあれに乗っていたらしい。

 物凄い勢いで遠ざかって行っている。


「まったく、せっかちなぼっちゃんだねぇ!」


 言いながら、ソランジュも館の厩舎に走った。

 何か馬に乗らなければ追いつけないからだ。

 厩番に早口で説明して急いで足の速い馬を出してもらった。

 それは驚いたことに地竜エダフォス・サヴラであり、大の男でも従えるのには時間が必要だと言われるものだったが、ソランジュはこれを上手く乗りこなすと、即座にリーヴの後を追った。

 リーヴが向かっているのは、間違いなく父親のところである。

 向かう方向が分かっている以上、これだけの馬がいれば、すぐに追いつくはずだ。


 問題は、追いつくまでに魔物に襲われたりしないか、だが、それは考えても始まらないことだろう。


「ほんと、手がかかる教え子だよ……!」


 ソランジュはぼやきながらも手綱を握り、地竜エダフォス・サヴラの足を速めた。

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