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第158話 止まった光景

「……そんなことがあったの」


 ルルたちから闘技大会中に起こったこと、聖女のしたこと、それにリガドラが一体何なのか、など様々なことを聞いたゾエは、ほう、と息を吐いて感慨深くそう言った。

 その隣ではソランジュが面白い話を聞いた、と言う表情をしているが、それほど驚いている様子はない。

 ゾエが起きてからずっと思っていたことだが、ソランジュはルルが魔王である、ということや古代魔族についての様々な話を聞きながら、それなりに落ち着いているのだ。

 ルルは気になって、尋ねてみる。


「ソランジュは……俺達の話を聞いて、驚いていないのか? 荒唐無稽だと、思わないのか」


 直球だった。

 ソランジュは、


「いや、驚いていないわけがないじゃないか。ただ、ねぇ……この年だし、若い子より動じなくなっているだけさ。それに、母さまが眠ってから、私は私なりに古代魔族のことを色々調べたんだ。その中には……古代魔族の栄華と繁栄の話がたくさんあった。現代ではとても再現できない高い技術に、恐ろしい魔力、そしてそれと戦う勇者たち――。母さまのために調べていたことだったが、それがなくても古代魔族について調べるのは楽しかった。なぜなら、遥か昔に生きていたと言う彼らには何とも言えない魅力が感じられたからだ。勇者との戦いについても、大体の伝説が語るところでは、古代魔族の方に非があった、と抽象的に書いているものがほとんどだったが、たまに、あるんだよ。異説と言うか……人族ヒューマンこそが、悪意を持って古代魔族と戦っていたのであり、古代魔族はあくまで自らの存亡のために必要に駆られて戦っていただけだ、というものが」


 それを聞いて、ルルとイリスは驚く。


「それは意外だな。一般的に出回っている絵本や童話、それに古代のことを伝える伝説なんかの拾遺集には全て、古代魔族が悪の化身だと語るようなものしかなかったぞ」


 基本的に、普通に探して手に入るようなものはルルたちも調べて読んでいた。

 そこに、何かヒントがあるのではないかと期待して。

 しかし大抵が嘘や誇張が目立ち、真実と思えるところは僅かしかなく、しかもその僅かなところも既に知っているような話しかなかったのだ。

 ソランジュはそんなルルたちの調査について聞き、頷く。


「私の場合、世界を渡り歩いて、様々な村や集落の古老なんかに聞いて回ったからね。本なんかには載っていないような……そんな話を聞いて集めたんだ。まぁ、数十年かけて集めても、結局大した話は聞けなかったんだが、現代における一般的な古代魔族のイメージは、実は間違っているんじゃないか、と疑念を抱くには十分な話だったね」


 どんな話があったのか、気になってルルが尋ねると、ソランジュは続けた。


「あんまり大層なものじゃないというか……伝説の種族、って感じじゃなかったね。本当に普通の話で――それこそ、人族ヒューマンが過ごしているような日常の話が、主人公が古代魔族として語られているとか、そういうものだったよ。今でも有名な物語の元々の主人公は人族ヒューマンではなく、古代魔族だった、とか、そういうのもあったね。たとえば、現代の魔術師にはとても再現できないような現象を実現する魔術師なんかが出てくる物語はそういう傾向があったよ。人の心を惑わす魔術を使って破滅する悲劇の主人公の話とか、ありとあらゆるところに一瞬で行くことの出来る魔術を使う大魔術師が出てくる話とかね」


 精神魔術に転移魔術。

 確かにそれは、現代の人族ヒューマンには使えない、とされているものだ。

 例外は一人いるわけだが、一般的にはそういうことになっている。

 ソランジュは続ける。


「ただ……やっぱり古代魔族がどうして滅びたのか、そこのところはいくら調べても分からなかったよ。母さまの病気の治療法も分からなかったし……。古代魔族の情報が残っている場所は、もうほとんどないのだろうね。細々と伝わる、口伝くらいしか」


 仮にそうだとすれば、ルルたちがこれからいくら調べても古代魔族に何が起こったのかは知りようがない、ということになってしまう。

 それでは困る。

 だからルルは言った。


「いや、ソランジュが調べていないところは、まだあるだろう?」


「……まぁ、そりゃあね。私だって、それだけをしてきたわけじゃない。食べるために働かなければならなかったしね。しかし……何か心当たりがあるのかい?」


「ないことも無い。俺達はレナード国王に王宮の禁書庫の閲覧の許可を貰っているからな」


 それを聞いたとき、ソランジュは驚いたように言った。


「本当かい!? あれはそう簡単に許されるようなものではないんだが……あぁ、闘技大会の賞品か?」


 首を傾げながらもすぐに正解に辿り着く辺り、侮れない婆さんである。


「そういうことだな。忙しくてまだ見せてもらってないが……そこなら可能性はあると思わないか?」


「そう……だね。無いとは言えない。何があるのか分からないところだが、王国の歴史が詰まっているのは間違いない。過去を調べるのにもってこいの場所なのもね」


 少し考えてからソランジュがそう言ったのでルルはほっとした。

 すでに調べたとか言われたら、せっかく得た許可が無意味なものになりかねないからだ。

 それからイリスも言う。


「各地に残っているだろう古代魔族関連の遺跡も、可能性はありますわ。それこそ、ゾエさんが眠っていたあの遺跡にも何か情報があるのでは?」


 それはルルも考えていたことで、どうなのか気になり、ソランジュと共に三人でゾエを見た。

 ゾエは、


「そうね。何もないことも無いわ。私も調べたから。ただ……あそこには私が言った以上の情報は無かったわよ。せいぜい、静止画が何枚か中枢にある魔導機械の中に残っていたくらいでね」


「静止画?」


「ええ。私にとってはせいぜいが十年くらい前の話でしかないから、私がこう言うのもおかしいかもしれないけれど、とても懐かしいものだったわ……ほら、これよ」


 そう言って、ゾエは懐からガラス製の板のようなものを取り出した。

 見てみれば、そこには確かに静止画が写っており、九人の古代魔族がこちらを見つめていた。

 イリスはそれを見て、口元を抑えて、


「……これは、陛下に……お父様。それに、ミュトスお爺様……レーヌお姉様も」


 そう言って微笑んだ。

 静止画に映っている全員が、大分機嫌が良さそうと言うか、楽しそうだからだろう。

 静止画の中心には、黒衣に身を包み、銀髪を垂らした、壮年の魔王ルルスリア=ノルドが皮肉げな笑みを浮かべてこちらを見つめている。

 隣にはただ一人、炎のように燃える赤髪の男が、魔王と肩を組んでおり、その斜め後ろには恐ろしげな眼光を閃かせた凄みのある老人が杖を携えて立っている。

 魔王を挟んで、赤髪の男の丁度反対側には、作り物のようにすら感じる完成された美貌を持った細身の女性が、腰に剣と杖を差して物騒に笑っており、その横にはそっぽを向いている少年がしゃがんで頬に手を当てている。

 

 誰を見ても、懐かしい。

 こんなものがこの時代に残っているとは考えもしなかった。


「……これだけ見ると、みんなまだ元気に生きてるんじゃないかと言う気がしてくるな」


 その静止画に映っているのは、明らかに魔王と、そしてその側近八名だった。

 これを撮った場所は、端の方に見覚えのある街の壁が見える。

 魔都クラヌの郊外だろう。

 確かにそこでこんなものを撮った記憶がある。


「しかし、印刷までして持っているとは」


 ルルがため息を吐いてそう言った。

 ゾエが言うには、これはあの遺跡の中の機械に残っていたものだ、というのだからわざわざガラス板に印刷などして持ち歩かずともいいだろうと思ったからだ。

 かえって荷物がかさんで邪魔ではないか、とも。

 しかしゾエは首を振って言う。


「いいえ。私はこれをあの遺跡の機械から見つけたとき、自らの幸運を感謝したわ。尊崇すべき、魔王陛下に……それから、側近の方々がこんな風に一所に集まって静止画をお撮りになることなんて、なかったじゃない。当時、これを販売してたら魔族はこぞって購入したのは間違いないわ。それくらいに、貴重なものなのよ」


 そう語るゾエは、非常に興奮した様子で、ルルは少し引いてしまう。

 それからルルはイリスに、


「……そうなのか?」


 と小声で尋ねると、イリスは答えた。


「ええ……お義兄にいさまの……というと少し意味が変わってしまうのでここでは陛下の、と申し上げさせていただきますが、“陛下”の似姿は当時、それほど出回っておりませんでしたから。側近の皆様のものも同様で……ですから、こんな風に一所に集まって、それぞれの個性が見えるような形で撮影されているものが当時、ございましたら……ゾエさんのおっしゃる通り、どれほど高くても購入するものが後を絶たなかっただろうと思いますわ」


「……こんなものに、それほどの価値が……!?」


 ルルは穴が開きそうな程にその静止画を見つめて言う。

 確かにこんな風にみんなで静止画に収まったのは後にも先にもこれ一度だけだったと記憶している。

 忙しかったと言うのもあるし、そもそも、全員が風来坊気質と言うか、こういう時に落ち着いていられるようなタイプではなかったからだ。

 だから、確かに珍しいのは間違いない。

 けれど、だからと言ってそれほどの価値がこんなものにあるとは思えなかった。

 非常に懐かしく、郷愁を感じさせる一枚ではあるのだが……。


 ルルがそんなことを考えながら、矯めつ眇めつ静止画の焼き付けられたガラス板を見ていると、その持ち主であるゾエは少し心配そうな様子をしていて、はらはらしながら手を出したりひっこめたり口元にあてたりしているのが目に入った。


「――どうした?」


 そう尋ねると、ゾエは言い辛そうに、


「あ、あのね……こ、壊さないでね? 大切なの。それ、大切なのよ?」


 と玩具を奪われた子供のように言った。

 その口調と表情から、本当にこのガラス板を大切にしてるのだと言うことが理解でき、ルルは再度ため息を吐き、


「……分かった。ほら」


 と言って静かに静止画を手渡した。

 ゾエはそれを恭しく、壊れ物を扱うように優しく受け取り、それから板についたほこりや汚れをどこから取り出したのか分からない柔らかそうな布で拭き始め、最後にそっと布で包んで懐にしまった。

 筋金入りだとよく分かった。


 それから、イリスが静かにゾエの方に近づいていき、耳を借りて小声で言った。


「……私にも焼き増しを……」


 ルルは特に聞き耳を立てていた訳ではなかったのだが、それでも聞こえてしまった。

 イリスの言葉にゾエは、


「あの遺跡に行けば何枚でも出来るから、任せといて!」


 と胸を張った。

 そんな二人の様子をルルと同じく聞いていたソランジュが、


「……あんた、昔は凄い人気があったんだねぇ」


 としみじみ言うので、ルルは、


「俺も知らなかったよ……」


 と呟いてがっくりと来たのだった。


 ◆◇◆◇◆


 それから、色々なことを話したが、ゾエが聞きたがったのはルルとイリスがこれからどうするかだ。

 まずは、リガドラを返しにログスエラ山脈に行く予定だが、その後については詳しい計画があるわけでもない。

 大雑把に説明する。


「まだ王宮の禁書庫を覗いてないから、まずはそこに行くところからだが……その後は特にこれと言った予定はないな。あえて言うなら、古代魔族の痕跡探しに色々な地域に行きたいと思ってるくらいだ。冒険者なら、冒険者組合ギルドで依頼を受けながらふらふら出来るし、そのために丁度いいと思ってやってる」


「へぇ……楽しそうね。私もソランジュと一緒に生活していたとき、たまに留守にして色々回って見たことがあったけど、やっぱり楽しかったわ。昔には無かったものがたくさんあったし……人族ヒューマンと何のわだかまりもなく接することが出来るのは新鮮な経験だったから……」


 そんなゾエにルルは言う。


「ゾエも来るだろう?」


 当然そうするだろう、と思っての台詞だった。

 しかし、ゾエは少し迷った様子で言う。


「……私は……ここで、ソランジュと一緒に暮らしていけたら、って……」


 それは、意外な台詞だったと同時に、よく理解できるものでもあった。

 かつて平穏な生活を一緒に送っていた義理の娘と再会できたのだ。

 だから、一緒に暮らしたい。

 至極当然の感情である。

 ただ、ゾエは一言付け足した。


「もちろん、ルルくんが私の力が必要だと言ってくれるなら、私は何を置いても着いていくわ」


 と。

 それは、“魔王”に対する忠誠からの言葉だった。

 けれど、ルルにとって、それは今や、必要のないものだ。

 かつて平穏な生活を庇護すべき民に送らせることが出来なかったと考えるルルにとって、ゾエには、本来送れた筈の平穏な生活を送ってほしい、という思いがあった。

 だから、本人が望むならともかく、忠誠や義務感から一緒に旅を、というのであれば、それは良くないことだと思った。

 そのため、ルルは言う。


「いや……ゾエ。俺はお前がいてくれたら心強いとは思うが……お前には、家族がいるだろう。一緒に、生活したいと思う家族が。俺は、そっちを優先すべきだと思う」


 そんな風に告げたルルの意図を、ゾエは理解できたのだろう。

 ゆっくりと頷いて、


「……うん。ごめんなさい……」


 と謝ったのだった。

 そんなゾエを、ソランジュは微妙な眼差しで見つめていたが、ルルもイリスもそのことには気づかずに、二人は村へと戻って行った。

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