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第157話 ゾエの経験

 遺跡を出て、ソランジュの小屋に辿り着く。

 洞窟を出るときは、一人、人数が増えていたのでリガドラに再度、アウルベアに交渉してもらってすんなりと通ることが出来た。


 その際、ゾエがリガドラを褒めて撫でまわしていたが、リガドラは不快そうではなく、気持ちよさそうな感じだったので、ゾエは竜のツボみたいなものを理解しているのだろう。

 竜騎士だっただけはあるのかもしれない。


 ソランジュの小屋を、ゾエは懐かしそうに見ていた。


「色々増えてるけど、基本的なところは昔と変わってないのね。もう少し広くすればいいのに……」


 と言うゾエに、ソランジュは、


「ここは私と母さまの想い出の場所ですから。壊すのは忍びなかったのですよ」


 と遠い目で小屋を見ながら言い、それからしばらくの間、二人は感慨深そうに笑い合っていた。

 どれだけ時間が経っても、どれだけ年が離れても、二人が親子であるという事実は変わらないという事だろう。


「では、そろそろ入りましょう。ルルとイリスもおいで」


 とソランジュが言ったので、二人に続いてルルたちも入る。

 遺跡に行く前に飲んでいたお茶の残り香がまだ残っていて、ゾエはそれすらも懐かしそうだった。

 いや、厳密に言えば、懐かしいと言う感覚とは違うのかもしれない。

 彼女は眠っていたのだ。

 今日は、ゾエにとってただ一日眠った次の日のようにしか感じないかもしれない。

 しかし、それでも彼女にとって今日が感慨深い日なのは、迎えられるかどうか分からない一日だったからだろう。


 中に入ると、四人でテーブルに着く。

 リガドラはゾエの膝の上に座っている。

 相当懐いたらしい。


 そんな中、ルルはゾエに向かって口を開いた。


「それで……ゾエ」


「はい……じゃなかった、うん」


 未だに敬語が出るのは意識の問題だから仕方ないだろう。

 しかし直していこうとはしているようなので、特に指摘はしない。

 長年の習慣を変えるのはそう簡単ではないだろう。


「俺は、お前に聞きたい。あれから……俺が死んでから、何があったかをだ。お前は知っているか?」


「……と言うと……どのあたりからかしら。私も全てを知っている訳ではないわ。あの場所で眠ることになった理由もあるから」


 その答えに若干引っかかるものを覚えたが、全て聞けば分かることだ。

 とりあえずルルは、今分かっていること、イリスに聞いたことから話し始める。


「俺たちが知っているのは、俺が死んだあと、あの世界の人族ヒューマン勢力が二分された、ということだ。教会側と、勇者側とに別れたんだよな?」


 ルルの言葉にゾエは頷いて答える。


「ええ。基本的にはその通りよ。勇者たちは魔王陛下と戦ったことで、教会の考えに疑念を抱き、それを確かめるべくしばらくの間活動していたのだけど、最終的に教会とは袂を分かつことになったと聞いているわ。世界にその事実が広まっていくと、人族ヒューマンそれ自体も教会から離反するものも出てきて……ある程度の期間が経ったとき、世界はほとんど二分していたわ。勇者たちは魔王陛下を実際に倒していたから、国際的な信頼も厚かったのよね。それに対して教会は正直言ってあまり……評判が良くなかった。面と向かって文句を言える人族ヒューマンはほとんどいなかったようだけど、率先して勇者がそれをやってしまったから、一旦穴の開いた袋から水が漏れ出すように、次々と不満の声が聞かれるようになっていったの。陛下が身罷られた、という事実もそれを後押しした部分が多くある。なにせ、人族ヒューマン最大の恐怖は陛下だったのだから。それが取り除かれた途端、新たな危険の種に気づいてしまったのだろう、と言うのが当時の魔族の間での人族ヒューマンの分裂に対する理解ね」


「そこまでは、分かる。イリスからも聞いていた通りだ。俺たちが知りたいのはそこから先の話だよ。なぜ、今、魔族がいないのか、その歴史が伝えられてすらいないのか。そのことを知りたいんだ。何か……知っていることは無いか?」


 ゾエは続ける。


「そうね……その後は、人族ヒューマン同士の争いに、魔族がどのような立場でいるか、というのが問題になったわ。イリスちゃんのように、陛下の敵討ちに出る者は少なくなかったし、始めのうちはそういう立場で戦争を――そう、一応継続はしていた。陛下が身罷られてから、五年くらいはそんな状況だったわね。けれど、それからしばらく経って、教会側に属する国々はともかく、そこから外れた国家は魔族に対して良くも悪くも色眼鏡が外れてしまっていてね。徐々に連絡を付けようとして来るものが現れてきたのよ」


「連絡を……」


 イリスはその前辺りで眠ってしまったのだろう。

 そういうことがあってもおかしくはない、という表情をしているが、しかし現実に知っていたわけではないようだ。


「まぁ、連絡をつけると言っても内容は色々だったらしいのだけどね。たとえば――平和的なので言うと、同盟を結んでほしい、とか、通商条約を結ばないか、とか、そんなものね。反対に物騒なの、というか、困惑したものは、魔族に対する恭順の意を示すとか、従属国にしてくれないかとか、そんな国もあったことかしら。数年前まであれほどに嫌っていた魔族に対して何を言っているのかと思ったものよ。けれど彼らは紛れもなく本気だったわね」


 そんなゾエの説明に、ルルもイリスも驚いていた。

 同盟や条約の話なら十分に理解できなくもないのだが、しかしそれを超えて恭順とか従属などと言われても、そんなことは想像することも出来なかった。

 なぜと言って、ゾエの言うように、人族ヒューマンは魔族を心底嫌っていた筈だったからだ。

 そんな魔族に従おうなどと言う人族ヒューマンがあの時代にいたなどは、ルルとイリスには想像することも難しい。

 しかしゾエは言うのだ。


「とにかく……状況が変わった、っていうのはああいう事をいうのだと思ったわ。どこで何がどうなるのか、未来って本当に先の見えない洞窟みたいなものだと。ただ、当たり前だけどそういった人族ヒューマンの提案を簡単に受け入れられるはずがないわよね。私は下っ端だったから、上の方でどういう話し合いが行われたかは分からないのだけど、恭順とか従属とかそういう類の提案については全部断っていたわ。ただ、同盟や通商条約についてはいくつか結んだのを記憶しているわ。そのどれもが、教会側ではなく、勇者側に属していた国だったのは言うまでも無いことね」


「それから……それからどうなったんだ?」


 ルルが勢い込んで尋ねる。

 まだ、先があるはずだ。

 そこからが、今の世界に繋がる謎を解くカギがあるはずだ。

 そう思って。

 けれどゾエは、


「……分からないわ」


「え?」


 ルルとイリスが首を傾げる。

 そんな二人に、ゾエは申し訳なさそうに言う。


「ごめんなさい。分からないの」


「分からないとは……また、どうしてです?」


 イリスが質問する。

 ゾエはその言葉に思い出すような表情になって、話を続けた。


「さっき、一部の人族ヒューマンと交流を持つようになった、と言ったわね。その際、連絡に良く使われていたのは私たち、竜騎士なの」


 突然変わったような聞こえる話題に、ルルとイリスは面食らう。

 けれどゾエは続ける。


「今はそうでもないみたいだけれど、二人とも知っているわよね……当時、人族ヒューマンの持っていた技術は魔族と張り合えるくらいに高度で、洗練されていた。むしろ一部の技術については人族ヒューマンのそれの方が上だったわ。だから、魔導機械を利用した長距離連絡装置なんかは盗聴の危険も高くて、重要な連絡は原始的な手紙の方が機密性が高かった」


 それはルルが魔王だった時も同じだ。

 連絡装置は使っていたし、暗号を使用するなど、様々な手法で情報を相手に漏れないように伝えるべく努力はしていたが、それでも最終的に技術が拮抗している以上、いたちごっこになる。

 確実に隠し、そして情報を届けようと言う時には、直接手紙で届けるのが一番確実だった。

 それを持っているのが、バッカスなどの魔族の中でも飛び抜けた実力者ならなおさらに。


「私は竜騎士で……竜騎士隊の中でも速度に特化した竜を騎竜にしていたの。一番速いってわけじゃなかったけどね。だから、そう言った手紙の配達をすることになることが少なくなくてね。人族ヒューマンとも結構面識があったのよ。色眼鏡が取れれば、彼らも特に魔族と変わらなくて、私には憎み続けることは出来なかったわ。だからこそ、現代で、ソランジュに会ったとき、いきなり攻撃しないで済んだとも言えるけど」


「それで、それがどうしたんだ?」


 ルルが先を促すと、ゾエは言う。


「――ある日、手紙を預かったの。それは人族ヒューマン国家にいる勇者に対してのものだった。しかも、書いたのはバッカス様よ」


「お父様が!?」


 イリスが目を見開く。

 ゾエは頷いた。


「と言っても、中身が本当に入っていたかは分からないけどね。私の他にも、同じ手紙の配達を命じられた竜騎士は何人もいたわ。ちょっとしたかく乱よね。たぶん、一番強く、早い竜騎士に本命の手紙を運ばせたと思うから、私のは空っぽか、どうでもいい内容が書いていたのだと思う。でも、当然、実際に配達はしたわ。騎竜に乗って、必ず届けてやると思ってね。なにせ、それが非常に大切なものだということは、手紙の差出人と受取人を見れば明らかじゃない?」


 本当にバッカスがそれを書き、真実、勇者に向かって送られたと言うのならそれはその通りだ。

 ルルも内容が知りたかった。

 しかし、ゾエは、


「私は内容を知らないわ。勝手に開けるのはもってのほかだし……それに、私、その配達の途中で意識を失ってしまってね。何者かの襲撃を受けたのよ。全く……それだけで私に手紙が託されていないのは明らかだわ」


 無念そうに首を振ってそう言った。

 そこでルルもイリスもその先に続く言葉が予想できた。


「気づいたら、あの施設よ。そして起き上がって出口を探して向かってみれば、おかしな子供が仰向けになって私を見つめていた。しばらくその子と過ごして、それから自分の位置を調べてみたら、そもそも時代からして大幅に違う。もはや魔族は、“古代”魔族扱い、伝説の種族、勇者と魔王陛下の戦いは童話になってしまっているくらいで……正直、初めて知ったときは開いた口が塞がらなかったわ。私の話はこんなところ。あんまり役に立てなくて、ごめんなさい」


 そう言ってゾエは話を終わらせた。

 ルルとイリスは顔を見合わせる。 

 どう受け止めたらいいか分からないところが多いからだ。

 ただ、少なくともルルがいなくなった後、一部の人族ヒューマンと魔族が友好を築き始めていたらしいということは分かった。

 そしてその事実から考えるに、魔族が滅びる理由はその時点では見当たらないように思える。

 やはり、これからしっかりと調べていく必要があると、改めて感じた。

 それから、ゾエは言い忘れていたと、一つ、事実を付け加えた。


「そう言えば、さっき勇者側と教会側に別れたって言ったけれど、現実には少し違うわ。確かに最初はそうだったのだけど、後に聖女が勇者側から離反して教会側に戻ったらしいの。教会側はそれをもろ手を挙げて受け入れたと聞いているわ」


 と。

 それは、当時の魔族としては非常に苦々しいと言うか、出来ることなら起こってほしくなかっただろう出来事だったろう。

 聖女は強大な聖気を扱える、いわば魔族の天敵であった。

 彼女が少なくとも攻撃を加えてこない、というのは大きな安心を魔族に抱かせたはずだ。

 そして、その聖女が元通り敵に戻った時の恐怖は慮って余りある。

 

「いつの時代も聖女って奴はろくなことをしないのか……?」


 ルルがつい、そうぼやくと、ゾエが尋ねてきた。


「何、今も聖女っているの?」


 と。

 その質問にはソランジュが答えた。


「ええ。聖神教に“聖女”と呼ばれる人物がおりますよ。ついこの間までレナード王国の闘技大会を見物にいらしていたと聞きましたが……」


 と、意味ありげに言葉を切ったのは、実際に参加していたルルやイリスの方がそのことについては詳しいだろうと思ってのことだろう。

 イリスが言う。


「そうですね、聖女は、いました。実際に聖気を使用しているのも見ましたので、あの時代の聖女と似通っている部分はありますが……」


「が?」


 ゾエが首を傾げたので、ルルが答える。


「少なくとも同一人物ではなさそうだ。聖気の量が違った。格が違う。まぁ……俺がはっきりと見抜けなかった可能性はないとは言えないが、単純に印象が違ったからな」


 と思ったところを述べる。


「それで、その聖女がろくなことをしないって?」


 ルルの言っていたことが気になるのだろう。

 ゾエがそう尋ねた。


「――いろいろ引っ掻き回していったんだよ。詳しく話すと……」


 そうして、ルルはゾエに、闘技大会であった色々なことについて、語ったのだった。

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